水玉クローゼット


帰路の夢

夢はみる・みないという訳ではなくて、就寝すれば誰もが必ずみるものの、起床時にそれを覚えているか覚えていないかなのだと、以前耳にした事があります。一般的に用いられている前者の表現を用いるならば、幼少からの僕はかなり夢を見やすい体質であったと言えるでしょう。眠ればかならず何かしらの夢をみますし、その中での出来事や展開が突拍子もない、という点を無視すれば、色彩や痛覚などを含む自らの体感・認識する五感も、現実とほぼ同様といえるものであったと認識しています。これらを文章に書き起こしてみるのが楽しくて、夢日記つけていた時期もありました。

中学生の頃でしょうか。ある晩眠りに就くと、このような夢を見ました。

気が付くと僕は、制服の学ランを着て学校指定の鞄を背負い、どういう訳か時刻も分からぬ程暗い夜に、学校から自宅へ向かう帰路に就いていました。部活か課外作業か、ここまで帰りが遅れてしまった事に強い焦燥感を抱え、誰ひとり通行者も無い田舎道と周囲の風景へ、怯えた様にきょろきょろと視線を走らせていた事を覚えています。
お恥ずかしながら生来の怖がりであるため、今でも夜道を歩くとなれば、僕は実際にこの様な挙動をしてしまいます。ただ、夢の中の光景はここが田舎であるというそれを引いても異様な程に静まり返り、並ぶ家々の窓にも明かりが全く灯らず、ただ古ぼけてちらつく青ざめた街灯ばかりが点々と浮かぶという明らかに異様な空間でした。しかし今思い返してみても、そこは寸分の違いもなく僕の通学路だったのです。

僕の家は、小道から更に枝分かれした細く長い脇道の途中にあります。古い街灯が照らす丁字路を曲がると、そこから道の終わりまで距離は150メートル程あるでしょうか。その道中に、街灯はたった3本。小道からの分岐点と、中間地点にあたる自宅のすぐ側、それから道の終わりに一つ。一度道に入ってしまえば、そこから自宅までは真っ暗闇の細道を歩く事になります。実際には60メートル程度であろうその距離が、僕には厭になるほど長く感じました。

真っ暗い細道に、窓の明かりもない左右の建物がシルエットじみて薄ぼんやりと浮かんでいます。見える光は遠く先、静まりかえった空間では一歩踏み出す毎に感覚が過敏になって、自らのスニーカーがアスファルトを擦る音すら飛び上がる程に大きく感じられました。怯えで視線は一層あちこちを跳び回り—  —とうとう、僕は恐怖に負けてその場から全力で走り出しました。
わずかに照らされた家の門のみを見つめて、バランスを崩すほど重く中身の詰まった鞄も、運動慣れせず悲鳴をあげる両膝も、全てを無視して家の前に辿り着くと、そのままカーブを描く様に曲がって門へ飛び込んだのです。

曲がる瞬間、道路と垂直方向を向いた視界の右方が塀で遮られてしまうまでのほんの一瞬、先程自分が曲がってきた丁字路の街灯の下に、ぽつんと逆光で黒く浮かんだ小さな人影が見えました。

夢は、これで終わりです。ただの悪夢と言ってしまえばそれまでですし、実際それでしかありません。ただ、日頃カラフルで突拍子もない、良くも悪くも賑やかな夢ばかりみていた僕にとって、この日の妙にじっとりとした質感の悪夢は、かなり唐突で厭な印象を受けるものでした。何だかげんなりする気分で始まった一日は特に何の代わり映えも無く過ぎ、また夜になって、就寝へと至りました。
奇妙な事に、毎晩眠れば必ずみていたはずの夢を、この日は何も見ませんでした。

その次の晩、最初の夢から2日後になって、僕はまた夢をみました。制服の学ランを着て学校指定の鞄を背負い、真っ暗い夜道を独り帰路に就く、前回の夢と全く同じ状況でした。



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