ぬるい風の中には火の粉が混じっていて、金属の焼ける匂いが立ち込めている。橙色に薄ぼんやりとした明かりの中で、それは揺れていた。逆光によって認識できるのは黒々としたシルエットがすべてだったが、それは木だとわかった。幾本もある根は扇のように広がっていたが、われ先にと樹幹へ収束している。打ちっぱなしのコンクリートを激しく突き破って立つさまは、まさに圧倒的な生命力のなせる業だった。その奔流を無理やりにまとめ上げたような幹はいやに短く、すぐにこらえきれなくなって枝葉を発散させている。猛り狂ったそれらはうねりをそのままに、あるものは捻転し、またあるものは無数の節や葉を密集させていた。
これは夢なのだと、海野一三は唐突に理解した。急激に感覚が明晰になり、自分がいま倒れている場所が職場であることに気が付く。目を滑らせると、エントランスの隅に置かれていた観葉植物がまさに焼けて倒れたところだった。そんなに職場へ憎しみを覚えていただろうか、と夢の内容にいぶかしみを覚える。
起き上がることはできなかった。木はまだそこに生えており、当然だったが職場にこんな奇怪な植物が置かれていた記憶はない。
「おまえは実在していない」
唐突な女の発言に、海野は書きものの手を一度中断して、顔を上げた。乾燥しきっている鮮やかな七色の髪と、ひどく落ちくぼんだ目、ぱりぱりとひび割れた唇から漏れ出てくる言葉はか細く、だが劇薬のような音階を持っている。兎歌八千代と自称しているこの女は、健全で文化的な水準からは程遠い容貌だった。元サイト管理官で、いくつかの機動部隊で幕僚を兼任し、しかも医療部門にも籍を置いている。経歴は輝かしいエリートのそれだが、この有様を見てその内容を信じてくれそうな人間など見つかりそうもない。
「すみません、もう一度よろしいですか」
「0か」
「あの、申し訳ないのですが」
白い取調室の中には、この兎歌という女と二人きりだった。女の情報はどれもこれもが欺瞞で満ちており、したがって海野は目の前の狂人に、自らのことを語らせねばならないのだった。それは困難を極める作業であり、ゆえに、この取り調べ中に彼の手にあったペンの動きは、紙面に何も刻んではいなかった。
真っ白の紙タブラ・ラーサ。男はいま女が発した数字を書き取ろうと、左手で線を引いた。白い紙は依然として、その純粋性を誇るばかりであり、しかしたしかに、ペン先は紙の感覚を捉えていた。
「なんだ」
「おかえりなさい」
紙の上に、虹色の毛が落ちていた。身を乗り出していた女は、白目のほとんどなくなった瞳で海野の姿を映しこんでいる。身を仰け反らせた男は、そこにしていたはずの、香水の匂いが消えていることに気が付く。いや、あるいは、そんなものは初めからなかったのだろうが。
「わたしの名前は」
「名前……」
手元のブリーフケースを取り寄せる。眼前の狂人について事細かに──しかし欺瞞である──記された情報が載っていたページなどは存在せず、ただ空欄の人事ファイルだけがそこに綴じこまれていた。しかし、そもそもここにあったのは空のページだけだったはずだ。なぜ、そこに情報が載っているなどと勘違いしていたのかが、海野にはわからなかった。
「思い出せ」女、だったかもしれないし男だったかもしれない相手は、彼に向かってそう言った。青い色をした錠剤を取り出して、女男は、もう一度同じ言葉を発する。「思い出せ」
なにを、と問い返す海野を見て、人間は笑っていたかもしれないし、あるいは怒っていたかもしれない。白い髪と白い目、白い錠剤。なにを忘れているというのか、と男は目の前を睨み付けた。
そこには空の椅子があった。
午前七時。汗臭くなってきた布団の中で、海野一三は目を覚ます。睡眠周期を感知して優しい音楽を流してくれるアプリケーションが、彼の見ていた悪夢を優しくせき止めていた。一度固めた決意が腐らないうちに、男は掛布団を脚で下へ追いやった。暖房を切っていたため、部屋はひどく冷却されている。
「………………」
両足を順にベッドから滑り落とし、絨毯の柔らかい感触をよく確かめる。まだよく目が開かないが、秒速五センチメートルほどの速さで前進を始める。電子ポットに水を適当に入れてスイッチを押し、テレビをつけて女子アナウンサーのうるさい高音を脳に取り込む。
椅子に座ると、背もたれが少し不気味な音を立てた。そろそろ買い替え時だが、はたしてどこで買ったものか、そもそも時間は、と出不精特有の言い訳探しをしているうちに、電子ポットが声高に湯が沸いたことを主張し始める。
「………………」
ティーパックをカップへ適当に放り込み、角砂糖を四つほど落とす。コーヒーフレッシュを切らしていたことに気が付き、眉をしかめる。パックを上下に揺らしながら撹拌し、そのまま口に運ぶ。熱すぎて味がわからないが、だんだんと意識がはっきりしてくる。
意識とともに、空腹感も形を帯びてくる。額に皺を寄せながら立ち上がり、冷蔵庫の中から結露した食パンの袋を取り出す。適当に二枚取って、オーブンの中へ置き去りにする。六分ぐらいにセットし、今度はマーガリンとつぶあんを取り出した。当然まだ焼けていないので、塗るために用意したスプーンをティーカップの中に突っ込んでかき回し始める。透明な砂糖の粒子が徐々に溶けて消え、満足したところでオーブンを止めに行く。
「………………」
海野には最近ひとつの発見があった。歯ブラシはテーブルに置いておくとよい。歯磨きをするタイミングを早めれば早めるほど、歯を磨き忘れる確率が減る。歯に引っかかっていたつぶあんの皮を吐き捨てて、彼は三日前と同じネクタイを首に巻いた。
チェスターコートのボタンが外れかかっていることに気が付き、どうするか数瞬思案して、結局どうもせずに仕事鞄を取り上げる。オートロックの玄関は指紋認証や静脈認証を必要とするため、両手首をどこかに置いてこない限り家から閉め出される心配はない。
施錠を確認して、海野は振り返る。そこには灰色の壁が迫っており、似たような玄関のドアが延々と左右に続いていた。サイト-████第一本部棟地下レベル2職員居住区の東Aブロック九〇九号室。地下二階に存在する居住区から、さらにその数十メートル地下に潜った場所に彼の職場は存在していた。普通のペースで向かえば一五分ほどだが、途中で昼食を買うために遠回りをする必要がある。
歩き出してから三分ほどで、忘れ物をしていることに気が付いた。
朝の一錠を服用すると、ようやく彼の一日は始まる。腕時計を見て、次に足元を見た。壁と同じ色をしていたはずの床は、幾多の人間に踏みつけられたことによって黒く変色している。海野は走ることにした。昼食を買う時間を長めに四分と仮定すると、歩いていては遅刻だった。
居住区からは何本ものエレベーターが出ており、ほとんどの職員が列をなしてそこに並ぶ。抱えている案件によっては、緊急性が認められて待ち時間ゼロの直通軌道に乗ることができるというが、海野はついぞそのようなものを目にしたことがなかった。五分ほどで自分の番が来て、床に引かれた線の通りに並ばされる。一度に百人を運べるというエレベーターは、大型機械の搬入などにも供されることがあった。地下レベル3は複合装甲地盤と対魔術・現実改変防御複合体で完全に占領されており、エレベーターシャフトなどのいくつかの通路だけがそこに穴をうがっている。
だれかがずっとくしゃみをしていた。知り合いらしい女子職員たちがひそひそと言葉を交わす以外、誰も口を利こうとはしない。地下で人工太陽光を浴びながら一年中生活する研究職員たちにとってみれば、いまが冬かどうかなどはどうでもよさそうなことだった。三六五日つねに摂氏二四度、湿度五五パーセントに保たれているサイトでは、季節風邪もインフルエンザもあまり目にすることがない。
女子職員のひそやかな話題の対象は、エレベーター内に紛れ込んでいた特異な職員のようだった。居並ぶ職員たちの間からのぞいている白いくちばしは、二一世紀に生きる人間がするにはいささか時代錯誤な格好だった。この職員が目立つのはそのペストマスクだけでなく、このエレベーターで唯一白衣を着用しているということもあった。管理部門フロア行きのエレベーターに、白衣を着た科学者が乗り込むことはほとんどない。財団は職員個人の服装などにいちいち注文を付けるような組織ではなく、単に彼──彼女──の趣味という可能性もあった。だがこの職員が注目を浴びている最大の理由は、服装などではない。職員全員が首から提げ、左胸に留めているIDタグ。普通の職員のものは白地に黒、顔写真という構成だが、特定雇用職員──特異性を持つ職員をオブラートに包んだ呼称──のそれは違う。一目でそれとわかるように、目立つ赤が地色に使われている。
地下レベル4に着くと、一斉に職員たちがエレベーターを降りだした。このフロアにかぎらず、大規模サイトのオフィスというのは、ひとつの街のような様相を呈していることが多い。フロア間もセキュリティ・クリアランスの関係で移動が困難な場合があるため、各フロアに必ず購買部や医局が存在するのだ。海野は小走りに、その中のひとつに入る。
コンビニのような店舗でオールドファッションのドーナツを買い込んで、海野はふたたび走り出した。管理部門の一角、誰も関心を払わない総務部署の中に彼のオフィスはある。横幅二〇メートルほどの目抜き通りになっている一直線の通路に沿って、管理部門の主要オフィスが立ち並んでいる。出勤する職員の群れは、左右へ別れて徐々に数が減っていく。コンビニに入っていた数分のうちに、あの特異性職員の姿は見えなくなっていた。
会計部門の角を通ろうとしたとき、わずかな匂いが彼の足を止めた。脳髄のどこかを、的確に刺激してくる錆びた匂いだった。左胸の重い感触を思い出しながら、オフィスの間にある狭い通路へ足を踏み入れる。
それが人であるということはすぐにわかった。海野が先ほどから気になっていた水音も、そしてなんの悲鳴もしなかった理由も、すべては床に転がる遺体が雄弁に語っている。白かったペストマスクは、切り裂かれた喉から漏れた血液で真っ赤に染め上がっていた。仰向けに倒れている姿は、抵抗する暇もなく迅速に殺されてしまったことを示している。だがその仕事ぶりはプロというには程遠かった。
血だまりが版図を拡げていく中、点々と続く小さな斑点の先に凶器のカッターナイフが落ちている。そしてその横に、へたりこんで遺体を見つめている犯人の姿があった。海野は警戒を解かずに、血と同じ色をしたIDタグの名前を調べる。黒埼 蛇。会計部門の主任とある。生体情報をつねにモニタリングしているタグは、すでにこの職員に起こった悲劇についても把握しているだろう。あと数十秒のうちに、ここには保安部門の職員たちがやってくる。
「何にも触れないでください。そこから動かないで」
海野は、犯人に対してできるだけ事務的な発音を心掛けた。小さくうなずいた職員の左胸には、彼と同じ白いIDタグが付けられている。
「わたしは内部保安部門の監察官です。あなたを逮捕します」
ぼうっとした様子で手錠をかけられた犯人は、保安部門に引っ立てられるまで、ずっと遺体を見つめていた。いったい何を熱心に見つめているのか、その時の海野にはわからなかった。
だが、のちにふと理解した。あれはIDタグを見ていたのだ。
「イヤな事件やなあ」
「殺人にイヤじゃない事件がありましたか」
水槽に飼われている爬虫類と、妙齢の女性が会話している。サイト-████の医局は、解剖される遺体のための霊安室を持っていた。殺された黒埼という事務官の遺体の検分のため、サイト管理官のエージェント・カナヘビと、内部保安部門管理官の串間小豆が揃って現れたのだ。
「出会い頭に殺されたようです。犯人は黙秘を続けており、動機はわかっていません」
内部保安部門の制服に身を包んだ海野は、最近になって官僚的発音がようやくその咽頭になじんできていた。三日に一度は着ている灰色のシャツは、彼の実年齢を多少若く見せることに成功していたが、しかしそれは必ずしもプラスに働く要素は考えられない。
すくなくとも内部保安部門ではそうだった。ここにいる職員には──少なくとも彼が認識している限りにおいて──三〇歳以下の者はいない。合理性を重んじる財団組織は有史以来年功序列を採用したことなど一度もなく、信用を判断するのに最も有用なのは時間なのだということを理解しているに過ぎない。だから職員たちは、若作りをする必要を認めてはいなかった。この部門で年を重ねていくということは、つまりは財団からの長年の信頼を意味しているのだから。
「反人型異常実体主義者アンチ・メアリニストという線はないのかしら」
串間小豆 内部保安部門管理官においては、そうした職員たちの風潮に対して抵抗を見せている数少ない人間の一人だった。部下からの報告を聞いている最中、目は手元のマニキュアへと向けられている。目の覚めるような赤い口紅と、扇情的なオレンジのアイシャドウは、彼女の加齢に対する挑戦の表れだった。
「特異性を持つ職員の周辺はあらかた調査されていますが、そういった報告はありません」
「見逃してたとちゃうん」
喉を裂かれた遺体は、口が二つあるかのようにぱっくりと傷口が開かれていた。エンバーミングの処置はまだかなり先のことで、あと数日はこのままにされている。カナヘビはちろちろと舌を出したり引っこめたりしていたが、やがて背を向けてしまった。遺体を下げさせたサイト管理官は、強い口調で海野と串間に告げる。
「動機の解明、それから再発防止を徹底してや。今回の件は徹底的に隠す。諸知に頼んで、管理部門全体に記憶処理を頼むわ」
「了解しました」
自律走行式の水槽がふわふわと浮かびながら、部屋を後にした。その後ろ姿を見送っていた女は、礼の姿勢を緩慢に崩して保管庫へ寄りかかる。懈怠さを鼻から吐き出し、年上の部下の方をちらと見やる。
「なんでしょうか」
「あんた、第一発見者だったね」
「はい」
「まあ、いいわ。この件はわたしとあんたでやる。いい」
「はい」
内部保安部門の女王陛下は、たばこが吸いたいと言い残すとさっそく部下を置いてどこかへ出て行ってしまう。一人残された海野は、検視官にもう一度いいですかと遺体を見せてもらうように頼むことにした。鷹揚に答えた検視官は、金属製の引き出しに手をかけた。黒い死体袋は、成人男性のものにしては小さかった。ジッパーが下ろされると、死臭が一気に漏れ出てくる。
気道に風穴を開け、あわや頸動脈に達しようというかという深さの裂傷には、見るからに怨嗟が込められている。呆然としていた犯人の様子から察するに、衝動的な犯行である可能性は十分にあった。だが、あのタイミングで人気のない角に陣取り、カッターナイフを準備していたとなるとそれは計画的殺人である。妙な事件だった。状況はちぐはぐで、なにひとつとして一貫性がないように思えた。
左胸からは、もうIDタグは取り外されていた。検視官は黙って海野の観察を見守っていたが、聞かれると流れるように説明を始めた。黒埼 蛇の特異性は周囲に被害をもたらす自身の声であるという。咽頭部が狙われたのはそれが理由なのでは、と検視官は自分の意見を最後に添えた。その仮説は非常に説得力があったが、海野にはどうにもこの遺体そのもの、事件そのものに違和感が付きまとっていた。
「ありがとうございます。おそらく次会うときには顔を覚えておいででないでしょうから、このIDタグで覚えておいてください」
「はあ……」
困惑している様子だったが、検視官は海野のIDを覚えるように顔を近づける。そこには目立たない男の肖像と、管理部門総務部という仮の所属が書かれている。海野は不意に、このタグは何色に見えますか、という質問をしたくなった。実際に口に出す前に検視官は顔を離し、男はおかしな考えを振り払うことに成功した。
「変わったお名前ですね。海野一三いつみさん」
「つぎは諜報機関のエージェントですか」
血液は大体拭き取られた後だった。エージェント・ユーリィは逆上した同僚によって、頭蓋に巨大な穴を穿たれた。数回殴打された痕跡が残されており、相当の殺意をもって襲撃を受けたことがうかがえる。殺害時の映像が残されており、海野たちはすでにそれを確認していた。
「犯人は同僚といいますが、正確には収容スペシャリストですね。工具を持っていたのは収容房に使う装置を自作していたとかで……」
「つまり今回も衝動殺人ということですね」
「にしては殺意が高すぎるようにも思えるけれど」
串間はちょっと値引きされているブランドでも見るかのようなフランクさで、惨殺死体に顔を近づける。エンバーミングはまだ終わっておらず、遺体の持つ臭気は防腐剤のそれよりも死臭が上回っていた。つぶさに亡骸を確認し終えると、続いて検視官が持っていた資料に目を通す。
「とりあえず昨日の事件とはさほど関連はなさそうね」
「昨日の今日で二人も……本当に偶然ですかね」
「なにかとストレスの多い職場じゃない」
遺体を前に実りの少ない会話をしている監察官たちは、背後から運ばれてきた銀の台車に気付くと眉目を曇らせた。現場の遺留品ということだったが、その数が想定よりも大量だったためである。犯行現場がオフィスだったと説明を受けたが、諜報機関出身の海野からしても、この量は多過ぎだった。
「帽子ですか」
「本人の趣味のようで」
「現場保存の基本からやり直して来いと保安部門に注文を付けてきて」
ジップロックで封されている袋をいくつか取り上げると、ふいに海野の手が止まった。ゆっくりとそれを台車に戻すと、「……串間さん」と静かに振り返った。「共通点があったかもしれません」
赤いIDタグが、彼の目の前に安置されていた。管理官は小さくうなずき返して、携帯を取り出す。この事件が反人型異常実体主義者によるものとして、本格的に扱われ始めた瞬間だった。
翌日の夜遅く、海野のもとに一本の連絡が入った。大抵、こんな時間に起こされるということはろくでもない事件や事故があったということだ。とうに寝床へ入っていた監察官は、不機嫌な面持ちで枕元の携帯に手を伸ばす。
「……もしもし、海野ですが」
「海野監察官、わたしです、医療部門法医学室の」
言われて、この前の会計主任が殺害されたときの検視官の顔が思い浮かぶ。急激に嫌な予感がしてきた海野は、掛け布団を跳ね飛ばしワイシャツの入ったクローゼットを開く。
「どうされました」
「先日のエージェント・ユーリィのご遺体なんですが……」
言いよどむ検視官の態度に、監察官は余計に苛立ちを覚えた。明らかに急用であるのに、よっぽど言いにくいことでも起きたらしい。海野は「一体なんです」とやや語気を強めて尋ねた。携帯を脇に置き、急いでネクタイを締め始める。
「さっき確認したところ、その、忽然と消えてしまいまして」
「なんですって?」
携帯を乱暴に取り上げた海野は、さまざまな可能性が脳内に巡りながら、それらがほとんどひとつの結論につながっていることに気づく。アノマリーの関与。考えたくない事態だが、この現象はそれを意味しているのではないか。
「ただちに保安部門に連絡してください。初期収容チームを向かわせます」
通話をいったん切り、そのまま別の番号へ発信する。今ごろはお休みのはずだったが、事態がこうなっては女王陛下にもお出まし願うのが筋だろう。
「なに、海野くん?」
思ったよりもすぐに、しかもはっきりとした声音で返事が返ってくる。思わず腕時計を見た海野は、たしかに時針が午前二時を指していることを確認する。
「お休みのところ失礼します。やっかいなことになりました」
「なに」
衣擦れの音が続いた後、肌の上を掌が跳ねるような音がする。大体を察した海野は、電話の向こうの上司にバレないようにため息を吐いた。別に向こうは何か悪いことをしでかしたわけではない。こちらの電話のタイミングが少々デリカシーに欠けていただけである。
「あー、今日出た遺体、紛失したそうです」
「紛失? どういう意味」
「そのままの意味です。霊安室から消えたそうです」
「……あそう。すぐ初期収容チームに連絡した方がよさそうね」
「手配済みです」
「わかった。二〇分ぐらいしたら行くから」
管理官はすぐに電話を切った。海野は端末をしまわず、そのまま別の番号にダイヤルした。串間のあの様子では、他の各所に知らせて回るのは自分の役目になるだろう。この案件はサイト幹部に対しても秘匿されており、数少ない事情を知る者はあとふたりいた。
エージェント・カナヘビは就寝中のため、秘書官が代わりに電話に出た。簡潔に遺体の件だけを伝えると、反応はやや薄いものしか返ってこない。秘書官の関心は内容よりも主人がその報せを必要とするかどうからしく、念入りに重要度と緊急度を聞かれたが、海野としてもすぐに判断できるような代物ではなかった。
「収容チームの判断が出次第、またお伝えしますので」
「わかりました」
連絡すべきさいごのひとりは医療部門の記憶処理部長──諸知博士だった。ふだんいつ寝ているのかよくわからない記憶処理部長は、珍しく四コール鳴っても出なかった。その間にも足早に霊安室へ向かっている海野は、不信感を抱きながらも隣の検視室のドアをノックした。
「どうぞ」
検視官の声ではなかった。か細い、中性的な男性の声。IDスキャンを抜けてドアが開くと、長い三つ編みが監察官を迎えた。丸い眼鏡の中には眠たげな眼がこちらをうかがっており、形ばかりの柔和な笑み。記憶処理部長・諸知は、どういうわけか海野が通報を受けるよりも前に事態に気が付き、検視室に馳せ参じたというわけであった。
「諸知博士、なぜこちらに? 初期収容チームがすぐにここに来ますよ」
「わたしがそのチームのトップだからです」
海野の当惑した表情を楽しむように、諸知は首をかしげた。部屋の奥から汗だくの検視官が出てきて、「すみません」と何度も言いながら検視報告書を諸知に手渡した。しばらく目を落としていた記憶処理医は、椅子に腰かけると監察官に見解を求めた。
「なんだと思います、これ」
「新手のオブジェクトの可能性が排除できません。部長が本当に初期収容チームのリーダーなんですか?」
質問に答えるのもそこそこに、すぐに問いを返す。海野が初期収容チームを要請したのはつい五分前の話だった。五分で編成が決まるというところまでは何ら不思議ではないが、五分以内にそのチームのリーダーが現場にひとり駆けつけているという状況は非常に不可解だった。あるいは、
「もしかして、すでにこの件の調査に当たるチームが存在していたんですか」
「そんなところです」
内部保安部門には、そのような情報共有が来た事実はない。ということは、内部保安部門の管理官にすらまともに情報を寄越さないようなところから指示を受けたチームということになる。これからやってくるであろう串間がある程度の事情を知っているだろうが、海野に委細を説明するとは限らなかった。
「これは差し出がましい真似を、失礼しました。そちらの事件を横取りするつもりはありません」
両手を挙げて後ずさり、首を横に振る。海野なりの処世術であった。管轄権について争いを起こすには、いまの彼の立場はあまりに弱すぎると自覚していた。串間管理官がどのような態度で出てくるか、それがいま海野にとって懸念される事項であった。
内部保安部門の女王のお出ましは、初期収容チームの参集とほとんど同じタイミングだった。まずはぞろぞろと武装した保安部員たちが入室し、指揮官と思しき人間が諸知に敬礼をする。隣に侍っていた海野を不審そうに一瞥したあと、IDを見た指揮官の男は改めて敬礼をした。
「初期収容チームICT幕僚の長林です。失礼ですが、所属をお聞きしても」
「管理部門総務部会計調査課別室の海野です。お見知りおきを」
「なるほど……どうぞ、よろしくお願いします」
状況と所属名から、リーダー格の男──長林は海野の素性について大体の当たりをつけたようだった。本当に彼が総務部の事務官なら、こんなところに用がないことは明らかである。握手を交わしたうえで、監察官は注意深く収容チームの面々を見た。どうも、このサイト-████に駐屯している保安部門の人間たちではないように思われた。付けている徽章はこのサイトに所属するどの部隊のものでもなく、はじめて見る類のものだった。
串間 内部保安部門管理官は収容チームの背後から悠然とやってきた。昼間にあったときと同じ格好のまま、保安部員たちを邪魔そうにどけながら出てくる。補佐官の会釈に眉を上げて応えた管理官は、空になってしまった検視台を見下ろした。死臭さえも残さずに、文字通りもぬけの殻になってしまった銀色のワゴンは、ただ疲れの残る三十代後半の女の顔を映す鏡となっている。
「……で、諸知部長はここでなにを」
「ご存じありませんか、わたしがこのチームの指揮官です」
「ああ、あの……」
うんざりしたような声音で応えた串間は、横目で長林を見やった。いかにも軍人然としており、串間の好むところの男のようであったが、面倒事を引き連れてきた疫病神でもあった。管理官は長林たちを退室させるよう諸知に頼んだ。その場には海野と検視官、そして諸知と串間の四人だけが残される。
「情報共有を行うつもりはなかったんですよね。ならわたしたちはもう手を引いても構わないんでしょうか」
「サイト管理官としては、それは認められないのではないですか。ほかの幹部にもこの連続殺人事件の存在が知れるのは時間の問題ですし、内部保安部門が捜査のポーズさえ取っていないというのはあまり好ましくないでしょう」
「おっしゃるとおりで……そこの検視官、名前は?」
突然呼びかけられた検視官は、飛び上がらんばかりの勢いで驚いた。
「糸巻ですが」
「変わった名前ね。あなた今日から内部保安部門の外部協力者として活動してもらうわ」
「ええっ」
驚く検視官をよそに、海野は額に皺を寄せてメモを取り始める。この検視官に関する人事情報はすでに調べを付けてあったうえ、今後協力者として付き合う可能性も頭にあった。問題は、この管理官がその話をいつまでたっても進めていなかったことだった。法医学室に根回しができていないので、向こうのシフトを急に変えてしまうことになるだろう。
「二重の捜査体制となりますが、わたしたちは情報共有に幾分制限がかけられています。とても恐縮なのですが、その点ご承知おきください」
諸知の申し訳なさそうな顔と声音は、かえって聞く者に疑念を起こさせるようなきらいがあった。これでかつてはカウンセラーを務めていたということが、海野には信じられなかった。内部保安管理官は鼻白んだ様子で、それでも最低限の微笑みをもってうなずく。
「仲良くしましょう」
多少早い時間にアラームが鳴り、海野は額の皺を上下させながら起き上がる。起きてすぐに目に入るカレンダーには、「捜査チーム結団式」という予定が入っていた。捜査チーム。と言っても、信じられないことに管理官を含めて三人だけのものすごく小さな所帯であった。機密保持のためということだが、実体としては「やっている体」だけが問題なのだから当然であった。管理官が直々に捜査にかかわることはないだろう。
この日も、ひとりの職員が犠牲になった。般若 瞳 博士は研究室の中で同僚によってショットガンで顔の大半を吹き飛ばされ、その場で死亡が確認された。吹き飛ばした方の同僚も直後に自分の頭をショットガンで吹き飛ばし、自殺している。
般若博士には顔に関する特異性があったらしく、海野たち内部保安部門はこの事件を連続特異性職員殺人事件のひとつであると推定していた。諸知たち収容チームもおそらく同様の結論に達していると思われたが、記憶処理部長はあれ以降滅多に医局に姿を現さなくなった。現在は次長が職務を代行しており、諸知博士は収容チーム管理官としての任務に集中する腹積もりらしかった。
糸巻検視官は唯一、初期収容チームとの接触を許されている存在だった。もともと特異性職員殺人の被害者を見ていたということもあり、般若博士の検視にも帯同を許されている。法医学室の前のベンチに座っている海野は、被害に遭った三名の人事情報について、改めて検証をしていた。
いずれの被害者も、特異性が認められ、赤いIDタグを普段から佩用していた職員たちである。逆に言えばそれ以上の共通点はない。殺害方法もそれぞれであり、これと言って共通点があるわけではない。しいて言えば、特異性の発現部位に特徴があると言えるかもしれないが、確実な殺害を狙ううえでの急所とも一致している。
さらに海野の頭を悩ませるのは、エージェント・ユーリィの遺体が消えたということだった。これによって、単なる反人型異常実体主義による犯行であるとは言い切れなくなっている。ことはすでに上位の諜報機関等に知られており、初期収容チームが知らないうちに結成されていたのだ。あるいは、他のサイトでは前々からこのような事案が発生していたとも考えられる。
内部保安部門のデータベースは、直近における類似ケースの発生はないとしているが、これは諸知たちによる情報封鎖の成果と考えることもできた。内部保安部門すらもが疑惑の対象にあるということであり、諸知たちもまた、犯人像を掴めていない可能性がある。
いつも通りエレベーターに乗って地下レベル4──管理部門区画で降りた海野は、途中にある黒埼会計主任の殺害現場に立ち寄った。掃除屋たちがまっさらに片づけてしまった後には、痕跡らしいものは残されていない。初期収容チームの方へ移送された犯人の同僚は、心神喪失といった有様であった。あの分では薬剤の投与でしなければ話を聞くことは難しいだろう──そう考えて、それに適任な人物が指揮を執っていることを思い出す。
捜査チームのほうに加害者の尋問が回ってくることはなさそうだった。おそらく大半が黒く塗りつぶされた調書が、ファイル一冊分ぐらい届いて終わりである。串間はそれを精査することはしないだろう。内部保安部門の業務は基本的に、会計検査や各部門に対する調査活動であり、このような殺人事件の捜査などは例外中の例外だった。公にできる事件なら保安部門が対処すべきであり、内部保安部門はサイト管理官による政治的判断の犠牲者だった。
海野の前職は警察官だったが、そのキャリアにおいて刑事警察にかかわった時期はほとんどない。最初の数年に所轄で外勤を経験してから、ずっと公安畑でやってきた。もはやほとんどの記憶はあいまいだったが、交番勤務時には殺人事件に臨場したこともある。とはいえ、その後の捜査はあくまで刑事課の仕事であるから、海野にとって殺人事件の捜査がはじめての仕事であることに変わりはなかった。
監察官は観察を止め、ふたたび歩き出す。会計調査課別室の事務所は、殺人現場から数十メートルのところにあった。管理部門の総務部署が集められている区画の一角に、秘密部局へつながる扉が置かれていた。
白いIDカードをかざして、つぎに指紋と虹彩の認証を受ける。するとスライド式のドアが一秒間だけ開き、すぐに閉まる。すばやく中へ入ると、狭い廊下がながながと続いている。隠されてはいるが、ここの壁にはセンサー類がこれでもかというほど配置されており、持ち物検査やら健康状態やら、本人にも知りようのないことまで調べ上げる。
そのあとは迷路のような通路があり、ようやく内部保安部門のオフィスにたどり着く。嫌がらせのように複雑な設計は、侵入した人間を容易に外へ出さないためのものだというが、サイト内部への侵入自体が困難である以上、過剰すぎる設備にも思われた。
席は管理官室の隣の小部屋にあった。管理官付の海野以外にも、秘書官のデスクが置かれている。管理官室への通路代わりにもなっており、人の出入りが激しい部屋だった。秘書の男性職員は事務能力に優れている人物だったが、同時に串間の「遊び相手」だともうわさされていた。
今朝はもう海野が来る一時間以上前には出勤していたらしく、入ってきた見知らぬ顔の男がいつものように席に着くと、ああ補佐役の、と思い出して挨拶が飛んでくる。海野は「おはようございます」となるべく丁寧に返して、パソコンを立ち上げる。メールを確認し終えた彼は、またすぐに立ち上がった。串間は今朝から会議に出かけていたため、業務管理システムには〝視察〟とだけ入力してある。
「どちらへ」
「管理官がもしおよびなら、すぐに携帯にかけてください。〝海野は現場を見に行った〟で結構です。伝わると思います」
秘書はそうですか、と言ってふたたび画面に目を戻した。ここに配属されてすでに二年以上経つが、いまだに秘書との親交は深まらないままだった。顔を数分ごとに忘れるのだから仕方のないことだった。無言の会釈をして、海野は事務所を後にする。
被害者が特異性職員という以外にも、この殺人事件には共通点があった。すべての殺人がサイト敷地内で発生している、という点である。このふたつが揃わなければ、内部保安部門にせよ初期収容チームにせよ、事件性や作為性を見出すことはなかった。
特異性職員に限らず、財団職員というのは毎日何名か、あるいは何十名、何百名かが異常存在やら事故やらによって死亡している。海野たちのいるサイトは、ヒラの職員でも知れるような情報のかぎりでは、比較的安全性の高い異常存在のみを収容しているという話だった。と言っても、この組織における「安全」とは「封じ込めておきやすい」程度の意味でしかない。
エージェント・ユーリィが殺害されたのは、サイト西部にある屋内訓練場である。突然同期の職員から後頭部を銃撃された後、数回銃床で殴打されている。一度目の射撃で致命傷に至らなかったため、追撃をかけられたのではないか、というのが内部保安部門の出した見解だった。あくまで殺害状況が推論にすぎないのは、途中で初期収容チームへ捜査関係事項が継承されたからである。
対外的には、諜報機関による軍事作戦の訓練中における事故として処理されていた。関係者数名は機動部隊第一方面本部警務隊から事情聴取を受けていることになっていたが、実態としては初期収容チームに拘束されているのだろう。
訓練場の視察には本来機動部隊管理隊の許可が必要だったが、サイト管理官名義の捜査令状と「盾マーク」のIDはすべてを解決した。訓練管理担当者の怪訝な顔を前に、海野はやや苦笑しながら問題の屋内施設に足を踏み入れる。現場の担当者もまた、話を聞かされていないのだろう。
厳重なゲートをくぐった海野は、思わず声を上げた。規制線が張られているはずの屋内訓練場では、駐屯する機動部隊によって戦闘訓練が行われている真っ最中だった。愕然とする監察官に、管理担当者は危険なのでそれ以上近づかないでください、と言った。
「うかがっていいのかわかりませんが、いったいどうして、盾マーク持ちの監察官がこんな訓練の視察を?」
「この場所、ほんの昨日まで封鎖されていませんでしたか」
「普段から部外者の立ち入りは厳禁です。昨日は定期点検と清掃がありましたが」
「清掃は、初期収容チームが」
「何の話をされてるんですか」
いえ、なんでも、と答えるのが精いっぱいだった。黒埼会計主任の事件とは違い、こちらは明確にオブジェクトの関与が疑われているはずの現場である。なぜ発生から二日と経たずに現場保存が解除されているのか、海野には理解ができなかった。
「失礼ですが、先日のエージェント・ユーリィの件があったのはこちらで間違いないですか」
「すみません、どちら様なのか、わたしには……」
記憶処理か、と海野はすぐに思い当った。諸知たちはすでに現場で得られる情報は収集済みで、かつ業務を再開しても問題ないと判断されたのかもしれない。
担当者に無理を言って、ユーリィが殺害されたまさにその現場を空けてもらった。やはりそこは何の変哲もない、とくにこれといった特徴もないような部屋だった。血痕等はまったく残されておらず、床に顔を近づけてみても、とくにそれらしい痕跡は見当たらない。きれいさっぱりといった有様だった。
「お探しのものはみつかりましたか」
「いえ」
硬い表情で応えた海野は、内心舌を巻いていた。おそるべき隠蔽工作が進んでいるらしいことを知り、いよいよもって内部保安部門に出る幕がないことを思い知らされた心境だった。訓練管理担当者に訓練を中断させたことを詫び、その場を立ち去ろうとする。
「これもうかがっていいことなのか分かりませんが」
「なんです」
「会計部門とか科学部門で起きてる殺人の件で来られたんですか」
「ご存知でしたか──」
「先日通達が来ましてね、各部門の上級幹部には」
海野は訓練施設を後にしてから、しばらく黙っていた。考える時間が必要に思われていた。管理担当者は事件について知りながら、なぜユーリィの件だけを知らないと言っていたのか。諸知たちが選択的に記憶処理の強度を変えているとすればあり得る話だが、他の部門にも内々に共有が始まっているという件について、そのような奇妙な運用をするとは思えなかった。
とすれば、考えられる事象は何か。死体を消せるようなオブジェクトであれば、殺人現場の痕跡を消すぐらいは造作もないことのように思われた。もし本当にそうならば、内部保安部門が出張るような相手ではないのではないか。
釣果のないまま内部保安部門のオフィスに戻った海野は、一足先に戻っていた串間に呼び出された。たばこの副流煙がもうもうと立ち込める室内に、にぶく光る口紅を塗り直している女がいる。
「で、どうだった。元刑事の所見は」
「残念ですが、わたしのキャリアは刑事警察とは無縁でした」
「なんのネタもなしってことか」
一応申し訳なさそうにうなずいた部下に、管理官は「そんなことだろうと思った」とでも言いたげな顔になる。灰皿にキャメルの吸いさしを置いた串間は、しばらく思案したあと、「諸知博士のところで働かせてもらえるか聞いてみたら」と言った。
「初期収容チームにですか」
「無理か。まあいいや、適当なところで切り上げなさい。ポーズが大事よ」
「しかし殺人の予防に関しては内部保安部門も主体的にやらないといけないのでは」
「そこはチームの方から合同プロジェクトについて声かけてくるらしいから待ってるところなんだけど、来ないわ」
「では、直接うかがってきますか。ここ数日、メールをご覧になっている形跡がないので」
「よきにはからえ。どうするかはあなたに任せる」
一礼して、海野はすぐに部屋を出た。彼が隠れた嫌煙家であることは、内部保安部門においてさえあまり知られていないことだった。医局にかけた電話に出たのは、やはり次長のほうだった。諸知はサイトのさらに地下にある広域司令部エリアにこもっているらしく、サイト管理官のカナヘビであっても本人の許可なく接触はできないという。
そもそも連絡のつかない相手から許可を得るというのは、至難の業だった。海野の足は地下へのエレベーターではなく、同フロアのサイト管理官室へ向かっていた。腕時計に目を落とすと、午後四時半になっている。そろそろ帰り支度でも始めている頃合いだろうと電話をかけると、案の定不機嫌そうな爬虫類が出た。
「あ? 諸知に取り次いでほしい?」
「昨今の事件に関しまして合同プロジェクトを立ち上げたのですが、先方が忘れているみたいで」
「ああ、この前報告書を読んだ。あれキミらには渡ってないの」
「とくに拝見した覚えがございませんが」
「おかしいな。セキュリティ・クリアランス上はキミらが見ても問題はないはずやけど。まあいいや、これから会う予定やったから聞いてみるわ」
「ありがとうございます。もし可能なら同席させていただいても」
「そりゃ出方次第やわ」
サイト管理官室についた海野は、電話をつないだまま扉をたたく。入れ、とすぐに声があって、海野は中に通された。
天に伸びるそれは、枝ではなく根のようであった。それが枝ではなく根だとわかるのは、一本一本が秩序を失って、小刻みに震えながら分かれていくからだ。太い腕は広がっていくうちに小さく細くなっていき、やがて背後の灼けた空に同化してしまう。
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任意A任意B任意C- portal:1988496 (25 May 2018 06:21)
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