霊柩車

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足が動くたびに喧騒が一枚一枚遠く引き剥がされる。
 
取り落としそうになった燭を、腹に抱え込む。
 
嵐の前の静けさどころではないこの冷え切った世界で、暴言を吐かれたのは本当に久しぶりだ。

近くの部屋から頂戴したツナギは思ったよりも動きやすく、人っ子一人居ないサイトを駆け回るには便利だった。
 
   
体に染み付いた、追手を撒く動き。久しぶりの銃声と、手にかかる金属質の確かな重さ。
 
そして、喚声。
 
世界に響く、俺のためだけの音。

 
その何もかもに、少しの嬉しさを感じた。



車の一切通っていない、所々コンクリートのはがれた坂道を、ただ1人走る。片手には注文通りのランタンを持ち、もう片手には懐中電灯を持っている。
 
 
それが苦難への道だとわかっていても、影と地球を踏みつけにして俺は進む。
 
拝借してきたランタンは予想より重く、追っ手を撒くのにも想像以上に時間がかかってしまっていた。こんなことまでしなきゃいけなかったのか?と考えたが、最高の夜を観たいと話したのは俺だなと思いだし、残りの道のりから逃避するようまた無心で走る。

とうとう日は落ち、夜が始まった。木の陰に隠れていた太陽もすっかり姿を消し、夕焼けの橙も次第に薄くなっていく。
 
宵闇に全てが溶けていくようなこの時間帯が俺は好きだ。ただ、腕に付いている電波時計はとっくの昔にお飾りになっていて、正確な時間はわからないのだが。
 
切れ始めた息も心地よかった。肺を刺す空気の感覚を舐め取る。
 
ただただ走り続けていると道は大きく開けた場所に出る。ダムである。設備は止まってから数ヶ月も経っていないのにもかかわらず、廃墟のように錆び、朽ちていた。
 
ポツンと道路の真ん中に乗用車が止まっている。メモの通りのナンバープレートを見て、近づく。
 
 
車の中の先客は狭い車内で足を組み、座っている。俺がドアを開けて入ると、彼が横を向き笑顔を見せた。

「遅かったな。もうすっかり夜だ。」

横に座っている彼はトマトジュース片手に、ガラガラの声でそう呟いた。全身黒の地味な服を着ている。お馴染みの容姿だった。

「いいじゃねえか。おかげで星が綺麗に見えそうだし。」
 
俺は天体観測なんか一度もやったことはないのに、そう言った。
 
いちじくをぱっと撒き散らしたような頬には何かが伝ったような跡が残っていた。
 
車の窓から上手く夜空を見上げるのは至難の業だ。エンジンも壊れてしまっていて、ドアの窓すらも開けることができない。車の外に出ればダムの上から夜空を一望することもできそうだが、面倒くさいのでやめた。今はそれより大切なことがある。
 

「なあ。あれ、スピカか?おとめ座の。俺、誕生月がおとめ座だからわかんだよ。スピカ。」
 
私は子供のように星座を見つけて燥ぐ。都会ではこんなに星も見えなかったから、これぐらいは許されるだろう。
 
紫陽花からこぼれおちた朝露のような色を撒き散らしながらその星は煌めく。スピカは二つの星が結びついた連星らしい。乙女座は恋人と結ばれやすい、と言われるのはそういうことからなのだろうか。そのあとスピカは五つの恒星による連星ということを知り、浮気どころじゃねえな、とも思った。
  
  
「僕は星が綺麗ってこと以外は何も知らないな。どうでもいいし、僕にとっちゃあ夜は仕事の時間だったからな。しし座は誕生月だから名前だけ知ってるけどな。」
 
「お前にはロマンちゅうもんの欠片もねえな。つまんねえやつ。」
 
「うるさい。暗くてパンフが読みにくいから集中させろ。」
 
「んだよ、パンフって。俺より大事なものか?」

暗がりの中、彼は頷く。俺は大きくため息をつく。
 




かったりい。生きてることも。ここにこうして座っていることも。
 
とうに廃墟の街と化した故郷で何度も紡がれた鎮魂歌の旋律が耳に残って離れない。
 
「おい。ライターあるか?」

彼の手からするりとライターが渡った。生娘でもないのにその手の滑らかさにハッとさせられる。
 
「忘れたのか?馬鹿だなあ。人生、いろんな物を忘れてそうだな。どうだ?数えられるか?忘れ物の数。」
 
かてぇ。この硬いライターを片手で付けられるようになった頃には、もう煙草は吸えていた。
 
俺はライター特有の、透明でいて濃い、飴玉のような火で夜空を染める。

「無理そうだわ。」

ランタンに淡く儚い光が灯り、発煙装置もついでに稼働させる。
 
ランタンの点灯は世界の消灯と同義であり、二人だけの世界を成して行く。
 
 
「ま、そうじゃなきゃこんなことしてないわな。」
 
あ、最後の1本、残しといたマルボロ吸ってねえな。折角とっておいたのに。
 
「おい。雲が出てきてちまったぞ。宇宙のゴミぐらい綺麗に見せて欲しいもんだけどなあ。」
 
 
横を見ると、彼は窓の外をぼんやりと眺めていた。彼の眼には星が反射していて、宝石のように輝いている。暗がりの中でも隈の濃い奴の顔の輪郭はくっきりとしていた。
 
どちらかと言えば、俺には実物より彼の眼に映るそれの方が美しい気がした。
 
四角にちぎられたこの世の天井に目を向ける。
 
海に浮かぶ燈火でも撒いたような夜空。
 
金盞花の色を溶かして、煮詰めたらきっとこんなに綺麗だろうなと、思う。
 
奴の血色の悪い頬まで、時を置いて燃え立ったように赤く塗り替えるようだった。




「君は僕の顔ばっか見てないで空でも見てな。さっきまではしゃいでたじゃないか。」
 
少し笑うと、窓に向き直る。窓は雲より先に自分の吐息で曇って見えなくなってしまいそうだ。一等星は自分が幼少期に見た田舎の星より圧倒的に綺麗だ。目が痛くなってくる。
 
汚された空は時を飛ばすたび元来の美しさを放つ。
 
いつもより圧倒的にでかい黒天の下、ずっと街が眠っている。
 
  
時間が止まったよう。
 
永遠に続く螺旋階段を彷彿とさせる。
 
幾筋もの夜這い星、一滴一滴の啼泣が其れを伝って流れ落ちた。
 
金色の万年筆で線をスッと引いた、黒い画用紙のような。
 
「なぁ、次はいつ会えると思う?」
 
「もう君の顔は見飽きたよ。」
 
答えをはぐらかされた。それでも、口を歪ませて笑った。
 
「あっそ。」


嗚咽を漏らす。馬鹿みたいに二人で泣き始めるのは滑稽とも言えた。静かになる余地は存在しなかったように思える。

 
外に辛うじて付いていたガス灯の明かりはカウントダウンのように消えていく。ただでさえ暗い夜が常闇に染まっていく様子は、圧巻とも言えた。
 
ぬくったい煙が車の中を包み込む。おとめ座としし座を雲が隠す。

 
 
 
 
 
 
 
 

   
  
 
 
 
 
  
 
人がいない世界の星空は、天国みたいに綺麗だった。
 
 
 
 
 
 

4/16日早朝、練炭自殺だと思われる男性二人の遺体を発見。
20代の男性2人。付近に生存者が残留している可能性がある為、上彈ダム周辺に機動部隊█-█を投入し、生存者の調査と共に確実な終了を… このファイルを開く
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執筆者: Cocolate
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最終更新: 15 Apr 2023 04:10
最終コメント: 03 Feb 2023 01:04 by Cocolate

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