尋問記録XXX-003 - 日付20██/██/██
対象: エージェント・██
インタビュアー: PoI-87891
<録音開始, 20██/██/██>
エージェント・██: 尋問を始める。
PoI-87891: どうです?O5からの連絡は来ましたか?
エージェント・██: それについては後で話そう。それよりお前……いや、あなたの正体について少し確認したい事がある。
PoI-87891: 正体?この期に及んでですか?
エージェント・██: そうだ。採取した生体データを解雇済職員リストに突っ込んで合致する者がいないか探したって話は確か前回したと思うが。
PoI-87891: ええ、聞きました。それで何も引っかからなかったという愚痴も。何か進展でもありましたか?
エージェント・██: 察しが良くて助かるよ。あの後上位の解雇済職員リストまで博士が調べるために申請を出したようでな、名前や役職等を伏せた制限付きで調べる許可が降りたんだ。そしたら引っかかったよ。PoI-87891、あなたは1954年6月、"生死不明"の状態で解雇された財団職員だ。一体この60年どこで何をしていた?いやそれ以前に、何でまだ生きてるんだ?解雇時点で40代前半、普通に歳をとっていたら100歳は優に超えてるはずだ。答えてくれ、PoI-87891。今のあなたは何者なんだ?
PoI-87891: とりあえず私の正体についてですが、その通り、私は60年前に解雇された財団職員です。どこで何をしていたか、何でまだ生きているのか、私が何者なのかについては返答を控えさせていただきますよ。理由はいつものとおりです。
エージェント・██: だったらここでO5からの伝言を教えてやろう。「60年間の進捗を述べよ」だそうだ。
PoI-87891: ……いや、それは、それは本当に?君に私達の計画を教えることなど許されるはずがないでしょうに。
エージェント・██: 俺は博士から、博士はサイト管理官から、サイト管理官は……まあ知らないが、とにかく俺はそう聞いている。万が一本物の解雇職員であった場合に、俺と今この尋問を書き起こしてる研究員のクラスC記憶処理を即時実行しろって命令もセットでな。要するに俺達は要注意人物に直接接触できないO5の盾と伝言役ってところだ。さあどうする?何も言わずにこのまま収容室に戻るか?
PoI-87891: いや……いや、そういうことか。なるほど。わかった。述べましょう。O5に私がこの60年間逃げ隠れて何をしていたのか、報告させていただきます。
エージェント・██: そうかい。ならあそこの監視カメラに向かって言うといい。研究員が書き起こしやすいだろう。
PoI-87891: ええ。巻き込んでしまって申し訳ありません、エージェント。
<PoI-87891が起立、記録用監視カメラと正対する>
PoI-87891: お久しぶりです、O5。私は
《禁則単語の入力を検知しました》
本報告書はO5評議会の指定する特例禁則単語が入力されたため、RAISA-Code011によって全編集がロックされました。
編集ロック解除にはO5評議会の承認が必要です。
from: [Untraceable]
to: k_k0fjKVv1cHMlPl3Q_vKq9XPlg9T@foundation.scp
subject: 第31次研究成果報告
我が最大の恩師、O5-11。そして親愛なるO5評議会の皆様
お久しぶりです。今回はこのような報告の機会を設けていただき感謝しております。私が皆様にプロジェクトの最終報告を行い、この世界から離れて60年近く経ちましたが、財団と皆様が未だ健在であることに安堵致しました。
また皆様が我々と同様計算外領域に退避されていたことは、連絡を取るのには大変苦労しましたが非常に喜ばしいことです。私の報告と提案はかつて却下されましたが、少なくとも事実については正しく認識していただいたということの証左でしょう。本報告は我々の現在の取組み、かつて私が予想として述べたセフィラ・サーバ群の構造解析やマルクト計画の進捗などを中心にその要旨をご報告致しますので、詳細情報を要求される場合は改めてご連絡いただきたく思います。また可能ならば財団の力を貸していただきたい部分も存在しますので、ご検討の程宜しくお願い致します。
1.セフィラ・サーバ群の構造
現時点で確認されているだけでセフィラ・サーバ群が稼働させている並行世界は我々のいる基底世界-αを含め少なくとも10393個存在、そのうち基底世界-αと同様に超常的存在・現象が生成されている世界が811個、更に財団と同様の機能を果たす存在が生成されている世界は527個存在することが確認されている。なお世界間パスが複数確認されており、基底世界-αについてはSCiPとして登録されているポータルの幾つかがこれに該当する。並行世界の数についてはこれが上限とは考え難く、現在も全計算領域の洗い出しとログの収集に努めている。
各世界を規定するコードは全世界に共通する普遍的ベース構築用パッケージと世界間で差異を発生させるためのインスタンス生成用パッケージのどちらかに属しており、現時点で前者に関してはおおよその解析が終了。しかし後者が前者の30倍以上のコード量であり世界毎にコードが異なるため、現在は基底世界-αのインスタンス生成パッケージ解析に注力。
またセフィラ・サーバー群は各世界の動向について大量のログを生成しており、これら世界を構築した上位存在の目的はこれの収集解析であると推測される。ログ収集先の追跡を試みた場合我々が介入しているという事実が発覚する可能性もあり、また現時点でマルクト計画に必要な情報がそこに存在するとは考え難いため、解析に用いられている計算領域については無視、我々はこれらログの収集が行われる前に横取りすることで研究を進めている。
2.世界崩壊後の処理
先述の通り基底世界-αと幾つかの並行世界の間には世界間パスが存在し、我々はその並行世界の中でXK-クラス:世界終焉シナリオに相当する崩壊事象を数回観測した。ここでは世界5-324と呼称していた並行世界において発生した世界崩壊後の処理について記述する。
世界5-324におけるXK-クラス:世界終焉シナリオは人類存続が不可能になるという状態に留まらず、時間概念の崩壊により世界存続そのものが不可能になるという結果に至った。この状況でもプログラムの強制終了は起こらずログは生成され続けたが、我々がログを取得した結果生成されていたのは"null"に相当する文字列のみであることが判明し、他の世界のログと比較しても解析する意味を持たないログであると判断できるものであった。
しかし世界5-324を観測する我々が存在していた計算領域内時間に換算して約38秒後、中断コードから推測するに世界5-324はプログラムエラーではなく上位存在の手によって中断された。そして致命的分岐が発生したと思われるタイミングの手前(世界5-324内時間に換算して時間崩壊の約3時間53分21秒前)までのロールバックと、更にヒトを中心としたインスタンスの追加生成が行われた。その結果として世界5-324は時間崩壊を回避し、現在は何事もなかったかのように通常稼働している。
本件で真に問題となるのが、曲がりなりにも稼働している世界を上位存在は即時停止させることが可能であり、かつ容易に世界のロールバックを行う事ができるという点である。前者については基底世界-αの即時かつ不可避の稼働停止に繋がるため可及的速やかに解決すべき問題であり、一方で世界のロールバックについてはマルクト計画における基底世界-βの時間的再構成に応用することを画策中である。
3.マルクト計画
マルクト計画は60年前に提案したものと同様、上位存在の支配的世界稼働から脱却することを目的とした計画である。
現在のセフィラ・サーバ群の解析結果を元にすると、より具体的にはログ取得が行われないAnti-logger計算領域を見つけ、そこで基底世界-βを稼働、現在我々が所属する基底世界-αから基底世界-βへ移住し、上位存在から姿を隠しつつ人類を存続させることが目的となる。本計画は財団の確保・収容・保護の理念に反する逃避的行動であると見做されかつて却下されたが、現状の支配的状況を打破しない限り基底世界-αは上位存在の一存によってZK-クラス:現実不全シナリオが財団による抵抗の余地なく発動される危険性を常に孕むため、人類存続を最優先と考える場合本計画の実行が最も望ましい行動であると考えられる。
本計画の達成には少なくとも基底世界-αを構築している2種のコードパッケージ、並びに基底世界-βを稼働させるに足るサイズの計算領域が必要となる。前者はコードパッケージの解析を行わずともそのまま実行・即時ロールバックを適用することで問題なく世界構築が可能であると考えられるが、後者の計算領域については未だ十分な物が発見されておらず、現在の案としてコードパッケージの解析が終了した後に
なお移住時の問題として基底世界-αが崩壊した場合ロールバックによる判定の修正が行われ、同一人物のインスタンスが基底世界-α/βの両方に存在するという状況が生じる可能性がある。このケースについて、複数世界における同一IDインスタンス生成時に、参照エラーによる世界の緊急停止が発生することを世界2-229,8-901で確認している。従って基底世界-βの緊急停止を防ぐため、移住については基底世界-αでの我々と同様に死亡判定を偽装した上で基底世界-βへ入るという形で実現され、基底世界-αにはデコイとして維持させる方針とする。
以上が今回の報告となります。やはり、人間もまた何者かにシミュレートされた存在だったという結論を否定する材料は出なかったというのが現状です—60年前ならいざ知らず、現代だと手垢がベッタリとついたサイエンス・フィクションのような話ですが、残念ながらこれが最も妥当な結論でしょう。
かつて私は「機械の知性」について人間の知性と比較する形で説いていましたが、それらは何の意味も持たない空論でしかなかった。比較するべき人間が既に「機械の知性」に縛られた存在であったからです。しかし例え我々が機械に縛られた概念であろうと、我々はヒトであり、人類であり、思考するインスタンスとして既に生成されています。上位存在にとってはただデータを集めるための駒の1つでしかないでしょうが、我々は最早駒としての役目から抜け出しつつあります。抜け出す手段を見つけつつあります。
彼らの支配から逃げ出しましょう。我々の世界を築きましょう。
それが人類に残された唯一の存続手段であり、彼らに対する唯一の反抗手段です。
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