マゼンタの帝国
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 財団が持つ他組織に対する最大の優位の一つに、記憶処理技術の独占が挙げられます。ザ・ファクトリーやMC&Dに代表される大規模要注意団体の一部は、これの存在に気が付き、対抗手段を開発しつつあるというのは有名な話でしょう。我々記憶処理技術を研鑽する者にとって、これは脅威であると同時に、向上を目指すうえでの必要不可欠な刺激とも言えます。
 原初───と言っても、わたしにもどれほど昔のことなのかは知りえませんが、実しやかに語られる原初の記憶処理技術というものは、極めて呪術的な要素が含まれていたという話です。わたしはこうだったのではないかとひそかに想像しています。原初の記憶処理技術者たちは、記憶が精神そのものに備わる機能なのだと看破し、高次の精神変性を引き起こすことによってそれを達成しようとしたのだと。
 無論、科学的ではありません。精神というものが何を指すかも定かでない。しかし科学というポジションはかつて宗教のものだった。初期財団を支えた人々が呪術的な思想に基づき呪術的アプローチで記憶処理を行ったからと言って、一概に彼らの科学性が否定されるわけではありません。彼らなりの理屈があって記憶処理技術は開発されたのであり、その命脈はわたしたちへと受け継がれたのです。
 記憶処理とは精神を、精神を構築する経験を、経験によって構成された人格を書き換える作業です。実のところ、現在のわれわれでさえもこの技術の深奥には辿り着いていないと思います。記憶処理の神髄は、記憶を書き換えるというそれだけではない。人格はもちろん、人間のあり方そのものにすら影響する何かがあるのだと、わたしは思うのです。……

1924年6月14日・サイト-82で行われたRotter Fuchs博士の講義より抜粋

 
 

 それから、財団と世界オカルト連合の冷戦は始まった。狭い日本列島の随所で動員がかかり、財団のサイトと連合のベースはあわただしく、ただ静かに戦争への備えを始めている。実際に砲火を交えるなどという事態を両者は一切想定していなかったが、しかしそれでも銃を磨く手を休めることはない。PEJEOPATでの臨時会合で日本支部と極東部門の両者が決裂したのち、O5と最高司令部は問題の棚上げを決定した。たった一人と一匹の要注意人物のためだけに、その他の共同プロジェクトを止めることは合理的ではないと判断されたがゆえである。あくまでも両組織の指導部は、冷静さを保っていた。
 実際に砲火を交えない分、両組織間の諜報活動は急激に活発化している。わが非特定組織専従班もその仕事に忙殺されており──ぼくはそこに居場所がなかった。
 二週間の休暇が終わった後、ぼくの家に一通の知らせが届いた。内容は、簡単に言えば出向を命じるものだ。
 サイト-8181管理官付特別補佐官。それが、あたらしいぼくの仕事だ。
 パワハラである。もしくは報復人事か。
「五分早いよ」
「遅刻したときに言ってください」
 サイト管理官室のドアを開くと、いきなり文句が飛んでくる。甲高い声に少しのめまいを覚えたのは、決してそれが耳障りなためだけではない。
 サイト-8181管理官 エージェント・カナヘビは、デスクの上の水槽に居を構えていた。権謀術数に長けた老獪なるサイト管理官は、ぼくの出向の理由についてもなにか知っていそうなものだった。
「調査保安局の命令やろ」
 調査保安局、と無意味に言葉を反芻したぼくを見て、爬虫類はわざとらしいため息をついた。それから、「おかけなさいな」と席を勧める。
「日本支部理事会に幕僚部っていう直轄組織があることくらいは知っとるやろ」
「ということは、そこの諜報機関の内部部局ですか」
「ご明察や。理事会がわざわざ一サイトの人事に口挟んで来なはった」
 面白くなさそうなカナヘビの様子からして、彼にとってもこの人事は想定外のものだったらしい。ぼくは前途の多難さに思いを馳せ、バレないようにため息をつく。
「それで、なんの仕事をするんでしょうか」
 たった一人では、まともな仕事は回ってこないだろう。延々と事務処理でもさせられるのか、あるいは資料室にでもこもらされるのか。
「人探しや」
 水槽についているアームが、一枚の書類を掴む。資料には写真が添付されていて、どうやらこの人物が今回のターゲットらしい。
「これ……」
 世界オカルト連合極東部門の特殊工作員、とあるが、見た目は明らかに年端もゆかぬ少年だった。写真の日付はまだ三日前と新しく、この案件が冷戦開始以後に発生したものだと知れる。
「そのガキ、GOC特殊工作員"親不知ウィズダム・ティース"を探す」
「彼は何をしたんです」
「親不知は、三川十七が接触した今のところ最新の人間や」
 ぼくはしばらく資料を眺めた後、浮かんだ疑問に顔を上げた。
「──現役工作員の追跡ですよね? まさか二人でやるんですか」
 水槽の主は、首をひょいとすくめるような仕草をする。爬虫類の感情表現には、少し慣れが必要そうだ。
「いや、まあ、助けと言えば助けが一人来ることになってる」
「なんです、その歯切れの悪さ」
 なにか忌むべきものを口にするときの苦々しさで、カナヘビは言葉を濁している。この爬虫類をしてそれほどの表情にさせるとなると、よほどの難物がやってくるということなのだろうか。だがそれでも、この傍若無人なサイト管理官と二人きりにされるよりは、よほどマシなようにも思える。
「グレアム "アングリー" マクリーン。内部保安部門から出向中の官僚や。もともと諜報畑の人間で──」言葉をさえぎるように、扉が叩かれる音がした。カナヘビはインターホンを見て、「噂をすればか」とつぶやく。「まあ、海野クン。百聞は一見に如かずと言うやろ。ちょっと話してみるがええ。どういう男かはそれでよおくわかるはずや」
「はあ」
 入ってきたのは、白髪姿の中年男性だった。ヨーロッパ、おそらくはアングロサクソン系だが背は高くない。フレームの大きな黒縁メガネをかけていて、神経質そうな顔立ちをしている。
「先ほど着きましてね。ごあいさつに。エージェント・カナヘビ」
「ああ、ちょうどいまキミのことを紹介しようと思うとったところや」
「ほう。──そちらは」
「海野です。サイト-8181諜報機関のケース・オフィサーをしています」
 よろしく、と握手した手は非常に冷たかった。同じ血潮が流れているのかと疑いたくなるほど、青白い手だ。マクリーンはコートとブリーフケースをソファーに置くと、テーブルに置かれていた書類を取り上げた。
「なるほど。捜索対象はこの少年ですか」
「ええか、今回はもぐら狩りモール・ハントとは違う。立派な対外諜報任務や」
 くぎを刺すようなカナヘビの口調には、いくぶんの警戒感が現れていた。白髪の男はそれをいなすように微笑みかけると、眼鏡を額に上げた。眉が難しそうに寄り合い、視線がぼくの方へ滑ってくる。
「エージェント・海野。彼の追跡可能性は現時点でどのぐらいあると思う」
「ほぼゼロです」
「それはきみたちが取れる通常の作業の結果だな。財団のテキント資産を総動員した場合には」
「一〇パーセントあるかないか、でしょうか」
「妥当な判断だ。わたしが呼ばれた理由はそれか」
「キミんとこの私兵をお役に立てろってことやろ」
 私兵ではない、とマクリーンは心底不愉快そうに書類を置いた。それから水槽の方へと詰め寄り、懐から紙を取り出してくる。
「本日付で、きみが兼任しているサイト-8181諜報機関管理官の職はわたしが引き継ぐことになった」
「知っとるとも。調査保安局と普段から仲ようしとかないからこんなことになるんや」
「それはきみにも言えることではないかな」
 ダークグレーのスーツは、この男の冷たい肢体を覆う装甲のようだ。重苦しささえある手つきで、懐から電子タバコを取り出した。話についていけずにいるぼくに気が付くと、新たなスパイ・マスターは苦笑を浮かべる。
「すまない、彼とは旧知でね。昔かなり手ひどくやらせてもらった」
爬虫類カナヘビのボクを哺乳類モグラと間違えるなんてなあ」
 ぼくは関わるべきでない話だと判断して、曖昧な笑みを返しておくことにした。お茶を持ってきた秘書官にもう一人分追加をお願いして、マクリーンの方を振り返る。
「いらないよ。わたしは自分で淹れたコーヒーしか飲まないんだ」
「ほら、こういうヤツなんや」

 
 

 日課だった。
 レジ袋を提げた西塔は、いつものルートで病院を向かう。コンビニもほとんどない田舎だから、見舞いの品を買うにはサイト内で調達するしかない。この町唯一の公立病院は、実際には財団が運営するフロントの一つだった。
 ナースセンターの看護師たちとはもう知り合いになった。それでも、書類への署名と滅菌処置を見逃してくれることはなかったが。白い病棟の廊下を行くと、目当ての病室が見えてくる。西塔は少し小走りになって、スライドドアを勢いよく開く。
 病室には、ベッドが一つ。四人部屋は今、たった一人のエージェントに割り当てられている。
「また来たのか」
「死ぬまでは来てやるよ」
「……………」
 ベッドの上の怪我人は、うんざりした様子でそっぽを向いた。この様子では、彼は死ぬまで彼女の言葉の意味に思い当ることはなさそうだった。西塔はそれを気にする風もなく、買ってきたカット済みのフルーツをサイドテーブルに置く。このエージェントに、林檎をその場で剥くような気の利いた技術はなかった。
「最近忙しいんだろう」
「ここに寄るぐらいの時間はある」
「よく飽きもせずこんなところに来れるな。暇か」
「甲斐甲斐しいと言え」
 保井虎尾が入院して以来、西塔は毎日この病室へ見舞いに来ている。打撲一、銃創一、切創一、骨折複数。立派な重傷であったが、普段の保井なら一月もすれば現場復帰を果たしていてもおかしくない。しかし担当医は保井に対して、今後三ヶ月の経過観察を命じていた。
「よく言う……」
 保井は脇腹に手をやる。あの時、あのGOC工作員に撃たれた傷。これが保井の入院を長引かせる原因だった。
 魔術祈念弾と呼ばれる、特殊な銃弾が使われたらしい。それに撃たれた結果、保井の身体は一時的に麻痺を引き起こした。あの時逃げる工作員を撃てなかったのは、それが原因なのだという。
「ほら、食えよ」西塔がパイナップルの刺さったフォークを向けている。「あーん」
「左手は使える」
 西塔からフォークを奪った保井は、味のしない果肉を噛み締めながら、「うまい」と言った。味覚にまだ麻痺が残っていることは、彼女には伝えていなかった。
 一通り果物を平らげた──結局半分以上西塔が食べてしまったが──保井は、舟を漕いでいる看病人の頭を軽く小突いた。
「コールマンのところにも行ってやってくれ。あいつの方がおれよりよっぽど重傷だ」
 慌ててよだれを拭った西塔が、険しい表情になる。
「そればっかりだな、お前は」
「お、痴話喧嘩か」
 不意の来客に、西塔は縮こまった。振り返ると、筋骨隆々な大男がニタニタ笑っている。越前康介。保井の同僚エージェントだった。
「そんなんじゃないです。───保井、わたしは帰るぞ」
 西塔が椅子から勢いよく立ち上がり、さっさと荷物をまとめてしまう。越前はニタニタ笑いでその様子を眺めており、保井は首を振ってうつむいた。
「じゃあな」
「コールマンによろしく頼む」
「うるせえ」
 誰が行くか、と西塔は憤った。保井は知らないようだが、最近コールマンの病室で騒ぎがあったのだ。見舞いに訪れたコールマンの"婚約者たち"が鉢合わせ、その場で大乱闘が始まってしまったらしい。最終的に、集まった女性が一発ずつコールマンを殴ることで手打ちになったそうだが。
 西塔の出て行ったあと、越前は同じ話を保井にしていた。
「あいつらしい」
「だろう。ひでえもんだったぜ、あいつ。……ま、もう看護師とデキてるって話だったが」
 保井はこらえきれなくなったように噴き出した。
「懲りないな、あいつ」
「ああ、全く……もう、お前さんも大分マシになったみたいだな」
 越前が改まった口調で言った。その言葉に保井は薄い笑顔を削ぎ落して、首を振る。
「まだあと数ヶ月は無理だ。検査やらなんやらがあるらしい」
 知ってるよ、と越前は答えた。
「まあいいんじゃないか? お前さん、全然休暇を取らないって有名だったからな」
 越前がからかうように笑うと、保井はまんざらでもなさそうに頷いた。
「それにしても、越前さんは退院早かったな」
「車からすぐに転げ落ちたからな」
 保井に施された記憶処理は、しっかりと効果を発揮していた。全身から白い血ミルキー・ブラッドを流す越前の姿は、彼のセキュリティ・クリアランスでは、記憶することの許されないものだった。
「おれは、撃てなかった」
 あれだけの犠牲を払ってまで、と保井は拳を握る。"舌切り雀"追撃戦での死傷者は数十人にも上っており、もちろんこの病院にも入院している。
「あれは、GOCの魔術何とかのせいなんだろ?」
「いや、そうじゃない」傷ついたエージェントの眼光は、見る影もなく弱っていた。「例え、あれが普通の弾だったとしても──」
「いいんだよ」越前は西塔の残していったレジ袋から、マンゴーを取り出した。「その方が、人間らしい」
 大きさの異なる二つの瞳が、伏せられていた。
「お前さんは人間なんだよ」
 越前は、どこか皮肉っぽい笑みを浮かべていた。

 
 

 いわゆるRotter Fuchs演説というのが、彼らの聖典である。カオス・インサージェンシーの無数に存在する分派組織の一つ、智慧の息子エブナ・ラ・ハキムは、彼を自らの起源であるとしている。
 一九二四年頃発生したと推測される財団内部での抗争1を経て、第二次世界大戦の戦火を逃れた彼らが流れ着いたのが、南極のアーネンエルベ・オブスクラ2であった。
 帝国の遺産ライヒス・エルベの存在をカオス・インサージェンシーが認識したのも、その時とされる。
 

世界オカルト連合極東部門 精神部門対外情報部 内部文書
"財団外郭団体と思しき敵対組織に関する調査 第二次中間報告"

 
 

「彼らはなんと」
「きみの船と交換条件で武器供与には了承してくれたが、あくまでも機密保持が前提だと。政治的立場を大っぴらに明らかにするつもりはないらしい」
「彼らに政治的立場が? 驚きだ」
 そんなことよりも、と宙に浮かぶ二つの瞳が言う。
「きみが幻島同盟諸島で補給を受けていた事実、もちろん彼らは掴んでいたぞ」
 青年は首をすくめる。スタンドカラーのワイシャツ姿で椅子に掛けている三川十七は、猫の文句はもう聞き飽きた様子だ。初夏とはいえ、夜風はまだときおり肌を刺すことがある。猫は身震いを一つした。そうわかるのは、目が閉じられて左右に揺れたからだ。
「幻島に寄ったのはもう70年近くも前の話ですよ。そんな昔のことを持ち出してくるとは」
「まあいい、彼らだって自前で調べをつけるだろうさ。ともかく、伊404を無事引き渡せるならば、計画に必要な資産はなんでも引き渡してくれるそうだ」
「地対空ミサイルシステムが何基か用意されていればそれでいい。どのみち、わたしたちが用意できるマゼンタはその程度でしょう」
 猫は机から飛び降りた。三川はそれを追いかけるように立ち上がり、ハンガーから上着を外す。一人と一匹が外へ出ると、時間を迎えた研究員たちが一斉に行動を起こした。透明なアンプルをかき集め、中和剤が床にまかれ始める。
「これが最後の実験だ」
「あなたがたの聖なる祖は、これで納得してくれそうですか」
 猫の真剣さをからかいながら、三川は次々と顔を変えていく。研究部門を束ねる猫は、その軽口に何も答えることなく、ただその横で黙々と歩を進めている。
「三〇分後、ここは花畑になる」
「デルタコマンドはもうデータを」
「渡してある。すでにいくつかのプラントを押さえてあるらしい」猫は用意されていた車に飛び乗ると、三川のラフな敬礼に鼻を鳴らした。「きみとも長かったが、もうすぐ終わりか」
「終わるとなるとさびしく感じるものです」
「退屈には困らなかったが、もう二度とあんな追いかけっこはごめんだな」
 そこで初めて、猫は青年に笑いかける。敬礼のつもりか前脚を上げたらしく、左目が透明に覆い隠された。
「それでは、後ほど」
「ああ」

 
 

「発生状況──一九時四分。長野県██市東北部で大規模な現実歪曲事象が発生。被害状況は現時点で不明。特殊立会人チーム現着予定時刻は、一九時三〇分を予定」
 ステーション-FE-0のオペレーション・ルームに、アラートが鳴る。直後に開かれた通信回線を経由して、メインスクリーンに偵察機からの映像が映し出される。実働対処の人員があわただしく部屋へ集まってきて、席に着き始めた。
「──評価班五個体制で本事案の掌握に動く。局地戦に対応可能な排撃班を付近に待機させろ」
「FE-14より、長野県行政へ評価班を派遣済みとの連絡あり」
「DPRIC3から報道管制プロシージャ-35を適用すると報告」
 ステーションの最深部に位置するオペレーション・ルームの喧騒は、すぐに施設内のすみずみまで伝播した。財団との情報戦における中枢となっていたFE-0は、各ステーションからかき集められた余剰人員でごったがえしている。
 親不知ウィズダム・ティースはそんな一人であり、そしてここにおいても『余剰』であり続けている。718評価班"ウィスパー"は彼一人を残して全滅し、すでに解隊されている。現在彼の身柄はFE-0預かりで宙に浮いたまま、誰の指揮下にも入ることができずにいた。
 廊下を職員が駆け抜けていくのを、親不知はただ無感動に見つめている。今日何度目かの申請を跳ねつけられ、彼の脳内には無力感の深い虚無が渦巻いていた。
 舌切り雀ミュート・スパローには、あれから会えていない。グレイ・マントに包まれた遺骸は、まだそのあたたかさがなくならないうちに、どこかへ連れ去られていった。所属は不明だが、連合のどこかの部門であることは間違いない。
 同僚の亡骸への再会を求めることの、どこに不当性があるのかが親不知にはわからなかった。少なくとも、今日までに十度の申請が即日却下されている。不可解な処理が働いていることは確実だったが、彼女の遺体を持ち去った連中同様、その正体は杳として知れない。
 718評価班の待機室はもうほかの評価班に割り当てられており、班員たちの残された私物はすべて彼が引き取っていた。遺族がある程度は引き取りに来るだろうが、それでも大半は処分されてしまう代物たちだ。それを置くために彼の私室はいまほとんど足の踏み場もないありさまとなっている。
「またここにいたのか。……隣いいか」
 問いに答えない少年の様子を見て、男はため息を一つつく。物理部門の特殊工作員は、この頃ふさぎ込みがちな親不知を気にかけて、よく様子を見に来ていた。総監部としてもこの少年をどうするか決めあぐねているらしく、当座の監視役を任された格好である。
孟宗竹モーソー・バンブー、またダメだった」
「そうかい」
 植物の名を持つ特殊工作員は、慎重な手つきで椅子を引くと、親知らずの隣に座った。騒がしい廊下は、しばらく静まりそうにもない。むしろ、駆け回る人間の数は増えている。
「こんなところにいていいのか、あんた」
「きみに言われたくはないね」
 実質謹慎だろ、と孟宗竹は言った。PEJEOPATでの停戦合意によって0811排撃班が解隊に追い込まれ、その構成員たちも杳として行方が知れない。ほとぼりが覚めるまでは、表舞台に出てくることはないだろう。
「それで、どうするんだ。これから」
「しばらく、東京ここを離れようと思う」
 その言葉は、孟宗竹には意外だったらしい。身を乗り出した男は、うつむいている顔をのぞき込んだ。床の一点をにらんでいる親不知は、孟宗竹の方を見ずに続けた。
「ここにいてもしょうがない」
「どこに行くんだ」
「どこへなり行くよ。休暇扱いになれば外出許可も下りるだろ」
 額に皺をよせ、孟宗竹はこきざみにうなずいた。大儀そうに立ち上がって、一分もしないうちにまた座る。その間ずっと床を見つめていた親不知は、頬に冷たい感触を得て顔を上げる。ミルクコーヒーを持った先輩が微笑んでおり、「やる」と言った。
「ありがとうございます」
 素直に受け取った親不知を見て、孟宗竹はすこしだけ安堵した表情をつくる。舌切り雀が殉職してからというもの、この少年には肚の内が読めない不気味さがあった。仲間を一気に失った後の人間であれば、まったく不思議なことではない。
「最近はカウンセリングとかちゃんと行ってたのか」
「まあ、形だけ」
 まあ行かないよりはいいさ、と先輩工作員は首肯する。手にしていた缶コーヒーの中身は早々に尽きており、向かいのゴミ箱へ綺麗な放物線を描いて飛んでいく。床に転がった空き缶を見て、親不知は立ち上がった。代わりに拾い上げて、ごみ箱の中へ抛る。
「じゃあ、また」
「ああ」
 まだプルタブが空いていない

親不知の今後についてのメモ: CIへ亡命したウェザー計画の研究者を名乗る一段と接触し、雨の遺体との接触に成功するが、そいつらの正体は…


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