隣の柿は ver.1(試案)

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あの柿の木がいつから隣家の庭先にあるのか、正確なことは不明です。両親や何人かの村の人から色々と教えられましたが、それについては知り得る立場にありません。長老たちですら、「あれは自分の祖父母の代からあったらしい」と言うほどです。江戸時代にはもうあったという説もあります。村の古文書には何か記されているそうですが、かつて庄屋であった家にのみ伝わって、他家の者は見ることができません。   

私たちにしてみれば、あれがあそこに在るのが当たり前という感覚なんです。ごく普通の柿の木の寿命を考えれば、長いのかもしれませんが。両親によれば、あの家に誰かが住んでいるのを見たことがないそうです。

昔、あんなものは切り倒してしまえと言った人がいたけれど、一日中斧で叩いても傷一つ付けられなかったそうです。燃やそうと油を撒いた人もいましたが、火が着かなかったという話もあります。季節を問わず大きな実がたくさん成って、台風が来ても落ちません。今では、あれをどうこうしようという人はいないでしょう。

あれは人食いの柿です。いえ、木ではなく実が食うんです。村では子供ですら知っています。大人から教わらなくても、物心がつく頃にはもう理解していて、普通ではないと思いながら受け入れて成長します。まともではありませんよね。切り倒そう、燃やそうと思う方が真っ当なのかもしれません。でも、その話には続きがあるんです。

その人たちは、村の外から来たんです。だから理解できなかったといわれています。彼等は、あれを葬ろうとして報いを受けました。後日、全身ずたずたに切り裂かれているのが見つかったり、突然体が燃え上がったり。私たちは、この話は言い伝えではなく事実だと信じています。あれは、自分に危害を加えようとする者を許しません。だから、村で生まれ育った人たちは一切手出ししません。

剪定もしないんです。そんなことは恐ろしくてできませんし、そもそも、放っておいても枝が伸びすぎたりしません。葉も落ちないんです。一年中、青々と繁って風に揺れています。肥料も必要ありません。虫もカラスも近寄りませんから、手入れする必要がないんです。

おかしいとお思いですか?私たちがあれを受け入れているのを。でも、仕方がありません。あれは、手当たり次第に食うわけではないんです。あれが食うのは村で生まれ育った人だけです。それも、のっぴきならない事情で食ってくれと願った時だけ。

村の誰かが何らかの病気に罹ったり、怪我を負ったとします。そうしたら、あれに食われるんです。真夜中のうちに木の下に連れて行くと、あれはその人を食らい、朝までにそっくり同じ姿で吐き出します。すると、すっかり健康になっています。いえ、その後は普通の人と同じように歳を取ります。何かあれば病気になるし怪我もします。不死になるわけでもありません。

あれに食われるのは誰でもいいというわけではありません。よほど症状が重く、もう治る見込みのない人だけという決まりがあります。そもそも、健康な人がどれだけ強く願っても食ってはもらえませんが。子供を食わせてはいけないし、妊婦もいけないとされていました。

食ってくれと願う人が木の下に立つと、実の一つが大きく膨らんで口を開け、文字通り丸飲みします。その後は決して見てはいけません。そんなことをしたら、せっかく覚悟を決めて食われたのに、戻ってこられないんです。健康になって戻るのを見たいと、家族がその場に留まったことが何度かあったそうです。けれど、実はそのまま腐り落ちて、食われた人は戻りませんでした。あれが枝から落ちるのはその時だけと言われています。その後は数日のうちに新しい実が成ります。

あれが食うのは一晩に一人だけです。一人食ったら十日は間を開けなければいけません。随分昔の話ですが、食われたい人が二日続いたことがあったとか。二人目はなかなか食われず、ようやく願いが叶ったのが十日後だったそうです。あんなにたくさんの実が成っているのに、不思議なことです。

どの実が食うのかは、その時になるまでわかりません。何らかの順序があると考える人もいるそうですが、私はそんなことを気にしても意味がないように思います。どれに食われようと同じことですから。

あれが食うのは一人につき一回のみのようです。若い頃に大病を患い、あれに食われて戻った人がいました。十年以上経って、今度は山での仕事中に大怪我をして重い後遺症が残りました。もう一度食われたいと願いましたが、何度あそこに行っても食ってはもらえませんでした。

あれを食べた人ですか?さあ、いないと思います。まずもぎ取れないでしょうし、食う側なのはあれの方であって私たちではありません。

あれに食われて戻った人は、「柿生まれ」と呼ばれています。決して良い渾名ではありませんよね。誰もが心の底では気味悪がっているんでしょう。それは仕方のないことかもしれませんけれど。   

最初にお話したように、あの家には誰も住みたがりません。人食いの柿の木が目と鼻の先にあって、それを眺めながら暮らしたり、自分が眠っている間に誰かが食われているかもしれないなんて、言われてみれば嫌なものです。我が家は隣ですし、疎かにもできませんから、たまに掃除をしています。でも、両親はあれが見える部屋の雨戸を開けようとはしません。 

決まりといえば、「柿生まれとは結婚するな」というものもあります。子供ができるなどもっての他だ、というわけです。婚約中であれば、食われると決めた時点で破談になります。どれだけ本人たちが願っても、子供を作らないと誓っても許されません。どう言おうと、身ごもってしまう可能性はありますから。配偶者のある人が食われて離婚になったという話もあります。どうしても、食われる以前のようにはいかないんです。

食われて戻った人が村を出ることも許されません。いえ、遊びに行くとか、そういうことなら構いません。村を出て生きることがいけないんです。もしも村の外で結婚して子供ができたら?そんなことになって、村の秘密が明るみになったら? 

だから、出られません。村で働くしかありません。農業、林業、村役場。そんなところです。普通の人に混じって働きますが、居心地はよくありません。いえ、村八分ではないんです。表面上は隣近所との付き合いはありますし、冠婚葬祭にも呼ばれますから。それでも、忌まれていることに変わりはありませんけれど。 
  
柿生まれの子供ですか?今はいません。もう長い間、赤ん坊は生まれていないんです。ずっと昔には、のっぴきならない事態と見なされて──それで、先程の結婚についての決まりができたと聞いています。今、赤ん坊が生まれたらどうなるのか、わかりません。

ありがとうございます。大丈夫です、続けましょう。

食われて元気になりたいと願っても、家族が嫌がることもあります。なにしろ、戻った人には食われる以前の記憶がないんです。自分の名前と、あれに食われて戻ったことは知っていますが。ええ、そうです、他には何一つとして覚えていません。それから、どういう訳か利き手が入れ替わっています。 

村の皆から良く思われませんから、家族に反対されて説得できず、食われる前に亡くなった人もいたでしょうね。家から柿生まれを出すのは不名誉なことと考える人もいます。それでもなお、村ではあれを最後の手段としているんです。いざ自分が不治の病に罹ったら、なりふり構わず食われた人もいたと聞きます。その人にしても、戻った後の扱いは察しがつくでしょう。

それでも構わないと強く願った人だけが、あれの所へ行くんです。家族との関係さえ壊れるかもしれず、全てを忘れ、忌まれて結婚できず、村から出られないとしても、生き長らえることができますから。もちろん、そうなってまで生きていたくないと思う人もいたでしょうし、案外、村の外ではそれが普通なのかもしれませんね。

他の特徴ですか?体からほんのりと熟柿の匂いがするようになる程度でしょうか。
そうですか。あまり気にならないようでしたら嬉しいです。

ええ、まだそれほど目立ちませんが、いずれは村中に知れ渡るでしょうね。あの時は誰にも言っていませんでした。知っていたのは、夫だった人と両親だけです。繰り返しになりますが、これからどうなるのかはわかりません──けれど、自分でも不思議なことに、楽しみなんです。だって、おそらく初めてのことですから。この子と一緒に戻ることができた。私は幸せです。

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  1. portal:8657511 (08 Jul 2023 07:26)
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