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藍沢は第1会議室のドアを開けたとき、入る部屋を間違えたのかと思った。研修を受ける人は全員席に座っており、緊張した空気を醸しながら配布された書類を見ていたからだ。彼は新人研修会場が正しいことを確認し、中へ入った。

研修は10時30分開始予定であるにも拘らず、約8割の研修生は10時に着席したらしい。彼の記憶上、これほどに早く出席したことは一度も無かった。彼ら新人からしたら、財団は少しでも遅刻した職員さえどんな事をするか分かったもんじゃないと思っているのだろう。彼らからしたら、私たちは未だ得体のしれない存在なのだから、当然と言えば当然である。今年の世代は些か真面目なのだな───彼はそう感じた。

予定時刻まで、あと10分。彼は張り詰めた緊張と静寂の空間が得意ではなかった。参加予定の研修生は全員集まっていることを確認しているので、もう始めてしまおうかと考えたが、予定上そうもいかなかった。彼は妙に気まずく感じながら時間を待った。

今回の研修は主に、財団に新たに就職した新人たちに活動の指針や内容、セキュリティレベルなどの基礎事項の詳細を説明することが目的である。異常存在の収容というのは、他の職業と違って、取り返しのつかない事態を簡単に引き出し得るため、しっかりと説明しなければならない。彼もまた、これが重要であることは心得ている。

だが、この研修において彼が最も苦手とするものがある。一通りの説明のあとの、質疑応答である。大抵、この時間では回答者にとって痛いところをつくような質問が1個は出てくる。「お察しください」───この言葉を言うことができたら、どれだけ気持ちが楽だろうか。

「それでは定刻となりましたので、始めさせて頂きます。」

藍沢の沈黙を貫いた声に呼応して、席についていた研修生が一斉に顔を前に向ける。

「では今から、第1回新人研修会を始めます。」

藍沢が大スクリーンの前で軽く礼をすると、彼らも同時に礼をした。

「今回担当を務める、藍沢と申します。よろしくお願いします。」

彼は続けて述べた。


まずは、ようこそSCP財団へ。我々は───ここにいる殆どの君たちは既にご存知かもしれませんが───自然法則に反する異常存在を確保・収容し、それらの影響から人類社会を保護することを目的とした団体です。この研修では、その使命を果たすための具体的な職務やシステムの詳細について話していきたいと思います。

それでは、手元の冊子の4ページを開いてください。あっ、冊子が配られてない方はいますか?───いないようですね。はじめに、異常存在やそれらを収容している我々は公には存在しない。簡単に言うと、財団は民間から隠蔽しなければいけません。まあ、この辺りは想像に難くないでしょう。唐突に瞬間移動する椅子飛行機内のあらゆる音がある音楽に変化する現象が広く知られると、もちろん社会は混乱───あるいは困惑するでしょう。中には人類文明を滅ぼしうるオブジェクトも少なくありません。今開いているページにある通り、財団はそれらを「破壊」するのではなく、「収容」することを理念とし、異常影響から人間の完全な独立を目指して活動しています。

では次にそういったオブジェクトの収容における基本事項について説明します。ああ、5,6ページを見ながら聞いてください。まずは、「特別収容プロトコル」について。英語では「Special Containment Procedures」と表記されます。これは各オブジェクトによって決められている、収容方法のことです。いわゆる、「取扱説明書」でいうところの「取扱」に当たるところだと思ってもらって問題ありません。後で言いますが、2週間後にある実践研修で低危険度オブジェクトの収容に携わってもらいますので、その時はその収容プロトコルを熟読するようにしてください。

ではその下の「オブジェクトクラス」の欄を見てください。これは各オブジェクトにつけられる、原則として「収容難度」に応じて付けられる階級です。イメージとしては、収容室を開放してもその場に留まっているのがSafe、収容室を開放すると脱走してしまうのがEuclid、収容室を開放する前から脱走する可能性があるのがKeter、という感じです。これはあくまで「収容の難しさ」であって、「危険性」に応じて付けられるものではありません。だから、Safeオブジェクトだとしても世界を滅ぼす可能性はあったり、Keterオブジェクトだとしても人間には殆ど害の無かったりします。つまり、Safeだとしても油断するな、ということです。
先程、オブジェクトクラスは「収容難度」に準じて付けられると言いましたが、例外なクラスも存在します。資料にも記載してありますが、特に重要なクラスを掻い摘んで説明します。まずは、「Neutralized」。これは発見時点、もしくは収容中にその異常性を喪失したと暫定されたオブジェクトにつけられるクラスです。基本的に、異常性を失ったオブジェクトに関しても、その異常性が再発することを考慮して収容します。そして、「Anomalous」。これはその異常性が非常に微小で、これ以上研究の必要が無いと判断されたオブジェクトにつけられます。あとは、「Explained」。これは、科学知識の進歩によって異常ではなくなったオブジェクトにつけられます。その他のオブジェクトクラス

では、右ページに記載している実際の報告書を見ていきましょう。アイテム番号はSCP-173。オブジェクトクラスはEuclidとあります。次に、特別収容プロトコルを読んでみましょう。「SCP-173は常に施錠されたコンテナに保管されています。職員がSCP-173のコンテナに入室しなければならない場合は、必ず3人以上で入室し、入室後にドアは施錠されます。職員がコンテナから全員退室し再び施錠するまで、常に入室した職員のうち2人はSCP-173を注視し続けてください。」とあります。SCP-173の異常性はその後の「説明」セクションに書いてありますが、あなたがもし、臨時で収容に携わる時は最低でも収容プロトコルを読み、遵守すれば異常性に曝露することはありません。不明な点があれば、そのままにしておかないで、収容担当者に必ず聞くようにしましょう。

えー、では次に、財団内の「セキュリティクリアランス」について説明したいと思います。7ページを開いてください。ここには、財団のセキュリティクリアランス───いわば職員の階級が示されています。5~0まで存在し、数字が高くなるほど機密情報にアクセスする権限があります。事前に配られた各々の職員カードを確認してみてください。恐らく、名前の下に「Level 1」と印刷されているはずです。「Level 1」は主に、収容に直接または間接的に関わる情報にアクセスする権限があります。


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