財団職員になる

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私はつい、ため息を漏らす。


今日の仕事はいつも以上に退屈だった。何でこんな仕事をしているんだろう。私はそう答えを求めても仕方の無い疑問を抱えながら、愛しの妻が待つ家に帰っていた。今日の晩メシは何だろうな…トマトスパゲティがいいな、いやハンバーグもいい……と勝手な晩メシの想像をする。そんなときだった。私は異常に押し合い群がる人々を発見した。ここはノースカロライナの住宅街。いつもはこんなに人が一つに集まることはないのだが。
私は大抵の場合はそんなグチャっとした人混みには近づきたくない性分なのだが、今回ばかりは異様に気になってしまった。私は何がどうしたと思い、恐る恐る近づき人々が何に注目しているのか確認しようとした。人々はある一枚のポスターに興味を示しているようだった。人混みを退けながら、やっとの思いでポスター近くにたどり着いた。私はそのポスターを注視する。内容は……非常に驚くべきものだった。
そこにはなんと「あの財団」の研究職員募集について書かれているではないか!現在では言わずと知れた常識ではあるが財団職員とは言ってしまえば上級市民である。待遇は我々一般市民とは比べ物にならず、何よりDクラス職員として雇われる危険性が無くなるのだ。その幸せな財団職員になれるかもしれない「希望」がそこにはあった。
私は思わず取り乱してしまった。それはもう凄まじく。つい財団職員に入ってからの至福の生活を想像してしまった。しかし、こういうときこそ落ち着いて物事を考える必要がある。まず私みたいな人材がエリート集団である財団職員のようになれるか?大学は卒業したものの頭がとても優れているとは言えない。そもそも妻はどうするんだ?妻を置いてけぼりにして財団職員になるのか?妻とは離れ離れには流石にならないとは思うが、私が抜けがけしようとしていることに幻滅されないだろうか。
私は脳内での不安定な思考に疲弊しながら家に到着した。妻のジェシカは、晩メシであるハンバーグを作り終わり私のことを待っていてくれた。私の好物であるハンバーグを作ってくれる妻に感謝したかったのだが、今は正直そんなことはどうでも良かった。私は素直にさっき何があったのか、そして私の今の気持ちを勢いのまま伝えた。「ああ…言ってしまった…絶対に、確実に機嫌を損ねたな…」と私は思った。しかし妻の反応は予想と反するものだった。妻は「そこまでの思いがあるなら行くべきじゃないの?」と助長してくれたのだ。その優しさの余り、まるで彼女が天使のように見えた。妻は言葉を添える。「でも何かあったらすぐに相談とかしてね」と。そんなことはもちろん分かっているつもりだ。職場が嫌になったら辞めるつもりだと言った。
晩メシを食べ終わり、風呂に入り、床に就く。今日は濃厚な一日、正確に言えば午後だった。頭の中は財団一色だった。しかしよくよく考えてみる。あれ?私はなぜ職員になれる前提で物事を思考していたのだ?何か勘違いをしていたようだ。財団職員になるには厳しい審査がある。忠誠心はもちろん、学力、その他もろもろのテストだ。その関門を乗り越えられるのだろうか?どうやら興奮しすぎていたようだ。今日は冷静になるためにも早く寝ることにしよう。頭をしっかり枕に置き、私はベッドに身を任せた。

次の日の早朝、私はもう一度あのポスターを見に行った。流石に早朝であるからか、そのポスターがあった場所には昨日のような人集りはなかった。ポスターをもう一度よく見る。そこにはやはり「SCP財団 研究職員募集」と濃い文字で書かれていた。夢ではない。昨日ゆっくり見れなかった分、私はしっかりと要項の詳細を熟読した。どうやら6月8日にサイト-104の臨時会場にて忠誠心、IQ等のテストをするようだ。合格すれば晴れて財団職員になれると私は確信し、その内容を必死にメモ帳に書き記した。私はそのテストまで必死に対策などをしようと覚悟し、家に戻ったのだった。

そこからは意外と時は早く進み、ついにその日がやってきた。朝起きた時からとても緊張していて、私の心臓は口からとび出そうだった。朝食を食べ玄関を出ると妻が玄関先までお見送りしてくれた。「試験、頑張ってね!」と言う。私は「もちろん。」と返し、家を後にした。
そのサイトの会場にはたくさんの人がいた。「この人々から選抜されるのか…。」と少々私は畏怖したが、「自信はないがやれるだけやってみよう、もしかしたら財団職員になれるかもしれない。」という気持ちで精神を落ち着かせた。頑張ろう。私はペンを持ち、大勢の中のテストに挑んだ。

テストが終わった数日後、ポストに封筒が届いた。その封筒を確認すると表面に「SCP財団」の文字が大々と書かれていた。ついに来たかと私は思った。この封筒の中には、今まで頑張ってきた結果がたった一単語で表されている。中身を確認したくない。怖い。嫌だ。そんな気持ちでいっぱいではあったが、私は封をスっと開けた。

「合格おめでとうございます。」
ついにやったのだ。数少ない幸せを掴んだのだ。私は見間違えがないか隅々まで紙を凝視した。紙の内容を全て読みきったとき、私は嬉しさの余り跳び跳ねてしまった。
そのことを妻に報告すると、妻は一緒に喜んでくれた。その夜はご馳走も作ってくれた。晩餐の味は今まで感じていた感覚よりも数倍美味しく、最高のものだった。
晩メシを食べ終わり、風呂に入り、床に就く。ベッドの中で今日の出来事を脳内で整理する。………整理しきれない内容である。素晴らしかった。しかし全てが終わったわけではない。むしろ始まったのだ。やるべきことは沢山ある。また、その財団職員としての生活に溺れてはいけない。舌が肥えるように、一般市民としての生活を忘れるようなことはあってはならない…と思う。財団職員として頑張ろう。そう胸を馳せながら、私は眠り落ちた。

「財団職員になることは言ってしまえば危険だ。なぜなら財団では不可解、異常、奇怪なオブジェクトを扱っているからである。人には害を及ぼさないものもいるが、人にとてつもなく攻撃的なものもいる。財団職員には死が常に隣り合わせなのだ。」……らしい。私が前に財団から貰った新入職員用資料にはそう書かれていた。「一体どんな仕事なんだ?」と、私の配属先であるサイト-104に向かうバスに乗りながら思案していた。バスが森を抜けると、ショッピングモールのような大きな施設が見えてきた。これがサイト-104であろうか。こんなところにこんなものが…。私にはその孤立した施設が異世界のように見えた。
まず、第6会議室にて新入研究職員のオリエンテーションがあるらしい。大きなサイト内をグルグルすることでやっとその会議室にたどり着いた。「君たちは…………であって………人類だ。また……………だから………叡智が…………のだ。」いかにも偉そうな職員が何か話していたが、私の耳にはあまり響かなかった。気が落ち着かないためだろうか。しかしそこまで大切な話では無いだろう。そう思うとそのお話は不意に終わってしまった。
次はプリンシ博士による研究職についての話だった。研究職。それは私にとって未知のものであり、憧れでもあった。私は元々薬剤関連の研究職に就きたかった。だから大学にも行ったし、いっぱい勉強したつもりだった。しかし、社会はそう甘くない。私は社会に揉まれることで、いつの間にかにその「夢」を放棄していたようだった。しかしその夢を今の私は掴んでいる。私は先程とは真逆の態度で熱心に博士の話を聞き、研究職に対する思いに熱を入れたのだった。

財団職員になって3日目、私は2つの興味深い話を聞いた。1つ目は嫌な噂だ。私が以前受けたテストでは、IQ・忠誠度が低いものはDクラス職員として雇われることになっていたらしいのだ。もちろん嘘か誠か分からない話だが、もし本当だとしたら…。やはり財団は冷酷、いや残酷である。私は今「研究職員」として働けていることに、改めてホッとした。
2つ目は「ミーム」というものについてだ。私はまだこの言葉についてよく理解していないが、どうやら財団において洗脳に似たことは簡単にできるらしい。その「ミーム」とやらには気付かぬうちに染まってしまうのだろうか?というかもう何かしらの「ミーム」に影響されているのか?私は何も分からなかった。

私は毎日家とサイトを往復する日々を過ごした。サイトでは研究の基本を学び、家では妻と今まで以上に話した。濃厚な毎日であり、正直大変であった。この仕事は思った以上に頭と体を使う。しかし、前までの仕事で感じていた「退屈」という感情は湧きでず、むしろやりがいというものを感じた。財団職員になって良かったと私はヒシヒシと感じた。そういえば長かった研修も終わり、明日からは別のサイトでの初オブジェクト研究である。そのサイトでは、オブジェクトの影響で一時的に職員を外界から隔離する必要があるため、数日は家に帰れないらしい。私は明日に備えて、早く寝ようと思った。

朝食を頬張り、すぐに職場に向かおうとする私を妻が止めた。妻は「気をつけてね。」と言う。妻は私のことをきっと心配してくれているのだろう。そこまで心配する必要はないのに。「大丈夫。数日後には帰るよ。」と私は返事をし、一歩を踏み出した。

サイト行きのバスはかなり遠くまで来たようである。私はどこまで行くのかと心配になったが、キュッとバスが停る。どうやらサイト付近に到着したようだった。バスの中では私と同じような新人の研究員が数人いた。彼らは私にとっては心強く味方、また心細い仲間であった。
バスを降り、サイトのある方へ歩みを進める。

しかし、最近はすごく濃厚な一日だった。ポスター、妻、テスト、研修…。あの日から今までの出来事が死ぬ訳では無いのに走馬灯のように蘇る。良かった、財団職員になれて。「財団職員になる」ということがどういうことかよく分かったのかもしれない。私には強く実感したものがあった。そして今から始まる研究の日々に思いを馳せた。そう、今から始まるのだ。私は思った。

少し大きな建物に到着すると、私はサイト-2690天界研究部門と書かれた薄汚れた看板を見つけた。
また、私は地面に白い羽の様なものが落ちているのに気が付いた。これは…何か分からないが妙に美しい。


私はいつも以上に深く、深く、深呼吸をした。

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  1. portal:8422446 (05 Jan 2023 15:35)
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