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綺麗な薔薇には棘がある、という言葉がある。人の失敗を型に嵌める陳腐な諺だ。綺麗な薔薇なんて霞んでしまうダイヤモンドかもしれないし、棘どころじゃなくてチェーンソーかもしれない。──今の俺みたいに。
「ベンジャミン君、大丈夫かい?」
机越しに座っている眼鏡の男が、放心状態だった俺に呼びかける。
「ああ、ちょっと宇宙を旅行してたよ。クソ、ガキの作り方を初めて知った時と同じ気分だ。新しい知識を得た喜びより、未知への恐怖が勝るんだよな。」
そんな最悪の記憶を思い出すきっかけになった男の話はこうだ。ここは危険な生物やアイテムから世界を守る秘密結社で、その事を隠して求人を出してた。職を探してた俺はそれに飛びつき、面接を受けに来て今に至る。
「やけに飲み込みが早いね、普通はもっと驚くんだけど。もしかして信じてない?」
「動いて鳴き声を出すスライムを見せられても信じない奴がいるなら、そいつは元々ヤクをキメてて幻覚だと勘違いしてるんだろうよ。」
さり気なく男の反応を伺う。どうやら滑ったらしい。気まずいので話を変える。
「えーと。そういえば、名前は?」
「クリストファー・ジェームズ。」
「ジェームズさん、良い名前だ。ところで、この面接を無かった事には出来るか?」
「出来るとも。少なくとも、君の中ではね。」
そう言うと、男は慣れた手つきで引き出しを開けて薬の瓶を取り出した。
「記憶処理について説明しないと。メン・イン・ブラックを観た事はある?」
「あるとも。今のニューラライザーは錠剤型なのか?」
「それなら話は早い。これを飲めば今日知った事は全て忘れられる。しかも、都合よく記憶の埋め合わせもしてくれるよ。──もちろん、我々にとっての都合だけどね。君は面接に向かったが、求人はイタズラで着いた先には何もなかった。そういう事になる。いわば青い薬だ。」
最高だ、さっさと記憶を消してこんな所とはサヨナラしたい。動く不気味な彫刻や巨大な人喰いトカゲの話をされて、就職したいなんて思うやつがいるのか?俺は手を広げ、ジェームズに瓶を差し出すように促した。
「いくら飲めばいい?」
「ちょっと待ってくれ。無理に引き留めはしないが、最後に1つだけ。」
ジェームズは机の上に置いてあった書類の束から一枚の紙を引っ張り出し、こちらに差し出した。
「契約書か?悪いけど、俺に就職する気は無い――は?」
ジェームズが見せてきた紙。それは、俺の名前と顔写真が載った名簿だった。ベンジャミン・アーネスト、サイト-02管理者。名前からして重要な役職だろう。
「君の面接は2回目だ、ベンジャミン君。前回、君は赤い薬を選んだんだよ。そして施設の管理者まで上り詰めた!君の若さで管理者に就任する事は異例なんだぜ、昇進祝いのパーティーには僕も参加した。──まあ、君はストレスで半年も経たずに辞めちゃったけどね。」
コホン、と咳払いをしてジェームズは続ける。
「こういう事はたまにあるんだけど、よりにもよって君が戻ってくるとは思わなかったよ。さっきの説明で余りにも驚かなかったから退職時の記憶処理が効いてないのか疑ってた。」
信じられないが、俺は昔ここで働いていたらしい。しかも、名簿の日付を見るに去年までだ。ちょうど俺が前の職場をクビになった時期と一致する。なんてこった、俺はエージェントKか?俺は深呼吸して気持ちを落ち着かせた後、ジェームズに尋ねる。
「結局どうして欲しいんだ?前に働いていたとしても、記憶は消えてるんだから俺を雇うメリットは無いはずだろ。」
「損得の問題じゃないよ。これは君の友人としての助言だけどね。君は物足りなさを感じてないか?」
ハッとする。言われてみると、ずっと何か欠けたような気分だ。クビになって直ぐに別の仕事に就いたが、退屈で長続きしなかった。無職になったせいで彼女にはフラれ、それを埋めるように酒とギャンブルに溺れてる。一丁前にプライドだけ高いが、何か行動を起こせる訳じゃない。犯罪以外のクズな事は大体やった。気付いたときには、周りに誰も居なかった。典型的なアメリカのダメ男って感じ。そんな俺だから、ジェームズの指摘は酷く心に刺さった。
「ここで働いていた時の君は、活気に満ち溢れていたよ。──管理官の時は例外だけどね。それに比べて今の君の顔ときたら、酷いもんだよ。」
どうやら昔の俺は、もっと明るく元気だったらしい。そんな満ち足りた男が急変する管理官の業務が、逆に気になってくる。
「思うに、君に事務は向いてないんじゃないか?事実、フィールドエージェントで成果を出してたから管理官なんてクソ見たいな仕事を押し付けられたんだし。」
ジェームズはそう続けた。フィールドエージェントとかいう相手に伝わらない言葉を使う態度に苛立ちを覚えたが、秘密結社でエージェントと来て分からない方が変だと思い落ち着いた。
「記憶が消えてるのに、再び面接に来るなんて何かの縁だからね。再びここで働かないか?もちろん、それなりの条件を約束するよ。」
ここまで熱心に勧誘されると、流石に気持ちが揺らぐ。俺は幸せだった自分とやらを知りたくなってきた。仕事も見つかって一石二鳥じゃないか。
「一応聞くけど、嫌になったら直ぐ辞められるよな?」
「もちろん。管理官になってから君は一週間でこの組織を辞めたんだぜ?」
「OK、ここで働かせてくれ。あんたが言う通り、物足りなさを感じてたのは事実だ。」
「そう言ってくれると思っていたとも。ちょっと待っててくれ、必要な書類を取ってくる。」
ジェームズは扉から出ていこうとする。そして去り際に言った。
「SCP財団へようこそ。いや、おかえりの方が正しいか。」
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- portal:9374949 (27 Aug 2024 07:16)

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