花と酒、君も浮かれる春の季節に

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アイテム番号: SCP-XXXX-JP

オブジェクトクラス: Euclid

特別収容プロトコル: SCP-XXXX-JPは戸塚研究員の体内における所定の位置にて保管されます。健康のために戸塚研究員の飲酒に際するアルコール摂取量上限は20gとされており、月次の肝機能テストが義務付けられています。

説明: SCP-XXXX-JPは、1529年に第1次ウィーン包囲の最中に戦死したイスラム戦士であるアーキル・ファリード・ナハールを自称する肝臓です。SCP-XXXX-JPは戸塚 剛氏(以下、SCP-XXXX-JP-1)の体内に存在し、SCP-XXXX-JP-1を含む周囲の人物と不明な方法で意思疎通を行います。

SCP-XXXX-JPは酒類の摂取を要求し、要求に応じて酒類の提供が行われなかった場合は代謝を停止して飲酒を強要します。これに応じなかった場合、SCP-XXXX-JP-1は黄疸、腹水、易疲労感、食欲不振など肝不全に伴う諸症状を経験します。これらの症状はSCP-XXXX-JPの要求通りに飲酒を行うことで改善します。

SCP-XXXX-JPはSCP-XXXX-JP-1と味覚、嗅覚や酩酊感を共有しており、生前に信仰していたと主張するイスラム教における禁忌食、特に飲酒に対して強い興味を示します。一方で宿主であるSCP-XXXX-JP-1は飲酒に対して強い忌避感を示していますが、これは当人の経歴によるものであり異常性によるものではないと評価されています。

発見経緯: 2024/03/14、SCP-XXXX-JP-1は同氏の経営する企業の研究室において、肝不全の長期化による意識障害を示している状態で発見され、緊急搬送されました。救急病院での検査中、健康診断や医療機関での診断結果と採血の所見が乖離していることが当該病院に潜入していた財団職員の興味を引き、オブジェクトとしての回収に至りました。観察事実から異常は肝臓にあると判断され、暫定的にSCP-XXXX-JP-1の肝臓がSCP-XXXX-JPとして指定されました。

インタビュー記録XXXX - 1 - 日付2024/03/15

対象: SCP-XXXX-JP

インタビュアー: 酒匂 早紀研究員

付記: 人工透析などによるSCP-XXXX-JP-1の意識回復試行中、不明な方法による意思疎通が行われました。本インタビュー記録は、酒匂研究員がSCP-XXXX-JPの発言を代筆したものです。

<インタビュー開始>

酒匂研究員: コンタクトがありました。「酒をくれ」だそうです。対話を試みてもよいでしょうか。

[上席研究員の許可]

酒匂研究員: 今、酒をくれと主張したのはどなたでしょう。自己紹介をお願いできますか。

SCP-XXXX-JP: アーキル・ファリード・ナハール。アッラーのしもべにしてスレイマンの兵、不運にも大砲で吹き飛ばされてウィーンの土となったアーキルだ。だが今のおれは、忌まわしくもツヨシのはらわただ。

酒匂研究員: 何の機能を司っている臓器か教えていただいてもよろしいでしょうか。

SCP-XXXX-JP: うむ、多くの役割をこなしているが、主要なのは脳を侵す毒の分解をしたり、血の材料を製造したり、逆に血を処理したりといったところだな。

酒匂研究員: 肝臓ですね。多くの役割をこなしているという割に、今は機能を停止しているようですが。

SCP-XXXX-JP: いかにもその通り。だがおれにも事情はあるのだ。おれはスレイマンの言葉に従って戦って死んだ。彼はカリフ1であるからその言葉は神の言葉であり、おれは信仰を貫いて死んだという事になる。ならば、死後の裁きによっておれは天国にいけるはずだろう。だが、ここに酒姫2はいない。酔わない酒は?瑞々しい果実や鳥の肉は?約束された全てはここに無く、おれははらわたになっている。約束が果たされなかったということは、神は居られぬのだ。そんな寄る辺ない宇宙には酒が要る。酒なくして働く気はないというわけだ。

酒匂研究員: 酒があれば働くということでしょうか。上司に掛け合ってみます。肝臓に輸液すれば良いのですか?肝臓でも味が分かるのですか?

SCP-XXXX-JP: ツヨシが味わえばおれも味わえる。口から飲ませてくれれば結構だ。

[酒匂研究員と上級職員の議論。SCP-XXXX-JPのサボタージュはSCP-XXXX-JP-1にとって致命的であるため、オブジェクト保護の観点から酒の提供が許可される。SCP-XXXX-JP-1の口へ一般に流通しているピルスナービールが注がれる。]

SCP-XXXX-JP: そうか。これが酒か。

酒匂研究員: 味はどうでしょうか。

SCP-XXXX-JP: 苦い。苦いが、苦いのが道理と聞いた。これが生の味、命の味か。もっと貰ってもいいだろうか。

酒匂研究員: 肝臓として働いていただく約束の履行が先です。

[適切な方法で肝機能検査を行った結果、肝機能改善が認められる。]

SCP-XXXX-JP: おれは働いている。酒をくれ。

[ピルスナービールの提供が再開される。]

SCP-XXXX-JP: 苦い、苦い、人生の味か。"その香りに酔い痴れて倒れるほど、ああ、そんなにも酒を飲みたいもの!"3だって?もっと注いでくれ。

酒匂研究員: まだお飲みになるのですか?

SCP-XXXX-JP: 酒飲みの喜びがこの程度なら、あの賢人ウマルが魅せられることはなかっただろう。ふん、きっと飲み足りないのさ。

<インタビュー終了>

インタビュー後、SCP-XXXX-JP-1の肝臓は正式にSCP-XXXX-JPに指定されました。SCP-XXXX-JPの要求通り、2024/04/15にSCP-XXXX-JP-1の意識が覚醒するまでピルスナービールの提供が続けられました。SCP-XXXX-JPによるビールの要求量は平均して1日に3Lであり、これはSCP-XXXX-JP-1の体重から算出した泥酔量に相当します。

しかし、覚醒後のSCP-XXXX-JP-1による強い拒否でピルスナービールの提供は中止され、SCP-XXXX-JPは再び活動を停止しました。代替案としてSCP-XXXX-JP-1に銘柄や種類の異なる酒の提供を申し出た場合も変わらず拒絶が続きました。

このため、上席研究員によってSCP-XXXX-JP-1を拘束して強制的に飲酒させるプロトコルが制定されましたが、強制飲酒後の酩酊から覚醒したSCP-XXXX-JP-1が咬合で舌を切断することによる窒息死を計ったために当該プロトコルは差し止められました。

SCP-XXXX-JP活動停止に伴うSCP-XXXX-JP-1の肝不全症状による死亡、およびそれに伴うSCP-XXXX-JPの損失を回避するため、SCP-XXXX-JP-1への定期的な人工透析を施すプロトコルが一時的に採用されました。

また、SCP-XXXX-JP-1が飲酒を拒む理由を聴取するためのインタビュー実施が決定されました。

インタビュー記録XXXX - 2 - 日付2024/04/20

対象: SCP-XXXX-JP-1、SCP-XXXX-JP

インタビュアー: 酒匂 早紀研究員

付記: 本インタビューは、SCP-XXXX-JP-1が強く飲酒を拒む理由を探るために行われました。本インタビュー中にあるSCP-XXXX-JPの発言は酒匂研究員が代筆したものです。

<録音開始>

酒匂研究員: それではインタビューを開始します。あなたがどうして飲酒を拒むのか教えていただいてもよろしいでしょうか。

SCP-XXXX-JP-1: 当然でしょう、あんな苦いもの。

SCP-XXXX-JP: おれは嫌いじゃないぞ、苦いのも人生の味というものだろう。

SCP-XXXX-JP-1: 僕は嫌いなんだよアーキル。酒匂さん、続けてください。

酒匂研究員: 苦味がお嫌いならば甘い酒も提供できます。カクテル、例えばアレキサンダーやスクリュードライバーなどは。

SCP-XXXX-JP-1: レディ・キラーで有名なカクテルじゃないですか。やめてください。そんなもの飲むくらいならまた舌を噛みます。

酒匂研究員: どうしてそこまで飲酒を拒まれるのでしょうか。

[録音上の沈黙]

酒匂研究員: 実は、ここにあなたの経歴をまとめた書類があります。インタビュー前に目を通したのですが、旧帝大出身なのですね。研究が実って学生時代に特許取得まで行っている。特許法を熟知していたために弁理士も通さずとは大したものです。5年前に採用された就職先も優良な正常企業ですが、1ヵ月で試用打ち切りとなっていますね。

SCP-XXXX-JP: おれにはよく分からんが、特許取得というのはどのくらい凄いのだ。

酒匂研究員: 適切な比喩かは分かりませんが、学者として生活ができる程度の凄さです。

SCP-XXXX-JP: それは凄いな。それだけ研鑽を積んだなら気苦労も多いだろう、一杯どうだ。

SCP-XXXX-JP-1: [舌打ち]そこまで分かっているなら、どうして僕が飲酒を嫌うのかも分かるでしょう。

酒匂研究員: 想像はつきます。我々が欲しいのは答えですから。

[録音上の沈黙]

[SCP-XXXX-JP-1のため息]

SCP-XXXX-JP-1: 酒を飲むと正体がなくなると言いましたね。僕の場合はそれが特に酷いらしい。学生時代は飲み会などほどほどに済ませていましたから、僕がどの程度飲めるかも把握できていなかったのも原因といえば原因ですね。[ため息]飲み会ではビールを注いだら注ぎ返されるでしょう。そしてそれを飲まないのも無礼に当たる。だから度を過ぎてしまったのです。酩酊のせいで、普段ならブレーキをかけるまでもなくやらないことをやってしまいました。

酒匂研究員: 開発中の████に関する情報漏洩で執行猶予付きの懲役2年、罰金200万円。民事でも勝てずに一文無しと。図面や開発経緯を暗記できる優秀な脳が災いの元でしたか。

SCP-XXXX-JP-1: そんな事したやつ、雇ってくれる会社あります?酒のせいなんて理由にならないんです。一生僕について回る、どんなに拭っても消えない汚点です。だから、せめてもと僕はきっぱりと酒をやめたんです。また飲んで正体を無くすくらいなら死んだ方がいいと思っています。

酒匂研究員: 事実として肝不全で意識不明に至るまで禁酒を続けたわけですし、先日の実験でも飲酒を拒んで自死しようとされていますね。

SCP-XXXX-JP-1: [首肯]酒を拒んでここまで来ましたから。文無しになってから5年、取得した特許を元手に個人研究を続けてきました。後ろ指を指されている自覚はありましたが、僕の態度をみてくれた支援者の手もあって事業化までこぎつけたんですよ。

酒匂研究員: 支援者との酒宴もあったはずですが、その際にはどうしていたのですか?

SCP-XXXX-JP-1: それは、一切飲まずに済ませました。経緯を話せば分かってもらえましたよ。

酒匂研究員: 事件の釈明をした場合、どう言葉を取り繕っても酒のせいで事件を起こしたということになりますよね。飲まないことで釈明としてくれる出資者もいたでしょうが、酒への責任転嫁を認めず、飲酒した上で自己制御をできていなければ釈明と取らない出資者もいたでしょう。後者の場合はどうされたのですか?

SCP-XXXX-JP-1: その場合は、やはり飲まずに済ませました。実のところ、あの件から酒を見るだけでも吐き気を催すようになってしまったんです。ですから試してくる出資者からの助力は得られませんでしたし、現状を許容してくれる出資者から資金を募って会社を立ち上げた形になりますね。そんな中のある日、アーキルの声が聞こえて来たんです。酒を飲ませろと。

SCP-XXXX-JP: やはり聞こえていたんじゃないか。どうしておれを無視するんだ。

SCP-XXXX-JP-1: さっきから鬱陶しいくらい口を出してきているので今更ですが、こうして話しかけてくるわけですよ。僕はもう酒が飲めないって言ってるのに延々と、飲ませろだの一杯やろうだのと本当に鬱陶しいくらいに。イスラムの言葉混じりなので、幻聴を疑って色々と調べていた頃に彼の文化にまで詳しくなってしまいました。

酒匂研究員: お気持ちは察します。

SCP-XXXX-JP: だがなツヨシ、人生をそのように過ごすのは上手い過ごし方とは言えんだろう。過ぎたことは忘れよう、今さえ楽しければよいと言うではないか。天上に神は居られぬ。死後に天国は無い。ならばこの世を天国とするほかないぞ。この世を天国にするには、酒の一杯があればよいのだ。

SCP-XXXX-JP-1: うるさい。アーキル、君は神がいないと思って欲望に身を任せているだけだろう。それが忍耐と禁欲を美徳とするムスリムの態度か?君は、見捨てられたことを言い訳にシャイターン4の囁きに従っているだけだ。そういう態度はタガが外れているって言うんだ。そりゃ神だって君を見放すさ、だって酒を飲みたい欲望をずっと持っていたんだろ。

SCP-XXXX-JP: おれは生前に酒を口にしたことはない。一滴たりともだ。口を慎め、ツヨシ。

SCP-XXXX-JP-1: いや言うね。君が僕の肝臓になったのは、きっと神罰に違いない。神は居ないと君は言ったが、本当に思っているのはそうじゃないだろ。だってイスラムの世界観にアッラーが居ないなんて前提はありえない!君はシャイターンの囁きを跳ね返すでもなく、機会があればこうして飲ませろ飲ませろと騒ぎ立てる。そういう本性を見通していたから君の神はこうしたんだ!

SCP-XXXX-JP: アッラーを信じてもおらぬカーフィル5がアッラーの御心を語ったか?ならばおれも言わせてもらおう。お前は過去に為した失敗に囚われているだけだ。もしかすると辛抱強さを自己賛美しているのかもしれんが、おれから見るに臆病なだけだ。おれたちムスリムのように飲酒を禁じられているわけでもないくせに。お前を縛っているものの正体を教えてやろう。それは自戒でも反省でもない。自己憐憫と臆病だ。

SCP-XXXX-JP-1: なんだと?

酒匂研究員: はい、一旦落ち着いてください。両名とも言い過ぎです。

[録音上の沈黙]

酒匂研究員: 落ち着きましたね。では、話を伺っていて思ったことを指摘させてください。まずSCP-XXXX-JP、ビールで3Lは健康な成人男性でも負荷になる量ですから現行の飲酒量を維持するプロトコルは財団とし許容できかねます。

SCP-XXXX-JP-1: だとさ、アーキル。

酒匂研究員: 一方で、SCP-XXXX-JP-1。あなたと酒との出会い方は確かに悪かったと思いますが、それで一切の酒を断つというのもSCP-XXXX-JPの言う通り臆病にあたると思います。本当なら、飲酒へのトラウマを問題だと思ってカウンセリングを受けてくださっていれば話が早かった。出資者を募る段階で酒が原因で躓いていたのに精神科を利用しなかったわけですからね。SCP-XXXX-JP-1、あなたが飲酒を許容すれば収容確立に関わる問題は解決に一歩近づくということを忘れないでください。話を面倒にしているのは他の誰よりもあなたです。

SCP-XXXX-JP: 言われたな、ツヨシ。

酒匂研究員: ですから、トラウマ治療を試してみましょう。要は酔わなければいいんですよね。

SCP-XXXX-JP-1: と仰いますと。

酒匂研究員: 酒は飲んでも吞まれるなということですよ。

[SCP-XXXX-JP-1のため息]

<録音終了>

SCP-XXXX-JP-1が飲酒を拒む理由が心因性のものであると判明しました。原因が5年前と、通常使用される記憶処理剤の健忘誘発が可能な時間的限度を過ぎていたこと、またSCP-XXXX-JP-1の能力が財団に資するものであることから全記憶抹消を誘発するクラスE記憶処理や人格を再構成するクラスF記憶処理の適用は見送られました。SCP-XXXX-JP-1が有効利用可能か評価するために、トラウマ記憶の想起により改善を図る持続エクスポージャー療法の一環として酒類提供試験の実施が決定されました。

インタビュー記録XXXX - 3 - 日付2024/04/21

対象: SCP-XXXX-JP-1、SCP-XXXX-JP

インタビュアー: 酒匂 早紀研究員

付記: SCP-XXXX-JP-1を対象に、爽快期6程度となるように量を調整したカサーレ・ヴェッキオ モンテプルチャーノ・ダブルッツォ7をスパゲッティ・アラビアータと共に提供しました。

本インタビュー記録は、食事中の音声記録を書き起こしたものです。SCP-XXXX-JPの発言は酒匂研究員が代筆しました。

<録音開始>

酒匂研究員: それではインタビューを開始します。SCP-XXXX-JP-1、何か疑問などありましたらどうぞ。

SCP-XXXX-JP-1: この赤ワインはどういう基準で選んだものですか?

酒匂研究員: アルコールが強くなく、初心者向けだと思うものを選定しました。価格帯のわりに美味しいですよ。料理はワインに合うものというオーダーで作ってもらいました。安心してください、財団の料理人はみんな腕利きですから。

SCP-XXXX-JP-1: あの、土壇場で足踏みしてすみません。何故ここまでしてくださるんでしょうか。

酒匂研究員: あなたは知的性能だけを見れば財団にとって有益な人材になりえるからです。それでも肝不全リスクを抱えたままでは定期的に人工透析を続ける以外になく、その状態では財団にとって負債にしかなりません。使えるか使えないかを見極めるための実験ですから、この程度なら経費の範囲内です。

SCP-XXXX-JP-1: 使えないと判断された場合、どうなるのでしょうか。

酒匂研究員: 判断するのは上席研究員ですから、どうなるのかについて明確なことは私にも。しかし、人工透析などによる現行の生命維持プロトコルが一時的なものだと断言できます。最大の障害を排除する方法はありますから、それが適用されるのではないかと思いますが。

SCP-XXXX-JP-1: 最大の障害、ああ僕ですか。確かにあなた方が注目しているのはアーキルのようですし、彼を摘出して酒漬けにすれば解決する話です。その後で僕がどうなるのかは、いえ。要は僕がこの酒を飲めるかどうかで今後の待遇が変わるというわけですね。

[SCP-XXXX-JP-1の手が震え、液面が波立つ。]

SCP-XXXX-JP: まあ飲めツヨシ、酒を飲んだところで死にはしない。むしろ喜びがあるだけだぞ。

SCP-XXXX-JP-1: うるさいな。君だってそんなに飲んだことがあるわけじゃないだろう。

酒匂研究員: はい、そこまでにしてください。SCP-XXXX-JP-1、とりあえず一杯目を口にしていただけますか。味は保証しますし、口に含むようにしてゆっくり飲めば酩酊もしませんから。

SCP-XXXX-JP-1: はい。そう、要は酔わなければいいんですから。ええ、ええ。

[1分程度の逡巡の後、SCP-XXXX-JP-1がワインを口に含み、嚥下した直後に口腔へ手を差し込んで嘔吐する。]

SCP-XXXX-JP-1: [えずき]すみません、汚して、いえ、やっぱり僕に酒は。

酒匂研究員: 駄目そうですね。

[酒匂研究員と上席研究員の通話。]

SCP-XXXX-JP-1: あの。駄目でしたけれど、僕はどうなるんですか。

酒匂研究員: SCP-XXXX-JP-1。特別収容プロトコルが本決定されました。クラスF記憶処理を適用します。これは、記憶処理剤の多段階投与によってあなたが飲酒に忌避感を抱くきっかけとなった記憶を消去するものです。

SCP-XXXX-JP-1: ああ、そういうものがあるんですね。そんな便利なものがあるならなぜ今まで、いや、それを使ったときにどういう問題が発生するんですか?

酒匂研究員: 選択的な健忘誘発は未だに実現できていません。記憶処理とは、記憶処理剤を投与した時点から遡って量と薬効に応じた期間の記憶を消去するという手続きです。クラスFの場合は記憶処理剤に合わせて複数の向精神薬を投与し、ミームエージェントや電気刺激も利用します。これによって記憶を完全抹消し、自己同一性の再調整を図ります。

SCP-XXXX-JP-1: 記憶の完全抹消って、僕を殺すのと何が違うんですか。

酒匂研究員: 大いに違いますよ。殺した場合と違ってあなたの肉体は無事で、SCP-XXXX-JPは問題なく維持できます。

SCP-XXXX-JP-1: おかしいじゃないですか、僕は酒が飲めなかっただけですよ。僕はずっと、酒を断って頑張ってきたんです。それで、飲めなかったら僕の記憶を完全抹消?僕の人生は何だったんですか。[5秒の沈黙]いえ、分かりました。決定なら覆らないでしょう。それで、そのクラスF記憶処理というのはいつ行うんですか。

酒匂研究員: 本インタビュー終了後、直ちに実施します。

SCP-XXXX-JP-1: そんな。

[SCP-XXXX-JP-1が気絶。予定されていた人工透析の前日であったため、血中アンモニア濃度が高まっていた上で宣告により精神的ショックを受けた結果と推定される。]

SCP-XXXX-JP: サカワ、それは違うだろう。たかが酒を飲めない程度で命を奪うのはあまりにむごいというものだ。

酒匂研究員: 財団はあなた方に十分譲歩したと考えています。SCP-XXXX-JP-1の有効利用はできず、対立の解消もできませんでした。であるなら、収容コストを最小限にするべくできることをします。

SCP-XXXX-JP: 待て、待て待て。殺人は禁忌だ。『ムハンマドよ、アダムの2児の真実を民に語れ』『人を殺した者、地上で悪を働いたという理由もなく人を殺すものは、全人類を殺したのと同じである』とコーランにもあるだろう。ツヨシが何の悪を働いた?いいや、酒を飲んだことを悔いて断ってきただけだ。彼を殺すことはアッラーの御心にかなうまい!

酒匂研究員: ではSCP-XXXX-JP、あなたが酒を断ちますか?

SCP-XXXX-JP: そうしなければツヨシが死ぬというなら、おれはもう酔わずともよい。

酒匂研究員: いいでしょう、記憶処理は一時的に差し止めます。次回、1週間後のインタビューまで経過観察させていただきますので、ご了承ください。

<録音終了>

SCP-XXXX-JP-1への酒類提供を中止した状態の経過観察実験が決定されました。本実験の記録を以下に示します。

実験記録XXXX - 日付2024/04/21

対象: SCP-XXXX-JP

実施方法: 酒類の提供を停止したうえで食事内容および水分摂取量を統一し、各日12:00における系統的肝機能検査の結果によってSCP-XXXX-JPの代謝活動を計測する。ここでは総ビリルビン値を抜粋する。

ビリルビンは赤血球に含まれる色素であり、肝臓はこれを胆汁として処理するため、総ビリルビン値は肝機能の指標として用いられる。基準値は0.2~1.2 mg/dLであり、10mg/dLを超えると肝機能が著しく低下していると評価される。

結果:

表: 日次ビリルビン値測定結果

記録日 総ビリルビン値(mg/dL)
2024/04/22 8.23
2024/04/23 1.21
2024/04/24 1.05
2024/04/25 0.80
2024/04/26 0.56
2024/04/27 0.32
2024/04/28 0.21

SCP-XXXX-JPは酒類の提供を停止した後も問題なく肝臓として活動していると評価されました。また、総ビリルビン値はSCP-XXXX-JPの状態から推定される正常値範囲内に留まっており、SCP-XXXX-JPは怠りなく代謝を行ったと判断されています。サボタージュが行われなかった事からSCP-XXXX-JPの心境に何らかの変化があったと推察され、その原因を特定するためのインタビューが計画されました。

インタビュー記録XXXX - 4 - 日付2024/04/28

対象: SCP-XXXX-JP-1、SCP-XXXX-JP

インタビュアー: 酒匂 早紀研究員

付記: 本インタビューは、インタビュー記録XXXX-JP-3前後におけるSCP-XXXX-JPの心境変化を聞き取るために行われました。

<インタビュー開始>

酒匂研究員: それではインタビューを開始します。SCP-XXXX-JP、飲酒を要求しなくなった理由を教えてください。

SCP-XXXX-JP: ツヨシに救われたからだよ。

酒匂研究員: すみません、もう少しわかりやすくお願いします。救われたというのはどのタイミングで行われた何によるものですか?

SCP-XXXX-JP: 分からんか?おれはカリフの言葉に従って戦い死んだというのに、天国ではなくはらわたに生まれ変わった。よって、アッラーは居られぬと思って酒を慰みにしていたわけだ。サカワ、ツヨシ、お前たちはルバイヤートを読んだことはあるか?

SCP-XXXX-JP-1: ひととおりは読んだことがある。酒を飲む楽しみが詠われている、イスラム学者の詩だね。

SCP-XXXX-JP: うむ。おれも生前はよく読んでいたし、あれがきっかけで酒を飲んでみたいという願望を抱くようになっていた。ツヨシの言う通り、おれはシャイターンの囁きに呑まれてしまったわけだな。

SCP-XXXX-JP-1: あれは、すまない。頭に血が上っていたとはいえ言い過ぎたと反省している。

SCP-XXXX-JP: いや、謝ることはない。確かにおれは、おまえが言った「アッラーがおれを見放したに違いない」という言葉に激昂したよ。だが、後で気付いたのだ。アッラーがおれを見放したとすれば、アッラーは確かに居られるのだ。おれがはらわたになっているのは、アッラーが居られぬからではなくアッラーが与えられた試練なのだ。居られぬのではなく、見放されている。そう考えられることが、おれにとってどれほど救いだったのかお前に分かるか?砂漠にオアシスを見つけたような、暗闇に太陽が昇ったような、カーフィルにコーランが与えられたような。ええい、伝わっているか?言葉では心を語り切れん。ともかくおれは、お前の言葉に救われたのだ。

酒匂研究員: SCP-XXXX-JP-1によって神の不在という無神論の地獄から解放されたと。物は言いようという感もありますが。

SCP-XXXX-JP: 物は言いようで、全ては心の持ちようだ。そういうわけで、ツヨシに心を許した状態で酒を飲んだろう。

SCP-XXXX-JP-1: ああ、気持ち悪くなってすぐに吐き出してしまったけど、確かに口に含んだね。

SCP-XXXX-JP: あのひと口のなんと甘美だったことか!ビールの酩酊で満たされなかったものが満ちたのを感じたよ。ウマル・ハイヤームは酒の美味さと酔いの楽しみを詠ったが、友と飲む酒の美味さはきっと知らなかったのだろうさ。酒姫や愛する人と飲む酒のことは知っていたようだが。"大空に月と日が姿を現わしてこのかた、紅の美酒にまさるものはなかった"。おれが思うに、紅の美酒を真に美酒にするには友が要るのを、彼は知らなかったのではないかな。そしておれが思うに、友がいるなら酒がなくともこの世は天国なのだよ。

[録音上の沈黙]

SCP-XXXX-JP-1: 酒匂さん、前の酒をまた用意してもらうことはできますか。

酒匂研究員: 構いませんよ。

SCP-XXXX-JP: どうしたツヨシ。おれはもう酔わなくていいのだ。お前がいるのだから。

SCP-XXXX-JP-1: 僕も、君が恋焦がれる紅の美酒というやつを口にしてみたくなったんだ。

[ デカンタに入ったカサーレ・ヴェッキオ モンテプルチャーノ・ダブルッツォとチェイサーの水が用意される。SCP-XXXX-JP-1は落ち着いた仕草でグラスにワインを注ぎ、スワリングを行う。]

SCP-XXXX-JP: 無理はしなくていいのだぞ。いや、というかアッラーが居られると思えるようになった今、むしろ酒を飲むのは罪だ。地獄に落ちる。

SCP-XXXX-JP-1: "地獄というのは甲斐もない悩みの火で、極楽はこころよく過ごした一瞬"。ウマル・ハイヤームの詩なら、僕はここが好きだよ。アーキル、肝臓がアルコールを分解するのは当然のさだめで、君はたまたま酒の味と香りが分かるだけだ。飲むのは僕で、君はその後始末をしているだけ。だから、神も目こぼししてくださるだろう。

SCP-XXXX-JP: カーフィルめ。ああもう、分かったから一杯やってしまえ。おれにもその美酒を味わわせてくれ。

SCP-XXXX-JP-1: アーキルに乾杯。

[SCP-XXXX-JP-1がゆっくりとワインを口に含み、数分味わった後に嚥下する。嘔吐などの拒絶反応はみられない。]

[ワイングラスが静かに置かれる。]

<インタビュー終了>

記録終了後、SCP-XXXX-JP-1は適切な時間を経て飲酒を完了しました。インタビューの後、健康面および精神面の問題が解消されたことからSCP-XXXX-JP-1は適正検査の受験を許可され、問題なくパスしたために研究員として財団に入職しました。

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