ある朝笹村麗子は目を覚ますと、自身が寝床の中で一匹の巨大な虫に変身しているのを発見した。
 もしこの様な状況に他の人間が遭遇した場合、まずは夢を疑い、続いて幻を疑い、己の狂気を疑う。そして最後にはその全てが裏切られた事で、直面するものが紛れもなく真であるという事実に耐えきれず、今度こそ本物の狂気に陥ってしまうかもしれない。しかし、その様な想定とは裏腹に、麗子が抱えた心境は極めて静かなものだった。「ああ、ついに本当に虫になったか」という非常に冷めた感慨のみが、脳と心臓の間辺りを覆う霧となって、ぼんやりと立ち込めていた。
 麗子は公立中学校の2年生にあたる。そう言うと、大抵の者は友たちと肩を並べ語り合う、若々しく活気と笑顔に満ち満ちた印象を脳裏に浮かべるかもしれない。だが、実際の彼女が置かれた状況は、余りにもそれらとは掛け離れている。正反対であると言ってもいいだろう。麗子は、いわゆる引きこもりである。勿論最初からそうだった訳ではない。彼女にも中学生として学校生活を送った時間が、短いながら存在した。ただ、それはその後の彼女の在り方を変えてしまう、どうしようもない程に悲惨極まりない物だったのだ。

 中学校の入学式を迎えてクラス分けが成されると、周囲は やれ誰々とクラスメイトになれただの、誰とは分かれてしまっただのと誰も彼もが沸き立っていた。無理もない、この学校の生徒は殆ど近隣に建つたった2件の小さな小学校の卒業生のみで構成されている。生徒にとって教室の半分は自分の幼馴染だと言っていい。それはもう半分のグループにも言える事で、あとはこの2つの水滴が何処かしらで接して、表面張力に任せてぽろんと一塊になるのを待てばいい。教室の誰もが、自分たちとは別に出来たもう一つの集まりを横目に見て、そこに並ぶ彼ら彼女らがそう掛からぬ内に自らの親友の一員となるであろう事を確信している。
 他所から転居で移ってきた麗子のみがそこに加われぬ唯一の例外であり、教室における異物であった。
 小学校での生活はまだ良かったのだ。彼女は良くも悪くも、道端の樹木か路上の石ころに等しい扱いに甘んじていた。誰と話す訳もなく、ましてやそこで営まれる交流関係に顔を突っ込んだりもしない。周囲も、わざわざそのような存在に対して敢えて手を出す様な、無駄な行動はとらない。ただ、昔からそこに有り、有って当然というだけの風景であり、環境である。
 ここは違う。ここでは他所から突然襲来してきた麗子の存在は言わば不自然な外来種であり、意図の読めないエイリアンである。後者の比喩を補強するなら、都合の悪い事に彼女は吃音症を抱え、それに従い極度の無口であり、なおかつ教室の活気とは不釣り合いな、非常に暗い性格の持ち主であった。最初こそ麗子に申し訳程度のコンタクトを試みてきた数人の生徒たちも、先に述べた様な自分たちとの差異を麗子に見出すやいなや、即座に彼女を「コミュニケーションの取れない不気味で不穏な怪物」であると認定し、明確に教室の“なかまたち”から切り取るべく自らとの間に越えられぬ線引きを行なった。
 一旦国境線が成り立ってしまえば、あとは早いものである。それが無邪気で純粋な子供のすることであるのならば、特に。教室というごく小さな流氷の上に、20名弱の子供たちが築いた輝かしい共同体と、それに属さず、意思疎通も出来ない不気味な部外者が1名居る。不穏分子の排除が始まるのは当然であり、それこそが正義であった。男子は笹村麗子という汚物から吃りが、穢れが伝染するとして、お互いに追い掛け回しそれを擦り付け合う。最後にはそれを紙屑や、黒板消し等の備品に押し付けて、彼女に投げ返してきた。女子は

 「名前に“美”が入っている女性は概して容貌が美しくない」と嘲笑する、品性下劣な定型文句がある。彼女の場合は、少なくともこの教室のこの環境においては“麗”の一字が、これと等しい効果を生み出した。死体にも似た肌の白さや、丸々と腫れ、ソーセージやハムを繋げた様に関節毎の節を持ったその手脚や、丸めた油粘土に木ベラを刺した様な目を、生徒たちは名前に反し美しくないとして競って侮辱し笑った。白くて節だらけでパンパンに肥えていて、無言でのそりと移動する。彼らは麗子を幼虫、虫だと呼んだ。

ーーーメモーーー
部屋は子供にとっての聖域/そこから連れ出されることでまた異物に/外部を壊した事で、そのさらに外に彼女の聖域が広がっている
巨大で刺激的な毒の水槽/硫酸の様な青空の只中に、虚しくぽっかりと浮かんだような部屋/窓の外は地獄、ドアは重苦しいハッチ
石を込めた雪玉を、たった一人の無害な人物に投げ付けられた、拒絶の原因/身体攻撃へのトラウマ


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