過去改変

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 2月の今日の空は恐ろしいほど澄んでいた。ターコイズのインクをぶちまけたような青色に、少し濁った白色の雲がちりばめられている。サイト-8115の灰色の建物とのコントラストが酷く美しかった。
 吹いてきた北風は刺すように冷たい。冷気は白衣と洋服をすり抜けて肌を痛いほどに締め付けた。私は早々にタバコをもみ消すと、せかせかと屋内に戻っていった。冬は空が澄んでいて心地良いが、ここまで寒いとそうも言ってられない。安っぽい配給タバコの苦みだけが口の中に残っていた。
 カツンカツンという靴音だけが白いリノリウムの廊下に響く。今日のサイト-8115はやけに静かだった。博士も機動部隊もアノマリーも、皆この寒さに凍え死んでしまったのではないかという馬鹿な考えが浮かんだ。


 自分の仕事場に戻り、コーヒーを一杯いれた。その部屋は複数人で使うにはあまりにも小さすぎ、机も一つしか置かれていなかった。見上げた時計の短針は、1と2の間を指している。苦みのある茶褐色の液体を舌で転がしながら、パソコンのスイッチを入れる。フィンが回る僅かな重低音とともに、画面が電気の光を放った。

ようこそ、担当職員様
 
 見慣れたメッセージ。見飽きたと言っても過言ではない。その下には、円と3本の矢を組み合わせたマークが鎮座していた。世界の8割を支配する財団、その権威の象徴である。
 会ったこともない上司から新しい仕事が2件来ていた。私の所属はサイト-8115人類管理部門広報課修整室である。その名の通り、財団の統治下にある人民に与えられる記録を適切に"修整"するのが私の仕事だ。

 1件目の仕事は、一昨年に出されたサイト管理官からある職員に向けて出された賞賛通達が存在しない人物について言及しているため、そのミスを適切に修正せよ、という内容だった。元の資料を見てみると、それはある民間人が隣人を30人密告したとして表彰され、財団に雇用されたということだった。存在しない人物と言うことは、もうすでに消されたのだろうか。ありすぎるほどによくある話だ。それこそが財団による統治の本質なのではと思えるほどに。
 私は唇を舌で湿らせた。この文書をその月の生産量などの簡単な布告に丸ごとすり替えてもいいが、それは少しありきたりな感じがするし、同じ日付の違う資料がもう一つあったら、それぞれで記録の数値に違いがでる可能性もある。どうせなら、賞賛通達という方向性を変えずに行こう。必要なのは純然たる一握りの幻想。みるみる間に、彼の頭の中にはエージェント・██という名の財団職員のイメージが鮮明に浮かび上がってきた。
 彼女は模範的財団職員だった。30種類に及ぶketerクラスオブジェクトの収容方法を確立させたある博士と、カオス・インサージェンシーの構成員を200人殺したエージェントの間に生まれ、3歳にして彼女は収容サイトとアノマリーの玩具でしか遊ばなかった。6歳で子供収容隊に入隊、9歳で部隊長、12歳で地区長となり、14歳までにオブジェクトを隠し持っていた叔母を含む隣人を4人密告した。15歳のとき起きた収容違反の際財団機動部隊に献身的な協力をし、その功績を認められて三等稲妻勲章を贈られる。財団に18歳で採用され、数々の危険なオブジェクトの収容に携わる。その過程で数々のオブジェクトに被曝し、精神と肉体の両面に重篤な障害を負いながらも、めげることも無く財団──ひいては世界に対して貢献を重ねた。彼女は酒を一滴も口にしたことがなく、煙草を吸ったこともなかった。そんな彼女は一週間前、ある極秘重要書類を運搬中、武装したカオスインサージェンシーのメンバーに襲撃され、決死の反撃で25人を殺した後自爆した。
 納得のいく出来だ。理想的な財団職員の姿がそこにあった。小等学校の教本に載せてもいいぐらいだと、益体も無い事を考える。プロフィールはこれでいいだろう。あとは、サイト管理官からのコメントを書くだけだ。サイト管理官は──少なくともサイト-8115の管理官は──疑問文を投げかけた後にすぐその答えを言うという学者上がりらしい話し方をした。「諸君、今我々が一丸となって立ち向かわなければならないものは何か?それは──」といった具合に。それはある意味象徴的ですらあったが故に再現は容易だった。キーボードを叩く硬質な音が響く。「彼の態度は財団職員として模範的であった。その勇気、栄光、信念、決意に対して我々が応えられるものとは何か?それは今までより一層確保、収集、収容に励むことであり、またそれは同時に──」


 与えられた仕事が全て終わったときには、もうすでに日は暮れかけていた。沈みゆく太陽を、私はエアコンの無機質な匂いだけがやたらと鼻につく部屋の窓から見つめていた。
 真冬特有の燃えるように鮮やかな夕空の中を、一機の飛空挺が飛んでいるのが見えた。財団の権威の象徴、市民を見下ろす監視の目。敵など、己を脅かす者など存在し得ないというように悠々と飛んでいる。
 
 財団の徹底した情報管理は、擬似的な現実の改変すら可能にしていた。私の送ったメールは上層部に届き、そこで精査され、吟味され、そしてもし採用されたなら、その通りに文書は"修整"されるだろう。一人の民間人はいなかったことになり、私の作り上げた──最早その表現すら適切ではない──エージェント・██は確かにそこにいたこととなった。
 簡単な事だ。実に簡単だった。なぜなら、財団こそが真実だからだ。財団が白と言えば烏も白になるし、財団が月はないと言えば月は存在しなくなる。なぜなら、真実とは即ち財団だからだ。
 財団の統治下で、世界は回っていく。昨日も今日も明日も、当たり前のような顔をして。チョコレートの配給は毎月90グラムから100グラムに増加し、見たこともないカオス・インサージェンシーに怯えそして憎み、昨日まで名前を聞いたこともなかった偉人を褒め称える。それが市民の日常であり、誰も疑問に思うことなどない。

 私はゆっくりと部屋のドアを閉じ、その部屋には再び静寂だけが残った。

 メールの一件目は簡単な仕事だった。Vブロックに住む家族がオブジェクトを隠し持っていたために財団に連行され、Dクラス職員として採用された旨を告知するためのポスターを制作するだけだった。こういう仕事はよくある、ありふれたものだ。勿論摘発された市民全員に対してこのような広報がされるわけではないが、示威もしくは戒めとして、一ヶ月に一回ほどのペースで行われていた。それは文章だけでなく、映像作品のこともあった。
 添付されていた資料によれば、そのオブジェクトは下手をすれば都市全体が汚染されるほどの強力なものであり、その家族はそれを使って財団を転覆させようとしていたらしい。私はそれが本当かどうかを考え、そしてすぐにやめた。知る方法もないし、知ったところで意味などないのだ。
  


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