死の日和る坂にて

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2016 4/30 8:25
葉桜の新緑が眩しい山道を一台の大型バンが登ってゆく。
折れ曲がったカーブミラーを目印に少し走ると、すでに使われなくなって久しいこの旧道には似つかわしくない厳重なセキュリティロックが施された門扉に突き当たる。

SCP-721と管理番号が割り当てられたこの異常領域は、かつて廃棄物処理施設の建設予定地として視察に訪れた民間人により偶然発見されることとなる。
進入口となるトンネルを下り方面に進行するときにのみ、とある晴れた夏の日を再現したかのような異常空間に迷い込む坂。

この突如として現れた非日常を財団が収容して以降、内部の情報収集を目的として探査ドローンが投入されていたが、経年による不調からか集音マイクに故障が生じてしまった。
そこで航行速度も早く自己診断機能とサブ装備等が備わった新型ドローンを投入する計画が立案され、今回は下準備として通信中継機を設置し現行品からのデータ回収を行うこととなった。

とはいえ大人の足で10時間も歩けば到着可能なバス停のあるポイントに中継機を取り付け、また戻るだけという拍子抜けするような仕事である。
さらには内部空間の拡張する特性から現場作業員はD-721-13のみとし、監督者として屋敷信正が、護衛として粟倉花が割り当てられることとなった。

門扉の開閉に出向いてきた保安職員は前席の二人を見て思わず一瞬顔をしかめる。
ここまでの道中は荒廃が進んでおり、不快な振動に晒され続けてきたであろう彼らの機嫌がいかなるものかは想像に難くない。
そして何より―

「……うわ、ロッキンチェアマンだよ。」

フロントガラス越しにその姿を見て捉えた守衛風の職員が聞こえはしないだろうものの念を入れて唇すら動かさず悪辣な渾名を口にする。

安楽椅子博士

それがこの淀んだ目を背けて助手席に座る、くたびれた白衣を纏った枯れ木のような博士につけられた渾名だった。
無論敬意からの通称などではなく、何かにつけ身勝手な振る舞いと周りの手を煩わせておいてそのくせ仕事の帳尻だけは合わせて立ち去る様を揶揄した蔑称である。

実際のところここに到るまでといえばひどく揺れるたびに大げさに体を揺らすD-721-13がいちいち悪態を吐き、苛立ちが頂点に達した屋敷が粟倉に「首輪で黙らせるには経費が惜しい。そのガムの一粒でもくれてやれ。」と宣い、粟倉は粟倉で「これは私物です。今回の経費には含まれておりませんので。」と平静にやり返すなど剣呑極まりない応酬を経ていたのではあったが。

管理家屋で待機していた保安職員は淡々と準備に取りかかる二人への対処にまるで腫れ物に針を突きつけられたような心境であったが当の本人たちはお構い無しといった様子であった。

やがて準備が整い車内を改造して据えられた檻からD-721-13が下ろされる。そのままトンネル前に連行されてゆく彼は捕らえられた獣が解き放たれたときのように却って穏やかな足取りではあったがその表情はやはり犯罪者然とも言うべき不遜極まりないものであった。

かつては思想という大義名分を振りかざし数ヵ国を渡り歩いては各地で爆弾を用いたテロを行っていたが、元号が変わり時が進む頃には交番の前に貼り出されたポスターの色褪せた面々の一つでしかなく、やがてそこからも消えたことに誰も気づかないほど時代に取り残された異物と成り果てていた。
整然としていく世界に抗うように滑稽な遊びを繰り返してはいたがやがて支援者もなく組織も衰退していき、現在では逮捕収監された後にDクラス職員として財団に雇用されることとなった。
そこへ降って湧いた早期解雇を引き合いに提示された今回の任務である。彼は内心(ここを出たら次はコイツらでも標的にしてやろうか)と嬉々としながら飛びつくように請け負った。

一方の屋敷はというと事あるごとに反抗的で下卑た笑みと発言を並べ立てるこの革命家くずれをかねてより良く思っておらず、任務完了後に記憶処理を施してはまた"再利用"を繰り返しいずれ使い潰してやろうと目論んでいた。

「こういう輩は好条件を提示してやれば決まって高水準の仕事で応えます。そして同時につけ入る粗も残してくれます。」

その後もくどくどと上機嫌に振るわれる弁に勉めて事務的に承認印を押すサイト管理官。しかし彼はこの傍若無人な男を唯一抑制できるエージェント粟倉を補佐とすることを命令し、屋敷もまた勉めて事務的に了解したのであった。


9:20
任務開始の宣言とともに首輪のスイッチが押される。
「死にたくなければ遅くとも明日の9時50分には戻ってくるように。その装置だってタダではないからな、君も財団職員の一員ならば経費削減に貢献してくれたまえ。それからくれぐれもそれを外そうなどと思わぬように。予算のことを考えれば高濃度のカリウムをたっぷりと補給できるタイプでも良かったのだが、君の輝かしい経歴に表敬して目一杯奢ってやったのだぞ。」
わざわざ引き留めてまで延々と嫌味を垂れる屋敷に、D-721-13は「この仕事が終われば、コイツを拝賜してもよろしいですかね?」と歪んだ笑みを返す。
「さっさと作業を始めろ、一秒でも早く自由になりたいならな。それとも駄馬のように蹴り上げてほしいのか?」
その義足の如く冷たく言い放つ屋敷の言葉を聞き終わらないうちに、D-721-13は背を向け空いた手を行進するかのように挑発的に振りながらトンネルの内側へ進入した。
 

「さて、と。せっかくなので査察も兼ねさせてもらおうかね。」
保安職員の隠しきれない辟易した顔を楽しみながら屋敷は管理家屋へと消え、残された粟倉は最後部席を片付け通信機材を展開しはじめる。
自分の荷物を下ろすのは昼食後でかまわないだろう、何より今入ればさも楽しげに査察に励む屋敷の姿を目にするだけだ。

「それでは私のほうでトンネルの警備に当たりますので。」と車外から声をかける守衛に今日初めての小さな笑みで応えた後、彼女は黙々とデバイスのセットアップを行うのであった。


ものの1時間も経たない時だっただろうか。
最初に異変に気づいたのは守衛だった。どこからか香る花の芳香。それは無視できないほどに強く香りはじめ―
気づけば眼前の至るところに花が咲きこぼれていた。

(これはますます面倒なことになったぞ……)
インカムの通話ボタンを押す手が躊躇われたが、かといって呼ばなければ余計な説教が増えるだけだ。
仕方なく査察立ち会い中の職員に連絡をし、ほどなくして出てきた屋敷が守衛に向かって叫ぶ。

「花には触れないように」
「何が起きるか予測できませんから。」
異変に気づきスライドドアを開けた粟倉もほぼ同時に似たような言を繰り出す。

屋敷は事態の悪化と自身に影響が及ぶことを懸念し、粟倉はこの場の誰よりも花を気遣ってであったが。

妙なところで意気投合してしまった事実にうんざりしたように頭を掻きながら、彼は義足で器用に花を交わしD-721-13に取り付けたヘッドカメラで内部にも異常が発生しているかを確認しようと車に乗り込む。

ラップトップには新着メールが届いていた。あまりにも唐突な、この世界からのカーテンコールがそこには記されてあった。

「にわかには信じがたいが。我々への弔文……といったところか。」
こんな内容の解雇通知を平文で送られたとして、普段の自分であれば椅子の一つでも蹴り上げていたであろうか。
しかし妙に穏やかな心持ちであるということはやはりここに書かれてある通りなのだろう。

 
「……蛍の光が流れるお時間だとよ。持って帰りたい物があれば早いところ片付けてきたまえ。」
気怠い面持ちで車から降り3人にメールの内容を伝える。
粟倉がふと屋敷の手に目をやる。いつの間に取り出したのか、カバーの開かれた起爆用リモコンがあった。


「何をする気ですか?」
粟倉が重い口を開く。
「やりかけの仕事を切り上げて、残された余暇を有効に過ごす、至極簡単なことだ。」
 

「そんなことが許されるわけが……」
遮るようになおも続ける屋敷。
「この場の監督者は俺だ。判断と実行は俺が下した、君が責任に感じる必要すらなかろう。……倫理委員会とやらを懸念しているなら、そうだな。ああいう連中に限って今頃は一足先にどこぞで乱痴気でもしているだろうさ、気にするだけ無駄なことだよ。」

その言葉に粟倉は

残念だ。
あなたが日和りさえしなければ
忍び寄る死は
その坂を転び落ちたというのに

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  1. portal:7618489 (29 Aug 2021 16:46)
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