チカチーロを憐れむな
編集済

Андрі́й Рома́нович Чикати́ло(1936-1994)

彼は世界に踊らされた。

しかし、狂気を選んだのは彼自身だった。



Anomalous-████輸送任務 事後報告

以下の内容により、Anomalous-████輸送任務は完了しました。

日時: 20██年██月██日

前管理地: サイト-8137(日本支部管轄)
現管理地: サイト-██(ロシア支部管轄)

使用機: アグスタウェストランド AW101

飛行時間: 13時間17分

搭乗員:
エフゲニー・クラコフ (監視員/遺物サイト-215配属)
梅田 綾 (監視員/サイト-8137配属)
███ █ (操縦士/サイト-8137配属)

以降、Anomalous-████はサイト-██内で管理・保存されます。


20██年██月██日 機内の録音音声

[01:01:06]

エージェント・梅田: ……エージェント・クラコフ。少しだけ、よろしいですか?

エージェント・クラコフ: 君の訊きたいだろうことは、私には大方検討がついている。
おそらくは、あの過剰にチェーンの巻かれた冷凍庫の中身のことを聞きたいんだろう?
監視の為に注視する素振りとは言えないからね、目線を繰り返して送るのは。

エージェント・梅田: その通りです。……行動に意識を払うべきでしたね。すみません。

エージェント・クラコフ: あぁ、気を付けた方がいいだろうね。君もエージェントで、"外回り"の人間なら、味方しかいないはずのセーフティ・ポイントでも任務中は警戒を続けるべきだ。たとえ、20代の女性だとしても。
ただ、あれに驚かされるのも、わからなくもない。元々は何だったかを把握しておいて疑念を抱くなというのも無理な話だ。
それとも、あの箱の中身の、その元々の話から訊きたいのかい?

エージェント・梅田: いえ。Anomalous-████……あの脳髄、『アンドレイ・チカチーロ』については既に知っています。ソヴィエト時代最悪の殺人鬼であったことも、公判で異常を発したことも。スキンヘッドで笑う写真を、私は忘れません。

エージェント・クラコフ: なるほど、よく勉強をしているね。

エージェント・梅田: こんなことはウィキペディアにも記載されています。問題は、財団内部でも私が明かせなかったことについてです。
彼の脳髄が日本で回収されたことは、貴方も知っているはずです。如何にして彼の脳が異常を持ち、特異の部分を除いて死後も情報が出回り、日本へと渡ったのか。日本で得られる情報では、これを明らかにすることは叶いませんでした。
貴方は以前、GRUの"P"部局に在籍していたそうですね。そして"P"部局在籍時、貴方はチカチーロの案件に携わったという情報を受けています。だからこそ、私は貴方に尋ねたいのです。"一体、チカチーロに何が起こってこのような状態に至ったのか?" エージェント・クラコフ、私に教えていただけませんか。

エージェント・クラコフ: [██秒の沈黙]
……君が指示を受けて訊いているのか、個人的な好奇心から訊いているのかは知らないが、前者ならあまりにも直接的だし、もし後者だとするなら、やはり行動には気を付けるべきだ。軍事ヘリという密室空間を使うのはいいが、それを逆手に取られる場合もある。最も、私はそんなことはしないがね。
この際だから言うがね、私は事の顛末まで話すことは不可能だ。ソヴィエトの崩壊により、"タタールの軛"が"切り売り"されたことは知っているはずだ。私は、"切り売り"された方の人間だ。チカチーロの処刑は1994年。そのとき、私はGRUにすらいない。
君のロシア語の能力とセキリュティクリアランスがあれば、向こうで資料を閲覧することには困らないだろう。答えはそこにあるはずだ。言っちゃ悪いが、財団からするといくつものアノマリーのその経緯でしかない。日本で得られなかったとするならそれは隠蔽とかでなく、莫大な資料のデジタルデータ移行時に運悪く漏れてしまっただけだろうね。

ただ、資料を閲覧する上で、私から2つの注釈を贈ろう。
1つ、チカチーロは最初からスキンヘッドではなかった。どうやら、裁判以後に剃り落としたらしい。つまり、事件時には髪があった。
もう1つ、当時のロシアは、スターリンが放ったとされる言葉に支配されていた。本能的な劣等感を覆い隠すための、「連続殺人は資本主義の病」という言葉だ。



ソ連国家保安委員会 イーサ・コストイェフ大佐へのインタビュー

この文書は、チカチーロ逮捕時に"P"部局が行ったインタビュー記録を回収したものです。
コストイェフ大佐、及び複数の関係者はこの後、"P"部局の専門家により記憶改変を受けたと考えられます。

 私の知る限り、チカチーロほど残忍な人間はいないでしょう。対象は女と子供、女については明確に社会的弱者を狙う。そして、性別に関係なくナイフで体の数ヵ所を切り開く。ナチス・ドイツにも匹敵する、あるいは凌ぐ残虐性です。それは数値にも現れています。自白した殺人の数はご存知ですよね? 1人で50人以上。軍人であれば何かしら褒賞を受け取れるところですが、奴は民間人の技師でしたから。逮捕が叶い、本心から喜ぶばかりです。
 クラコフ氏がGRUから派遣されてきたとき、私は異様に情けない気分になりました。KGBから派遣されて5年、未だに殺人は止みませんでした。民警のフェチソフ少将やブラコフ中佐も同様だったでしょう。仕事には全面的に協力しましたよ。1983年から1990年までの事件情報の共有は、無論徹底して行いました。"集団殺人"の記録をね。……同一犯による犯行など、起こりうるはずがなかったんですよ。クラコフ氏が派遣されてきたのも、たしか宗教組織が関わっている可能性がGRU内部で浮上したからだったはずです。GRUにそうした異常宗教への対抗部局があったとは初耳でしたが、詳しく尋ねることは禁止されていましたし、私どもも従いました。ともかく、1990年の10月に、彼とその部隊へと捜査の指揮は引き継がれる手筈でした。

 例の邂逅があったのは、直近の事件の現場に我々が立ち会ったときのことです。規制線はもう解かれていましたが、元より誰も寄り付かない暗い森に、人の気はありませんでした。……なぜ規制が解かれていたかって、直近とはいえ、発生から2週間は経過していましたから。昼過ぎに駅を出て、そのまま線路沿いに歩いていきました。後ろを見やれば、雪上で8足の足跡が我々を追尾していたのを覚えています。えぇ、来訪したのは私とクラコフ氏、それから護衛の警官が2名ほど。……指揮官が案内したっていいではありませんか。どのみち、事件に進展はなかったんです。
 森へ向かう最中の出来事でした。1人の男が進行方向にふらりと現れ、重い歩調でこちらへ歩いて来ました。七三に分けたグレイの髪はややぼさついていて、幸薄そうな白い顔はやつれていました。その細い顔には見合わない、厚手のコートが体を覆っていました。色は焼け焦げたような茶色でした。厚ぼったい黒縁眼鏡を掛けたその中年は引き摺るように鞄をたすき掛けして、一歩、また一歩と雪にブーツ底の模様を残していました。
 最初、不信感は抱きました。しかし、それだけだったのです。彼が接近するに従って、ただのみすぼらしい、貧しい一般市民であるという確信が私の心を埋めていったのです。それは2人の警官も、クラコフ氏も同様でした。我々は一度だけ足を止め、彼に道を譲ってやりました。そのとき、彼は「こんにちは」としゃがれた声で挨拶しました。最早、我々の想像に誤りがあるなどとは考えもしませんでした。彼は一般市民でしかなかった。そうして、我々はまた森に向かって歩き始めました。
 10分ほどまた線路沿いを歩いていると、クラコフ氏は突然足を止めました。それからわなわなと震え出した彼は、眉を寄せ、私の肩を掴みました。かなり、力が入っていました。そして、彼は神妙そうに言いました。「どうして我々は男を見過ごしたのか?」私にはわけがわかりませんでした。彼はどこからどのように見ても、一般市民でしかなかったのです。そこに違和感などは存在せず、彼が殺人犯であるという思考が入り込む余地はどこにもなかったのです。にっちもさっちもいかなくなったのか、クラコフ氏は乱暴に私を放り投げると、警官の1人を連れ、来た方へ走って引き返していきました。雪上に残された男の足跡を辿っていった姿が、何かしらの絵画を見ているようでした。
 取り残された我々は、兎角、森へ急ぎました。正直に言って、自らの置かれた状況というものを正確には把握してはいませんでしたが、非常事態が起きたことは私にもわかりました。現場となった森へ足を踏み入れてしばらくすると、錆び鉄に似た臭いがふっと鼻許に漂いました。腐った土で満たされ湿った地面を進んで、私は沢へと出た。あぁ、と隣にいた若い警官が、落胆と畏怖、それと悪臭への悶えが混ざった声を漏らしました。沢のそばには、青白い男児の死体が力なく横たわっていました。服なんか着ていません。全裸で、そのか細い身体にはいつくかの刺突痕がありました。傷からは潤いを伴った血液が溢れ、流れ、小さな溜め池を形成していました。後の調査にて、彼が近隣の家に住んでいた少年であることが判ったんです。あの栗色の髪の少年はね、家族写真では笑っていたんですよ、シャツを着て。
 クラコフ氏は、私が新たに生まれてしまった現場を規制し、初期捜査をしている最中に現着しました。寒さは厳しくなりつつあるというのに上着を脱いでいて、額には汗を流していました。彼は荒んだ口調で話しつつ、連れていた警官の背を叩きました。押し出された警官は手にコートを持っていました。広げたコートには赤黒いシミが至るところに付着し、汚れ切っていました。色は、焼け焦げたような茶色。あの男が、チカチーロが着ていたものと同一であることに間違いなかった。それによって私にもようやく、その異常の一端を掴むことができました。奴は返り血に染まったコートで我々に応対し、そしてそのまま通り過ぎていったのです。それを知覚すると、自分の顔が青くなるのがわかりました。
 コートは既に道端に投棄されていて、駅からは列車がもう出発してしまったという報告を、クラコフ氏は口許を手で覆いながら話しました。未だにどうして彼がチカチーロに気付いたかは知りませんが、少なくとも私は、手掛かりとなるなら追及すべきだと感じましたね。ただ、真実はあまりにも単純だったのですが。

 彼の指示に従い、民警とKGBはチカチーロの監視と、過去の情報収集を担いました。情報収集について、宗教団体との接触は確認されず焦燥に駆られることもありましたが、クラコフ氏曰く、攻撃材料は多い方が良いと言うので、部下に文句は言わないようにしました。
 ご存知の通り、チカチーロの逮捕劇に関して、我々KGBと、加え民警は一切手を出していません。すべてはクラコフ氏とその部隊による作戦行動でした。我々も知りたいのですよ、白昼堂々、街中で如何にして奴を逮捕したのかを。
 それにしても、貴方はどうしてチカチーロが現場に戻り、もう一度殺人を行ったのか、気にはなりませんか? 私の想像するところでは、おそらく現場の周囲に潜み、捜査班を嘲笑っていたのだと考えます。それも、何度も繰り返していることでしょう。奴はそういう、残忍な人間なのです。今後、取り調べは彼の部隊が行うようですが、是非慈悲のないようにしていただきたいものです。ソヴィエトの恥には、厳罰を下して欲しいですね。


ロシア連邦軍参謀本部情報総局"P"部局 特殊部隊"タタールの軛"隊長(当時) オレグ・ベリーエフ少佐へのインタビュー

この文書は、チカチーロ処刑時に"P"部局が行ったインタビュー記録を回収したものです。
ベリーエフ氏は現在、ロシア連邦国家保安省超常現象課の所属となっています。

 "自身の印象を操作し、伝播させる"、それがチカチーロの特異性であったと、我々は考えている。「己はそのような人間などではない」という自己暗示が、外部へと漏れ出し、人々の思考を侵すイメージだ。近年の流行語で表すならば、"ミーム"の一種だ。だからこそ、このような事態になったのだ。奴はさぞ爽快な気分で死んでいっただろう。
 


 さて、奴の確保作戦についての話に移ろう。この作戦には少々無茶に見える部分があったが、クラコフの実績と、それまでの下準備への信頼はあった。民間人を巻き込む危険性あったが、すべてロシア国内での対応だ。ある程度は事故として揉み消すことは可能だった。……"なぜ市街地での確保に至ったか?" ……捜査班として民警とKGBの大規模な人員を導入できたのは良いが、奴らには懐疑心、即ち特異性につけ入られる隙がついて回っていた。専門でない為、元々そういった類の事件への勘も鈍かった。つまり、チカチーロの監視は徹底できていなかった。独りになる時間まで追うことはできなかったわけだ。この人海戦術が役に立ったのは、奴の情報集約くらいだろうな。
 実内容は次の通り。クラコフを含めた5人の兵士が民警を装って████████公園内のチカチーロに接近。実働部隊が使い物にならなくなった瞬間、4名の狙撃手が異なる方角から狙撃を実行。チカチーロが秘めた特異性を発生させた場合、残りの人員で排除にかかる。クラコフの警帽には遠隔カメラを取り付けたし、通信機を常にオンにしておくようにも言っておいた。私はそれを見聴きしながら、周辺の建造物から事態を監視していた。……すべての入念な下準備は杞憂に終わったわけだが、それが一番だろう。弾の一発でも、阿呆みたいな金が飛ぶ。

 クラコフたちが近づいていったとき、チカチーロは少年を連れ、彼と手を繋いでいた。奴は露店の前に立ち、子供にピロシキを買い与えようとしているところだった。少年の年頃は9歳程度。選定した次の犠牲者であることは明らかだった。奴はまた目立たない色のコートを着て、マフラーをしていた。どのように見ても、一般市民でしかなかった。
 クラコフはチカチーロに身分の提示を求めた。奴は肩を竦めてから、鞄から身分証明証を取り、兵士の1人へと突き付けた。そいつを確認する演技の後、クラコフは奴に向き直って、一言だけ言った。「我々に御同行願えませんか?」
 質問を受けて、奴は噴き出した。少年は高らかに笑った。それから露店の店主も笑い出して、公園を訪れていた他の市民もくすくすと嘲り始めた。そして、奴は実働部隊に切り返した。

「私が何かしたように見えます?」

 我々はミームに対抗する投薬を部局から与えられていたが、当然、市民は影響下に晒されていた。しばらくの時間、周辺一帯は笑い声に包まれていた。異様な光景だが、それは笑いに満たされているという点だけでない。民警に対して反逆行為を取るというのは、市民にとって一律的に罰が待ち受けているものだった。圧力をかければ、民衆は簡単にその方へなびくのが常だった。しかし、実情はどうだろう? チカチーロは擁護され、民警を装う我々は馬鹿を見ている。当時としては、それは起こり得ない状況だった。
 ただそれだけなら、作戦に与える影響は少ないと思うか? いや、奴の能力の限界地が掴めない以上、周辺に影響下に置かれた人間が複数いるという状況は危険でもあった。チカチーロは彼らすべてを扇動することも可能かもしれないし、怪物へと変貌させることも可能かもしれなかった。KGBに調べさせた限りでは、奴がサーキック・カルトの信者でないとは知れていた。だが、サーキックの何れかの教団が人知れず植え付けた異能であると我々は断定していた。なぜなら、その特異性が何者とも無関係な先天性のものであれば、既に手の打ちようがない存在へと成長していた可能性の方が高かったからだ。この程度のことで関わりを持たない存在、ということだ。とにかく、我々がチカチーロの潜在能力までは把握していない以上、周囲の市民という物量的な武装にある程度備える必要があった。これでもチャンスは狙ったのだ。それに、奴を野放しにしておく方が危険だろう?
 しかしながら、武力行使で解決不能かというと、そうでもない。私はその時点で早急に鎮圧へ移行することも考えていた。が、実働部隊を先導していたのは、あのクラコフだ。部局の人間なら、君も奴の性格を知っているはずだろう。部隊の隊員に家族のような親しみを込めて接する姿勢を。ただの同僚であるのに、感情の移入が過ぎている。では、その起源はどこにあるのか? ……少年のような純真さだ。心の根っこに、潔白な部分が存在してしまっているのだ。結構なことだが、それが物事において、無意識のうちに奴にバイアスをかけることもある。今回の場合は、罪もなき被害者の市民への同情と、罪を犯したチカチーロへの憤りだ。私に直接、話を持ち掛けたことはないが、感情は肉体から目に見えて滲み出ていた。「日頃から行動に気を付けろ」と注意してやったくらいだ。最初にクラコフに気付きを与えたのも、そうした感情が起因した為と私は考えている。話を戻すが、あの状況下において、クラコフはチカチーロからの市民の解放を試みたのだろう。それをする手段が手の内にあるならば、私も異論はなかった。どちらにしても引き金を引くなら、何をしようが負け賭博にはなるまい。

 チカチーロは一通り部隊の方を見ると、少年の手を引いて公園内から去ろうとした。カメラが奴の背を映して5秒ほど経ったとき、クラコフはおもむろに、奴に聞こえる声で呟いた。

「止まれ、勃起不全インポテンツ野郎」

 奴は足を止めた。それは揺るぎない、明確な事実だった。奴は少年の手を繋いだまま踵を返すと、カメラに表情が映った。もう、笑ってはいなかった。
「可哀そうに」
 またクラコフが呟き、そこからはKGBと民警が集約した奴の羞恥を、民衆に聞こえるように語るのだった。戦争による心的傷害と、父親がナチス・ドイツに投降したことによる「裏切者」という謂われなき烙印。自らの生まれつきの性的不能がもたらした学生時代の虐めの数々。モスクワ大学法学部への受験の挫折。その体質が失敗させた恋。教職時代における児童への性的暴行と、子供たちによる社会的な逆襲。
「そうして、貴方は殺人鬼と成った」
 1つ、また1つを挙げていくごとに、チカチーロは歯を軋ませ、ふつふつと白い顔を赤くしていった。この行動の狙いは、チカチーロに自身の特異を操作する余裕を与えないことにあった。頭の中を怒りによって染めてしまえば、心理作用するミームについて思考する隙間はないはずだろう? 事実、顔を歪ませるチカチーロを見上げる少年は、恐怖によって青ざめていた。クラコフもこういった手段は好まないが、今回ばかりは、追い詰める為に鬼人と化していた。過去の事例に則って、提案したのは彼自身だった。
 最後の攻撃材料を吐き終えると、周囲のすべての人間はチカチーロを憐憫の目で見ていた。惨めな中年はクラコフをじぃっと睨み、握った拳を震わせていた。雪が占める公園で、クラコフは奴にトドメを刺した。
「哀しい人間だ、貴方は」

 チカチーロは少年を乱雑に突き飛ばし、たすき掛けした鞄からジャック・ナイフを引き抜いた。
「俺を憐みの目で見るな!」

 哀しき男は得物を振り上げ、部隊へと襲い掛かった。私は目を瞑り、密かに一息吐いた。当たり前だろう。精鋭軍人と怒りに任せた素人とでは、あまりにも武術に雲泥の差があるとは思わないか?


 

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  1. portal:aisurakuto ( 01 Jun 2018 04:23 )
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