Tale-JP下書き/妖精の騎士はもういない

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All the world's a stage, And all the men and women merely players.


 
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何と美しい薔薇バラでしょう。朝露をまとって宝石のように輝いています。ジャネットは思わず禁を忘れて摘み取ってしまいました。

『乙女よ、ここカーターホフは妖精の森ぞ。花一輪とて摘み取ることはまかり成らぬ』

涼やかな声にはっとジャネットが顔を挙げると、木々の合間に一人の若者が立っているのが見えました。

金色の頭髪が風に揺れ、湖水のような青い瞳もうるわしい。白銀に輝く鎧に身を包み、腰にはルビーの柄飾りが施された剣をいています。

『貴方は?』

『我はタム・リン。妖精の騎士である』
 

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宙に浮かぶ水晶宮の如きシャンデリア。

黄金の馬車に乗ったアポロンと、白銀の馬車に乗ったアルテミスの天井画。

鮮血の滝を思わせる深紅のビロードの緞帳どんちょう

マーシャル・カーター&ダークのオークション会場は、オペラでも上演できそうな美しさだった。舞台袖からハムレットやオフィーリアが歌いながら現れても、何ら違和感はない。

だというのに、オークションの主役たる商品だけがこの場に馴染んでいない。皮肉なことだが無理もない。宇宙の秩序から外れた異常物品。その中から、高等遊民気取りの成金どもが喜びそうな物を厳選して出品しているのだから。言わば、極めつけのゲテモノたち。

「ワイン通の皆様、新しいお味に飢えてはいませんか? 伝説のドラキュラ伯爵の気分に浸ってみたくはありませんか?」

人間の血をワインに変えるボトルに、客たちはぎらぎらとした視線を向けている。下らない、あんな物を使ったぐらいでドラキュラ伯爵になったつもりか。ヴラド串刺し公ツェペシュは私の数少ない友人の一人だった。やり口は少々過激だったかもしれないが、それでも救国の英雄だった。

あいつが登り詰め、そして転落していく様を見るのは、実に楽しかったのに。

本革張りの座席を蹴って、出口に向かう。ステンドグラスがはめ込まれたドアを、マシンガンを携えた男達が守っている。他の客なら面倒なボディチェックが待っているが、私は顔パスだ。

トロイア戦争を描いた大絵画が飾られた廊下で、私はため息一つソファーに身を沈める。まずい、久々に持病が鎌首をもたげているのを感じる。逃げても逃げても、いつの間にか背後に忍び寄ってくるそいつとは、もう随分長い付き合いだ。

私は退屈という名の、不治の病に冒されている。

「ハロー、お久しぶりです」

氷のヴァイオリンを弾くかのような声に耳をくすぐられる。相変わらず美人だねとおざなりな挨拶を返すと、レディ・カーターはありがとうございますと艶然と微笑んだ。否定したら却って嫌味だと自覚しているらしい。

女性の客に遠慮してかかっちりとしたパンツスーツ姿だが、ドレスだったら背後の絵画からヘレネが抜け出したかと驚かれることだろう。その美貌でギリシャ中の男たちを争わせ死に追いやった、魔性の美女ファム・ファタールの代名詞。すらりとした足を組み、象牙の肘掛にもたれる姿すら芸術的。

「商品はお気に召しませんでした?」

マンネリ気味に感じると、正直に言った。ミスター・マーシャルが現役だった頃は、もっと商品のバリエーションが豊富だったのに。自分の楽しみのために他人を苦しめ、おとしめ、わらう。最近はそんな商品ばかりになっているような気がする。そう続けようとして、私は言葉に詰まった。

人の楽しみというものは、突き詰めれば全てそういうものではないのか? 悲劇も喜劇も、他人の不幸無くしては成立しない点は同じだ。それに飽きてしまったということは、私は人そのものに興味を無くしかけているのではないか。

ああいやだ。悟りなんぞ開いて喜ぶのは宗教家だけだ。私は永遠に悦楽の迷宮を彷徨さまよっていたいのに。ラビリンスに閉じ込められたミノタウロスの如く。

「あらあら、それは申し訳ありませんでした」

レディ・カーターは面白そうな顔をしている。相変わらず肝の据わった娘だ。柱の影に隠れている彼女の部下たちは、私と視線を合わせるのも恐れているのに。

「お詫びと言っては何ですが、是非ご紹介したい方がおります。いかがですか?」
 

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通された部屋は、MC&Dにしては珍しい内装だった。

床には土が敷き詰められ、様々な植物が植えられている。赤い実を付けたサンザシ、黄色い花を咲かせたキバナノクリンザクラ、紫色のベル状の花が連なるジギタリス──どれも野生種に近く、観賞用としてはあまり見ない種類だ。スピーカーからは鳥のさえずりが流れているし、自然環境を再現しているのか。MC&Dの顧客にナチュラリストはいないと思うが。

レディ・カーターと共に石畳の道を進み、池に架かる橋を渡り、東屋風の喫茶スペースに案内される。そこにいた先客の姿に、私は久々に軽い驚きを味わった。

籐のテーブルの上に掌サイズの老人が乗っていた。毛皮で裏打ちされた深紅のローブをまとい、エメラルドをあしらった黄金の冠を被っている。

そして、背中からは昆虫のような半透明の羽が生えていた。

「ご紹介致します。こちらは四季の祭典の主催者、百の妖精譚にうたわれし者、常若の国の永遠の君主、妖精王オベロン陛下であらせられます」

ヨーロッパの伝承・文学で語られる妖精王の名を、レディ・カーターは平然と口にした。シェイクスピアの〈真夏の夜の夢〉にも登場するおかげで、現代でも有名な妖精の一人かもしれない。

おそらく、この部屋は彼を歓待するために用意されたのだろう。サンザシ、キバナノクリンザクラ、ジギタリス──どれも妖精が好むとされる植物だ。

「滅多にない機会ですよ。色々お尋ねしては如何いかがですか。気さくな方ですから、ご遠慮は要りませんよ」

なるほど、これがいい商品を紹介できなかった"お詫び"ということか。レディ・カーターに礼を言おうと向き直るが、明白あからさまに得意気な顔がむかついたので黙った。だが、さすがはMC&Dと言うべきか。商品調達のため世界中にパイプを張り巡らせているとは知っていたが、その先は異世界にまで繋がっているのか。

執事が淹れてくれたローズヒップティーが──オベロン王にもちゃんと極小サイズのカップが用意されていた──テーブルに並ぶ。その芳しい香りを楽しみながら、私はオベロン王に好奇心をぶつけた。どこに住んでいるのか、妖精は他にもいるのか、どんな暮らしをしているのか。

オベロン王はその小さな身体から発しているとは思えない、おごそかな声で語ってくれた。歴史上のいかなる学者も辿り着けなかったであろう、妖精の真実を。

「我らが住む国はティル・ナ・ノーグという。ローマがブリテン島に乗り込む前から、既に栄えておった──」

イギリスはウェールズ、古代ケルトの影が色濃く残る地の、昼なお暗い森の奥。現実の森とは紙より薄く、しかし妖精と妖精が許した者しか越えられない次元の壁に隔てられた、亜空間の森にその王国はあるという。

見上げるような巨木の合間をピクシーたちが飛び交い、そのウロにはブラウニーが住まう。鏡のような湖をケルピーが泳ぎ、洞窟の工房ではドワーフたちが鍛冶仕事に精を出し、月夜にはウィル・オ・ウィスプが浮かれ騒ぐ。

そして、木々を変形させて作った家々が立ち並ぶ王都マグ=メルの中央には、オベロン王とティタニア王妃が君臨するトネリコ城がある。

核になっているトネリコの巨木に、瑪瑙めのう、水晶、琥珀こはくで作られた尖塔が絡み付き、その窓辺ではエルフの女官が銀のハープを奏でる。その威容を昼は木漏れ日が、夜は巨木に生えたツキヨタケの燐光がきらめかせる様は、この世のものとは思えない美しさだという。

──オベロン王の詩才に感心しながらも、一方で私は考えていた。どちらが先なのだろうかと。即ち、断片的に伝わったティル・ナ・ノーグの情報を元に、人々が妖精伝承を作ったのか。それとも、人々の妄想が何らかの理由で具現化して、ティル・ナ・ノーグと妖精たちが生まれたのか。

例えば、オベロン王の背中に生えた羽だ。妖精が昆虫の羽を持つ小人であるというイメージが定着したのは、近世になってからのことだ。ローマのブリテン島進出以前から存在しているというオベロン王が、なぜその姿をしている?

卵が先か鶏が先か。現実と幻想が曖昧あいまいなこの世界では、誰にも判りはしない──私は誰よりそのことを知っている。

とは言え、貴方は人間の脳内妄想の排泄物なのですかとはさすがに尋ね辛いので、代わりの質問をぶつけた。それよりは、もう少し答え易いであろう質問を。

──妖精が人間の子供をさらうというのは、本当なのか。

びくん、オベロン王が肩を震わせる。おやおや、今更隠さなくてもいいだろうに。有名ではないか。妖精が自分の子供と人間の子供をすり替える取り替え子チェンジリングの伝承は。

「陛下、この方は責めている訳ではありませんよ。純粋な好奇心ですわ」

オベロン王はおどおどとレディ・カーターを見上げる。まるでご機嫌をうかがうように。およそ王らしくない態度だが、彼女に借りでもあるのだろうか。

オベロン王はすぐに語りを再開したが、その声から先程までの威厳は消えていた。

「ああ、本当じゃ。我らは幾度も人の子を拐った」
 

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「我ら妖精は地獄に従属しておる」

あまり知られていないが、そういう説もあるらしい。妖精は天国に入れる程善良ではなく、地獄に堕ちる程悪くもない存在。それ故、地獄の悪魔から搾取さくしゅされる定めなのだと。筋が通っているのかいないのか。まあ、人間の世界でも、中途半端な者程食いものにされ易いのと似たようなものか。

「悪魔は七年に一度、我らに生贄を要求してくるのじゃ」

しかし妖精たちは、どうしても仲間を生贄に差し出したくなかった。思い悩んだ挙句に見出した解決法が──人間の子供を拐って身代わりにすることだったというのだから、妖精も悪魔と変わりない。

「無論、悪いことだとは自覚しておった」

笑いを堪える私に、平然とカップを傾けるレディ・カーター。およそ神父役など務まりそうにないが、オベロン王は身をよじるように告解を続ける。

「だから、せめて──可哀想な子供を選ぶことにした」

戦争で親を亡くした子供、親に売り飛ばされた子供、権力闘争に巻き込まれた子供。彼らに拐われなくても、いずれ死んでしまうような子供を慎重に選び出し、口の上手いロビン・グッドフェローが誘い出す。

日の差し込まない洞窟、苔むした古井戸、廃屋に放棄された鏡、様々な形態のポータルを通ってティル・ナ・ノーグに連れてこられた子供を、妖精たちが歓迎する。

香水入りの風呂で湯浴みさせ、金糸銀糸で飾られた絹の衣服を着せ、山羊のチーズや挽肉詰めパイや干し葡萄ぶどう入りプディングを腹いっぱい食べさせてやる。すっかり安心したところで子供はトネリコ城に案内され、オベロン王から厳かに告げられる。

──そなたは妖精の騎士に選ばれたのだと。

「まあ、何のためにそんなことを?」

「幸せな夢を見せてやるためじゃ──」

ティル・ナ・ノーグは悪い妖精たちに狙われている。ティル・ナ・ノーグを救えるのはそなたしかいない。子供にそう言い聞かせ、アーサー王が遺した聖剣エクスカリバーを与える──実際は、ドワーフたちが作った玩具の剣なのだが。

そこへホブゴブリンやトロールといった醜い容姿をした妖精たちが現れ、他の妖精を襲う振りをする。最初は怯えていた子供も、オベロン王の激励と世話になった妖精たちの悲鳴──無論、これも演技である──に後押しされ、必死で"エクスカリバー"片手に立ち向かう。

すかさず、物陰に隠れていた宮廷魔術師のブラック・アニスが幻術を行使する。玩具の剣が"悪い妖精"を鮮やかに両断する様を見せる。蜘蛛クモの子を散らすように"逃げ出す"悪い妖精たち。初陣を"勝利"で飾った子供を、妖精たちの歓声が包む。ありがとう、妖精の騎士! すごいや、妖精の騎士!

これからも、ティル・ナ・ノーグを守っておくれ!

「子供は実に──嬉しそうな顔をするんじゃ」

無理もない。人間世界では家畜、あるいは野良犬扱いだった子供が、一転して全てを与えられたのだ。安全な家を、美味しい食事を、そして自分に価値があるという実感を。

それからも、国を挙げての演技は続く。

悪い妖精役たち──普段は他の妖精たちや子供からは離れて暮らしている──は度々現れ、暴れる振りをする。颯爽さっそうと立ちはだかる妖精の騎士。エクスカリバーが閃き、悪い妖精役たちを右に左になぎ払う。妖精たちが彼を取り囲み、戦勝記念の宴に連れて行く。

ブラック・アニスの幻術が解け、死んだ振りをしていた悪い妖精役たちが、溜め息を吐きながら起き上がる。

「そして七年後、子供は──いや、既に立派な若者になっておるが──王国の外れにある、地獄に通じる穴に向かうのじゃ。そこに悪い妖精たちの首領がいると教えられてな」

硫黄の蒸気を吹き出す大穴から、のっそりと現れる悪魔。鱗に覆われた小山のような巨体、剣のような牙の合間から炎の吐息を漏らすその姿にも怯むことなく、彼は勇敢に立ち向かう。妖精の騎士の誇りに賭けて。第二の故郷となったティル・ナ・ノーグを守るために。

そして。

「──王国の霊廟れいびょうに空のひつぎが増え、我らは次の子供を探しに行く」

なるほど、上手い仕組みだ。ただ甘やかしているだけでは、悪魔が現れた時点で子供は騙されていたことに気付いてしまうだろう。だが、これなら子供に最後まで信じさせ続けることができる。自分は妖精の騎士なのだと。それが子供たちにしてやれる、精一杯の償い──いや、前払いという訳か。しかし。

そんなことをしていたら、貴方たちは罪悪感が増すのではないか。私がそう訊くと、オベロン王はがっくりと項垂うなだれた。

「増すとも、大いに! 妃はこんなことを続けるぐらいなら、自分が生贄になると言いだした」

挙句に子供に全てを暴露しようとしたため、湖底の離宮に幽閉せざるを得なくなった。妖精たちは皆、母と慕うティタニア王妃に同情した。しかし、それでも──人間の子供を拐うのは止めようと言い出す者はいなかった。

妖精だって、死ぬのは怖いから。
 

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「そのシステムは現在も続いているんですの?」

「いや、続ける必要はなくなった──続けても無駄になったと言うべきか」

ウェールズにキリスト教が入ってくるようになってから、悪魔は急速に衰え始めた。その姿は年々弱々しくなっていき、遂には地獄に通じる穴さえ塞がってしまった。そして、妖精たちは地獄の支配から解放された。

しかし、それは同時に、ティル・ナ・ノーグの崩壊の序曲でもあった。なぜなら、王国を世界から隔離している結界は、悪魔の力で維持していたからだ。現実の森と地続きになってしまった王国に人間たちが入り込み、容赦なく木々を切り倒していく。その度に妖精たちは王国の奥へ奥へと逃げ込んだが、いずれは王都とトネリコ城も発見されるだろう。

キリスト教は妖精を悪魔の一種だと考えているらしい。同族すら魔女だの異端者だのと呼んで焼き殺す人間たちが、自分たちを見つけたらどうするだろう? ああ、これなら地獄に支配されていた方がマシだった。

絶望していた妖精たちを救ったのは、設立間もないMC&Dだった。彼らは王国を守る結界を修復した上、維持管理も引き受けようと申し出たのだ。だが勿論、慈善事業のはずもない。

対価は何なのかと、私がオベロン王に尋ねようとした時だった。

「失礼。お嬢様、そろそろ出品のお時間です」

アルマーニのスーツを粋に着こなした伊達だて男が現れ、そう告げた。精緻な細工が施された鳥籠とりかごを下げて。レディ・カーターは最早、悪魔のような微笑みを隠そうともしない。

「あら残念。陛下、お名残惜しゅうございますが、お客様がお待ちですので」

伊達男は私を見て一瞬ぎょっとする。おや、誰かと思えばエージェント・ロッサーじゃないか。先日、サイトの自室でチェスに付き合ってもらったばかりだ。心配しなくても、正体をバラしたりはしないって。

「レディ・カーター! 言われた通り、全部この人に話したぞ! 約束通り、妻は、ティタニアだけは──!」

鳥籠に放り込まれたオベロン王の哀願が遠ざかっていく。なるほど、MC&Dに払う対価は、彼ら自身という訳か。結局、生贄を捧げる対象が悪魔からMC&Dになっただけだった。これも一種の天罰だろうか。

「せっかく造らせた部屋だけど、もう要らないかしらねえ」

君たちも七年に一回? そう訊くと、レディ・カーターはしれっと答えた。

「さすがにそれは嫌味がすぎますよ──八年に一回にしてあげました」

本当に彼女とは趣味が合う。合いすぎて、逆に男女の関係になれないのが残念だが。

オベロン王にとっては午後のお茶会ならぬ"最期のディナー"だった訳だが、はてさてレディ・カーターにとってはどんな意味があったのだろう、この席は。私を楽しませるためだけにセッティングした訳ではあるまい。

「フフ、お分かりの癖に。妖精の騎士ごっこ、ご自分もやってみたいとお思いになったのではなくて?」

やれやれ、彼女にはお見通しか。

──そなたは妖精の騎士に選ばれたのだと。

まさに天啓だった。そうか、人間にはそういう楽しみ方もあるか、と。

何年も掛けて調教し、磨き上げ、造り変える。強制ではなく、自らの意思で──そう、思い込ませて。

ただ一つだけ惜しいと思ったのは、最後まで子供に真相を教えなかったことだ。まあ、妖精たちは楽しみでやっていた訳ではないのだから、当然かもしれないが。

だが、私は見てみたいと思った。

自分がただの道化だったと、この数年間は全てその準備だったと、そしてこの先にはもう何もないのだと、そう知らされた子供の顔が。それはどんなものだろう──私に想像が付かないものが、まだこの世にあったとは。

「いかがです? どうせなら、同好の士を募って大々的にやってみては? 細かい企画は当クラブにお任せ下さい」

目的はその手数料か、商売上手め。だが、それもいいかもしれない。全能の神気取りで幼子の人生をもてあそぶ。そんな時、人はどんな顔を浮かべるのか。それもまた、大いに興味をそそられる。

ああ、ああ、認めよう。やはり、私は人間が好きだ。

その美しさも醜さも、全てを見てみたいのだ。人間という役者が活き活きと演じる舞台を求めて、私は財団に身を置き、MC&Dにも出入りしているのではなかったか。

忌まわしい退屈の病は、すっかり退散していた。

「今すぐ始められますか?」

いや、今日はやめておこう。じっくり構想を練りたいし、そろそろ戻らないとサイトの皆が心配するしね。

「ご機嫌よう、SCP──何番になったんでしたっけ?」

343、オブジェクトクラスは安心安全のSafeだよ。
 

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アイテム番号: SCP-014-JP-EX

オブジェクトクラス: Explained

特別収容プロトコル: P-D/U-漂着イベント担当者は、SCP-014-JP-EXを確認した場合は警視庁公安部特事課に対処を依頼してください──

説明: SCP-014-JP-EXはP-D/U漂着イベントにおける、別世界からの"漂着者"と酷似した状況にある非異常性オブジェクトを指します──

██博士: あなたはどこから来たのですか?

SCP-014-JP-EX-1: 私は"王国"第一皇女だ、私の王国以外に国はない、むしろここがどこか知りたい。別の世界のようだが…

SCP-014-JP-EX-1: おかしい、どうして、いつもはあんなにうまくいっていたのに…Mein Leben war sinnlos! Mein Leben war sinnlos!

██博士: …あなたはその文章の意味を理解していますか。

██博士: 何と言ったんですか。

SCP-014-JP-EX-1: 「ドッキリ大成功」と…そして私の顔を指さして皆がゲラゲラと笑い出して…あれは夢です。夢に決まっています。

オブジェクトナンバー 発見時の状態 その後の動向
SCP-014-JP-EX-1 10代前半の女児。 前述した通りドレスを着用し儀仗を所持した状態で東京都██区にて発見。養育者確保済み。 財団施設にて保護。SCP-014-JP-EX-Aが確保されるまで財団施設で養育、現実復帰プロトコルの実施後財団職員として雇用され、201█年現在フィールドエージェントとして勤務中。

 

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本、本、本、本、本、本、本、本、本──。

本棚の断崖絶壁が視界の果てまで並ぶ様に、雛倉 結愛ひなくら ゆあ目眩めまいを覚えた。ここで地震が起きたら、本の洪水に飲まれて死ぬのではないか。まあ、財団の施設だから、免震構造になっているに違いないが。

サイト-L7の大図書館はまさに本棚で構成された迷宮だった。ここの主と呼ばれる遠野とおの司書に案内してもらわなかったら、遭難していたこと請け合いだ。

(それにしても──)

フィールドエージェントとはどんな仕事なのか、指導教官の立花たちばなに訊ねたら、こんな答えが返ってきたものである。

『財団の何でも屋ね』

だからと言って、まさか幼稚園で絵本の読み聞かせなんて仕事までさせられるとは。何でも、最近幼稚園で異常存在アノマリーが発見される例が相次いでおり、ボランティアに扮したエージェントを潜り込ませての調査が準備されているらしい。

「うーん、これは異類婚姻譚こんるいたんだなぁ。似た話は日本にも一杯あるし──」

相棒の戸神とがみは山のように絵本を積み上げ、真剣な顔で吟味している。実年齢も財団歴も僅かながら年長なので、一応先輩と呼んでいる。

たかが園児に読み聞かせるための本を、わざわざこんな所に選びに来なくてもいいのでは。そう言ったら叱られた。

『手を抜くな。園児と言えども重要な情報源だ。最近の子供は情報化社会で耳が肥えてるし、ありきたりな話じゃ気に入ってもらえないぞ』

納得出来るような、出来ないような。博学で仕事熱心なところは素直に尊敬しているが、たまに努力の方向性ベクトルがズレている気がする先輩なのである。

「ん? ちょっとその本を見せてくれないか」

「これですか?」

戸神に付き合っている振りをして、何気なく本棚から抜き出した一冊だった。表紙には白馬に跨る若者と、英語のタイトルが描かれている。

〈TAM・LIN THE FAIRY KNIGHT〉

(妖精の、騎士?)

「ああ、タム・リンの話か。元はスコットランドのバラッドだね」

「ご存知なんですか?」

「まあ、大学ではそれが専門だったからね」

戸神の少年の面影が残る顔に、影が差す。何でも、彼の祖父はヨーロッパの文化人類学・民俗学では世界的な権威であり、彼自身も同じ道を志していたらしい。それが何故財団エージェントになったのか、雛倉は知らない。もっとも──。

(皇女がエージェントになるよりは不自然じゃないか)

絵本は要約すればこんな話だった。

スコットランドはカーターホフの森には、未婚の少女は入ってはいけないという掟があった。この森には妖精が住んでおり、乙女が通ると所有物を奪ってしまうと言われていたためだ。

活発な性格の王女ジャネットは掟を無視して森に入り、井戸の傍に生えていた薔薇を摘んでしまう。そこへ現れたのは妖精の騎士タム・リンだった。

彼は元人間だったが、幼い頃に妖精に拐われ仲間入りさせられたのだという。以来、騎士として昼は森を守り、夜は妖精の国で過ごしているらしい。

薔薇の代償を要求するタム・リンにジャネットは指輪を差し出すが、受け取ってもらえない。代わりに、彼はジャネットの唇を奪って去っていった──。

「元話では純潔を奪っているね」

平然と解説する戸神を、思わず横目で睨む。この男は、私を女だと思っていないに違いない。

城に帰った後もタム・リンを忘れられないジャネットは、再び森に入る。彼女は再会したタム・リンから、恐るべき事実を知らされる。妖精たちが七年毎に地獄に捧げている生贄に、彼が選ばれたのだと。

(どんな気分だったのかしら、タム・リンは)

騎士として散々尽くしてきたのに、あっさり生贄にされてしまうなんて。いや、騎士なんて方便で、妖精たちは最初から身代わりにするために彼を飼っていたのではないか。だとしたら。

(私と同じだ)

世界に唯一残された王国の皇女。炎に愛されし紅蓮の魔術師。冷え切った大地に温もりを取り戻すため、魔術の修行に明け暮れる日々──という彼女のアイデンティティは、全部奴らの楽しみのために用意された設定に過ぎなかった。常人の理解を遥かに超えた、おぞましい楽しみのために。

ドッキリ大成功──いやあ、面白かったよ──その顔が見たかったんだ──あはは、くけけ、うひゃひゃひゃ──。

いつの間にか握り締めていた拳に、汗が滲んでいる。落ち着けと自分に言い聞かせる。立花以外に弱みは見せたくない。

その後、タム・リンはジャネットの機転により救い出され、彼女と結ばれる。自分も財団に救われたが、彼らはジャネットのように優しくはなかった。財団が自分を保護したのは、本物の異世界漂流者と間違えたからに過ぎない。里親は見つけてやるから、後は好きにしろ。我々は異常存在の面倒を見るので精一杯だ──。

雛倉の懊悩おうのうなど露知らず、戸神は脳天気に言い放った。

「うん、いいかもしれないな、この話」

「え」

絶対に嫌だ、何としても他の話に──そう思ったのだが。

「お姫様が騎士を助ける話なんて珍しいじゃないか。今時の子供たちには受けがいいかもしれない。同年代なら、圧倒的に女子の方がしっかりしてるからなぁ」

開かれたページには、タム・リンの手を引いて逃げるジャネットが描かれている。妖精たちはタム・リンを獣、真っ赤に燃える鉄棒、火のついた石炭に変えて脅すが、彼女は決して恋人の手を離さない。

当時の女性としては異例であろうジャネットの勇姿に、雛倉は思い出していた。己の原点を。

同じ境遇の他の子供たちは、忌まわしい記憶を封印して正常な世界に戻っていった。だが、雛倉はそれを拒んだ。財団の職員養成機関に入り、寸暇を惜しんで学び、見事フィールドエージェントとして採用された。養父たち──いや、飼い主たちの、世にも醜い哄笑をまぶたに刻んだまま。

助けたかったからだ。今も世界の何処どこかで、茶番劇を演じさせられている子供たちを。

飼い主たちの証言によれば、彼らにこの遊びをそそのかした首謀者がいるらしい。一刻も早くそいつを捕まえて、こんな馬鹿げたことは止めさせなければならない。そう誓ったからだ。

(私はもう、タム・リンじゃない)

そう、自分はジャネットにならなければならない。愛する人を妖精の国から救い出した、勇敢で心優しい女性に。

思い出した。

「ありがとうございます、戸神先輩」

「ん? 何か言ったか」

「いえ、私もこのお話でいいと思います」

「そ、そうか? 何か妙に素直じゃないか。いつもは文句ばかり言う癖に」

「率直な意見を申し上げているだけです。さあ、決まったなら、そろそろ戻りましょう。十五時から串間くしま先生の所で合同トレーニングですよ」

「忘れてた! ちょっと待ってくれ、急いで片付けるから」

溜め息を吐いて手伝う。本を読み始めると、すぐ時間を忘れる先輩なのである。

そして、ジャネットは歩き出す。異常が渦巻く現実の世界へ、いまいち頼りない騎士を従えて。
 

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Your soul is carried to the most suitable place with destiny.


 
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ドアをサイト17の自室に繋げながら、私は思い描いた。もし財団が"遊ばれ終わった"子供を発見したら、どうするだろう? まあ、記憶処理して里親に預けて、それで終わりだろうか。何しろ彼らは忙しい。だが──私は僅かな期待を抱く。

中にはいるかもしれない。悲しい記憶を背負ったまま、飼い主たちと戦うことを選ぶ子供も。ひょっとしたら、細い糸を手繰たぐって私にまで辿り着くかもしれない。

飼い主たちの飼い主である私に、彼らはどんな顔で対峙するだろう?

その顔を、見てみたい。

~記事ココマデ、お読み頂きありがとうございました!~


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  1. portal:2257305 ( 18 Jun 2018 09:42 )
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