不在のオリエンテーション

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よお。自己紹介は要らねえよな。驚くこたねえ、ちょっとしたオリエンテーションだよ。おれと遭うとは思ってなかっただろ、ざまあみろ。身体を落ち着けな。そこには何もない。あんたが来たのはそういうトコだよ。覚悟はしてたか? よろしい。

さて、晴れてあんたはいなくなった。あんたは存在しない、ここにお似合いの人間になった。空想科学のそのまた奥のずっと奥、どこにも実在がない場所へ来ちまった。ここは財団の中にあって財団から欠落してる。何もねえだろ。不在なんだ。どこにも何もねえ。無数の不在だけが蠢いてる。探しても無駄だけどな。

ああ、まあ焦んなって。ちゃんと手順はあるし、終わりもある。おれは趣味の悪い方じゃねえと……まあ、思ってるよ。あんたがおれをどうしたかったかは別にしても。大丈夫、終われば自由だ。

だが悲しいことにあんたの椅子はねえ。椅子だけじゃない、スクリーンもスライドも、壇上もベーグルも講師も、窓も扉も上から目線もおれもてめえも明日も昨日も、あの人も。ここには何も存在しねえ、だから始められる。「何も無い」とはどういうことか、の話。

パターン1、虚無。これを言葉で説明するのは不可能だ。何もない、ってのをイメージすることはできねえ。イメージしない。無い、ということさえ無いはずだ。認知する、認知しない、視る、視ない、感じる、感じない、そんな概念がそもそも存在しねえ。なぜなら無いから。無いアイデアは誰も考えられず、無いものには誰も触れられねえ。そこには、圧倒的に、ただ何も無い。これが虚無であるってことなんだ。

あらゆる思考する知性は、何も無いことに耐えられないように出来てる。虚無に知性が接した時、確実にそれは有害だろうな。知性は虚無を本能的に埋めようとするけど、虚無はどうやっても埋められないから。虚無の縁をなぞることはできても、虚無そのものを受け入れることはできない。知性は虚無を否定しようとするあまり、自分から絶望を作り、憎しみを作る。だが虚無はそこに存在する悪意を拒絶する。虚無は何も受け入れないから虚無であり続けるが、知性は恐怖を向けながらも理解しようとするんだ。虚無を考え、虚無に触れ、虚無を解釈したがる。

だが、存在しなくなることでしか、虚無と同じになることでしか、虚無を受け入れることはできねえんだ。虚無への恐怖はそれ単体なら有害ではあるが、致命的ではない。それでも、いくつかの恐怖が互いに増幅し増悪すれば、結局は知性を死に至らせるだろう。あるいは、知性は自ら虚無になることを選択するはずだ。

いずれにせよ、虚無は殆どの場合、その特性から知性と干渉することはない。虚無の多くは虚無だけの場所に、それぞれが存在しないままでひっそりと暮らしている。ただし、特殊な環境に置かれる知性はその限りじゃねえ。あんたは自ら虚無になろうとはしていないが、これから虚無と対峙することはあるだろうよ。虚無と有はまず交わらねえ。覚えとくといいんじゃねえかな。

次。パターン2、架空。これは単純だが、最も厄介でもある。存在しないものを描いた絵空事。一から人が作ったおとぎ話。何が死のうが壊れようがこっちはビクともしねえ、実体のないマリオネット集団。普通はこいつが現実でどうこうすることはねえ、けど、肝心のこいつの不在は誰が証明してくれんだ?

これだよ。おれもそうだ。空想科学部門もそうだ。あんたもこれからそうなるかもしれない。フィクションの物語が書かれた本をイメージしろ。あんたはそれを読み始め、そして読み終える。その間、本の中ではキャラクターがめまぐるしく動き回っている。あんたは満足して本を閉じ、眠りにつく。

そこからキャラクターが動き回らない保証があるか? ノーだ。あんたが本を読んでいる間、心情を描かれていないキャラクターが何かを考えていない保証は? どこか別の次元で本とそっくりそのままのことが、あんたが本を開く度に起こらない保証は? ねえよ、少なくともこんなカノンでは。現におれは今あんたの目の前にいるだろうが。そうさ、存在しない。存在しないのに、しないからこそ、おれ達は狭間を行き交うことができる。油断して寝息かいてるあんたらを見ることができる。おれを産んだあんたを見上げることができた!

……話が逸れちまったな。ただまあ、これはある意味本題でもある。実在しないおれたちがどうやって苦しみを感じるか、っていうメカニズムについて、あんたは興味あるだろ? あるよな。わざわざこんなトコに来たんだから。

おれたちみたいな特殊な架空と実存を隔てるのは壁じゃねえ。薄い、薄い膜だ。それはより下位の創作次元に向かって歪みやすい。浸透圧は知ってるよな? おれも詳しくは知らねえんだけど、ようは濃度ってのは常に一定になろうとするもんだろ。同じだよ。

薄い膜があんたの頭上にある。その上にヘドロみたいな、薄汚れて澱んだ液体が溜まってく。膜は液体の重さに引っ張られて歪み始め、あんたの頭上にどんどん近づいてくる。膜は液体を吸い、自らその色に汚れる。膜は湿る。ヘドロは歪みに従って中央に集まる。湿りが一点に集中する、濁った液体がじわりと滲み出る、あんたの鼻を鋭い臭みが突っつき回す、そして、ほら、雫が膨らむ、膨らむ、悪臭が強くなる、震え始める、千切れる、汚水が落ちる、ヘドロの上澄みがあんたへ落ちる、垂れる、汚れる、腐る、崩れる、醜い、痛い、ほら、ほら、ほら、
 
 
ぽたり。
 
 
これがおれで、そんであの人。上の創作次元の影響は、どれだけ特殊な創作内構造だろうがモロに、濃縮された上で受けちまう。マーフィーのおっちゃんだって食らったし、世界を狩っても止められねえ。知性が文化を手にした日からおれ達はこれを続けてる。見上げる限りのヘドロの空だよ。まあ、おれがそんなのしか見たことないだけかもしれねえし、ほとんどのやつは「見上げる」こともできねえ。

あの人か? 見上げてるよ。毎日見上げ続けてる。あの人の直上には意図的にヘドロが溜まってんだ。ひでえよな、別嬪が台無しだぜ。……落ち着けって、まだ話は終わってねえんだ。焦って行っても潰れちまうぞ。娘の忠告ぐらい聞いてけよ、クソ親父が。

対処法は知ってるよな。あんたはおれの父親  言い直すぜ、飼い主として自分を設定した。おれにセーフティを付けたんだ、首輪って形で。だがおれはあんたには触れられねえ。犬であることでおれは顔のない女子高生じゃなくなったし、リードを辿ってあんたを見ることも出来た。でもリードがついてることに変わりはねえし、そんでおれは……おれは空想科学部門の檻の奥に座るってわけ。


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