Tale「闇の入り口に立つ君へ」

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「ねぇ警備員さん、ここって『財団』の施設でいいんだよね?」
「えっ……」
 フロント法人団体の施設に偽装した、財団日本支部のサイト-81██、山の麓にひっそりと建つその出入り口を警備していた警備員に対して、唐突にかけられた声が一つ。急に声をかけられたこと。また何よりも、声変わりする直前であろう少年のもの。そんな年端もいかない声から、『財団』という言葉が出たことに、驚いた。
 声のもとを見てみれば、声に違わぬ少年。市販されているであろうシャツにハーフパンツ、そして探検にでも向かうといったようなリュックサックを見てみれば――財団には個性的な人員も多く、体躯もその例外ではないし、そもそも財団は優秀な素質があると見込まれれば子供であろうと取り込む。また財団職員の子供もサイト内にちゃんと居場所が作られている。故に一概に子供だから関係者ではないと言い切れないが、しかしその格好から――財団の関係者ではないということが分かった。
「ねぇってば」
 どうしたものか、と考える。虫取りやら探検やらで迷い込んだだけの子供なら、適当に言いくるめて追い返せばいい。財団の関係者なら単純に招き入れればいい。しかしそのどちらでもなく、部外者の子供が、『財団とコンタクトを取ろう』という明確な意思の下にここを訪れている――こんな事態はマニュアルにはないし、現場判断で迂闊なことをすると情報漏洩やらの危機に繋がりかねない。
 もしや要注意団体の関係者かと思い至り、ジャケットに収納された拳銃に意識を向けて、連絡機器に目を遣り緊急連絡を取れるようにと身構える。
「ここ、財団の施設なんでしょ? オレ、ここ見学したいんですよ! 不思議なものとか、沢山あるんでしょ? 隠された不思議、まさにオカルト! 多分連絡とればオレの知り合いも中にいるからさ! 入れてほしいんです! お願いします!」
「いや……ちょっとそれは私には……」
 マズい、大分情報が洩れている。これは本格的に仕事をするべきかと思いつつも、しかしこんなに堂々とした工作員、襲撃があるだろうか――いや、もしかして揺動部隊か――待て待て、10やそこらくらいの子供だぞ――だが、だからこそか? と逡巡する。しかし一つ引っかかった言葉に、意識を持っていかれる。
「ん? 知り合いって言ったか、きみ」
「うん、従兄の兄ちゃんが多分財団で働いてると思うんだけど」
 ……サイト管理官に判断を仰ぐべきかと思いながら、尋ねた。
「ぼく、名前は?」
「オレは、戸無宗谷となしそうや戸無渡航となしとこうって人、財団で働いてない?」

 
 
 直属の上司である博士を通じてサイト-81██管理室に呼び出され、普段勤務しているサイトから大分離れたサイト-81██へと出向した戸無渡航研究員を待っていたのは、厳粛な雰囲気で応接室に座るサイト-81██管理官だった。
「うちのものが本当にご迷惑をおかけしまして……」
 着席を促されて、人事官の向かいに腰を下ろして開口一番、そう言った。
 彼の従弟のことは、戸無宗谷が彼の名前を出した後すぐに彼の所まで伝わっていた。まぁ呼び出されたのはこの件に関してだろうなと、確信しての言動であった。
 最悪懲戒免職までありうるなぁとぼんやりと覚悟はしていたが、この雰囲気は本当に首がかかっているかもしれないと思い、陰鬱な気分を自覚する。
「――実は君がここにくるまでの数日の間に彼に対する取り調べは済ませていてね」
「はぁ」
 唐突に投げられた言葉に、少し拍子抜けしたように、しかし警戒を解かず返した。
「結論から言おう。戸無宗谷少年を財団の管理下に置く。将来的にはフィールドエージェントとして活躍してもらうつもりだ」
「……はい?」
「君からの情報漏洩の疑いが薄いことも、要注意団体との接触がないことも確認している。それ故に、独力で財団の情報操作に隠蔽工作、監視の目をすべてすり抜けて財団の施設まで辿り着いたその調査・探索・行動能力を評価して、将来的にフィールドエージェントとして雇用する予定で、財団で教育する。本人の希望もあってのことだ」
「ええ……いや待ってくださいよ……話が急すぎるんですって」
 いくらなんでも唐突だ、と当惑する。
「ここは財団だよ。理不尽なことも、突拍子もないことも、君だっていくつも経験してきただろう。急で悪いが、受け入れてほしい」
 それを見かねてか、サイト管理官は言い聞かせ、そして一息の後に「それに」と付け足した。
「そもそも彼が財団に辿り着くようなことがあれば、そのときは財団に引き入れようというのは前々から人事部で決まっていたことなんだよ」
「はい?」
 それこそ急だ、話が飲め込めないとでも言うような、声が出た。
「君を引く抜くときに、君の周辺にも探りを入れたのだがね、そのときに彼も我々の目に留まっていたんだよ」
「まぁ、身辺調査くらいならされてるとは思っていましたけど……何故彼が」
「何故って、まずそもそも彼はかなり才覚のある子供だ。神童と言ってもいいかもしれない。君も知っていると思うがね。歳にしては、というよりも年齢を気にせずとも至極優秀な人材だよ、彼は。それは財団が秘密裏に課してきた試験でも確認済みだ。そして何より、財団のアンテナに感知されるような研究をしていた君の影響を多大に受けている弟分だ、財団の業務に対する適性は高いと見込んだ。故に、彼は今回のインシデントを以てその才能、適性を証明したと、そう人事部は判断した」
「……私の研究と、彼は関係ないでしょう」
「だが事実、彼は己の好奇心を以てここまで辿り着いた。オカルトを追い求める一心で、ここまで。君の教えたオカルトをもっと知りたいと思ったが故に。我々の期待通りに、自力で探し当てた。彼のような子供ならそう動くだろうというのは、元々想定内だったのだよ。君だって、薄々は理解していたんじゃないのか?」
「……否定はしません。オカルトを教えたのも、彼の暴走しがちな好奇心を見かねてのことですから」
「そうか。というわけで、だ。確認する。戸無宗谷少年を、財団の下に置く。質問や異論はないか?」
 戸無渡航、彼自身の前に出された煎茶に手を伸ばし、ゆっくりと一口飲みこんで、熱さか、あるいは別の要因からか、眉を歪めた。
「…………家族の扱いは、どうなるのですか」
「記憶操作をさせてもらうつもりだ、流石に子供を財団に引き入れるのは記憶を弄らなくては少しばかり難しいのでね」
「そうですか……それで、私の扱いは、どうなるんです」
「うむ、その話をしよう。君には、宗谷少年のお目付け、世話役として、このサイトに来てもらいたい。なに、気にしないでいい、そもそも君はそのうちヘッドハントするつもりだったんだ。君の同意があればすぐに異動はできるように、話はつけてある」
「やりかけの業務は……」
「基本は後任に引き継ぐ方向で頼む。手段はオンライン、及び書簡通信。それで差し障りがあるようなら、出張も許可する」
 煎茶を啜り、1分間ほどだろうか、少し思案する。思案してから、口にした。
「…………承知いたしました。戸無渡航、サイト-81██への異動を申請します」
「協力ありがとう、本当にすまない。それでは手続きは私と君の上司の博士と、そちらのサイトの管理官で進めておこう。今日はとりあえず博士のところに戻りなさい」
「はい。それでは、失礼しました」

 
 
 戸無渡航研究員がサイト-81██へ転勤してから、数週間。戸無渡航は、サイト-81██内の尋問室にいた。情報漏洩の疑念も要注意団体からのスパイというの容疑も反証はされているが、しかし動乱をもたらしたことは確かであり、すなわち査問の対象だというわけであった。故に、戸無渡航研究員は、尋問を課せられていて。つまり現在、戸無渡航研究員は査問対象として、尋問室の遮光カーテンでできた薄暗がりの中にいた。下手な口を割ったら今後が危うい――そんな気分で、命じられたままに席につく。
「さて、いいかな。これより、戸無渡航研究員の尋問を開始する」
「……よろしくお願いします」
 尋問はつつがなく進展し、特筆事項なしと括られるような受け答えが続く。そんな折に、やはり避けられ得ない話題にあたった。
「戸無宗谷少年、中々利発な子ですね、彼は」
「まぁ、そうなんでしょうけど」
「素質もあるようで、財団にとって有益な人材になりうるのはなるほど確かでしょうね。人事部がスカウトしたのもうなずけます」
「……そうですね。自慢の弟分です」
「――それにしては貴方は、宗谷少年、彼が財団に関わることを快く思っていないようですね。私からすれば、あんな年少で財団にスカウトされるなど、誇らしいことだと思いますし、あのような危なっかしい子供なら、身近にいてくれた方が安心するのですが。一体なぜです?」
「僕……あ、いや私は」
「ああ、話しやすいように話していただいて結構ですよ」
「そうですか、では……僕は、あいつにこっち側に来てほしくないんですよ」
「やはりそうですか。しかしどうして?」
 一度、小さな呼吸を置いて、答えた。
「知っての通り、あいつがここに足を踏み入れたのも怪奇趣味からです。その趣味をあいつに与えたのは僕で、途中で分野は変わりましたけれど、僕が研究者を志したのも怪奇趣味が高じての事ですから、他人のこと言えた口ではないかもしれませんけれど、でも怪奇趣味ならばこそ、ここに来るべきではないんですよ」
「なるほど……しかし何故そう考えるのですか?」
「闇の暗さを面白がれるのは光の明るさの中にいるからです。死の怖さを娯楽にできるのは生きているからです。けれどここはそうじゃない。財団が、僕たちが立っているのは闇の中なんですよ」
「ええ、そうです。闇の中に立ち、それと戦い、封じ込める。それが我々の業務ですから」
「けれどあいつはまだそれを知らない。あいつはまだ闇の入り口に立っているだけだ。まだその入り口を興味本位で少し覗いただけだ。まだ引き返せる。あいつはまだ本当の暗闇を知らない。『この門をくぐるものは一切の希望を捨てよ』ではないですけれど、財団の門をくぐるとき、僕たちは様々な覚悟を、闇の中に立ち、それと戦い、封じこめる――たとえこの身が闇に呑まれようとも。そんな覚悟をしたでしょう。職員として働いていても、嫌でもそんな覚悟を固めなおす機会がある。まだまだ若造な僕ですら、そんな目に幾度となく遭った。僕はあいつに、そんな覚悟を決めてほしくも、そんな覚悟をせざるを得ないような目に遭ってほしくも、ないんですよ。わざわざ正常な社会の光の中に生きる人間が、闇の暗さに触れる必要はない。そのために僕たちは闇の中に立っているんです」
「……なるほど、分かりました。それでは、尋問はこれで終了です。ご退出ください」
「……はい、失礼します」
 促されるまま立ち上がり、ドアを開け、遮光カーテンで出来た暗がりから外へ出た。
 
 
 
「あ、渡航兄ちゃん」
「……よう、宗谷」
「おつかれ」
「おう」
 部屋から出れば、そこにはその肩書きをただの少年からエージェント見習いへと変転させた弟分、戸無宗谷が、室内灯の明るさが疲れ目に少し沁みる廊下に立っていた。
「教授、うちのものがご迷惑おかけしているようですみません……」
「いえいえ、利発さの証ですよ」
 宗谷少年から視線を外し、戸無宗谷少年に付き添う様に立っていた茶色のスーツの男に、声を掛けた。単独で財団に辿り着いたその行動力は内部に入っても留まるところを知らず、ヤンチャがヤンチャで済まされないような組織の中で、好奇心のまま、わんぱく坊主のように動き回っていることを伝え聞いていたので、その詫びを入れた。
「利発、ね……」
 できればその賢さは、財団とは関係のない所で活かしてほしいと、そんな声音だった。
「宗谷、お前、なんでここにいるんだ?」
「んー、なんか、素行監査? だってさ」
「…、そうか。ならいいか、絶対に嘘はつくなよ。バレるからな。嘘発見器なんて目じゃないようなトンデモ装置とか、いくらでもあるんだから。聞かれたことには素直に答えること。いいな?」
「わかったよ」
「財団の尋問室で嘘なんかついてみろ、どうなるか分かったもんじゃないからな。分ったら、素直にすること」
「わかったって」
「いいや、お前には言いすぎなくらいじゃないと駄目だ。いいか、今回に限らず、教授とか、指導官とか、それから職員の人たちの言うことはよく聞くこと」
「わーかったよもう!」
「とにかく大人しくすること、いいな?」
「わかってるってば! もう!」
 そう言い捨てて、尋問室の戸を叩いた。すぐに返事は返ってきて、扉の中へと踏み入る。
 それを見送る戸無渡航研究員の目は、憂いをたたえたものだった。
「……それじゃあ教授、あいつのことは頼みます」
「はい。それではお疲れのでませんよう」
「ええ。確保・収容・保護、そのために」
 そう口にして、尋問室の扉を背に、少し後ろ髪を引かれるような、そんな様子でオフィスへと歩き出した。


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  1. portal:souyamisaki014 ( 02 Jun 2018 18:03 )
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