雄性先熟

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アイテム番号: SCP-XXXX-JP

オブジェクトクラス: Safe

特別収容プロトコル: SCP-XXXX-JPはサイト-81XXの低脅威度物品収容室内に通常の人体標本と同様の手順に沿い、収容されます。実験はSCP-XXXX-JP担当研究主任に実験申請を通した上で可能です。

説明: SCP-XXXX-JPは異常な遺伝的特徴を示す1人のヒト(Homo sapiens)の骨格、脳下垂体および卵巣からなる標本群の総称です。これら3つの標本は同一人物に由来すると考えられます。脳下垂体と卵巣はそれぞれホルムアルデヒド溶液中に保存されています。骨格標本は、幅が広く丸みを帯びる骨盤および顕著に角度の狭い肋骨弓1などの特徴を示すことから女性の骨格であることが断定されています。しかし、各標本からDNAを抽出し、塩基配列を決定したところ、全ての標本からY染色体2に由来するDNA断片が発見されました。

SCP-XXXX-JPはかつて大日本帝国陸軍特別医療部隊(通称"負号部隊")3の管理下にありました。1945年に負号部隊が解散し、同部隊の文書と資産の大半が財団の管理下に移行した際、SCP-XXXX-JPも財団に移送されました。当初は何ら異常性を示さない標本群とみなされ、他の非異常性物品とともに保管されていました。2007年、3つの標本の関連性を調べるためのDNA鑑定が行われた際にSCP-XXXX-JPの上記の異常性が発見され、現在のアイテム番号が指定されました。

SCP-XXXX-JPの由来を確認するため、負号部隊から接収した文書に対する調査が実施されました。その結果、人事記録中にSCP-XXXX-JPとの関連を示唆する記述が発見されました。以下はその引用です。

伝達

井上垣中尉ノ処分:病死トシテ処理シ、脳、生殖系ノ一部、及ビ骨格ヲ摘出シ、コレガ保存ニ努メルコトトス。同中尉ニ関スル内分泌学的研究及ビ遺伝学的考察ヲ継続スベシ。武田均中尉ハ今事案ノ発生経緯ヲ詳細ニ報告セヨ。

これを受けて、SCP-XXXX-JPの由来に関与していると考えられる井上いのうえまもる氏、武田たけだひとし氏に関する調査が実施されました。井上氏およびその親族はいずれも他界しており、何らの情報も得られませんでした。一方、武田氏は親族が存命であり、生家の蔵から第二次世界大戦頃のものとみられる複数のノート、日記、手紙などが発見されました。カバーストーリー「歴史的資料買取」を用い、金銭取引を通して遺族から各種文書を回収しました。

武田家から回収された日記にSCP-XXXX-JPとの関連を強く示唆する記述が発見されました。日記は一部汚損のひどい箇所を除いて容易に判読が可能です。また、日記には所々に紙片や手紙が挟み込まれています。

以下は当該の日記から一部を抜粋したものです。完全な記録はこちらで閲覧可能です。

昭和11年42月4日

昭和12年9月10日
先日、ついに私は軍務から外され、此の研究所で治療を受けるやふ命ぜられた。研究所の連中は軍の者らしいが、何だか妙な連中であり、所属部隊の詳細については教えられぬとのことだ。だが、嬉しいこともあつた。私の治療を担当すると言われて紹介されたのは同期の武田均中尉であつた。彼がなぜこのやふな医者まがいの仕事をしているのかは分からないが、旧友と再会できたのは嬉しい。武田は昔から頭のきれる奴だつた。きつと私の病気も治してくれると信じている。

昭和13年4月18日
大陸で戦つている戦友たちの苦難を思うと、快適な居室で毎日を過ごしている我が身が憎らしく思えてくる。
昔から、私は美しく生きたいと願つてきた。私にとつての美とはすなわち、戦場での死である。老いさらばえた末に畳の上で迎える死など、美しくない。人というものは老いていくうちに、頭が禿げ上がり、腰が曲がり、頭が正常に思考しなくなつてしまう。私は、さうはなりたくない。私は美しい青年の姿のまま戦場で死ぬことだけを考えている。夜空に光つて、あつという間に消えてしまう流れ星のやうに生きたい。だから私は軍人の道を選んだ。
嗚呼、この病さえなければ。

備考:日記に挟み込まれていた手紙の内容です。SCP-XXXX-JPの異常性に関しての重要な指摘が含まれています。


井上中尉へ

連絡が遅れて申し訳ないです。私は今、山梨県██████での現地調査を終了したところです。貴方には耳慣れない地名かもしれませんが、貴方の家・井上家の発祥の地ということが家系図の記述から分かつている場所です。██████は現在の██████市の山深いところに存在していた小規模の集落で周りとは隔絶された環境であつたと考えられています。現地調査の結果、██████周辺地域には「男が女に変じる」といつた変身譚の伝承が複数残つていることが分かりました。ここから私はある仮説を考えました。貴方にも聞いていただきたいのです。
隔絶された環境という条件が鍵なのではないでしやうか。自然災害などの被害を受けたときに、小規模な集団の男女比が一方に偏つてしまう現象が██████ではしばしば発生していたのでしやう。結果として、男女比が偏つてしまつた際に、はじめ男性として成熟していた人物が女性に性転換することで確実に子孫を残すやうになつた、と私は考えています。これが自然に獲得された形質なのか人為的に作り出された形質なのかは不明です。この形質はおそらく父系遺伝であり、男系を守つてきた井上家では現代に至るまで人知れず受け継がれてしまつたのでしやう。この形質が発現する切つ掛けは集団内での男女比の偏りです。軍という男性社会に身を置いたために、祖先から受け継がれていた形質が発現したのでしやう。男女比の偏り(視覚情報か?)が引き金となつて、脳の下垂体より多量のエストロゲンが分泌されるやうになつたと考えることができます。一部の肉体変化はそれで説明がつくのです。しかし、骨格系や生殖系の構造変化、筋肉量や赤血球数の減少などは説明できません。おそらく、同様の機序で未知の生理活性物質もまた分泌されているのでしやう。5
人体には、まだまだ多くの神秘が隠されています。そして、我々はその謎を解き明かしたいと考えています。貴方はその鍵となる存在なのですから、どうか今後も我々の研究に協力してくださると幸いです。

武田

昭和13年10月26日
いつになつたら病気を治して再び将校として奉公できるのか、と武田に聞いてみたのだが、曖昧な答えしか返つてこなかった。武田いわく、此処で研究に協力してくれれば医学にとつて大きな貢献になるのだし、それも立派な奉公だと励ましてくれた。

昭和16年1月14日
鏡に映る自分を見た。私はそこにかつての陸軍中尉・井上垣の面影を探さうとしたが、ついに見つけることはできなかつた。そこに居るのは将校の格好をした、私ではない誰かであつた。私は彼女を美しいと思つた。だがそれは今の私の姿なのだ。
昔から、私は美しく生きたいと願つてきた。その願望は今も変わらない。しかし今、私が求めていた美とは全く違う美が私の体と心を蝕み続けている。このままでは、いつか私は狂女と化してしまうだらう。だが幸いにも、今の私には青年将校としての思考がまだ残されている。では、私がとるべき行動はただ一つなのではないか。

昭和18年1月12日
引き取つた井上の遺品からこの日記を見つけた。読んでいると生前の思い出がありありと浮かんでくる。そのうちに、この日記の最後の頁を埋めなければならないという思いに駆られ、筆をとつた次第である。
井上中尉は昭和16年9月、研究所の自室内で自決した。軍刀を腹に突き立て、真一文字に掻き切つたらしい。遺書によると自決の動機は、「自らの死をもつてお諫め申し上げるため」であり、「勝ち目のない破滅的な戦争に突き進まうとしている世論を嘆き、国の行く末を深く憂慮して」の行動なのだという。だが本当にそれが理由なのだらうか。私は今も時々、彼女の死の真意について考えることがある。

井上と最後に会つたのは16年の8月下旬だつた。その頃の彼女は私との面会を拒むやうになつていたのだが、その日は居室に入れてくれた。いつも通りに研究用の血液サンプルの採取と健康状態の確認を行つたが、その間彼女はずつと黙つていた。心配になつて言葉をかけたのだが、うつむいて何も答えなかつた。日記を読んだ今なら分かるが、溢れてくる「衝動」を必死で抑えていたのかもしれない。部屋を後にしやうとした私は、待つて、と呼び止められた。私が振り向くと、彼女は踵を打ち鳴らし敬礼を捧げた。その敬礼に、一瞬、かつての逞しい井上の面影を感じた。


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  1. portal:7818921 (05 Jan 2022 13:04)
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