Tale-JP - 求道に救済は要らない

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「ミツル様の御晴眼と供に祈りを。神父様のお言葉に合わせ唱えなさい。」

「迷える我等人類に救済の道を。」

『迷える我等人類に救済の道を。』

「純真潔白な信者を正しき場所にお導き下さい。」

『純真潔白な信者を正しき場所にお導き下さい。』

「もう一度復しょ──」

 
 
 
 
両開きのドアが勢いよく開かれる。衝撃音が聖域をつんざいた。
 
 
 
薄暗い教会の蝋燭は外からの風で消え、代わりにまばゆい光が差し込む。
 
 
 
祈りを盾とした人間は、悪魔が襲来したかの如く、戦々恐々と振り向く。
 
 
 
「……ガキはどこだ。」
 
 
 
 
 
次の瞬間、ステンドグラスで彩られた教会に銃声が響いた。
 
 
 
 
 
 
 

求道に救済は要らない

 
 
 
 
神父様がその日の"祈り"からおかしくなったのは、誰の目に見ても明らかだった。

  その宗教の信者たちを例外として。


「ご請願を始める。深呼吸を3回ほど。」

ステンドグラスの窓はカーテンで覆われ、蠟燭の光だけが籠る薄暗い礼拝堂で祝詞が耳に入る。

深呼吸。
深呼吸。
深呼吸。

「それでは、いつも通り復唱をお願いします。」

そう神父は呟く。火は声で揺らめかない。空気が張り詰める。

『畏まりました。』

「我等の御霊よ。どうかご加護を。」

『我等の御霊よ。どうかご加護を。』

「迷える我等人類に救済の道を。」

『迷える我等人類に救済の道を。』

「純真潔白な信者を正しき場所にお導き下さい。」

『純真潔白な信者を正しき場所にお導き下さい。』

「貴方様が我らを救うその日まで、修行に励み続けることを誓います。」

『貴方様が我らを救うその日まで、修行に励み続けることを誓います。』

「時が来るまで我々を健やかにお保ちください。」

『時が来るまで我々を健やかに──』


──突如、祈りの場には似つかわしい金属音。

顔を上げると、燭台が床に転げ落ちている。

朧げな光の中、祭壇上の神父様は動揺した様子でこちらを見ている。

「……ミツル君。壇上に上がりなさい。」

突然、僕を名指しで指名する。顔はよく見えないが、強い語気からは緊張感を感じる。

僕はしっかり祝詞を唱えていた。

日課の廊下掃除もちゃんとやったし、𠮟られるようなことはした覚えはない。

不思議に思いながら、講堂の最後尾から壇上へと歩く。

第一、神父様は祝詞中に燭台を倒したり、呼び出しをするような人間ではない。

壇上への階段を上る。

この厳かな礼拝堂で一斉に注目を浴びることは、あまり気持ちの良いものではない。

目立つような言動は避けていたのに、と思う。

祈禱台の横に立つ。

神父様の顔は笑顔か怒り顔なのかも分からない、どこか気味悪い顔だった。

「ミツル君、目を見せなさい。」

「目、ですか。」

「そうだ。……そのままじっとしていなさい。」

少し瞬きをして、動かずに顔を見つめる。
僕の身長は祈禱台と同じくらいで、神父様の身長はそれよりずっと高い。

神父様が僕の目を無理やり開く。僕の眼は別に特段変わったところのない、茶色の目だ。

ただ、嫌な予感がする。

私の顔から手を離すと、カーテンを足早に開け、こう叫ぶ。色のついた光が、一斉に講堂を照らす。

「ミツル様に、ミツル様に神様がお降りになった!明日から、この御晴眼にお祈りを捧げることにする!」

拍手喝采。僕は何も変わっていないのに。

「それでは今日の祈りを終了とします。我らの主に感謝を。また明日。あぁ、ミツル君はこの後、裏の小部屋に来なさい。」

その声でみんな散り散りに帰っていく。

素晴らしいことだ!なんて言いながら去り際に握手を求めるおじさんもいた。

どうして……こうなってしまったのか。

言われた通り、講堂裏の小部屋に向かうことにした。何か教えてくれるかもしれない。


「神父様、どうして僕の目なんかに神様がお降りになられたのですか。もっと他の人の方が信心深いですし、私は身寄りのないただの孤児ですよ。それなのに……」

「ミツル君。信仰とは、そういうものではないんだよ。」

いつも外から帰ってきた神父様がお着替えをなさったり、礼拝に使う蠟燭が置いてある小部屋。僕はこの部屋だけは掃除することになっていない。この部屋に入ったのは神父様に拾われて以来、二回目だった。

「ミツル君は選ばれたんだ。こんなことは滅多にないんだよ。」

僕を見ないで、窓の外を見ながら、静かに呟く。

「でもやっぱりおかしいですよ。いきなりこんなの……」

「そうだね。少し、びっくりさせてしまったかもしれない。だが……」

そう話すと、振り返って、僕の肩を突然掴む。

「第一、君にお降りなさったことはとても素晴らしいことなんだ! こうして私が……私がミツル様と話せているのも、いつまでかはわからない! とにかく素晴らしいことなんだ! キミには我々を……いや!世界を!世界を救える潜在性がある! ……あぁそうだ。選ばれた君に少しばかり修行を積んで欲しいことがあるんだ。……これは君に与えられた責務なんだよ!ミツル君!」

僕の肩から手を離し、にっこり笑顔を向ける。


ああ、そうか……

「今日は宿舎に戻っていいから、また明日、ここに来なさい。明日は朝の礼拝があるから、その後でいい。」


もう僕は、ここに人間として居れなくなってしまったのか。


目が覚める。ふと昨日の事を思い返す。全部現実だ。

初夏のじめっとした部屋に嫌気がさし、窓を開ける。6:26、礼拝までは一時間ほどある。

昨日の神父様の真剣な顔を思い出す。僕の目をまじまじと見て、御晴眼だなんて。

パジャマを脱ぎ、修道服に着替える。

正直、気味が悪い。こんなにみんなは真剣に祈っているのに、当然ふらっと拾われた子供に神様が下りるなんて、そんなことがあるわけないじゃないか。

歯を磨いて、身だしなみを整える。

礼拝が憂鬱だった。こんな日は初めてだ。


それからというもの、礼拝の後には必ず小部屋に呼び出された。

いくつも魔法陣のようなものを書かされた。
信じる人を救うもの、恐怖を和らげるもの、そして、いざという時のもの。

いくつも祈りの方法を教わった。
蠟燭の明かりの色を変えるもの、普通の水を聖水へと変えるもの、そして、小さな奇跡を起こすもの。

そして、目の形をした不気味な装身具で病人を治す練習もさせられた。

父と母と僕は、僕が生まれて間もなく交通事故にあった。
唯一生き残った僕は悲劇の子、また孤児として、遠い親戚だった神父様に、この教会で育てられた。

僕が掃除を一生懸命にやっていたのも、礼拝にきちんと参加していたのも、毎日礼儀正しくしていたのも、神父様がここで預かってくれたお礼の為だった。

神とか信仰とか祈りとか、その全部が自分には分からなかった。


どこにでもある白色アパートの一室。2Kの一人で暮らすのには少し大きい、JAGPATOを経由して借りることができた家だ。築40年なのに、それ相応の値段がする。給料から天引きだから、あんまり意識したことはないが、もう少し安いところに住みたいなあとこの男は漠然と思っていた。

ベランダに出て、10本目の煙草に口をつける。最近は煙草を買う以外で外へ出ることも少ない。

元排撃班、"燈籠"なんて呼ばれた時代もある。極東支部の排撃班の中でも気性は荒く、近寄りたくないと形容されるような人物だった。しかし、腕前は本物で、タイプ・グリーンの粛清数は1年に2桁を越していた。去年までは。

自分の排撃班のメンツが皆殺しに遭ったのだ。タイプ・ブルーを粛正したときの話だった。GOCでは特段珍しいことではない。

ただ、極東支部のヒールとも呼ばれていた"燈籠"を拾ってくれる優しい人間は早々見つからずこうして堕落した生活を送っているというわけだ。

「最近、トレーニングも碌にしなくなっちまったな。」

ぼやきは誰にも届くことはない。気晴らしにもならない。惰眠を謳歌するのは、この半分ニートとなってしまったおじさんには少々きついものであったが、給料は降りる。生活に困ったことは無かった。


ある、湿気て煙草に火が付きづらい日のことだった。固定電話が鳴った。

「明日の午後、福本に顔を出してくれ。仕事だ。」

秘密回線なのに、隠語を使う司令がかったるい。福本は福岡にある本部のことだろう。仕事ってのは……

「同伴は?」

「1人だ。」

「"拉麺狂"から情報は降りてんのか?」

評価班のことだ。

「明日伝える。」

向こうも、自分よりも年上の平の工作員と長話をしたくはないんだろう。

「ああ。」

受話器を元の位置に戻す。今日だけでも、運動しておくか。


彼は何度来ても本部という場所は苦手だった。傍から見たらただのビルなところも、堅物が多いところも、こうやって仕事のたびに招集をかけられるところも。

「んで、この身寄りのないおじさんに何をしろってんだい。任務って言っても、ブランクは長え。そんな使いにくい野郎に何の御用ですか。」

ビルの8階。真面目で安楽椅子が似合わない地区長は少し頭を抱えながら、こう答える。

「卑下するな。ちょっと対処がめんどくさいのが現れてな。これを見てくれ。」

かくして、手渡された書類は特段変わったものではなかった。

脅威存在データベースエントリ

脅威ID:

KTE-52JP-Blind Believer ー 盲目な信奉者

認可レスポンスレベル:

3 中度脅威

概要:
当該脅威存在は福岡県███市██町を拠点として存在している構成員が20~40人程度の新興宗教団体である。活動拠点は████教会を改装したものである。

当該脅威存在は基本的に非異常の宗教団体と差異はないと思われていたが、浮羽 満(12)と呼称される人物が8900Caspersを超えるアスペクト放射を発していることから何かしらの神性を獲得していることを評価班が検知し、脅威存在データベースエントリへの登録が行われた。浮羽 満という人物については未だに不明な点が多い。しかし、戸籍上は孤児として扱われているが█年ほど前から足取りが掴めていない点、学校などに通っている様子も確認できない点から、宗教団体に半強制的に保護されていたものと思われる。

交戦方式:

今後協議の必要があるが、地元に根付いている宗教団体であること、活動拠点が慈善活動の拠点である教会であることから、大衆の目に晒される可能性が大いにある。その為、排撃班の人員はなるべく少人数でかつ迅速に粛清をするのが望ましい。その後は隠蔽用のカバーストーリーの流布が精神部門によって行われる。

「んで。この下の方にある突撃を俺がやれと。」

「そういう事だ。」

ため息をつく。

「バックアップに評価班は付くか?」

地区長は頷く。

「やるよ。どうせ俺以外に"独り身"でパッと動けそうなやつもいない。そうだろ?」

「快諾してくれて助かった。」

恐らく拒否したところで何も変わらない。

「んじゃ。またなんかあったら電話で。」

「いや、もう日程は決まっている。5日後だ。」

ああ、本当にそういうの好きだよなぁ、と思いながら、

「ここに来りゃいいんだな。」

「頼んだ。」

ガチャと大きな音を立て、地区長室のドアが閉まる。

「無茶な任務だよ。本当に。」

地区長の独り言は誰にも聞こえない。


礼拝の時間だ。

蠟燭のみの薄明かりで、いつもと同じみんなの暗い視線が僕に注がれる。もう慣れっこだ。

白い、キレイな服を身につけて僕は壇上に上がる。

講堂の頭上に向かって、両手を広げる。何の意味があるのかまだ分からない。

「ミツル様の御晴眼と供に祈りを。神父様のお言葉に合わせ唱えなさい。」

こんな事、いつまで続けているんだろう。でも、もう嫌気すらも湧かなくなった。

『畏まりました。』

「我等の御霊よ。どうかご加護を。」

『我等の御霊よ。どうかご加護を。』

気のせいか、前よりも語気が強い。どうして今まで気づかなかったんだろう。

「迷える我等人類に救済の道を!」

『迷える我等人類に救済の道を!』

救済なんて。

「純真潔白な信者を正しき場所にお導き下さい!」

『純真潔白な信者を正しき場所にお導き下さい!』

そうか。

「貴方様が我らを救うその日まで、修行に励み続けることを誓います!」

『貴方様が我らを救うその日まで、修行に励み続けることを誓います!』

もう、耳をずっと塞いでいたのか。何度も範唱するこの祝詞が自分を蝕むような気がして、耐えきれなくなってしまいそうだったのかもしれない。

「時が来るまで我々を健やかにお保ちください!」

『時が来るまで我々を健やかにお保ちください!』

じゃあ僕も、その時が来るように願ってしまえば楽なんだ。

「再度、ミツル様の御晴眼と供に祈りを。神父様のお言葉に合わせ唱えなさい。」

どうか、神様お願いします。

「迷える我等人類に救済の道を!」

『迷える我等人類に救済の道を!』

正しくなんかなくていいから、僕にも救済の道をください。

「純真潔白な信者を正しき場所にお導き下さい!」

『純真潔白な信者を正しき場所にお導き下さい!』

純粋潔白でもなんでもない僕を、正しき場所にお導き下さい。神様、いや──

誰か、助けてください。

「もう一度復しょ──」

両開きのドアが勢いよく開かれる。衝撃音が聖域をつんざいた。
 
 
 

薄暗い教会の蝋燭は外からの風で消え、代わりにまばゆい光が差し込む。
 
 
 

次の瞬間、ステンドグラスで彩られた教会に銃声が響いた。


教会内は酷い惨状になった。だが、今まで彼が見てきた景色の中では幾分マシだったかもしれない。

「ったく……ガキはどこだ!」

叫んでも返答はない。当たり前と言えば、その通りだ。

死体を踏みながら電気を探す。足裏の感覚は懐かしく、やはり気持ち悪い。


「わかったね。3番、目の儀式だ。」


ふと。講堂の奥で人影が動いた。VERITASに反応はない。

「動くんじゃねぇ!後で面倒なんだよ!」

弾丸を数発、奥の方へ入れる。

反応は無い。撃ち損ねたか。

ようやく見つけたスイッチから電気をつけると、周りには血で染まった白と茶色の飾り物が無数に存在している。

「これは目……か……?」


「君は撃たれても生きられるんだ。さあ、今すぐこの御晴眼を使って。」

さっきの人影を探すため、ぼやきながら祭壇の方へと向かう。

「どこのどいつだ?こんなもんを作った悪趣味な野郎は?」


「今すぐ、だ。急ぎなさい。」

信徒は、恐らく全員死んだ。真っ赤な絨毯を踏むと血が染み出す。血で赤いのか元から赤いのかは分からない。

壇上への階段を上る。祭壇から見下ろすと生気の無い顔の信徒が見える。無論、死んでいるのだが。

横に目を移すと、祈禱台の裏。
神父みたいな少しご立派な服の人間が、少年を盾にして地面に這い蹲っている。少年の怯えた、茶色く澄んだ瞳がこちらを見つめる。

「おいおい、そいつを盾にして良いのかよ。それに、目的はオッサンじゃなくて、」


「君ならできるんだろ?ほら。やりなさ  

撃鉄を上げる。

「そのガキなんだよ。」

少し前とは違って、静かで、重い一発だった。


「死んだか?」

暗くてよく見えないと考えた彼は目の前のカーテンを思いっきり開く。夕焼けの橙がステンドグラス越しに二つの横たわった人影に差し込む。

少年の目に打ちこまれた一弾の銃創は彼の後頭部を下向きに貫通し、神父のように見える人物の胸部を貫いている、と確認が終わると同時にうめき声が聞こえる。

「おい。ガキ、生きてんのか?」

通常なら、有り得ない。基本的にタイプ・ブルーは奇跡論を使用するだけで余程強力でもない限り身体構造は人間と大して変わりはしない。さっきの一撃で即死のはずだ。

「おい。起きろよ。」

黒髪を掴み、顔面を見つめる。VERITASの反応は目だけに示されている。アスペクト放射は報告書に書かれてていた値の5%、つまりとても微弱なものだ。400キャスパー、トパーズ、フラット、ルーズ。蘇生系統の魔術だろう。バックラッシュはこの程度ならほぼ起きないと考えていい。

少年の茶色の右目は潰れ、黒い眼孔だけが健在な左目とともに銃撃者を見つめる。何かに縋りつくような右手を掲げながら。

「なんだその手は?」

「助けてくれて、ありがとうございます。」

文字通りの虚ろな目でそう呟く。襲撃者はドッと吹き出す。そしてげらげら笑いながら血塗れの壇上に座り込む。

「あんなぁ。あんた、今から俺に殺されるんだぞ。」


自分があの礼拝の途中に、現実から遠く離れた夢の世界に連れていかれたように思える。
こうして、目の前の状況が現実のものだと受け入れられないまま、こうして日の落ちかける教会に2人座っている。

僕とおじさんは祭壇の端に腰かけている。僕にとっては目の前に広がる光景も休息のように思えた。

「なるほど。つまり、その変なお告げを受けた後に儀式ができるようになった、と。」

僕の目を打ち抜いたおじさんは返答する。僕は頷く。

「んじゃあ、目以外の怪我はどうやって治したんだ。他にも知りてぇ奇跡論は死ぬほどあるけど、それは今じゃないからな。」

「こうやって、手の骨を折って、無理やり結んだ後に、血をつければ勝手に。」

手の骨を折るのももう慣れっこだった。何度も練習したし、何なら実演だって今日やった。

「キネトグリフってことか。ちょっとめんどくさいな。」

「おじさん、僕を殺さないとなんじゃないの?」

はぁ、とため息を吐かれる。

「なんでそうやってお前に言われないといけねぇんだ。こっちもな、久しぶりの任務で気分がいいところに喋れるガキをわざわざ殺したい悪趣味なおっさんじゃねえんだよ。」

「おじさんは喋れる子どもと話すのは珍しいの?」

「ああ、生憎。仕事柄な。」

そうなんだ。と、小さく呟く。外からの明かりはすっかり無くなっていた。

「おじさん、僕さ、死んでもいいよ。」

ふと気づくと、そう告げていた。おじさんはまた笑いながらこう告げた。

「なんでそう思ったんだ?」

「僕にとっての『救済』って死ぬことなのかなあなんて思って。」

別に噓を言ったつもりはない。本気だった。

「じゃあよ。」

おじさんは壇上から降り、死体を蹴りながら外へ手招いた。

「お前のその修行の道に救済なんか要らねえよ。ほら、行くぞ」

「どこに?」

「お前を別のもっと救われない道に、やりがいも無い、皆が平和に過ごす中苦しみ続ける道に連れてってやるよ。」


「評価班に連絡。浮羽満は神性の依り所だった目が潰れた。すなわち低脅威タイプ・ブルーと認定できる。」

「それがどうした。」

「人員保護だ。タイプ・ブルーは雇用すんだろ?回収班を用意させろ。」

通信機の向こう側がざわめく。"燈籠"が純粋な殺戮専用機だと思っていたからだろうか。

「司令に問い合わせる。粛清続行という判断が出たらそれに従え。」

「わかってるよ。じゃ。」

教会前の小さな広場でそう話すと、両開きのドアから例の少年が顔を出す。

彼は空を指さす。星が綺麗だ、と少年に伝えたいのだ。

「今夜は晴れたな。」

近隣は山に囲まれていて、全面の星は見えないけど、それでも天頂には星が浮かんでいた。学が無いからベガだのオリオンだのは場所が一切わからない。けれど、少年が最後に見る景色にしては立派なものじゃないかとも考えた。

「なあ、少年。お前はもう片目も潰さなきゃいけない。残念ながらお前に拒否権は無い。」

少年は草原に倒れこむ。静かに上を見つめる。

「いいよ。おじさんがそう言うなら。」

「話が早いな。助かる。」

無用の長物になっていたブラック・スーツからナイフを取り出す。少年の眼前に突き立てる。

「現実世界は名残惜しくないか?」

「ちっとも。」

「んじゃ、行くぞ。」

視神経と眼球を丁寧に抉り出すのに、そう時間はかからなかった。


既に右目が見えなくなった僕から左目もなくなることは、そう難しいことじゃなかった。

確かに痛かったけど、自分の指を折るよりは痛くなかった……気もする。

「すごい。ほんとに何も見えないや。」

右手と左手を開いて閉じても何も見えない。夜外に出てもこんなに暗かったことはない。

「これから君は俺が勤めてる、世界オカルト連合ってとこに連れていかれる。俺の経験則、盲目の部隊員がいたことはないけども、たぶん適切なとこに配属されるだろう。」

声の主の方に足を踏み出す。
目が見えないという事は、踏みしめた感触と空気感だけで足を動かさなければいけない。大変な作業だ。

「意外と視覚がないって難しいだろ。俺も昔何も見えなくなった時に味方を皆殺しにされた時があってな。あん時はすぐに見えるようになったけども、目が見えないのは俺も嫌いなんだ。」

「じゃあどうして、僕の目を?」

「俺も好んでお前の目をエグる趣味はない。お前の眼に信仰がある限り、うちはお前を雇えないから、やっただけだ。それに、」

「それに?」

おじさんは僕の頭に手を乗せてこう言った。

「救済には修業が必要なんだろ?苦しみってやつなんじゃないかな。」

そういわれてしまうと、妙に納得できてしまった。


AT/ST探査報告 (デブリーフ)

関与した評価/排撃班:

AT-401JP - "拉麺狂"

提出した工作員:

"粉物" 81402226/401JP

任務(場所/目的):

福岡県███市██町を拠点として存在している構成員が20~40人程度の新興宗教団体へ壊滅的打撃を与えるために行われた。活動拠点は████教会を改装したものである。特に8900Caspersを超えるアスペクト放射を発している浮羽 満(12)と呼称されるタイプ・ブルーの修正を主な任務とした。

遭遇報告/敵対存在の概要:

ほぼ全ての構成員が非異常の人間であることが示された。また、浮羽 満に関しても構成員の信仰の対象であった彼の目だけに限定的な神性の付与が行われていたことが判明したことから、神性を付与させた人物は神父である可能性が高く、本人が元来からタイプ・ブルーであった可能性は低いと判断された。また、浮羽 満の目に関しては排撃班未所属のエージェント"燈籠"によって破壊されている。浮羽 満本人も限定的ではあるものの奇跡論やキネトグリフに関する知識を有していたことから、現在は保護されている。

結果:

浮羽 満を除いた構成員の粛清。浮羽 満の保護。

職員状況:

最良(犠牲者、負傷者共に未発生)

結論/提言:

浮羽 満の取扱いに関しては精神部門による厳正な協議が必要です。彼は紛れもない元タイプ・ブルーです。今も奇跡論に関する知識を有しています。いくら盲目だからとはいえ、このような甘い保護の仕方では他のアノマリーに関する取扱い方にも議論を必要とすることになってしまうでしょう。


明くる朝、白色アパートの一室。

ベランダに向かう過程、朝イチの煙草を体が欲し、ライターを手に取る、とそのはずみで間違ってテレビの電源が付く。

  続いてのニュースです。福岡県を拠点に活動し、孤児の違法な受け入れや信者からの多額の寄付金接収などが問題視されていた、新興宗教団体の  

煙草を吸おうとした手が止まり、身体がテレビに向く。

  この行方不明者の中には孤児として受け入れられていた10代の男の子、60代の教祖も含まれており、教会が倒壊していることから警察は重機を使った  

あと3日もすれば、カバーストーリー「土砂崩れ」だの「集団自殺」だの、それっぽいのが適用されるだろう。

  そうですね、やはり人間には、不安を感じた時に神なんかに対する異様な信仰心理が』

電源を消す。

あの時、あの少年には、カタチの無い何かを信仰する気持ちは存在しなかった。

ただ、少なくともあの少年は、救済を願っていた。

ただ教会の奴らと違ったのは、願いの相手が神なんて生っちょろいものではなく、自分に寄り添ってくれるもの。もしくは、自分自身。

例の作戦の日、文字通り伽藍洞な少年の目を思い出す。

そして、にやりと笑い、またドッと吹き出した。

「あの目……いっそ殺したほうが良かったな……つって」

男はひとしきり笑ってベランダに再度向かう。

「あっ」

箱の中には、たった1本の煙草。

男は顔をしかめるも、すぐにその1本に火をつけて咥える。

「……煙草、安くなんねぇかなぁ……」

男はベランダで1人、誰に願うわけでもなく、澄んだ空にぽつりとぼやいた。



jp tale 世界オカルト連合



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執筆者: Fireflyer
文字数: 12159
リビジョン数: 41
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最終更新: 06 Sep 2023 23:09
最終コメント: 16 Aug 2023 02:47 by Fireflyer

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