rain-000のサンドボックスポータル

 

『状況を確認する。』

『今回の対象はカリフォルニア州に本社を構えるロンドベルト社CEO、ロナルド・ホーリー氏だ。』
『対象は3年前からフロント企業であるマローズ社の仲介で“商品”販売の窓口を任されていた。』
『だが、今回の不祥事でこの取引が明るみに出た。相手方もこの不祥事に気付いている。』
『現在対象は逃亡中。潜伏先と考えられる12箇所を捜索。』
『フィールドエージェントの報告により、28時間前より祖母のコテージへ潜伏している事が判明した。』

[沈黙]

『“窓口”はいくらでも代わりはいる。だが顧客はまだ価値がある。』
『このデータは、相手方も欲しがっているだろう。』

『故の作戦だ。今回の任務はロナルド氏が所有している顧客データ及びロナルド氏の処理だ。』
『あの男は知り過ぎている。』

『敵の動きも速いだろう、気取られて先を越されるな。接触される前にこちらから仕掛ける。』

『以上、解散。』

 
 


 
 
今日で何度目だろうか。
ロンドベルト社CEOのロナルド・ホーリー氏は頭を抱えていた。
悪化の一途を辿る業績。明らかに操作された経営不振。
ロナルド氏は一人、コテージでウォッカを呷りながら俯いた。
この異常な不景気には傾向には見覚えがある。

「『財団』…か。」

この業界における一種の都市伝説だ。
ロンドベルト社はここ数年、パワーストーンや占いアイテムといった所謂霊感商法で生計を立てていた。
もちろん、それだけならどうという事はない。
胡散臭い偽物だ。と笑われるのが通例だ。
だが、我々の商品は普通の物品ではない。
本来表向きの市場には出回らない異常物品。

MC&Dを名乗る商社の商品だ。
我がロンドベルト社は闇市場で少しばかり儲けを働いていた。

そして、そういった闇市場は常に『財団』と呼ばれる組織によって監視されていると。
もし彼らに目をつけられたら、生き残るのは難しいとも。

『随分荒れてるわね。飲み過ぎよ。肝臓が悪いんじゃなかったかしら?』

“sound only”と表示されたPCからは低い女性の声が聞こえる。
名をメアリー・ドーザン。
当時倒産寸前だったロンドベルト社にMC&D社を紹介して業績を大きく回復してくれた仲介人である。
彼女もまた、ロナルドと同じくCEOである。
数ヶ月前に同じ様に経営不振で倒産したマローズ社のCEOだった。

彼女もまた、“財団” と呼ばれる組織の介入で倒産に追いやられている。

「助けてくれ、メアリー。君のように逃げ回れる自信はない。このコテージが最後の砦なんだ。MC&Dはなんと言っている?」

メアリー氏は自身の会社の倒産直前に失踪。セーフハウスを転々とし、数週間前から見ず知らずの他人のコテージを根城にしているらしい。
観光シーズンが来るまではここで身を潜めるそうだ。

『…何より危険なのは顧客情報の漏洩、と聞いています。財団とやらの目的が我々の市場の乗っ取りの場合、そのデータが最も欲してるものでしょう。』

財団によって多くの闇市場が荒らされている。
ロナルド自身も見た。財団によって記憶が抜き取られ、全てを忘れた人間を覚えている。

震えた手で、ロナルド氏はテーブルのノートPCに触れた。

「な、ならば破壊する。証拠がなければ財団の奴らも…」
『今のご時世HDDを破壊した程度では意味ないわ。彼等なら破片からでもデータを復元する。』
「では…私はどうすれば…。」

私はただ、父の残した古物商の会社を残す為に必死だっただけなのにと。
去っていく社員を見返すべく、多くのものに手を出した。
会社の名を残すため、それでも残ってくれる社員のために。
────それが、間違いだったのかもしれないが。
そう、ロナルド氏は唇を噛んだ。

『…MC&D社は契約の破棄を提案しています。顧客データの譲渡が条件ですが、エージェントが直接受け取りに行くので渡していただければ社名は守られるでしょう。エージェントの名は…。』
 
 


 
 
「ミシェーラ・カミンスキーと申します。Mr.ロナルド。」

翌日、避難先のコテージに現れた初対面の女性に握手を求められてロナルド氏はぎこちなく応えた。

MC&D社のエージェント。
思った以上に普通の女性である…と言うのがロナルド氏の所感である。
ブロンドの髪に白い肌。吸い込まれるような碧眼。
どうにもロシア系らしいが目元に何処かアジア系の雰囲気を残した端正な顔立ち。
黒を基調としたスーツ姿で、見ただけでわかる細い指を隠すように黒の革手袋。
まるで自身が誰かの所有物だと思わせる首元のチョーカーに思わず目を引く。
彼女がヒールを履いていても195cmのロナルド氏が見下ろす高くもなければ低くもない身長。
胸元に小さく縫われたMC&Dの文字
動くだけでふわり、と甘い匂いを残す。そんな女性だった。

「すまない…随分散らかっているだろう…すぐに片付けよう…。」

「いえ、構いません。…お話は伺っております。まずは顧客データを、我々との契約の破棄、という意味で構いませんか?」

ミシェーラ氏は散らかった酒瓶を避ける様に歩きロナルド氏に問いかけた。
時間を気にしているのか時計を見ながらで。

「あ、ああ。構わない。これだ…主要な情報は全てこのHDDの中だ。」

ロナルド氏も先程PCから引き抜いたばかりのHDDを差し出した。
ミシェーラもこれを受け取ると何やら端末と繋いで断片的に中身を確認する。
唇に指を当てて、思案する様に端末のモニターを見つめて。

「これでいいのか。」
「…確かに。これで我々とロンドベルト社は無関係です。記録が無ければ契約相手ですらなくなる。…今まで同様に経営は傾いたままでしょうが、ロンドベルト社は我々に名前だけ利用された数あるフロント企業となります。…最低限は守られるでしょう。」
「…そうか。あぁ…。」

これで、良い。とロナルド氏は胸を撫で降ろした。
脱力感でソファに深々と座る。

ある種の開放感と、形容しがたい脱力感。

不意に、目頭が熱くなる。

「……泣いているのですか?」
「あ、あぁ…すまない。気が抜けてしまった。ようだ。」

目尻から溢れた涙にロナルド氏は指でソレを拭う。

「…みっともない男だろうな。君たちに手を借りて、荒稼ぎして…今こうやってまた君達の手を借りている。」
「貴方達の仕事を受けるようになってから、頭は低く生きていこうと思ってきた…。」

ロナルド氏は立ち上がって語る。
窓を開いて外の風景を見る。
遠く山と草原が一望できる、景色だけは一等地のコテージだ。

「だが、結局ダメだった。…私には無理だったらしい。…何一つ、自分でやった物もない。社名も、客も、仲間も…全部他人から貰った物だ。」

それを羨む訳でも、妬む訳でもない。
ただ、誰かに認められたかった。

「足を洗うよ。貴方達ともこれでお別れだ…また、昔みたいな古物商になる…それで、私についてきてくれた人達の少しは恩返しになったのだろうか…。」
「…私は。」

その問いに、ミシェーラは少しだけ戸惑った。

「私には────分かりません。ただのエージェントである私には貴方の業務も、その在り方も。」

「ですが、その涙と見ず知らずの私に話した言葉が本心であるのなら────きっと。」

きっと業務外の言葉だったろう。
必要以上の会話さえ、本来なら許されないかもしれない。
それでも、口を開いたミシェーラ氏の表情でついロナルド氏も微笑む。

「…少し、喋りすぎた。…すまないね、私の悪い癖だ。…茶でも出そう。そういえば来て頂いたのに持て成していなかった。」
「え? いえ、そんな…」
「茶の一杯飲む暇くらいあるだろう? こう見えても紅茶は好きなんだ。」

そこの酒瓶を見ても信じてもらえないだろうがね、と冗談交じりにウインクして。
ミシェーラ氏が否定する前にロナルド氏は近くの戸棚を開く。
中には上等な茶葉が入っているだろう装飾の施された缶やティーカップが並べられていた。
ミシェーラ氏も、腕時計を見て少し迷った様子で席に着いた。
その様子を見てロナルド氏も安心してカップを取り出す。

「…ん? こんな茶葉はあったかな?…私はダージリンしか飲まないのだが…」

テーブルに2組のカップを出した時点でロナルド氏は怪訝な声をあげた。
ロナルド氏は戸棚の奥の見慣れない缶を取り出して首を傾げる。

「ん…重いな。何処の茶葉だ?」

銘柄は読めない。海外の物だろうか。
見覚えのない缶だ。少なくともロナルド氏の好むダージリンとは書かれていない。
未開封の様に見えた缶を開けようとして────。

「ッ────ロナルド!!」
「え…?」

ミシェーラ氏の叫び声に反応した瞬間だろう。
ロナルド氏の開いて茶葉缶は閃光と雷鳴を放つ。
部屋の内装を吹き飛ばし、轟音と共に視界を白く染め上げた。
 
 


 
 
『────えるか、エージェント・双葉先! 聞こえるか!!』
「…あ、生きて、…ます。」

名前を呼ばれ、顔を焼く熱気が目を覚まさせた。
耳元の通信機からの声すらもか細く聞こえるのは自身の所為だろうか。
首元のチョーカーに偽装した咽喉マイクで応える。
どうやら鼓膜がやられたらしい。自分の声さえ不確かだ。

『なら良い。状況報告。』

床に叩きつけられ、呼吸すら躊躇われる熱気が視界を占めていた。
目の前は猛烈に燃え広がる爆炎に包まれている。
熱で溶けたブロンドのウィッグを投げ捨てる。
見れば腹部に木々の破片が刺さり、血が滲んでいた。

どうやら、自分達は、“財団”は後手に回っていたらしい。

こちらを監視しての遠隔爆破か、もしくはロナルド氏が“客人”相手に紅茶を淹れるのを予測していたのか。

「っ…負傷あり、…全身に複数の裂傷と火傷です。…ですが、動けます。」

視界の端には、先程まで話していた男が転がっていた。
全身が炎に包まれて筋肉の収縮で曲がりきった関節を見るに、手遅れだと分かる。
炎に包まれて黒色に焦げた顔の半分は吹き飛んでいても。
熱で溶けた所為か既に眼孔は窪み、骨に纏わり付いた薄いに肉だけになったとしても。
それがロナルド・ホーリー氏である事は理解できた。

「熱っ…い。」

視界が赤い。
思わず立ち上がろうとすると左脚に痛みが走る。
見れは膝から下が焼け爛れていた。
立ち上がる事は難しい。辛うじて生きている腕で移動する。
伸ばした手で、HDDに触れた。

「HDDは…ダメです。損壊が激しい…。」
『了解した。救護ヘリを送った。作戦中止、脱出せよ。…急げ!』
 
まだ活きている片方の耳が遠くで聞こえるヘリの音を確認するが、立つことすらままならない。
這って動く度に、火傷で焼けた腹部や腕部の悲鳴が聞こえる。
そこまで大きいコテージではない。
入り口までほんの数メートルだ。走れたらほんの2秒とかからない。
その数メートルが遠過ぎる。

「ぁ…っ…..。」

激痛と熱風が、身を焼き尽くす。
引き摺った脚の皮膚が裂ける音がする。
背中が、溶ける臭いがする。
血の滲む手が、焦げ付いて焼けていく。

あぁ────、ダメだ。

燃え盛る炎の中で、伸ばした手を扉へ向けて。
崩れ落ちるコテージと共にエージェント・双葉先はその意識を失った。



ステータス未定義の下書きリスト



批評中下書きリスト



批評中断状態の下書きリスト



批評が終了した下書きリスト

特に指定がない限り、このサイトのコンテンツには次のライセンスが適用されます: Creative Commons Attribution-ShareAlike 3.0 License