[イラスト差し込み]
ーまさに、切り裂きジャックが現代に居たら殺害現場はこのようなものだったのだろうか。
私、鈴宮冬樹は近所住人の通報を聞いて現場に着き、言葉を失った。
壁中が血塗れ。
足の踏み所がなくなるほど撒き散らされた紙には赤黒い血が染み込み、真っ赤な絨毯を形作っていた。
踏むとグチャリと血が染みだす感触がカバーをした靴越しに伝わり、不快感を覚える。
これをたったの15歳の少女がやったのか。
喉に異物感が込み上げ、咄嗟に飲み込む。
いつしか息が荒くなっていた。
これまでいくつものむごい現場を見てきた。
水死体、滅多刺し現場。
しかしこれほど怨念憎悪が空気に充満している現場は初めてだ。
それこそ、初任で遺体を見たときの気分を思い出すほどに。
それと、地面に敷き詰められた紙全てに被害者の似顔絵が書いてあることも吐き気の一因であった。
あまりにも…すさまじい。
私は加害者の少女、生島恵の事情聴取をすることになった。
なぜかはわからないし、もうかかわり合いになりたくないとも思っていた。
あの密室であの事件の加害者と二人きり。
私は懐に警棒を入れた。
取調室に入ってみると、私が想像していた猟奇殺人犯のイメージ像とはまったくかけ離れたその人が椅子にちょこんと座っていた。
「こんにちは、私は担当刑事の鈴宮冬樹です。生島恵さんですね?」
「はい。生島恵です。」
少女はなかなかゆったりとした喋り方をする少女で、伏せがちな瞳以外はあの母親と共通点が見出だせなかった。俗世的に言ってしまえば、かわいい。といったものだろうか。
赤茶けたネコ毛の髪に病的な白い肌。骨ばった手、異様に細い体。
細い…よりガリガリという言葉が似合うようなその少女の目は落ち窪み、深い隈と長いこと切られていないと思われる前髪が陰鬱さを演出しているところが非常に勿体ない。
私は身元確認及び書類整理の間にそのようなことを考えた。
「じゃあ…そうだね、生島さんはなんでお母さんを殺してしまったのかな。」
「恵でいいです。あんなのが母親…刑事さんは冗談が上手いですね。」
「戸籍上はそうだからね。その言い方じゃ何かあったのかな?」
「…」
「刑事さん、刑事さんの母親はどんな人ですか?」
「私?私の母親ね…ちょっと抜けた人だけど優しいかな、私の警察になるって夢を応援してくれたし。」
「……そういう面では私の母も”ハハオヤ”なのかもしれませんね。母は私の画家になるっていう夢を応援して、芸術専門科のある高等学校に通わせてくれました。」
「じゃあ…」
「前の父親までは。」
「…」
「母は私が前の父親の子だから、似ているからと私を学校に行かせなくなりました。友達も最初は心配してくれていたんですけど、そのうち連絡もくれなくなって、私が心を許せるのはクロッキー張と鉛筆だけになりました。」
最初は服を全て捨てられました。
次は教科書を全て捨てられました。
その次は新しい父親のツレの慰みものにと体を売られました。
ご飯をくれなくなりました。
なぐられるようになりました。
知ってますか?人間って自分にはどうにもできないと察したら諦めるしかなくなるんです。
服も教科書も、体を売られることも、諦めました。
でも、絵は続けました。
たった一つでも救いがあればと思ったのと、いつか自由になったら絵を描いて生きていきたかったからです。
でも。
ご飯をもらえなくなって、殴られるようになってからは、絵が描けなくなりました。
最後の方は口で描いてたんですけど、それもできなくなって。
「最後の力を振り絞って、殺しました。何回も何回も刺しました。動かなくなっても刺しました。たくさんたくさん血が出ました。たくさんたくさん血が出たので紙に吸わせるしかありませんでした。」
「…つらく、なかった?」
「あの人は、”ドクオヤ”でした。知ってますか?望まれて生まれた人間って自分がずっと一番だとおもってるんですよ。だから自分の周りが見えなくなるんです。自分を甘やかして、自分ができてるとおもっているから他人に当たり散らして。なにもできていないのに。お笑い草ですね。そんな屑だから殺しました。目障りなものは死んでも良い、母が言っていました。なら殺して良かったんです。私は母を信じて母を愛していたのに、母は私を裏切った。なら必要ありません。約束を守れないのは悪いこです。」
「…」
私は何も言えませんでした。
でも、きっとこの子は悪くない、そう思いました。
私たちが汚い行動を繰り返す限り、これは繰り返されるんだと思います。
この子がこんな絵しか描けなくなったのは、きっと私たちのせいなんです。
あの母親が毒親になってしまったのも、きっと私たちのせい。
そう思って、わたしはこのファイルに『9月4日児童毒親殺害事件』と書きました。
これを公表して、多くの人が見てくれますように。
血まみれの部屋しか見に行けなかった私たちの他に誰かが、彼女を救ってあげられたら。
これを永遠に保存することを望みます。
私は彼女を引き取ります。
鈴宮冬樹
[イラスト差し込み]