光差す未来へ【Xコンテーマ:夜】

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暗く澱んだ闇の中、吊り下がった巨樹の骸がぼんやりと暗黄色の花粉を纏う。
その巨大な幹に身をめり込ませた灰色の巨躯が、槍を振り翳して唸り声を上げる。



ここは屍の都、終焉を封じ破滅を閉じ込める地の底の牢獄。


牢番を務めるのは、魔性の騎士と恐怖の女神。





湿った音が繰り返される。胸元を抉る痛みにも最早慣れ切った身体を僅かに動かし、魔性のヘクトールは濁った眼で空洞を見下ろした。



かつて騎士がこの地に辿り着いてから、何年の時が過ぎたことだろう。もう時の感覚さえも鈍り、壊れかけた心はただ記憶の彼方に眠る突き放すような声に縋り続ける。


騎士がその身に呪詛を受けて人間の姿を失ったのは、四十万年の昔。

ある王国にその身を捧ぐ、彼は四人の騎士の一人だった。
四人の偉大なる騎士の中で最も偉大とされたのが彼であり、誰よりも王に愛され、王を愛した騎士であった。

騎士の仕えていた王はある日、その力で海の向こう、妖精の国を侵略することにした。

騎士はそれに従い、妖精達を殺戮した。
最後に立ち向かった最強の戦士を貫いたのはヘクトールの握る槍であり、唯一人生き残った王女に鎖をかけたのもまた、騎士の掌であった。


全てを奪われた王女は、仇に呪いをかけた。


騎士が仕えた王は水底に消え、三人の仲間達はヒトの体と心を失った。

情欲憤怒、苦悶、絶望

四つの呪詛のうちで、ヘクトールが負ったのは苦悶の呪いであった。

しかしながら、最も偉大なる騎士の心は屈しなかった。

その身を魔性に堕とした騎士は王の息子、新たなる王に希う。

この身を赦し、邪悪から解放することを。


王は言った。



かの恐るべきティターニアを地から引き抜かずして、我らに救済など残されてはおらぬ — 行け、そして汝の名誉を取り戻すがよい。


妖精達の女神、星辰の女王ティターニア。

彼らの侵略で打ち砕かれた妖精の国に残された暗い澱、闇の中からやってきた侵略者…夜闇の子らが崇める邪神。

悍ましいその恐怖の花を枯らし、暗黒の根を切り捌く。それが、騎士に与えられた唯一の赦しへの道であった。

王は達成することのできない命令を与えて、彼を追放したのだろうか?


騎士は信じていた、いつかアポリオナの王宮に再び迎え入れられる日が来ると。


騎士は信じていた、この恐怖の女神を滅ぼし王の下に跪く日が来ると。



悍ましいこの悪魔と、足元に眠るモノ達と、本当に決着をつける。
報われるその日を夢見て、騎士は魔性に堕ちたその体に鞭打ち今日も槍を振り上げる。




その夢が叶うことなどないと、とうに知っていたのかもしれない。
それでも騎士は知らぬふりをすることを選んだ。信じたいものを信じることを選んだ。





星辰の女王を名乗ることも、今はきっと許されないのだろう。

今は悍ましい巨木、恐怖のティターニア。壊れかけた身に残った僅かな残滓が、虚しい追憶を繰り返す。


始まりは八十万年前だった。
太陽の子、原初の人間アダム・エル・アセムの罪に憤った星辰の子らは彼らの女神、星辰の女王に求めた。

かの罪人を罰する力を。

女王は願いに応え、彼らに力強い兵士を与えた。彼女の根から生まれ出た夜闇の子を、しかし星辰の子らは激しく憎悪した。

太陽の子らによく似た夜闇の子らを疎み、彼らは人間の街を滅ぼして帰ってきたそれらを森の奥底に閉じ込めた。

星も見えない闇の中、夜闇の子らは抑圧され、腐ってゆく。

歪んだ心は嗜虐に満ちた好奇と悲嘆さえ失われた寂しさに埋め尽くされ、孤独な日々の果てに彼らは女神に辿り着いた。

自分達を生み出した女神の前で、彼らは祈った。

孤独から自分達を解放してほしい、と。

ティターニアは見ていた。林冠に暮らす妖精達の無関心を。ティターニアは知っていた。彼らの祈りの根源を。

彼女は祈りに応え、自らの心臓を夜闇の子らに与えた。

夜闇の子らは妖精達を下し、海を渡り人間の住む国までその手を伸ばす。
通り過ぎた場所を全て破壊し、その邪悪に歪んだ好奇心でして触れたもの全てを蹂躙した。

人間は時に奇妙な選択をする。彼らに滅ぼされることをよしとしなかった者がいた。
とある魔術師は雨を呼び、世界は全て水に没した。

ティターニアが水からも世界からも隠し、夜闇の子らを匿ったこの大穴。
溢れる海を渡り、騎士は彼女を殺しにやってきた。


心は既に亡く、血を流す胸に空いた大きな穴も今はない。ただ騎士がそこにいた。愛され、願われ、その慈愛に雁字搦めになっていた女神に、その六つの瞳で希った地の底から響くような声。

自らの心臓を引き抜くほどのその慈愛を、骸と化しても守り続けた想いを、そして裏切ってなお忘れられぬ星辰の子らへの名残惜しささえ、騎士は躊躇なく否定した。
そして誰よりも強く願った、世界を冒す憎悪を封じることを。




古き妖精の神々にも似たその魔性の姿から響く声が、夜闇の孤独に満ちた嘆きより、星辰の怒りを叫ぶ願いより、何よりも強く彼女を呼んだ。


妖精達は願った。
アセムから俺たちを救い出してほしい、アセムを滅ぼすための力を与えてほしい。

ティターニアは願いを叶えた。
夜闇達は祈った。
もう独りぼっちは嫌だ。
ティターニアは願いを、叶えた。


騎士は彼女に槍を突き立て、命じた。


俺に従え。




ティターニアは願いを叶えた。声が、聞こえたから。




愛したモノたちを鎖し、毒を彼らの屍都に流し込む。
それでも良かった。この苦痛でさえも、愛したもの達の非道に嘆き慈愛に引き裂かれるあの日々よりは愛おしい。


この80万年で忘れてしまった“幸せ”は、こんなにうつろなものではなかったような気がした。けれど、あまり遠かったので思い出せなかった。





二人が見ていた旧き世界は今やない。大洪水は全てを押し流し、歴史は塗りつぶされた。

今この牢獄の外に広がる世界は、正常な世界

輝く太陽が、青い空が、ヒトの世界が。

二人のことを知らないまま、今、繭を破る






醜く蠢く枝と肉の不毛な喰らい合いの鈍い痛みが、不意に止まる。


「…?」


首をもたげて、騎士は幹が伸びる天井に視線を向けた。


動きを止めた巨樹が淡い燐光を帯び、輝き始める。



「…何、が」



呆然と見上げる騎士の目の前で、幾星霜の時を彼らを隠し続けてきた岩の天井が崩れ落ちる。巨樹の根は上から燐光となり消え失せていく。




「…星空…」




眩しいほどの満天の星空。十六夜が見下ろす40万年振りの空。




いや。


星、だけではない。



大きく開いたその穴から、輝き舞い降りる小さな光。




「…蝶…?」



光の奔流のような蝶の群れが、牢獄だった屍の都に舞い、触れるたびに全てに溶け込んでいく。




騎士の胸に醜く蠢く大きな傷を癒すように、光の蝶がふわりと溶け込む。




光に包まれ、白く染まった視界の中。遥か昔に騎士が鎖をかけたあの少女が騎士を見つめている。



これは許しに非ず、この奇跡の前で私が選んだ妥協にすぎない。汝らの罪は許されず、忘れることも許されない。

冷たいその視線から逸らすことなく、騎士の瞳が王女を見つめる。


…けれど、槍の主よ。私に劣らぬ苦悶の中で、それでもこの世界を守り続けた汝には伝えよう。

柔らかい声で、名もなき妖精は騎士に微笑み、語りかけた。


ありがとう、苦悶の中でも何一つ呪うことのなかった英雄よ。汝の力なくしてこの奇跡は起こり得なかった。


銀の髪を翻し、王女は背を向ける。


緑柱石の眼を細め微笑んだ騎士は気づく。


今の自分には、微笑むことのできる唇があることに。





蝶は舞い、呪いは今や無い。
鳶色の髪の騎士が目を開けると、燐光の中で微笑む翡翠色の髪の女神が見えた。




「…ティターニア、か」





「ヘクトール、ですね」




互いの身に傷は無く、満天の星空の下で二人は遂に互いの姿を目にした。




蝶たちが届けたものが、僅かに残ったわだかまりを消し去る。



正常だった世界。奇跡が伝えた、彼らが守り続けていた世界の姿が。

正常などない世界。奇跡がもたらす、これから作られていく世界の姿が。




「貴方が守った世界が、この奇跡を与えてくれたのですね。」



星辰の女王の水晶の瞳が、緑柱石の輝きを見つめる。




「貴女が愛した者たちが、これから全てを変えていくんだろう。」



偉大なる騎士の緑柱石の瞳は、星のような水晶を映して輝いた。







「素敵ですね。」




「素敵だ。」




長い時の果てに、舞い降りた希望。
偉大なる騎士と星辰の女神が辿り着いた、これは彼らを迎える救済の光。









隔たりのない世界に、牢はいらないのだから。

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  1. portal:8376420 (18 Jan 2023 08:54)
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