付記遊び

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例えば1

これとか4

どうだろう6

Bibliography
1. こういう事が2
2. できたり3
3. こういう事も1
4.
5. さらなる実験
6.

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SCP-001-AXの実態が、殊、我々……財団にとって何を意味するのか分かるだろうか?その正体がはっきりしたところで、世界は変わらず危機的で、財団は変わらずそれらに立ち向かうだろう。実質的な部分で、何かが変わる事などない。問題なのは……財団の、極めて思想的で、感情的な部分にとってである。

人類が健全で正常な世界で生きていけるように、他の人類が光の中で暮らす間、我々は暗闇の中に立ち、それと戦い、封じ込め、人々の目から遠ざけなければならない……とんだ思い上がりだったのだ。始めから  全ての始まりから  今に至るまで、我々の周りにあるのは、光とも闇とも付かない混沌だけだった。

我々はどうすべきか?大小も強弱も善悪も好悪も関係なく、"ただ異常である事"を基準に自らに課した使命を果たしてきた我々は、"『正常』という異常"にどう立ち向かうべきなのか?明確な答えは今尚出ていない。SCP-001-AXの束縛から逃れる事は不可能なのだ。ペアノの公理無しに1+1=2が成立し得ないように、SCP-001-AX無しに我々は存在し得ない。何もかもを取り除いた空虚の先に、我々の居場所はない。

しかし、その空虚とは真逆の喧騒に、我々は希望を見出している。何故太陽が昇るのか、それを明らかにすることよりも、岩壁に刻まれた人頭を持つ巨大な鳥の神秘こそが真に迫るものであった。そして我々はそのような存在を『神』と、あるいは『悪魔』と呼び、許しを乞い、救済の祈りを捧げた……しかし、我々がそうしていた頃よりもずっと前、我々がより無知で素朴であった時、我々には何故太陽が昇るのか『神』『悪魔』の区別はつかなかった筈だ。凡ゆる自然の摂理は『神』とも『悪魔』とも付かぬ『彼ら』の権能と考えられ、我々は『彼ら』に恵みを与えてくれるように、或いは災いを齎さぬようにと祈りを捧げていた筈だ。

SCP-001-AXは、正に『彼ら』だ。「我々」  凡ゆる世界に存在する全てを含む、我々  を司る、『神』であり『悪魔』であり"何故太陽が昇るのか"そのものである。我々にできる最大の事は、先人と同じく『彼ら』へ祈る事だけ……であるならば、我々の為すべき祈りとは何なのか?祈りの本懐、それは『彼ら』の内から"望ましいもの"を選び取り、"望ましくないもの"を抑え込む事であると、我々は考える。それは、SCP-001-AXに対しては、"望ましい「公理」"を選び取り、"望ましくない「公理」"を抑え込むことだと言い換えられる筈だ。そしてその祈りの本質は同時に、我々のSCP-001-AXからの脱却という命題に対する一つの解を提言していると私は思う。ひしめき合うSCP-001-AXから望ましいものを選び取る自由を手に入れる事は、SCP-001-AXからの脱却と等価であると、我々は考える。

今、我々はその自由への道程に居る。現実錨、時間溝、霊体固定装置……望ましいSCP-001-AXを選び抜く技術は確立されつつある。そして望まないSCP-001-AXを抑え込む技術もまた、決して夢物語ではない段階まで来た。残された必要事項は、なるべく数多くの  可能ならば全ての  SCP-001-AXを把握する事である。我々の世界は、その大部分を司る少数のSCP-001-AXと局所的にしか存在しない多数のSCP-001-AXによって構成されており、我々は前者を「正常」、後者を「異常」と定義付けている。ならば、全てのSCP-001-AXを蒐めると言う事は、全ての異常を蒐めると言う事に他ならない、故に。

異常を確保し、収容し、保護せよ。正常を乗り越える為に。

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  1. portal:2433734 ( 06 Jun 2018 08:18 )
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