死者を想え

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 この世界において"永遠"という言葉は、求めれば馬鹿にされるものの、望みもしないものには勝手に付与されるという、全く腹立たしい代物である。

 波戸崎壕は卓上ライトを消した。――作業が終わったのだ。余った羽毛の山から、ひとつ摘まんではビニール袋の中に入れる。後で亡骸と一緒に埋めてやるのだ。
 そうした名残惜しむような行為を終えると、完成した新たなピジョンヘッドをそっと持ち上げ、予め空けておいた棚の隙間に押し込んだ。

 棚に並ぶは五つの鳩頭。全て波戸崎の自作だ。よくパーティーグッズとして販売されているゴム製マスクとは異なり、かつて彼にエンリケと呼ばれ死んだ命の一部を用いて作られた特別な品だ。
 一つ目はまだ中学生のとき、寿命で弔ったエンリケのもの。完成後、一晩自室にこもって枕を濡らしたのをよく覚えている。今思えばあれはこの不細工なピジョンヘッドのように、調教の出来もよくなかった。
 二つ目は財団の養成機関にいた頃に作ったもの。同期に誤って殺された怒りを紛らわせるように、その羽根を毟ったのだったか。
 三つ目は丁度財団に入る前に弔った。ここまでが自分の役目だと言わんばかりに途端にカラスに喰われて死んだ。そのせいでマスクを覆うのに使える羽根が足りず、一部禿げている。
 四つ目は……初期収容のための調査中、オブジェクトの暴走に巻き込まれて死んだ。幸い頭以外は残っていたので、血を洗えば羽根はなんとか事足りた。新たなエンリケとして任命してから、それは半年も経っていなかった。

 今夜弔った五つ目は、自分で殺した。潜入調査中のエージェントに伝書鳩として貸し出していたのだが、帰ってきたと思ったら調査中のSCiPの異常性に影響されていたため、すぐさま処理した。
 足には小型のメモリと、血で汚れた紙が巻き付けられていた。恐らく、任務に向かった彼はもうこの世にいないだろう。

 次にエンリケの名を継がせる個体は既に決定している。初代のように寿命を全うすることは、恐らく今度もない。
 薄まった防腐剤の臭いを肺に満たして、波戸崎は研究室を出た。

 換気扇のプロペラが、緩やかに止まった。


 死体袋を眺めていた。
 例のエージェントが届けたデータと、五代目エンリケが撮影した記録のおかげで例のSCiPの確保が成功し、それから初期収容が確立及び完了した。彼の死体が機動部隊により発見され、無事回収されたという知らせが律儀にも届けられたので、こうして見に来たわけである。

「何握ってんだ?」

 重々しい鉄がコンクリートを軽快に叩く音が近付く。振り向けば、相手の神経を逆撫でするような笑みを浮かべたのっぽが歩み寄ってきていた。

「関係ありません。何故ヤマトモさんがここに?」
「おいおい。あの作戦、オレも関わってたんだぜ?そいつを殺した奴らとドンパチする機動部隊の支援ってな具合によ」
「よく生きてましたね」

 ひどい物言いだと、道化はおどける。波戸崎は無意識に握りしめていた右手を開き、中にあったそれを彼に渡した。

「前のエンリケが持って帰ったものです。データと一緒に解析班に回したんだけど、付着物の確認が終わった途端に不要だと返却されてしまって」

 そのメモは血で汚れていたが、黒インクで「すみません」と書かれているのがはっきりわかった。

「律儀ですよね、本当に。わざわざ死に際にこんなものを遺したこの人も、しっかり受取人に返す解析班の人も。遺体が回収されたことを知らせに来る人も。皆お人好しだ」

 決して、死を軽んじているわけではない。財団に身を置く者でメメント・モリを忘れる恐れ知らずなどそういないことを、波戸崎は知っている。明日は我が身、そう思うからこそ他者の意思を大切にする人がいるのだということを、理解している。
 ヤマトモはメモをこっそり波戸崎の白衣のポケットに差し込み、義肢の接続部あたりを揉むフリをした。

「もう"前の"、か。今何代目だっけ?」
「六」
「次も寿命を迎えられないだろうなぁ」
「それは僕もあなたも同じですよ」

 波戸崎は自分の頭を指して笑った。

「だけど、ヤマトモさんなら死ににくそうだし。僕が死んだら、これをよろしく頼むよ」


 波戸崎壕が死んだ。死因は聞いてない。多分クリアランス以上の何かなんだろう。
 狭い研究室に設置された棚の一番上には、八つのピジョンヘッドが並んでいた。それぞれの下には命日らしい日付が書かれていた。防腐剤の臭いが少し鼻についた。

 彼が何故こんな弔い方をしていたのか、ちっともヤマトモには理解できなかった。彼の目からしてみれば、波戸崎はエンリケたちの死を悲しんでいるように見えなかったからだ。
 義手を伸ばし、初代エンリケのピジョンヘッドを手に取る。それはあまりに不格好で、下手に触れば羽根が抜けそうな気がした。

「コレクション癖の一環か何かだったンかね」

 そうぽつりと呟き、被ってみる。
 そこで気付いた。防腐剤にかき消された臭いの中に、微かに残る違和感。あぁ、なるほど。

 他者の死の苦しみはやがて消える。忘れたくなくとも忘れる。そこに、永遠などという幻想はない。
 だが思い出す鍵は手元に残しておける。己が死者を想う限り、その存在は永遠でなくとも、少なくとも想ううちは喪失せずにすむ。
 五代目エンリケのマスクの側に置かれた紙切れを目にして、男は笑った。忘れっぽい自分には痛い話だと。

「よくもまぁ、オレなんぞに頼んだものだ。というか、よく憶えてたよなぁ、オレも」

 八代目のマスクの隣の空いた隙間に、持ってきたそれを入れる。他とは違って市販されているものであったが、紛れもなく特別で、一人の男を想起させるには容易い鍵であった。


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  1. portal:kankaratati ( 04 Jun 2018 11:50 )
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