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- 書き出し2-3
- 書き出し2-4
- 祠ネタ
- エンディング
- 繰り返し
- 繰り返し2
- 繰り返し3
カスネタ以外なら二次創作でも何でもあります
恥ずかしくなったら一部消すかもだけど、別に履歴には残ってるので気にしないでください(?)
時系列順に並べているので前の方がカスです
1匹のウグイスが鳴きました。
積もりに積もった新雪が、全て溶け切り消えたので。
2匹のセミが鳴きました。
万物を溶かすほどの熱い日差しが、心の臓を燃やしたので。
3匹のコオロギが鳴きました。
セミに負けじと萌黄の木々が、燃え尽き朽葉色になったので。
最後はとても静かでした。
朽葉色の木々達が、カーテンコールと共に葉を落としたので。
巡り巡った季節の果てに、生きた物の"生"活は見違えるほど変わっていました。
ウグイスは数匹の雛鳥を育て、1匹だった者は残り短い"生"活を謳歌していました。
今年はいくつものセミが羽化し、死後に逢える両親に顔向けできるよう、1日1日の"生"活を全力で取り組んでいました。
3匹のコオロギは、住処にしていた空き地だったものを哀悼し、新天地を探す"生"活に出向けました。
今年のカーテンコールと共に落ちる雪は、無慈悲にも -いつも通りながら- 生きたもの達を死へと追いやりました。しかし、皆を包み込んだ冷たい雪は、なぜか -これも、いつも通りながら- 暖かく感じたのです。
あなたはこの子達の結末を知っています。そして、今後も幾千万とこの結末を見ることになるでしょう。あなたは生きています。あなたは今も"生"活しています。あなたは死後、この子達にはなむけできるような存在になれるでしょうか?
刻一刻とカウントダウンは刻まれています。巡り巡った季節にも終わりが来ます。そんな季節の変化と共に、あなたも少しながら -もちろん、良い方向に- 変わっていっているでしょうか?
『風呂は1日1時間』
私の家の浴室ドアには、黒のマーカーでそう書かれた紙が1枚貼られています。紙は経年と湿気でボロボロになって今にも剥がれそうですが、毎日目にする私にとっては"元からその状態だった"ように思えてしまい、新しい紙を貼り直そうと気を起こさせませんでした。
この変な家訓が出来たのは小学2年生…いや、記憶が無いだけで幼稚園児の頃には出来ていたと思います。ただ、小学校の頃は今と違い『風呂は1日30分』という家訓でした。母は何故こんな家訓を作ったのか教えてくれませんが、1つ思い当たることがあります。それは、私が幼稚園に通っていた時期に父の浮気が発覚し親が離婚して、それを機に母の気性が荒くなったという話です。この話は母と仲良くしていたトモコさんが私にこっそり教えてくれました。幼稚園の記憶が無いので確証はありませんが、母がよく父のことで嘆いているのを見かけるので合っていると思います。…ま、風呂と離婚に何の関係があるという話をされたら終わりなんだけどね。でも…
「カスミ!風呂は入ったの?」
「あぁ、うん。今から入るよ。」
母はいつも私のことを気にかけてくれます。食事は全部手作りだし、平日は弁当を持たせてくれるし、送迎の時間に合わせた予定を調整だってしてくれます。母に頼りすぎて俗に言うマザコンだと思われそうですが、違うんです。言い訳に聞こえるかも知れませんが、母の優しさを断るのが怖いんです。
「早く入りなさい!そうしないと私の入る時間が無くなるんだから。」
母はいつだって私に尽くしてくれるから。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
湯船に浸かるのはいつだって緊張する。でも、浸ってしまえばこっちのもんだ。一瞬、湯船に浸った時の独特の痛みが襲い、全身に熱湯が染みる。この感覚だけはずっと慣れないだろう。
風呂は変な家訓に縛られているけど、逆に捉えるなら親の前に取り繕う必要のない自由の時間だ。ここならYouTubeを見たってマンガを読んだって問題ない。でも、1時間は長すぎるかな。
そうして暇を潰しているうちに、1時間経過を知らせるタイマーが鳴った。私はすぐさま風呂を上がって、待たせてしまった母を呼びに行くための身支度を済ませます。そしてリビングの前に来ると、いつも通り母は俯いて父のことで嘆いているのです。
「お母さん、お風呂空いたよ。」
「カスミ……?カスミはずっと"私の……」
か細い声でぐちゃぐちゃとした愛情をぶつけてくる母を、私はいつも通り「そうだよ。」と受け止めます。母は私が近くにいないと、すぐに父のことを思い出して嘆くんです。私に尽くしてくれた分を返せるのは、この時だけだから全力で寄り添ってあげるんです。
「カスミ……アザは引いてない?」
私は間髪入れずに「心配しなくても大丈夫だよ。」と言い、母を安心させます。このアザは、母がつけてくれたものだから。母からの愛情を組み落とす訳には行かないのです。
「良かった。そのアザが消えたらカスミは"私のもの"じゃなくなっちゃうの……」
ぶっとんだ愛情表現だ、と私も強く思う。でも、私は別に構わない。暴力、服従。親と子の関係なんてそれで円満解決なんだから。
p.s. ここからは後日談。突然なんだけど、アザを早く治す方法って何だと思う?あぁ、正解は別に求めてないよ。ボロくなった貼り紙も、貼り替え時だと思うからね。
ピピピ、ピピピとアラームが鳴る
東雲に似合わない音色は一人の演奏者を目覚めさせるのに十分だった
覚束無い様子で時間を確認した彼女は、軽快な足音のセッションを階段と共にする
真っ先に出向くはキッチン、ここには演奏したくて堪らない仲間たちが待ち侘びている
先陣を切るのは何時だってナイフとカッティングボードのコンビだ
トン、トン、トンと拍子を取るのを横目にフライパンはジュー、ジューと機会を伺っている
油を滾らせた鉄の板は、遂に来た出番を見逃さない
ダンスホールと化したフロアで、食材たちは身を照り付かせるまで踊り狂うのだ
そうして一体となった最高傑作は、彼女を満足させるに相応しい一節だった
カーテンのシワをなぞるように脳内で五線譜を描いた彼女は、良いフレーズを思いついたのか愉快に口笛を吹く
呑気に身支度を済ませている間に、時計の針は既に九時を回っていた ……遅刻だ
まぁ、そんな大した用事ではない、今日はゆっくり行こうと自分に甘える
口笛に乗せて革靴とタップダンスを踊り、今日の天気を空想しながら颯爽と扉を開く
彼女の気持ちとは裏腹に、外はザァーザァーと雨が降りしきっていた
悪天候の中、彼女は安値のビニール傘を差す
陽気な口笛の裏には、ピアノの音色が入り交じっていた。
「清澄たる夜闇に崇拝を、情愛に満ちた暗黒に傾倒を」
僕の生まれ育った町には一つ変わった風習がある。それは「夜を崇拝する」といったもの。言葉にするとありふれた風習に思われてしまうが、僕らの風習はそんなもんじゃない。僕らは冬至の真夜中にみんなで集まって、夜へ「崇拝」か「傾倒」を誓うんだ。
今日は12月21日、絶賛冬至の真っ最中。
僕は年がら年中考えても決められなかった選択に再度立ち向い、頭を悩ませてはどっちも同じようなもんだろと悪態をつく。…はぁ、昔はこんな迷うこともなかったのに。全く知識を身につけるとは残酷なものだ。
そうして二の足を踏んでいるうちに、時間は23時を回っていた。もう決めあぐねる暇もない、と思った矢先に町内放送が鳴る。町民なら知っている、夜に誓う定刻の合図。僕はもうその場で決めてやろうと思い急いで家を駆け出す。
僕は星が鮮明に見えるほど真っ暗な夜空に気にもせず、死に物狂いで走る。もう間に合わないかもしれないという考えも、この先に行ってはならないと暗示するような向かい風も振り切って、ただひたすらに。
無意識のうちに着いていた誓いの場所は閑散としていて、人影一つ見当たらない。最悪な展開を想像し立つこともままならない僕に、何かが話しかけてくる。
「遅い、遅れたらどうなるのかお前が一番知ってるはずだ。誓いは決めてきたんだろうな?」
姿は見えない。乱暴な言葉遣いとは裏腹に、妙に優しく情愛に満ちていると感じさせる声。僕は奇妙な声の主を探りもせず、最後の選択を決めるために回顧する。
一一最初はみんな「崇拝」を誓っていた。「傾倒」なんて選択肢はありえないと思っていた。だけど、ある年に一人が「傾倒」を誓った。その人は夜闇に溶けて、いなくなった。みんな恐ろしく感じていた。でも、次の年に七人が「傾倒」を誓った。その中には、僕の妹がいた。そこから先はよく覚えてない。お父さんとお母さんが「傾倒」を誓ったのはいつだったっけ。
僕は頭を整えて、誓いの言葉を告げる。
「情愛に満ちた暗黒に傾倒を」
声の主は嘲るように笑い、誓いを受理する。
嗚呼、指先の感覚がなくなっていくのを感じる。夜闇に溶けるとは何とも不思議な感覚だ。これで、直に妹とも、お父さんとお母さんとも…
ふと足元に目をやる。そこには何も無かった。そして、辺りを見渡す。そこには何も見えなかった。もう、全てを悟るのも遅くはなかった。最初に「傾倒」を誓った人も、妹も、お父さんも、お母さんも、僕だって、みんな暗闇で何も見えてなかったんだ。
午後12時、古時計の鐘が鳴り響く大広間、僕は君にキスをした。
君と初めて出会ったのは父が主催した僕の誕生パーティだったかな。きっと父のことだ、強制参加だと言われていやいや参加した人も大勢いただろう。でも、君はそんな大勢の中、一際目立っていたよ、眩しいほどにね。
何せ、僕の誕生日を心の底から祝ってくれたのは君だけだったから。僕はその日まで「誕生日おめでとう」と言われては金しか握らせて貰えなかった凡俗なお坊ちゃんだ。その優しさに心が射止められないなんてこと、人間には不可能だよ。
ま、要約すると僕の一目惚れだったってこと。普通ならここで終わる在り来りな話、でも、君はそうさせてくれなかった。誕生パーティが終わった次の週、君のことでまだ空想して僕に1つ手紙を寄越してくれたんだ。
「改めて、誕生日おめでとうございます。また○○様の誕生日会に呼ばれることを楽しみにしていますね。」
だって。
こんなの、惚れるなって無理な話じゃないか。僕はこの優しさに縋って、これを機に文通をする仲に至った。最初は君の優しさを疑うこともあった、けど、君の真っ直ぐな気持ちは邪推する僕を追い詰める結果に終わってしまったよ。
文通を通して仲を深めて、何度も顔を合わせて、色んな国に遊びにいって、そうして1年が過ぎた。今日は僕の誕生パーティ、君と出会って生まれ変われた記念日。僕はこんな誕生パーティ抜け出そうって言ったけど、君はそんなことしちゃダメだよと僕を諭す。嗚呼、君はどこまでお人好しなんだよ。
僕と君はそういった他愛のない話をしながら、2人きりで誕生パーティを楽しむ、はずだった。君が突如うつ伏せに倒れ、近くにいた貴女がわざとらしく声を上げる。
「まぁ!彼女はきっと毒林檎を食べてしまったんだわ!12時に鳴り響く鐘の音と共に、王子様がキスをすればきっと意識を取り戻すはずよ!」
時計は11時59分を回っていた。秒針を見る限り、残り30秒といったところか。周りを見渡しても王子様らしき人物はいない。僕は僕自身が王子様なんだと覚悟を決め、鐘と共に君の唇に触れた。
10秒ぐらい経っただろうか。1人の男がこの状況に耐えきれずに吹き出すと、周りもそれに応じて一斉に笑い声をあげる。その笑い声の中には父の声も混じっていた。僕はそんな笑い声には意識を向ける気力もなく、君をただ見つめていた。
君は意識を取り戻すことなく、ただ目を瞑っている。
僕は君をこんな結末に追いやってしまった。いつから?
君の初めてのキスを、寝てる隙に合意もなく奪ってしまった。これじゃこいつらと何ら変わらない。
僕は、君の王子様になれなかった。
お前に言ってなかったことなんだけどさ、実は俺って視えてんだよね。霊ってヤツが。
…………。
あーそうだな、すまんすまん。今まで秘密にしていたことは謝るよ。でもお前知ってるだろ? 俺の親父が除霊師だってこと。ま、要は俺も引き継いじまったんだよね、除霊師の血。
んで、親父の話に戻るんだけど、俺の親父って頑固なくせにヒス気味だろ? それでさ、俺が「霊視える」って言っただけで肩掴んできて「このことは誰にも言うんじゃねぇぞ」って脅してきたんだよ。そんときはまだ小学生だから後先考えず友達全員に言いふらしちゃったんだけど、それがバレちゃってさ。いやー今思い返すとあんときが人生最大のピンチだったね。だって殺された後に除霊させるレベルで怒られたもん。
…………。
おい、俺の話には聞く耳なしかよ。クソッ。
…………。
あー……
さてはお前、俺が霊視えるってこと信じてねぇな? そういうのがお前の悪いところなんだぜ。
こっからは自慢なんだけど、俺って霊が視える人種の中でも結構上澄みの方でさ。もう、1日に1回は視るね。深夜徘徊中にバッタリ、とか、チェーン店でいつの間にか相席、とか。ガラ空きのバスだと思って乗ったら空席全てに幽霊が座っていたときは、俺に視えない霊はいないんじゃないかってマジに思っちゃったよね。
…………。
おい、返事はなしかよ。
…………。
お前、俺ら死ぬまでずっと一緒だって約束したじゃねぇか。
…………。
それでもし俺らどっちか勝手に死んだら、化けて出て呪ってやるって話だったろ。
…………。
おい、無視すんなよ。そういうのがお前の悪いところなんだぞ。
…………。
クソッ。
…………。
…………。
何で視えねぇんだよ。
「そこのお嬢ちゃん、少しでいいから、老いぼれの話でも聞いていかないかい?」
この病室を根城にして直に1年を迎える老婆が、長年酷使してきただろう喉で私に話しかける。用を済ませて暇していた私は、気さくに「なあに?」と返事を返した。
「そんな大層な話ではないんだけどね。最近、思うところがあるの。わたし、今まで長い夢を見ていたんじゃないかって。」
子供は続きを待ち望み、大人は頭に疑問符を思い浮かべる、きっとそんな夢日記の冒頭。無論前者に該当する私は、付近にあった椅子に腰かけ次の言葉に耳を傾ける。
「例えば、小学生の頃は先生を夢に見ていたわねぇ。津波警報で避難していた時に転んで怪我した私を避難所までおぶってくれた先生がきっかけだったかしら。あの時は本当に先生のお嫁さんになりたいと思っていたわ。」
どうやら蓋を開けてみれば、聞いた者皆が目を輝かせる話ではなく、聞き慣れた一人の老婆の昔話だったようだ。興味も気力も失せた私は、老婆の話を止める訳でもなく、ただひたすら言葉を右から左へと流すのであった。
「……で、昔話はおしまい。それで、今まで夢を見ていたって話に戻るんだけどね。」
突如放たれた老婆の一言。完全に油断していた私は眠った頭を無理やり起こそうと試む。
「こんなに語ってなんだけど、昔のことをよく覚えてないの。お嫁さんになりたいと思った先生の名前も、3年間付き合って最悪の別れ方をした彼氏の名前も、それに何気ない日常での出来事だって全部。まるで夢から目覚めた時みたいに、断片的にしか覚えていなくて。」
「1週間前からそれに気付いてね。お嬢ちゃん、実は毎日来てくれてるでしょ?だから、話しとかなきゃなって。」
突然の告発に理解の追いつかない私は、1本の電話が鳴り響くまで愕然と固まっていた。時計の針を8時を指している、きっと父が迎えに来たのだろう。残された時間の少ない私たちは、様々な思いを胸にこう告げる。
「また明日ね、お嬢ちゃん/おばあちゃん。」
「ねえ貴方、どうして私達は踊っているの?」
「さあ? 僕も分からない。だって、目が覚めた時には既に君とここにいたんだから」
「それは踊っている理由にならないわ」
「ああ、君はまだその段階か。踊らされていることを知らない、愚かな子羊よ」
「まあ、ひどい! 私は少しからかっただけよ。過去の話をしたい訳じゃないわ」
「知ってるさ。君のことくらい」
「貴方も私をからかうのね。貴方がその気なら、私も話してやろうかしら」
「ああ、この展開も知っていたよ。続けて」
「……私、子供の頃からバレエをやっていたの。お父さんに辞めたい時に辞めればいいと言われて始めたのだけど、半年も経たずして結果を残して、祝いにチュチュを買ってもらってね。辞めたいと思った頃には、もう辞められなくなってた。お父さん、いつも言うの。次のバレエ姿が早く見たいな、って。その言葉で人を殺せるなんてことも知らずにね」
「暗い話はここまでにしよっか。今は貴方もいるし」
「でも、良かったのか?」
「何のこと?」
「僕とのことだよ。年中踊り子の君になら、今も踊らされていることくらい分かるだろう」
「その……私は貴方のこと気にいってるのよ?」
「……それはすまないことをした」
「これからの人生、私と踊ってくださる?」
「勿論。僕の掌で踊ってくれるのは君だけだからね」
「……ったく」
「いやぁ、中学振りだね! 元気してた?」
「こっちは大丈夫だよ。そっちは?」
「私も大丈夫! それにしても久々に会うってのにこんなことになるなんて、変わらないねぇ」
「はは……」
凛とした顔立ちに真っ直ぐとした眼差し、そんな姿に削ぐわない猫のような無邪気な性格。中学の頃から変わらないのは君の方もだ。
「私達、何で付き合ったんだっけ?」
「あの、ちょっとした悪ノリでカースト上位の女子に告白しようってなって」
「ああ、あのいじめか!」
「そう率直に言わないでよ」
中学の頃、僕は3人のクラスメイトに虐められていた。金を強請られるなんてことはなかったものの、物を隠すとか無茶振りさせるとかは日常茶飯事だった。中でもちょっとした問題になったのが、学校一の美女と名高い玲奈に告白するといった無茶振りだ。
「今って彼氏いるの?」
「ん? いないよ」
「そっか」
微かに願っていた希望が見え、期待が高まる。今日会いたいと言われて来たものの、肝心の目的をまだ聞いてなかったのだ。
「今日ってもしかして」
「駿くんってさ、神は信じてる?」
え?
「浄神宗教って名前なんだけどさ、興味無い?」
美咲は僕の告白に二つ返事で了承するぐらい単純で初心な子だった。いつか、こんな詐欺にも引っかかるんじゃないかと思っていた。その時は俺が守ろうと思っていたのに。
「その宗教、誰の紹介だ? 俺もそいつと話をしたい」
「教祖様の教えだよ。でも、無教徒が教祖様に話したいなんて、一種の冒涜にあたるんじゃない?」
バカ。俺はもう神聖だった美咲を知らねえ奴に冒涜されてるんだよ。
君は透明で透き通って何にでもなれそうで、いつか消えてしまうんじゃないかと思うほど儚く美麗な女性だった。
僕はそんな君に夢中になっていた。頭の中ではいつも君のことばかり。君の内情から膵臓の形まで、全てを知りたいと思っていた。
そうして君に骨抜きにされて早三日、ある機会が訪れる。最寄りのコンビニで彼女を見つけたのだ。君の家とここのコンビニはそう近くない。つまり、この機会は今回だけ、という可能性もある。僕は今までの夢想を棒に振らないように、こっそりと君に近づいた。
捕獲は思ったより単純だった。君のことだ、蝶にでもなって逃げてしまうかもと思っていたが、案外そういう訳にはいかないらしい。僕の夢見た君とは少し違ったみたいだ。
だが、ようやく君のことを知れる。君の趣味は?君の特技は?君の夢は?君の性格は?君の初恋は?嗚呼、君への探究心が問いとなって口から溢れ出してくる。やっと君が分かるんだ。教えてくれよ、骨の髄まで。
幾つの晩を明かしただろう、僕は溢れ出していた口をようやく抑え込み、君に目を向けた。そこには悲惨な光景が拡がっていた。透明で透き通って何にでもなれそうな、そんな君はどこにも見当たらなかった。目の前にあるのは、黒く濁って薄汚くて一変たりとも動かなそうなゴミが1つ。
嗚呼、どうして、どうしてどうしてどうして。君に目を向けてしまったから?君に触れてしまったから?君を知りすぎてしまったから?そういったしょうもない自省を繰り返し、儚い君への哀悼を告げる。
「次は理想の君になってね」
そう言って目の前のゴミを指で弾くと、砕けて散って粉々になった。嗚呼、僕は生まれ変わった君を探しに行くよ。
小学1年生の展望
「パイロットになりたいです」
どうせ何の知識もないガキが、飛行機で飛び回る自分を想像して書いただけのクソみたいな展望。こんなのから夢なんて大層なものは感じられない。
小学6年生の展望
「先生になりたいです」
あーでたでた。困った時に書く定番のやつね。この歳にもなると、将来ってのが段々と見えてくるんだよ。でも、展望ってのはそう簡単に決まらない。だからお前も思ってないようなことを書いたんだろ?
中学1年生の展望
「先生になりたい」
おいおい、お前はまだ逃げの一手か。ま、進学しただけで変われってのも無理な話か。
中学3年生の展望
「いい高校に行きたい」
何だよこの展望は? ……あのな、高校受験ってのは積み重ねなんだよ。毎日授業態度を良くして、定期テストで良い結果を残して、先生に言われたことを積極的にやって、そこで初めていい高校に行けるチャンスを掴めるんだよ。ここまで分かってないと、いつか人生詰んじまうぞ。
高校1年生の展望
「先生になりたい」
ここまで変わり映えがないと、面白くない。
高校3年生の展望
「第一志望合格」
終わったな。お前の人生。
大学1年生の展望
「教員免許を取る」
……?
大学4年生
「○○のような先生になる」
おい、今までのは俺の展望だって話じゃ
今後の展望
「ご記入ください」
本日は『展望会』をご覧頂きありがとうございました。またのご来館をお待ちしております。
P.S. 貴方はどこで道を踏み外したのでしょう?
先生、あなたの顔が嫌いです。
見たものを透き通すようなぱっちりとした目に、長いまつ毛と可愛らしい眉。子供のように幼い顔付きで、いつも私に微笑んで……ともかく、私より良い顔をしているのが気に入りません!……私、どうやったら先生に可愛く見られるでしょうか?
先生、あなたの性格が嫌いです。
先生は生徒のこととなれば、何でも手を貸そうとします。それが風紀委員会の敵になる存在だったしても。まったく、酷い話じゃないですか!?先生はヒナ委員長の苦労も知っているはずです。……でも、全て終わってしまえば、悪い気はしてないんですよね。なぜでしょう、不思議です。
先生、あなたの仕草が嫌いです。
先生は怪我すると危険なのに、いつも生徒の前に出て守ろうとします。はっきり言って、ここだけは本当に不満です。生徒は先生の思っているより頑丈ですし、先生に怪我させたくないと思っています。ですから、生徒をもっと頼ってください。……もちろん、私のことを頼ってくれてもいいんですよ?
先生、あなたの……
「どうしたの、アコ。何か考え事?」
「ひゃあ!?せ、先生、いつからいらしたんですか!?」
「ひゃあって、ふふっ、驚きすぎでしょ。」
「ちょっと、笑わないでください!それよりいつから……私、何か口を滑らしたりしてないですよね?」
「何も聞いてないけど……まさか、大好きな私のことでも考えてた?」
「だ、大好きなんかじゃありません!」
「へぇ、本当に……じゃあ私のこと嫌いなんだ。」
「嫌いとは言ってないじゃないですか!」
0. 御供は同じ血を通わせた者であること。
午前9時、時計の音が部屋中に鳴り響き、私は現世へ意識を向ける。朝の陽射しは寝付けの悪い私の目を焦がすかのように照らしている。今日で私は20歳、なのに気分は最悪だ。
1. 神は幼児を要求す。生誕し1年未満の人間を御供とすべし。
私の家には代々受け継いできた古臭い伝統がある。それは今から執行しようとしている「人身御供」だ。はっきり言って、馬鹿らしい。でも、私の血筋はそんなことに頼らないといけないほど黒く滲んで濁っているんだ。
2. 神は微細たる人身を要求す。手指足指を剪裁し供物とすべし。
私の母は子供の頃から癌を患っていた。癌と言っても1つじゃない。肺癌、胃癌、乳癌、卵巣癌、子宮癌。発見できていないだけでまだ多くの癌を患っていたのかもしれない。何せ、医者は母に恐怖感を抱き、精密な診査を受けさせてくれなかったのだから。
3. 神は傷痍した人身を要求す。腕と足を剪裁し供物とすべし。
何も酷い目に遭っているのは母だけじゃない、私の血筋全員がそうなのだ。私の祖母は脳出血、脳梗塞、破傷風を患い、肢体不自由になっていた。きっと私も何かを患っている。だが、今になって確認する勇気は持ち合わせていない。
4. 神は人身たる人身を要求す。体を剪裁し供物とすべし。
こんな血筋でも今まで存続できていたのにはある伝統が関係してくる。そう、「人身御供」だ。不思議なことに一度執行してしまえば、20年は健康に暮らせるのだ。勿論、幼児1人を条件にだが。
5. 神は二十年の晩餐となる人身を要求す。頭を供物とすべし。
母は私を育てるために、私ともう1人の幼児、計2人の幼児を産み分けてくれた。母だけじゃない、私の血筋全員同じだ。私もいつか、子供を育てる時が来るのかな……
「こんな理由で子供を産みたくなかったな」
不意に声に出た願い事。きっと叶うことはない。
ねえ、どうしてお姉ちゃんはまだ立っているの?
「え?ボクのこと?そりゃ、まだみんなの気持ちに答えられていないからね!」
"みんな"って結局、赤の他人でしょ。
「全然そんなことない!ボクのことをいつも支えてくれる人、見守ってくれる人、鍛えてくれる人、そしてボクの頑張りに期待してる人を"みんな"って言うんだ!誰一人だって赤の他人なんかじゃない!」
でも、その足で走れるの?
「そんなの、やってみないと分からないじゃないか!これをやるぞ!…ってときにできないかも…なんて思ってると何もできないじゃん!」
もし怪我なんてしたら…
「あー!キミはもうわからずやだなぁ〜!ボクまで頭こんがらがっちゃうよ!」
「ちゃんと見ててね、今から世界の帝王になるボクが走るんだから!」
お姉ちゃん、ちょっとふらついてたね。
「うーん、やっぱりか。キミと話してるときは最高の走りを見せて納得させてやる!…って思ったんだけどね。…あーあ、今回はボクの完敗!ボクもう疲れちゃったし、家に帰ってゴロゴロするよ。じゃあね!」
待って。
「なーにー。ボクが帰るって言ったの聞こえなかった?」
どうせ、またどっかで走るんでしょ。
「…キミはそういう根性論、ニガテだと思っていたんだけど。よく分かったねボクのこと。」
お姉ちゃんのこと、応援してるから。
「…あー!もしかして今までボクを心配して言ってたの!?なんだよもぉ〜!これじゃボクがわからずやじゃないか!」
あなたとわたしではんぶんこ。
きになるあのこもはんぶんこ。
「まいちゃんお話聞いてた?」
「いや」
「えー、素敵な話してたのに」
「なに」
「金持ちと貧乏っているよね」
「うん」
「なんか嫌だって思わない?」
「え?」
「金持ちの金を分けちゃえば」
「うん」
「素敵な世界になると思うの」
「おぉ」
「だからあげるね」
「なにをあ、って」
「わたしの言葉!」
「ありがとう;;」
あなたとわたしで、
わかちあうことば。
あのことのじかん、
わたしのおだちん、
あなたといっしょに
「はんぶんこ!」。
でも月日が流れて大人になって
喋れる語彙も増えちゃってさ。
「ねぇ由美。今月の「はんぶんこ」の事は忘れてないよね?」
あの頃の言葉足らずなあなたは
どっか遠くに行っちゃってた。
「う、うん。でももう私の方が」
「でも、「はんぶんこ」を私に約束させたのは由美だよね?」
昔、麻衣ちゃんにしたあの話、
あれに実は続きがあるんだよ。
「それは麻衣ちゃんが口下手で」
「何?私が無口で無愛想だから助けてたってこと?ひどいね」
「べっ、別にそういうわけじゃ」
貧乏が金持ちのことを貶めて、
金持ちは全員殺されちゃうの。
「私みたいになるのは嫌だろうし、今回は財布の金で許すよ」
「でも金なくなったらデートが」
正に今の私たちみたいだよね。
私ったら結末を知ってたのに。
「あー、言ってなかったけど洸有くんと私付き合ってるから」
でもね、私殺されたくないよ。
「…何よそれ?まさか私から全て奪おうって訳じゃ
だから、麻衣ちゃんが死んで?
「あなたと私ではんぶんこ?」
そんな関係性終わりにしよう。
「この駅を使うのもこれで最後かぁ……」
今日、青年は憧れを抱き続け都会を目指し、故郷を発つ。田舎特有の時刻表の余白はまるで、そんな彼のこれからを示しているように、広く輝いていた。しかし、
「……はぁ。そう、最後。これで最後だってのに……」
青年はそんな余白に微塵の興味も示さず、次に来る電車の予定に焦点を合わせている。
「俺は……俺は何をやってるんだぁ!」
次の電車は3時間後。家族に「立派な大人になるまで帰ってこない」と宣誓した青年は、この暇な時間をどう潰すか必死に頭を悩ませていた。
①友達と遊ぶ?
いや、全員既に都会に行っちまったからダメだ。
②じゃあ、どっか遊びに行く?
……山か畑しか無いから都会に行くんだったな。
③もういっその事、家に……
ってダメだダメだ!今帰ったら絶対笑いものにされる。
正解は④。ここには何も無いと気付いてしまった青年は、諦めてスマホを開いては後悔で思い詰めてを繰り返す負の連鎖に陥ってしまった。
「この駅ではこんなことばっかりだ」
本来なら他愛のない愚痴で自身を正当化しているだけとしか思えないが、今までに通算26回電車を逃している青年だからか謎の説得力を感じさせる。
先月のこの日も、友達と映画を見に行こうと約束したのに全員遅刻で電車を逃して、突然1日中鬼ごっこへプラン変更になったのは苦い思い出だ。
思い返せばこの駅では災難な目にあったことしかない。しかしこの境地でまともな交通網はこの駅だけ。つまり青年とこの駅は切っても切れない腐り切った縁で結ばれていた訳だ。
「あーもう!二度と使ってやるか、こんな駅!」
青年の見栄張った台詞が無人のホームに鳴り響く。電車が青年の夢と希望を送り届けるまで、後2時間。
僕は全てがどうでも良くなった。
「願い、聞き届けたり…」
突然目の前に現れた龍がそう告げた時から、僕の全ては本当に"どうでも"良くなってしまった。
今日はPS5の抽選結果の発表日。
→気になる結果は無事落選。
まぁ、"どうでも"良いか。
あ、一番くじも今日からだったな。
→10店舗回っても在庫0。
まぁこいつも、"どうでも"良いか。
こういう風に僕の全ては本当に"どうでも"良くなってしまった。娯楽どころか、飯も風呂も睡眠まで全て。
家に帰ってやることと言えば、どうを見て、どうを食べて、どうに入って、どうと寝て…
いや、「僕は全てがどうでも良くなった。」とは言ったけど"銅でも"良いって解釈するバカいるか!?
「貴様、願いを聞き届けてやったのに文句か?」
突然目の前に現れた龍が分かりやすく悪態をつく。
「お、お前も銅になるんだな。」
「嗚呼、全てがどうでも良くなったからな。」
「いや、どうでも良いってのはそういう意味じゃなくて、人生終わりにしたいな〜的な意味合いで…」
「ふむ、つまり死にたいのだな?」
「ま、ちょっと待て!ごめん、もうどうでも良いとか思ってないから!ただ人生しょうもないから"おもしろく"したいなぁって。」
「願い、聞き届けたり…」
「あっ。」
僕はもう今後の展開を察してた。どうせろくなことにはならないだろうなって。
今日は初恋の人と初デート。
鏡を見ながら櫛で"白い尾"を毛並みを揃えて、願いにはなかったのに何故か生えた猫耳を掃除する。
「全く、白い尻尾に猫耳つけるなんて…」
「めちゃくちゃ分かってるなぁ、あいつ!」
最も危険なのは「誰かのため」の正義だ。
今まで我慢して食い止めてた傲慢さが「誰かのため」になった瞬間、歯止めが効かなくなるんだ、って事ぐらい分かってたのになぁ。
僕はぐちゃぐちゃになった右腕を見てそう内省する。
鈍い音と共にこちらへ意識を向けた住民はパニックになりながらも「誰かのため」の正義を盾に人命救助へ命を張っている。そんなことをしたってもう元に戻らない、「誰かのため」になんて考えはこのザマを見たら無駄だって分かるだろうに。
信号機はとっくに赤から青へ変わっていた。
君の姿はもう見えない。
出血多量のせいか段々意識も朦朧としてきた。
こうなるから「誰かのため」の正義は嫌いなんだ。
内省を繰り返すのも飽きた頃、ふと君の事を思い出す。
君は僕の前だけ甘くてワガママで今にでも食べちゃいたいと思うほど可愛いが似合う女の子だった。
君はそんな子だったから僕も「誰かのため」の正義を振りかざして…歯止めが効かなくなってしまった。
内省から反芻に思考を切り替える最中、1つの疑問を頭に思い浮かべる。
君のワガママはいつだって「推しのライブに行きたい」だの「今バズってるスイーツが食べたい」だの女の子らしく無茶なものばかりだった。
なのに何で今日は「死にたい」なんて。
信号機が青から黄色、黄色から赤へと変わるうちに右腕で君の背中を押した感覚が甦ってくる。
間違いなく最も危険なのは「誰かのため」の正義だな、と僕は右腕があった場所を見て再び内省する。
天国の王は言いました。
「天国には人が少なすぎる!」
「天国は神域に一番近い場所だと言うのに、聖歌隊の1つもまともに組めないようじゃ毎日の祈りもままならぬ」
地獄の王は言いました。
「地獄には人が多すぎる!」
「地獄は冥界に一番近い場所だと言うのに、1人の拷問もまともに遂行できないようじゃ毎日の拷問もままならぬ」
二人の王は話し合いをしました。
そして、ある結論に辿り着いたのです。
「「天国と地獄をひっくり返しちまおう!!」」
その日、あの世では正真正銘の天変地異が起きました。
天国の住民は地獄へ落ち、惨い拷問を経て毎日悲鳴をあげることになりました。
地獄の住民は天国へ堕ち、聖歌隊を結成し毎日祈りを捧げることになりました。
天国の王は言いました。
「天国はいつどこに耳を傾けても聖歌が聞こえるようになった」
「きっと神様にも祈りが届くだろう」
地獄の王は言いました。
「地獄はいつどこに耳を傾けても悲鳴が聞こえないようになった」
「きっと閻魔大王様も満足いただけただろう」
天国の王も地獄の王も大変満足していました。
しかし、その日からあの世では天変地異のような出来事が多々起こるようになりました。
天国の王は言いました。
「天国には人が多すぎる!」
「天国は神域に一番近い場所だと言うのに、こんなにうるさくしていては神様に迷惑なはずだ」
地獄の王は言いました。
「地獄には人が多すぎる!」
「地獄は冥界に一番近い場所だと言うのに、こんなに静かにしてては閻魔大王様も不満なはずだ」
二人の王は再び話し合いをしました。
そして、ある結論に辿り着いたのです。
「「全て元に戻しちまおう!!」」
こうして、天地無用という言葉が出来たのです。
めでたしめでたし。
「あー!まーた冷凍食品でパンパンになってる!」
真夏日も五日と続き、季節の移り変わりを体感する時節。 エアコンの故障を理由に家へ居座りに来た君は、アイスを求めて開いた冷凍庫を見てそう喚く。
「んだようるせーなー」
「前に片付けてからまだ一ヶ月も経ってないでしょ?もーなんでこんなすぐに汚くなるかなあ」
「汚くねーわ、俺の体の八割は冷凍食品でできてっから」
「またそう言って、体に悪いし美味しくないしいいことないよ」
「いいんだよ俺バカ舌だから」
「どうせ野菜もとってないでしょ」
「親じゃねーんだからそうカッカッすんなって」
いつも通りの掛け合い。
いつも通りの日常。
昔から変わらないし、今更変える気もない。
「で、アイスどこ?」
「二段目の奥」
「あんた隠すの好きねー別に隠さなくてもいいのに」
「うるせー前科持ち」
アイスは決まって雪見だいふく。
理由は君の食べる姿が面白いから。
「二個食べていい?」
「アホか」
実を言うと、君の雪見だいふくの食べ方は汚い。 いつも中身を零してはフォークを汚して、犬みたいに溶けたアイスを舐めとっている。 その姿が俺だけに見せる意外な一面のように思えて……
そう思い耽っていると、少女はとっくに席を外していて雪見だいふくも残り一つになっていた。
俺も食べるとするか、と一口で頬張った瞬間。
金属製の何かが落ちる音。
「あの、あんたの分のフォーク持ってきたんだけど……って、あ、あんたそういうの気にしないか、バカ舌だしね」
君は慌てたようにそう言い残すと、フォークを拾うのも忘れてせっせと冷凍庫の片付けを始めた。
「あ」
想起するは犬みたいに溶けたアイスを舐めとる君の姿。
こ、これって……
冷凍庫の冷気でもエアコンの風でも冷えない火照った頭が、真夏日の暑さにやられたようにショートしていく。
「残念だね、花火大会」
今日で8度目にも上る台風情報の確認を済ませた君は、憔悴とした形相で外を見つめる。30分前に突如降り出した雨は、明後日の台風直撃を暗示するかの如く今も尚ぽつぽつと降り続けている。
僕は寂寥感漂う状況でどう話を切り出そうかと懊悩した末、君の肩を叩き雨雫のついた花火セットを見せつける。
「その、なんだ、花火を買ってきたんだ。生憎の天気だけど、テラスで花火ぐらいなら出来ると思って」
「そのために出掛けてたの?」
吐いた言葉とは裏腹に君は分かりやすく表情を変える。
「……よし、私たちの花火大会開催しちゃおっか」
「と言っても天気が天気、バケツの上で線香花火ぐらいしかできないな」
「まぁこういうのもいいんじゃない、風情はないけど」
今は先に落ちたら負けの線香花火対決の真最中。
僕の花火は未だ火玉のままなのに、君の花火は既に勢い良く火花を散らしている。まるで僕と君を表すように。
「ねぇ次はどこに行こっか」
「やはり夏だし海に行きたいかな」
「海は先月に行ったでしょ」
「君の水着姿をまた見たいなって」
他愛のないことを駄弁っていると、突然。
「あっ」
「僕の勝ちだな。着火前に一発勝負って言ってたし」
「い、今のは君のせいだから、もう1回!」
君は線香花火を再度2本取り出し、僕の線香花火が落ちるのを今か今かと待っている。
「にしても量をミスったな。線香花火ですら使い切るのに丸一日かかるぞ」
「じゃあ来年もやろうよ」
「来年じゃなくならんだろう」
「じゃあ再来年も、使い切るまでずっと、ね?」
「……ああ」
線香花火のように儚い約束。気付くと僕の花火も君のように勢い良く火花を散らしていた。
君が好き。でも君の隣にはいつも麻衣ちゃんがいて、私には見向きもしない。
私は麻衣ちゃんを許せなかった。でも私が麻衣ちゃんに勝てる要素はひとつも無かった。
麻衣ちゃんは勉強できてスポーツ万能、習い事だっていくつもやってるし、何より可愛かった。
敵わなかった。けど諦めたくなかった。
麻衣ちゃんに勝ちたい、一人部屋でそう願っているとひょんなことが起きた。
「どうどうどう、ドンと登場!僕はランプの妖精"ホタラ"ポプ!今から君の願いを3つまで叶えてやるプ〜!」
びっくりした。変なのが蛍光灯からスっと出てきて変なことを口走ってきた。でもこんなときこそ冷静に…
「賢くなりたい!強くなりたい!可愛くなりたい!」
「任せろプ!チチンプイプイ、ププイダプ〜」
ボンッ!と大きな音がして、ピンクの煙で部屋中が真っピンクになった。煙に目と喉を痛めた私を横目に変なのは喋り出す。
「叶えてやったプよ〜!で〜も〜、君だけハッピーってのはズルいから周りからはバカで、ノロマで、ブスに見えるようにしてやったプ〜!」
目を開けると変なのはいなくなっていた。少しして爆発音に反応したお母さんが部屋に入ってきた。さっきよりもうるさい悲鳴が町中に鳴り響く。
学校に行くのは憂鬱だった。でも周りから醜く見えるだけで、麻衣ちゃんより賢いし、動けるし、可愛くなった。君の笑顔を思案して教室のドアを開ける。
いつもうるさい休み時間を静寂が包む。
その静寂を遮ったのは君だった。
私に指を指して、
腹を抱えるように笑っている。
皆も乗じて笑い出し、
いつも以上にうるさい休み時間になった。
私、相当酷く見えてるんだろうな。
でも私に初めて見せる笑顔。
私、わたし。
ああ、今のわたし、すごくすっごく、
滑稽だ。
「速報です。山梨県甲府市でスギ花粉の飛散を確認しました。最高気温の上昇による症状の再燃を原因として、今年の花粉症患者数は前年の1.4倍を超える見込みです。対花粉マスク等の花粉対策用品の備えのない方は大至急薬局を……」
焼き鮭を口に運びながらニュースを見ていると、寝起きの男がボサボサの頭を掻きながらテレビを許可無しに切る。
「朝っぱらからやなもん見るなよこの仕事バカ」
「お前は久々の外出日なんだからニュースぐらい見ろ」
こいつの名前は「蒼月 苗溜」。
同時期に倉敷中央病院から紹介状を貰い、病床の逼迫により相部屋することになった同期だ。
「久々の外出日っても土日跨いだだけだぞ、毎日外出してるせいで病気にでもなっちまったか?」
「病気じゃねぇよ言わせんな」
そうだ、俺たちは「病気」じゃない。
紹介状を貰った時は今まで通りの入院生活が始まると思っていたが、どうも世界の都合が変わったらしい。
俺たちは新時代の病気に罹患しない個体として特殊部隊「SYND」に所属することになった。
「この繁忙期さえ超えたら後は出世街道だって聞くじゃないか、お前も仕事に精を出したらどうだ?」
「俺は働きたくないから入院生活を選んだんだよ」
ふと時計を見ると短針は7時を回っていた。俺は残っていた味噌汁を飲み干すと急いで外出の支度を始める。
「じゃ時間だから先に行くわ、お前も早く来いよ」
「はいよ」
着替えを済ませた俺は駆け足で病室を出る……
ってまだ自己紹介をしていなかったな。
俺の名前は「黄月 昂」。
「症状名: イエローマンデー症候群」
二十五 伝令
ハシレ
家族ニモウ苦シマナクテ良イト知ラセルタメニ
ハシレ
仲間ニモウ戦ワナクテ良イト知ラセルタメニ
我々ハモウ耐エナクテ良イノダ
イモサヘ食エズ
腹ヲスカセナクテ良イノダ
キヅアトニタカルウジニ
苦シマナクテ良イノダ
快楽デ仲間ヲ殺ス日本兵ニ
従ワナクテ良イノダ
イツ襲ッテクルカ分カラナイ米国兵ニ
怯エナクテ良イノダ
首里カラニゲテキタ人ハ言ッタ
首里ハモウ日本兵ガイナイノダト
住ンデイタ町ハモウナイノダト
那覇カラニゲテキタ人ハ言ッタ
那覇ハ砲撃ガナリヤマナイノダト
外ニデタ人ハ皆カエッテコナイノダト
私ガコトヲ知ッテイルノハ
仲間ノ足ガアッタカラダ
ダカラ私モツタエルノダ
祖国ハマケタノダト
ソシテ続ケテコウイウノダ
モウ腹ヲスカセナクテ良イ
モウ苦シマナクテ良イ
モウ日本兵ニ従ワナクテ良イ
モウ米国兵ニ怯エナクテ良イ
ダカラ祖国トモドモシンデヤロウト
底本:『国民学校国語教科書『初等科國語四』』文部省
※本文は昭和17年7月9日発行の本書初版によった。本文は昭和17年8月25日発行の本書翻刻以降は全面墨塗りとなっている。
意味の無い落書きを消して種を作る。
練り消し作りってのは人間関係と同じだ。
初めての出会い、初めてのデート、初めての付き合い。
そういう思い出を種にして人間関係を作っていく。
最初は種同士が上手くまとまらない。
こういうところもまさに瓜二つって感じだ。
くだらないことを考えながら消しカスを練っていると、君との思い出が思考を邪魔してくる。
君との出会い。
君を一目見たとき見る世界が色付くような感覚を覚えた。
反面今の見る世界は君と出会う前より一層と色褪せている。
君とのデート。
二匹一緒に泳ぐ魚を見て「私たちみたいだね」なんていう君の姿が脳にまだこびりついている。
今の僕はあの日に姿を見せなかったウツボと一緒だ。
君との付き合い。
いつもは騒がしい君だけどその日は異様に静かだったのが印象に残っている。
君がいなくなってからの方が静かなのに。
甘くも苦い思い出に耽っていると、練り消しはとっくの昔にまとまりきっていた。
自分で言っといては何だが、練り消し作りと人間関係が同じだって発想は馬鹿げている。
だって練り消し作りのために消した落書きの内容はもう覚えていないのに、君のことはまだ忘れられていないから。
でもやっぱり似ているところもあると思う。
君が僕を捨てたように、僕もこの練り消しを簡単に捨てられる。そして一日もしたら練り消しのことは忘れて、新しい練り消しを作っているだろうから。
そんなしょうもない事実を認めたくない僕は、意味もなく練り消しを筆箱にしまう。
君に対しての初めての反抗だ。
「よっ、元気してる?」
「お見舞いの第一声はそうじゃないだろう」
「良かった、元気そうじゃん」
「そっちもね」
「聞いた?王子が婚約したって話」
「聞いたよ。本人直々にやってきて嬉しそうに話していたさ」
「ふ〜ん、そっか。アイツは勇者の仲間の私にも話に来なかったってワケか」
「そう気にするなよ、彼だって忙しいのだろう。それに……」
「それに?」
「仲間が来たときに伝えておいてくれとも言っていたしね」
「ふふ〜ん、なるほどね。でも来なかったときのことを考えてないのは減点かな」
「一番僕のことに無関心そうな君が毎週来てるんだ。心配は無用だろう」
「……人を困らせるのが上手くなったね」
「君ほどじゃないさ」
「で、今回はちゃんと要件があるんだ」
「珍しいね。今日も小一時間雑談するのかと思ってたけど」
「雑談に加えての要件だよ。見て、この瓶。何だと思う?」
「メープルシロップとかかな」
「まぁこういうとき真面目に答えるわけないよね。てことでこちら、「若返りの薬」で〜す」
「ついに見つかったのか、おめでとう」
「……飲む気はなさそうだね」
「君の旅はまだ続くのだろうけど、僕の勇者の旅はもう終わりを迎えたんだ。続きは君に任せるとするよ」
「……………」
「……分かったよ。飲んでもいい、けど僕が死ぬのがそんなに怖いかい?君だって何度も別れを経験したことはあるだろう」
「でも私と別れるのは怖いでしょ?」
「……ははっ、君には敵わないな。飲むとするよ」
「……本当に若返った」
「かかったね。その薬の効果は30分。時間がない、早く着替えて仲間にサプライズしに行くよ、ほら勇者の服」
「……本当に君には敵わないな」
「旅の終わりにはまだ早いからね、さっ早く」
「一瞬を永遠に変える方法を知りたいのです」
地獄のような夏日を越えたと思いきや、あっという間に庭の紅葉は一枚落ちる。そして、新雪は地面に膜を張る。
受験シーズンも終盤戦を迎え、私も家庭教師として神経が細る時期。一方で普段は自分から話さない教え子が変なことを口に出す。
「え、永遠か……?」
「はい」
突然の状況に頭が追いつかない私は、とりあえず教え子の言ったことを繰り返し間を繋げる。
考える。まず真面目に答えるべきなのだろうか?
まあ茶化すにしても私はボキャブラリーを微塵も持ち合わせていないのだが。かといって真面目に答えるなら何だ。国語の話か?はたまた哲学の話か?
そうして返答に困っているとある話を思い出した。
「例えばこの部屋から出るためにあの扉まで歩くとするだろ?そして、扉に近付けば近付くほど机で勉強がしたくなって足取りが重くなるとする。この時扉にいつ辿り着けると思うか?」
「無限……ですか?」
「そうだ。ここから扉までは一瞬の距離のように感じるが、実際は歩いても歩いても辿り着かない。負の無限大に発散は数三で習うはずだから頭の片隅ぐらいにはしまっとけよ」
「先生らしい回答ですね」
我ながら完璧な回答だったと思う。
……まあ高校の先生の話をパクっただけなのだが。
「でも受験は終わりますよ」
「……そうだな?」
また変なことを口に出したと思ってしまった。
「私たちの三年間、一瞬でしたね」
「……まだ勉強したいか?」
「いいえ。ただ今をずっと続けていたいとは思ってます」
「高校も受験も有限だ。でも終わりじゃない。変化点だ。季節も輪廻も巡って来るし、この縁にも終わりはない。さっ受験まで一瞬だ気を引き締めろよ」
「はい」
きっと、雪もすぐに溶けていくのだろう。
その日、世界から夜が奪われた。そんなニュースが何日にも渡って街中に鳴り響き、人々の不安を煽っている。
「大変なことになっちゃったね、たっくん」
「どう大変か僕には分からないよ」
「!ごめんなさい失礼なこと言っちゃって」
「大丈夫、悪気が無いのは知ってるから」
僕は生まれつき目が見えない。だから、朝昼夜の違いなんて煩いか静かの耳の情報か、暑いか寒いかの肌の情報でしか分からなかった。それでも、煩い夜はあるし暑い夜はある。そんな時、僕に朝昼夜を教えてくれるのは付き人の君だった。
「夜がなくなったってことはさ、みんなはいつ寝ていつ起きてるの?」
「みんな前と同じように寝て起きてるんじゃないかな〜。私はたっくんに合わせてるけど」
「ごめんね、迷惑かけちゃって」
「いーのいーの、私は特にやることないからさ」
僕は目が見えないから、みんなとは違う生活をしてきた。夜がなくなったことでみんなは変わったのに、僕は何も変わっていない。そんなことを考えていると、僕が置いてかれてるような気がして嫌になる。
「夜がなくなって辛い?」
「そんなことないない!むしろ幸せって感じ?……もしかしてたっくん、夜のことで気にしちゃってる?」
「……」
「あちゃー、図星って感じ?たっくん、夜ってのはそんな凄いもんじゃないよ。今はみんな騒いでるけど、何年もすれば歴史の教科書に載って終わりぐらいの出来事になる。それが普通になるんだ。今のたっくんの普通のようにね」
「そっか、ありがとう。」
「……色々考えてたら眠くなってきちゃった、今何時?」
「今はね〜……23時!?もう夜じゃん!」
「ふふっ。そうだね、もう夜だし寝よっか」
子供の頃からずっと、何処か遠くへの憧憬を抱いていた。僕が君に看取られて死ぬ、そんな情景を。まだ君には教えていない。きっと君は不気味がるだろうから。
君は僕に尽くすような人じゃないだろう。 僕は君に尽くされるような人じゃないだろう。 ではどうすれば僕は君に看取られて死ねるだろうか?僕は手始めにダメ元で君に付き合おうと言った。無論玉砕。最初は他愛のない話でもして親睦を深めてから言うべきだっただろうか?
生憎僕は諦めの悪い性格だった。君のために死ねるのは僕だけだ。その一心で次の計画を立てた。計画は至って単純。ナイフを君に渡して「僕を殺してほしい」とお願いをした。無理矢理な気もするが、そんなのはどうでも良かった。君のために死ぬ、そんな情景を叶えさえすればどうだって良かった。でも君は不気味がってその場から逃げた。床には新品のナイフが転がっていた。なんで。
分かった。人を殺すには恨みというのが必要なんだと。恨みとは何なのだろうか。そんなことをいつも君を横目に考えていた。そんな時君に彼氏が出来た。これだ。これが恨みなんだと分かった。その日から僕は君にどう恨み殺してもらうか考えた。監視。君は彼氏とのデートを楽しそうにしていた。監視。君は彼氏のことを大切にしていた。恨み。僕はただその事を恨み募らせていた。恨み。恨み。恨み。限界だ。
君が出かけるまで僕は待ち続けた。彼氏も一緒だったがそんなのはどうでも良かった。颯爽と君の前に出てナイフを翳し「僕のために死んで欲しい」と言い残す。遠くへの情景はそこにあった。もう見えない。見えないよ。
ことばは泥舟だ。ふっと浮かんだかと思えば、君の元へ届く前には沈んでいく。
いつもそうだ。君を目の前にするとついどもって「 」の一言も伝えられない。たった二文字のことばも、出航するには至らないのだ。
君は から も多かった。でも、その中で僕は君と関係を築くことができた。最初は苦労も多かった。僕によくお使いを頼むし、物事の判断をいつも任せられていた。そういうところも んだけど。なんて伝えようとしても、どもってことばにならない。ただ、君が満足そうに笑っているのを見てことばを呑み込んだ。
。 。 。 。 。
そうして月日が経つに連れ、君も僕に依存するようになっていった。同じ屋根の下で暮らすようになって、料理も仕事も全て任せられるようになった。ただただ かった。でも、人の気持ちには答えなきゃいけないと教わったから。その一心でまたことばを呑み込んだ。
。 。 。 。 。
こうしてことばを呑み込んでいるうちに、身体は重くなっていき、動くのも くなってきた。でも、君はお構い無しに僕へ 声を浴びせてくる。何だよ、僕の生き方が間違ってたとでも言うのかよ。もうことばも呑み込めなくなった身体で、僕は教えを裏切った。
耳を切ってやったのだ。両耳を。
そして、僕は呑み込みきれなくなったことばを君に吐き捨てその場を後にした。
きっと君は僕を憎むだろう。このことを知ったら、お母さんは悲しむだろう。先生は疑問に思うだろう。でも、
今はただ、この自由を愛そうと思う。
私は邪智暴虐の魔王として恐れられていた。人間は私を目の敵としていた。だから、私には味方などいなかった。目の前の人間を屠り、屠り、屠り続ける。生きるにはそうするしかなかった。そこに感情はなかった。
そしてある日、私は遂に人間の猛攻に敗北を期した。私に待っていたのは、死で形容できるような生温いものではなかった。暗い、暗い、真っ黒な牢獄。牢獄の中、私に許されたのは思考のみだった。そこに憎悪はあった。
人間を憎み、憎み、憎んでいた。もし日の目を見ることになったら、すぐにでも人間を鏖殺してやろうと思っていた。なのに、こいつは。
「お願いします、私の村を滅ぼしてください」
言っていることが理解できなかった。生前、人間は私に話しかけてくることなどなかった。口を開いても、出るのは罵声か命乞いか。だからこそ、私はこいつの言っていることが理解できなかった。
「私は村を憎んでいます。私は人間を憎んでいます。だから、お願いします」
相変わらず、言っていることはめちゃくちゃだった。しかし、憎む。それだけは理解できた。
「貴様、何故憎むのだ」
いつの間にか、口は動いていた。
「そこに理由は必要ですか」
「相応のことをされたのだろう?」
「それは貴方のことでしょう」
「然し、貴様も人間を憎むのなら相応のことがあったはずだ」
「私にはありません。強いて言うなら、人間は貴方のことを冒涜しました。村は貴方の封印を解こうとはしませんでした」
初めて人間と話し合って分かった。本当に人間は理解できないものだと。理解できるのは憎しみ、そう、私と人間を繋げるのは憎しみだけだった。
「はっ、はっはっはっ!面白い。気に入ったぞ人間。村まで案内しろ」
「御意」
早速自慢話だが、私は人生で500本以上の映画を観てきた。毎日飯を口に運ぶように、毎日ベッドで横になるように、日常的に映画を観ていた。そんな映画漬けの生活を送ってきた私が言いたいのは、「シックス・センス」はいいぞ。ということだ。
何を言ってもネタバレになってしまうので大雑把に説明すると、主人公達が道中に幾つもの伏線が張り、最後にどんでん返しで最高のエンディングを迎えるといった映画だ。こうして文章を書くのは初めてなので全く良さを伝えられてないと思うが是非観て欲しい。こんな文章よりよっぽど面白いから。
で、ここからは自分語り。最近、私の人生に希望はあるのかなんて考えが思考を邪魔するようになった。毎日毎日、飯を食べて横になって映画を見ての繰り返し、底辺同然の日々を過ごしてきた。そんな生活の支えは映画だけだった。最悪な人生だった。
先週、余命宣告をくらった。先生が言うには残り3ヶ月なんだと。その時は頭が真っ白になったが、身体は分かっていたかの如くみるみる衰え、今では飯と映画の時間が増えた。感極まることも涙腺が緩むことも無くなった。鑑賞中にぼーっとすることが多くなった。ふと、「シックス・センス」の感傷に浸るようになった。
先程の、私の人生に希望はあるのかの問いに解を出すならば"NO"だろう。「シックス・センス」は幾つもの伏線を張ることで最高のエンディングを迎えた。一方、私の人生には何も無かった。このままどんでん返しもなく、ただ自堕落な生活を過ごして終わっていくんだと言うように、「シックス・センス」がニヤケヅラで私を見ている。
変わらない、何も無い、オチもない。映画共よ、面白かったか?私という映画は。
「もうこんな時間。明日からは会えないって考えると、寂しくなるね。まだあんたと夕焼けを見ていたいな〜なんて…」
春風が一層と強くなり、その拍子で何かがカランと音を立て机から落ちる。
その音で正気になって言葉を詰まらせた私は、恥ずかしくなり薄目で彼女をちらりと見る。
どうやら、そんな言葉も虚しかったようで、彼女は頬杖をつきながらグラウンドを眺め動かなくなっている。
私は机の足元に落ちていた第二ボタンを拾い上げ、気を引くように彼女と窓の間へ立つ。
「…どうしたの?」
「どうしたの、じゃないでしょ!何を言っても上の空だし、私のあげた第二ボタンは落としてるし!」
「あー、ごめんごめん。まー第二ボタンはいらないケド」
私はその言葉で向きになり、彼女へ勢いよく第二ボタンを突きつけると彼女は渋々と受け取り再び机に置く。
「で、もう戸締りの時間だけど」
「あー、ほんとにごめんなさい!今から片付けます」
彼女は机から引き出しを抜き出すと、長い間放置され錆びの付いたプリント類を取り出しドサッと床に置く。
カバンは既に教科書やらでパンパンになっていて、もう入りそうにない。
「あー…」
「そのプリントは持ってやるから、戸締りしな」
「いや~最後までお世話になります」
そう言うと彼女は窓に向かいながら、思い出したかのように言葉を返す。
「ねー、さっきの話だけど、明日どっか遊びに行こうよ。別に卒業しただけで会えないってわけじゃないでしょ」
「…お~、確かに」
どうやら、卒業で上の空になっていたのは私もだったらしい。
さっきのことを反芻していると、彼女が手をかけようとした窓からグラウンドが目に付く。
「さっきの話って、あんた」
春風が吹き始める。机に置いてある第二ボタンはゆらゆらと揺れている。
燃費の悪い闘志を宿した心臓で、既にガタのついた身体を動かす。
そうして積みあがった紙束は、月に届く気配も見せず、ただそこに佇んでいる。
『親父は俺が漫画家になると言った時、「見えない星を掴もうとするのと同じことだ」と言い返した。』
親父の言う通りだった。だから、親父の言う通りにした。我武者羅に手を伸ばして、星を掴もうとした。
地の底からじゃ届かないことを理解したら、何枚も紙を積み重ねて、何度も挫折を繰り返して、月から手を伸ばそうとした。
でも、「俺は月にすら行けない」のだと今まで積み重ねてきた物たちが嘲笑い崩れ落ちていった。
『俺は現状を突きつけられた時、「行き先の決まった片道切符を手にして諦めてしまおう」と思っていた。』
親父の敷いたレールに乗って、規則正しく生きようと考えていた。
『そんな時、一つの漫画を手に取った。その漫画は、一等星より眩く、輝いていた。』
それはまるで、星の下にある、地の底の深くにある宝石のようだった。
『俺の志したことは、「素手だけでダイヤモンドを掘り当てるのと同じこと」だった。』
俺は思った通りにやった。行くべき道は俺が敷いた。ただ馬鹿正直に、地面を掘り進めていった。
そうして積もり積もった土は、天にまで届きそうになっていた。
『きっと、この手紙は、輝く君の元へ届くだろう。』
ダイヤモンドはまだ掘り当てられていなかった。ただ、一つの小さな金の原石を掘り当てていた。
『でも、届いた手紙は、輝きを失っているはずだ。』
だから。
『だから、火を焼べて、未来の先まで輝かせてくれ。』
闘志は未だ燃えている。ガタのついた身体も、まだ動くのだから。
Tachyon / 初音ミク
古典力学の書いた世界では 未来は決まっているそうで
私もその世界に生まれたら 自堕落に生きたのにな はぁ
君は光のように眩しくて 苦労なんて知らない顔で
私も君みたいに生まれたら ちゃんと笑えたのかな なぁ
毎日を積み重ねて 身体が重くなってって
重く重く重力が のしかかっていく
私と君を導いた引力は 月日と共に弱まっていて
今じゃ月と太陽の関係みたいに 遠く遠く離れていて
重力で歪んでしまった私じゃ 君との差が埋まんなくて
って言い訳ばっか並べて バカみたいだね私
量子力学の説いた正解は 「全てが不確定」なようで
私もこの時代に生まれたから 生きづらいのかな はぁ
君は光のように明るくて 私にも明かりを振りまいて
私がここに生まれてなかったら もっと光ってただろう なぁ
苦労だけを重ねて 重い責任がかかって
黒く黒く身体を 蝕んでいく
私と君という存在は 陰陽の如くはっきりとしてて
まるで光と闇の関係みたいに 何もかもが違っていて
黒くくすんでしまった私じゃ 君の光が眩しくって
って言い訳ばっか並べて バカみたいだね私
重力に押し潰されて 黒い穴に落ちた私は
何も見えないまま 全てを吞み込んで
言葉を吐き出せないまま 全てを塞ぎ込んで
そんな私に我儘な君は 手を差し伸べて
私と君を導くその手は 光よりも速い速度で
黒い穴から抜け出す姿は 重力なんて知らないようで
ここまで落ちぶれた私に 君はなんで…
って御託ばっか並べて バカだったみたい私
ページコンソール
批評ステータス
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言語
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コンテンツマーカー
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本投稿の際にアダルトタグを付与する下書きが該当します。
本投稿済みの下書きが該当します。
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フィーチャー
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短編にも長編にも満たない中編の下書きが該当します。
構文を除き数万字以上の長編の下書きが該当します。
特定の事前知識を求めない下書きが該当します。
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シリーズ-JP所属
JPのカノンや連作に所属しているか、JPの特定記事の続編の下書きが該当します。
JPではないカノンや連作に所属しているか、JPではない特定記事の続編の下書きが該当します。
JPのGoIやLoIなどの世界観用語が登場する下書きが該当します。
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ジャンル
アクションSFオカルト/都市伝説感動系ギャグ/コミカルシリアスシュールダーク人間ドラマ/恋愛ホラー/サスペンスメタフィクション歴史任意
任意A任意B任意C- portal:8328726 (10 Nov 2022 11:37)
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