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"日奉一族"のアーカイブ

概要

日奉の家紋_1.png

日奉家の家紋

日奉(いさなぎ)家は蒐集院において神格存在の封じ込めの任を担っていた一族です。神格の研究を主任務とすると同時に、神格の蒐集及び破壊に使用する道具/術式の開発機関でもありました。任務実行部隊としての側面を有し、"巫衆(かんなぎしゅう)"と呼ばれる日奉家の人間のみで構成された対神格用の戦力を保有していました。また、優れた精神強度1を持つ人間を多く輩出する特異な血族であり、一部は神格のミーム汚染を完全に跳ね除けることが可能だったとされています。

日奉家の歴史は古く、その起源についてはよく分かっていません。発見されている最古の記録は平安時代のもので、それにより蒐集院の前身である「正倉」に帰属していたことが分かっています。「日奉」の姓は正倉のトップから下賜された崇名2が由来であり、旧来の姓及び出自に関する記録は失われています。崇名の由来は現在でもはっきりしておらず定説はありませんが、イサは結/和の意で、ナギは神木及び神籬である榊/梛/南木を表す語とする説、巫(かんなぎ)または神和(かむなぎ)の語からという説、伊耶那岐から転じてイサナギとしたという説、などが有力視されています。「イサナギ」の読みに「日奉」の字が宛てられている理由はよく分かっていませんが、「日奉」が元々の名前の一部だったのではないかと考えられています。

蒐集院においては神格の存在そのものが重要機密として扱われていたため、それに対応する日奉家の活動内容も同等の機密とされていました。そのため、当時の超常界隈にて日奉の名を知る者は多くいましたが、その実態について知らされている者は蒐集院内でも僅かでした(日奉という苗字自体は知名度は低いですが公的にも知られているものです)。

思想について

日奉家は「日奉こそが神に挑むに値する唯一の血族3である」という考え方を持ち、生物学的な血の繋がりを重んじていました。日奉家の嫡流の人間が家長の許可なく外部のものと交わることは「日奉の血を穢す」として固く禁じられた行為であり、破った者は家長によって処刑されていました。また、例え嫡流の血を継ぐ子供であろうとも、先天的な障がいを持つ子供は「日奉に相応しくない」として処刑するか、外部へ追放していました。そうして追放された子供は、日奉と伊耶那岐の読みが似通っていることから、多くの関係者から水蛭子に例えられていたようです。

樹木崇拝

日奉家は樹木崇拝の宗教的観念を有し、植物と宇宙的諸力との関連性を信じていました。この樹木信仰とその崇名から、高木と深い関わりを持つ高皇産霊尊及びそれを祖神とする日奉(ひまつり)氏との関係性が疑われましたが、今のところそれらを裏付ける史料は発見されていません。また、皇祖神と血の繋がりを持つと主張する超常史学者もありますが、圧倒的に少数派です。
この樹木信仰からか、日奉家には優れた精神強度を持つ嫡流の者には喬木の名前、そうでない者には灌木の名前を付けるといった仕来りがありました。庶流の子供などにも植物に関連した名前を付けることが定められていましたが、木の名を付けることは禁じられていたようです。この仕来りによって、日奉家の人間の名前は難読且つ一般的なそれとは逸脱したものがほとんどでした。

日奉の妖術師及び巫衆

日奉の妖術師.jpg

日奉の妖術師
多くは体長が2mを超えていた。

日奉家の嫡流から輩出された妖術師は、その他のそれと区別され「日奉の妖術師」と呼ばれていました。いずれも神格の封じ込め業務に有用な呪術、魔術の使い手であり、多くの神格蒐集任務において常に前線に配置されていました。神格及び非実体存在に対しては無類の対応力を発揮しましたが、それ以外のアノマリーに対してはほぼ無力だったと言われています。

容姿は正常な人間のそれとは逸脱していたため、日奉家の人間は常にその素顔を隠していました。

日奉家は神格の研究のために手段を選ばない傾向があり、その性質は蒐集院内でもかなり嫌厭されていたようです。目的のためであれば他者、同じ日奉の人間、自分自身の犠牲をも厭わなかったと言われています。実際に、日奉の妖術師たちは神格の脅威へ対応するため、自身に不可逆的な肉体改造を行っていました。以下はそれに関するインタビュー記録の抜粋です。

我々妖術師は超常を引き起こす際、儀式場を用意し、その場で儀式を実行する必要があります。ですが、日奉家の妖術師は違います。彼らは自身の身体に呪具を埋め込み、儀式用の紋様を刻み、気を蓄積するための無数の窪みを作り、肉体そのものを儀式場にしていました。なので、彼らは儀式場を用意せずとも超常を引き起こすことができました。そんなめちゃくちゃなことをしていたものですから、彼らの様相はとてもヒトとは思えぬものに変容していました。勿論、それを真似しようとする妖術師は他にはいませんでした。

肉体を儀式場にするのに必要な体表面積を得るという目的で、その体躯は異常に大きく改造されていましたので、その奇妙な肌を隠しても彼らはかなり目立ちました。

- 妖術師 █████

当時、霊の攻撃に対する防御には銀が有効とされていた。だから我々妖術師は、霊の蒐集任務には銀製の呪具を装備して挑んでいた。
一方で彼の日奉の妖術師どもはどうしたかというと、銀を大量に摂取し、長い年月をかけて、肌に銀の粒子を沈着させたのだ。そのため、奴らの肌は銀色だった。

- 妖術師 ████

妖術師の中には霊を肉眼で直接視認するために眼球を改造する者がおりましたが、それは美容に影響を及ぼさない程度の些細なものでございました。しかし、日奉の妖術師たちは、霊を感知することだけに重きを置いて、外見に拘る様子を全く見せませんでした。
改造により彼らの眼球は肥大化しておりまして、虹彩は異常に鮮やかで、とにかく気味が悪いものになっていました。しかし、彼らはどんな妖術師よりもくっきりと、霊や神の姿を見ることができたのであります。

- 研儀官 ████

巫術式

日奉家が残した最も特筆すべき業績の1つに、巫術式が挙げられます。巫術式は非実体存在を実体(依代)に強制的に憑依させる封じ込め手順です。この依代には物、生物、土地などあらゆるものが成り得ましたが、日奉家は好んで植物、特に高木を用いていました。巫術式は非実体存在の蒐集/破壊に有効な手段として当時の蒐集院内では重宝されましたが、魔術や呪術などの超常的事象に大きく頼る手段であったため財団での流用は行われていません。

巫術式は革新的なものでしたが、それ単体では完璧な封じ込め手段とは言えませんでした。当術式は非実体存在に擬似的顕現を強制するだけのものであり、対象の特異性を無力化する効果などはなかったからです。例えば、物を依代として有知性の非実体存在を憑依させた場合、その依代は自律性を獲得し、対象が元々有していた特異性を発揮し始めます。元から確立した自律性を保有する生物などを依代に用いた場合は、対象のミーム汚染によって依代の精神が乗っ取られてしまいます。これらの欠点のため、初期の巫術式はそれぞれの対象の特異性に対応した道具/術式と合わせて運用されていました。
日奉家はそれらの欠点を補うため、神格用の依代には自家の人間の身体を採用していました。強い精神強度を持つ日奉家の人間は、神格によるミーム汚染をある程度跳ね除けることができたからです。この封じ込め方法は概ね有効であったようですが、依代に使われた人間は精神的な不良に苦しんでいたとも記録されています。

元々非実体存在である神格は、依代の身体を通して体験する肉体的な感覚にとても敏感でした。日奉家はその性質を利用して肉体的な快楽で堕落させ、神格を手懐けようと試みました。この手法により神格の抵抗力を零落させ、封じ込め体制を大幅に安定化させることができたと記されています。この手法は神妾共寝と呼ばれました。
この手法が確立されて以後、日奉家の人間は多くの妾を持つようになりました。妾の子は基本的に日奉家に引き取られて養子になり、下人同然の扱いを受けていました。

日奉の巫女

神格の鎮めるために、

しばらくすると、日奉家の中に神格を完璧に隷属化させ、使役できるものが現れ始めました。日奉家は決してそれらを私利私欲のために利用しようとはしませんでしたが、蒐集院に危険視されていました。そしてこの頃、第二次世界大戦及が勃発します。

終焉

終戦後、財団は日本を活動体制下に収めるための本格的な進出を開始しました。蒐集院は事実上解体され、その人員と技術は主に財団に吸収されましたが、日奉家が財団のスカウトに応じることはありませんでした。おそらく、神格を憑依させている自分たちは財団の収容対象になり得るとの考えに至ったのだと思われます。
最終的に日奉家は数人の妾と従者たちと共に失踪しました。その行方は現在も特定できていません。一説では神格の能力を用いて別の次元に逃亡したのではないかと考えられています。

日奉家が失踪した際、大多数の妾とその子らは放置されました。妾の子らは優れた精神強度を有していたものの、依り代には用いられなかったため神格を憑依させた本家の者達と比して各超常組織にはそれほど関心されませんでした。

妾達は超常界隈との関係断絶を望み、大半が一般社会へ復帰しました。

元々非実体存在である神格は、依代の身体を通して体験する肉体的な感覚にとても敏感でした。日奉家はその性質を利用して肉体的な快楽で堕落させ、神格を手懐けようと試みました。この試みは神妾同衾(しんしょうどうきん)と呼ばれました。回収された日奉家の研究記録書には神妾同衾により神格の抵抗力を零落させ、封じ込め体制を大幅に安定化させることができたと記されています。

日奉家は神妾同衾のため、蒐集院に大勢の妾を用意させました。日奉家はそれら全ての妾を養子に迎え入れました。

著名な人物

日奉梣 (いさなぎ とねりこ): 確認されている中で最も新しい日奉家の家長。日奉家の中では最も優秀な妖術師とされ、あらゆる呪術、魔術を扱うことができたとされています。しかし、いずれの能力も神格及び非実体存在の捕縛に特化したものばかりで、その他の事柄に対してはあまり役に立たないものだったと評価されています。

日奉目薬木 (いさなぎ みつばはな): 日奉の巫女。彼女は日奉家の中で最も巫女として優れていた人物です。彼女が最終的に何体の神格存在をその身に宿し、その内の何体を手懐けることができたのか、というのは未だにはっきりしていません。
妖術師としての才能も有していたようで、多くの神格蒐集任務において前線に配置されていたことが分かっています。他の妖術師と同じく、銀色の肌、大きな体躯、異様な目を持っていましたが、目鼻立ちは整っていたと言われています。また、元々霊感が強く、日奉家独自の眼球改造術も相まって、非実体存在の姿を鮮明に視認することができたようです。
巫女と妖術師の才能を持つものは、日奉家の中でもかなり珍しい存在だったと言われています。

日奉七竈 (いさなぎ ななかまど): 日奉の妖術師。薄べったい大きな手を持つ痩せ細った老人だったとされています。日奉家の敵を暗殺する役目を担っていました。

日奉八手 (いさなぎ やつで): 蒐集院の一等研儀官及び渉外官だった男です。彼は生まれ持った精神強度が弱く、妖術師及び依代としてはほぼ無能でしたが、神格存在に関する先駆的研究を指導し、若くして一等研儀官に成り上がりました。渉外官の任を担っていたため、顕著な肉体改造は受けておらず、正常な人の姿を保っていました。日奉家の代表として、財団を含む様々な超常機関と接触していた記録が見つかっています。
彼は日奉家の嫡流では非常に珍しい親財団派の人間でした。
日奉七竈による犯行であると結論付けています。

日奉千鶴 (いさなぎ ちづる): 日奉家の妾衆の実質的リーダーを務めていた女性。元々は日奉家の人間でなく、同じく蒐集院に本籍を置いていた日野家の人間。日奉梣の正式な妻に選出されました。

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