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本日は子供さんとその親御さんのための寄席という事で、ここからの景色がいつもとは幾分違いますね、ええ。顔の水分が違いますよ。皆さんつやつやです。平日の昼にやる寄席なんてのは大抵、顔がかぴかぴな人に向けてもっと顔がかぴかぴな師匠がお話をするという物なんです。私みたいなつやつやが最後を務めるなんてのも普通はありませんね、ええ。
いやしかし、今日は雪が降るかもしれないなんて予報でしたが、結局降らずに済みましたね。ここで見ていると分かるんですが、雪が降らないとなると子供さんは皆がっかりした顔になって、親御さんは皆嬉しそうな顔になるんですね。子供さんの心は忘れたくないもんです。私は今年で28になりましたが、雪が積もり始めると兄弟子と一緒に外に出るんです。遊びに出てるんじゃありません。雪が積もったら築40年のボロ屋が潰れるんで避難してるんです。
さて、関東の落語にはよく出てくる人が大きく分けて2通りいます。どんな人かと言うと……ああいや、クイズではありません。寄席のお客さんが「ばかー」なんて叫ぶのはこれが初めてですね、でも当たりです。馬鹿な人というのは落語には欠かせません。馬鹿な人が面白いのは皆さんもお分かりかと思います。身の回りにも馬鹿で面白い人はいるんじゃないですか……名前を叫ばなくていいんですよ。この馬鹿が知ったかぶって物知りぶったり、人のやる事を真似したりすると、大抵面白い事が起きるんですね。本当に物を知ってるご隠居さんという人もよく出てきますが、ご隠居さんのくせに物を知らず、知ったかぶりをする人もあるんです。お父さんお母さんにも、知ったかぶりをする人はいるんじゃありませんか?そこのお父さんはバツが悪そうな顔をしましたね。
あとよく出てくるのが江戸っ子ですね。江戸っ子というのはせっかちな物で、何も考えずにとんでもない事をしでかすんです。江戸っ子と言っても江戸時代に限りません。ええ、最近でも江戸っ子はいらっしゃいますね、私の師匠なんかは一番面白いですよ。馬鹿で江戸っ子なんです。この前なんか、おい、スットコってのはどんな店だいと私に訊くんですね。後からコストコの事だと分かったんですけれども、私が分かりませんと言うと、お前は物を知らん奴だ、なんて言うんです。見かねた奥さんがスマホを持たせたみたいなんですが、師匠は子供さんよりも検索するのが下手なんです。ええ下手です。「スットコは何屋だ」「スットコはどこにあるんだ」「お前も物を知らん奴だ」なんて検索履歴がずらっと並んでるんですから。結局奥さん、金の無駄だってんで取り上げて解約してしまったんですね。
私の師匠のように、今でも江戸っ子という人はしぶとく存在します。今日は昭和の頃の馬鹿な江戸っ子のお話をさせていただきます。
昭和には長屋という物がまだありまして、これはまあ、今のアパートみたいな物なんです。ある長屋の一室、12月24日の夕方に、こたつでいびきをしている男がありました。おかみさんは痺れを切らして、男を起こします。
「あんた、ねえ、あんた。子供達にプレゼントを買う話はどうなったのさ。」
「なんだよ、こんな時間に起こすなよ。他の国の神様が生き返った日なんて知ったこっちゃあねえよ。」
「そりゃ、イースターだよ馬鹿。他の家は皆毎年プレゼントを買ってるんだから、あんたも買ってきなさいよ。ただでさえあんたは子供の世話をしないんだから。ター坊はいつもあんたに構って貰いたがってるのに、追い返したりなんかして。」
「分かった、分かったよめんどくせえな。」
この男もおかみさんには頭が上がらず、日が落ちた街にプレゼントを買いに出かける事になりました。しかし子供に興味の無い男ですから、自分の子供達が何を欲しがっているのかが皆目分からない。それを承知しているおかみさんは、子供達が欲しがっている物をメモに書いて男に持たせました。
「あーあ、3人もガキがいると不自由でいけねえや。」
なんて言いながら男が街で一番大きいデパートに着きますと、中はプレゼントを探すお父さんお母さんで一杯で、レジには列ができています。せっかちな男ですから、列に並ぶという事ができないんですね。
「駄目だこんな所じゃあ。どれ、死にかけ爺のやってる店にでも行くか。」
とんでもない事を言うもんで、男は街外れの小さなおもちゃ屋さんに向かってずんずんと歩きました。冬ですから、歩いている間に北風が吹いてきて寒いのなんの。辺りはもう真っ暗です。
「なんだ、こりゃあ。潰れてるのかやってるのか皆目分からねえ。」
店は寂れて、クリスマスだというのに客が1人もおりません。ただ、乱雑におもちゃが積まれていて、奥で店主のお爺さんが新聞を畳んで読んでいるので、営業中なのは辛うじて分かります。男が扉をガランと開けまして
「おい。邪魔するぞ。」
と言いますと、奥のお爺さんは読んでいた新聞を置いて、掠れた声でいらっしゃいと言いました。
「ようやく買い物ができるぜ」
なんて言いながら男はおかみさんに持たされたメモを開きます。
「どれどれ、熊のぬいぐるみ、鉄道模型……ぶんちょう。おい爺さん、ぶんちょうっておもちゃはあるか。」
「おいおい。文鳥なんてのは鳥じゃないか。うちには無いよ。」
「無いのかい。どこなら売ってるんだい。」
「あのデパートで売ってるのなら見た事があるけれどもな、もう閉まっちまうんじゃないか。」
「何、じゃあ仕方ねえ。そこの鳥の剥製はいくらだ」
「これは銀鶏の剥製だ。文鳥の剥製なんてうちには売ってないよ。もっと小さい鳥だ。」
「じゃあそいつの頭をもいで翼と足を付けて。」
「おいおいおい、それで騙せるのなんてお前さんくらいのもんだよ。」
これは大変だって事で男は頭を抱えてしまいます。
「クリスマスプレゼントかい。」
「そうだよ……仕方ねえなあ、とりあえず熊のぬいぐるみと鉄道模型をくれるか。」
「落ち着きなさいよ。鉄道模型って言うけれども、なかなか高いよ。一番安いのでも五千円だ。」
今とはお金の価値が違うものですから、五千円というのは大人にとっても大金なんですね。当然、男はそんなお金を持ってきてません。
「じゃあ、俺はどうすればいいってんだ。」
「まあ聞きなよ。最近、外国人の業者が不思議な箱を置いてったんだ。」
そう言ってお爺さんは裏から小さな木箱を持ってきます。
「こいつはな、前借りの箱だ。二日に一遍この箱を開くと、開いた奴の欲しい物が前借りできるらしいんだよ。」
「前借りっていうのはどういう事だい。」
「例えば、お前さんが箱を開けたらどうせ酒が出てくるだろう。しかしその酒は、未来に存在した酒なんだと。数年か数カ月後にはその分どこかの酒が消えちまうんだってよ。」
「へえ。よく分からねえ。爺さんは試したのかい。」
「この年になると欲しい物ももう無いんだよ。お前さんの子供が可哀想だから、ただで譲ってやる。」
「こりゃ、ありがてえけどな。二日に一遍しか欲しい物が出てこねえなら、今日は1人分しかプレゼントを用意できねえって事じゃねえか。」
「熊のぬいぐるみはここで買って、文鳥は明日買ってくればいいだろう。今晩は鉄道模型が欲しいってえ子供に開けさせてやりなよ。」
「そりゃそうだ、熊のぬいぐるみはいくらだい? 二百円? 少し負けてくれよ。」
「お前さん、手に百円しか持ってないじゃないか。」
そんな調子で、男は小さな熊のぬいぐるみと不思議な木箱を持って長屋に帰りました。
「ただいまあ。」
「あんた、鉄道模型と文鳥はどうしたのさ。普段から遊んでもやらない癖に、欲しい物もまともに買ってやれないのかい。」
「うるせえなあ、文鳥は明日なの。鉄道模型はこの中に入ってんだよ。」
「馬鹿だね、鉄道模型はそんな箱になんか入らないよ。末っ子のター坊すら可愛がれないならおしまいだよ。」
しかし末っ子のター坊は、普段構ってくれない父親が何かを買ってきてくれたというのが嬉しくて木箱を受け取ります。
「お父ちゃんが買ってきてくれたの。」
ター坊は木箱の蓋を開けて覗き込みますと、ター坊はいきなり
「うわあ!」
「どうしたター坊、ひっくり返っちまって。どれ、見せてみろ」
と言って男が箱を倒してみますってえと、
男の両目が、ごろり。
2ヶ月もするとター坊、男に見てもらう事も出来なくなったそうです。
『贈らせ物』
演者:海柳亭朱炉
令和四年十二月二十三日 さいたま市文化センターにて
付与予定タグ: 怪奇銘々伝, tale, jp
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アクションSFオカルト/都市伝説感動系ギャグ/コミカルシリアスシュールダーク人間ドラマ/恋愛ホラー/サスペンスメタフィクション歴史任意
任意A任意B任意C- portal:8284553 (02 Oct 2022 10:15)
拝読させていただきました。恐らく他の方より少し厳しい視点(落語形式の作品を良く書いているので)になってしまいますが、気になった点を指摘させていただきます。
長々と少し手厳しいことを書きましたが、怪奇銘々伝の作品が増えるのはとても嬉しいです(私ハブの創始者でもなんでもない一般人ですけど)。
改稿、投稿楽しみにしております!
ありがとうございます!頂いた意見を参考に、改稿致しました!