ゆらめく月の光を受けて静かに光るステンドグラス越しに、溺れるくらい深い夜が広がる。私だけが取り残された決して明けない夜が確かにそこにはあった。
最愛なる人は二度死んだ。私がこの手で殺した。
運命だと、そう思った。体裁だけ美しい言葉で整えただけで、結局は酷く独りよがりなものだったのかもしれないけれど。
第一印象は"大人しそうな子"だった。伏せ目がちな瞳に藍色の影がちらつく、目下の泣きぼくろが妙に印象的な女の子。踊るのが好きで、でも運動はあまり得意でなくて。そんな可憐な、はにかみ屋の女の子。
家族をバケモノに殺された、私と同じ独りぼっちの女の子。
王子様がガラスの靴をシンデレラの足に嵌めるみたいに、まさしく運命的な出会いだった。
何をするにも一緒で、研修を受けてエージェントになった今もそれは同じだ。彼女とならふたりぼっちでも心の空洞が満たされた気がして、到底離れられるような気がしなかった。
彼女は決してそれを拒もうとはしなかった。ただ私な横で微笑んでいるだけで。きっと私の向けた感情を知っていたのだろう。
きっと依存なんだと思う。煮詰めすぎたいちごジャムのような形をした、孤独と畏怖の成れの果て。私にとっては彼女だけか夜を照らす光で、その光の眩しさを知っているのは私だけで良かった。最愛であり狂愛だった、本当に。
でも彼女は死んだ。花が落ちるみたいに呆気なく。
(幾万とあるような冬の夜だった。エタノールが傷口に沁みるような微かな沈痛を伴った空気が浮遊する、そんな夜。
完全に油断していた。無力化判定処理で派遣された廃墟のプラネタリウム。咄嗟に撃ち込んだ銃弾も無意味で、震えた足のままゼウスの形をした異形に呑まれる彼女の揺らいだ瞳を見つめることしかできなかった。
軋轢音と床に滴り落ちた血がそれを示唆するみたいに。)
終わりがあるなんて信じたくなかった。彼女の存在は私にとって永遠のものであるはずだったのだ。けれども、彼女の泣き出しそうな瞳と影へと呑まれていく華奢な手足が網膜に焼き付いていて。
救えなかった。
どれだけ神様に祈りを捧げようとも、胸を締め付けるような苦しみにのたうち回ろうとももう遅いのだ。消えた灯火が決して吹き返さないように、人は死んだらもうおしまい。そういう定めだった。
そのはずだったのだ。
放棄されたチャペルの廃墟。建物自体は比較的綺麗に保たれているのに、酷く空っぽで寂しい場所に見えた。
彼女はそこで踊っていた。
そうして私は自らの手で彼女の心臓を撃ち抜かなければならないのだ。
幻のような光景だった。
一度は死んだはずの彼女が踊っている。ウェディングドレスみたいな真っ白なシルクのドレスを身に纏って。一番美しかった、眩しかった少女の姿をして、まるでバレリーナみたいに。
あまりにも美しかった。白い四肢がすらりと伸びていて、ターンするたびにスカートがふわりと膨らんで。嬉しいはずなのにそれ以上に心が冷たくて、ただその踊りに見惚れていたかった。
「どうしてきみだったの」
どことなく床に敷かれた緋を見つめていた瞳が此方に向く。影の差した顔に光る泣きぼくろが一等星みたいに見えた。
「仕方のないことだったよ」
彼女の声だった。硝子の破片みたいな、深い夜の空気にはすぐに溶けてしまいそうな声。
「どこにも行かないで欲しかった」
「夜が明けるまではここで踊っていられるから」
だから大丈夫、なんて宥めるみたいに彼女は言う。まるで赤子に子守唄を歌うみたいな口調で。
それでも私は財団職員だった。目の前にいる彼女の存在は紛れもなく異常であって、人々が光の下で暮らせるようにするために、私は夜を終わらせなければならない。
あまりに酷い仕打ちだった。目の前で死んだ彼女をもう一度この手で殺さなければならない。いつまでも彼女の美しい踊りを眺めていたいのに世界はそれを決して許してはくれないのだ。なんて莫迦げたことだろう。
不規則なトウシューズの音がどうしてか心臓の鼓動のように響く。独りよがりでエゴ以上の何でもない。夜を終わらせてもずっと一緒に居られる方法。
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