踏み慣らした向日葵畑の土

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〜改稿中〜

いつ彼が逢いに来ても迷わず見つけて貰えるよう、少女は向日葵畑の少し開けた場所でいつも待っている。

今日こそは必ず会いに来てくれると信じながら。

それとは裏腹に、今日っていつからいつまでのことなんだろう、と他人事のように思った。

茹だる暑さをいつまでも空で抱えているこの幻想は、独りでいるにはあまりにも広い。
居るだけで汗の流れ落ちる暑さであるというのに、風の所為か少女の体は適温以下に感じている。体の芯がひんやりとしていたが、それが何故なのかは分からなかった。

心地が良いと表現できるであろうその空間で、地べたに座り込み空と向日葵の間を、長いこと見つめていた。
 


 
日が沈んでいる。空が黒く、ところどころにとても小さな光が静止していた。
覚えず辺りを確認するが、いつも見ている幻想に違いなかった。
だが、そこにある筈の遠くまで広がる景色は、暗闇で靄がかかるように隠されている。

向日葵がどこまでも続く広い空間に、夜がある。
そして、この景色を見るのはこれが初めてではない気がした。

「綺麗な星空だね」

突然聞こえた背後からの声に、慌てて振り向くと、彼がいた。ずっと待ちわびていた筈の彼が。

「花火、ここでやるの?」

懸命にこれまでのことを思い返したが、彼がこの言葉をかけてくる経緯は分からなかった。
そもそも夜がやってきたこと自体に困惑しているが、こちらを見つめながら返答を待っている彼に戸惑いを隠し、何とか答えた。

「うん、ここでやろう」

分かった、と優しい微笑みが向けられる。
彼は手に持っている手持ち花火の包装紙を開き、こちらへ1本差し出した。

受け取りながら、いつも別段気にして見ている訳では無い向日葵が、夜になると少しだけ大人びて見えるなぁ、と考えていた。
同時に寂しそうな、どこか不安を抱いているような様子にも思えた。
いつも太陽の方を見つめている向日葵も、夜はどこを向けばいいのか分からないのだろうか。

突然、足元もよく見えない暗い景色に花火の鮮やかな光が広がる。
彼が花火に点火棒で火をつけたのだ。
花火が散らす光は向日葵の黄色を目立たせるが、その色は物悲しさをより濃くしたように見えてしまう。

「ほら、火つけなよ」

はっとしながら、おぼつかない手際で火を貰う。
何故だか、景色がいつもと違うことばかりに気が向いてしまう。
どうしてか、今隣にいる彼を、いつも待ち続けていた人だと思えない。
どこか、別の人のような感覚がする。

「前に私と会ったのって、いつだったっけ」

何気なく、そして全く意図せずに言葉が漏れた。
確かに最後に会った時がいつだったかまるで思い出せないが、それは隣にいる彼とのことなのか、あの昼間の幻想に居た方なのか。それすらも分からなくなってしまった。

突拍子もない質問に、彼は笑顔も崩さず穏やかに返答した。

「ここでは、初めてかな?」
 


 
 
 
空は明るい。太陽もいつもと全く同じ位置にあった。
もう見飽きていたその景色に、初めてと言えるだろう安心感を抱いた。
膝を強く抱きながら、先程まで見ていた幻想を思い返す。
自分の何気ない問いに、何の重みもなく返答した彼の言葉が、何故だかとても恐ろしかった。

向日葵は、いつもの堂々とした威風を装っている。
しかし、それらが夜に見せていた弱々しさを、戸惑う様子を、鮮明に思い出せる。

風が吹きつけ、麦わら帽子が攫われた。
視界に割り込んできたカンカン照りの日差しに、再び目を伏せて立ち上がる。

盗まれた帽子の行方を追っていると、かなり離れた場所で不自然に揺れる向日葵を見つけた。
彼が逢いに来たのかも、と帽子を地面に持たせたまま駆け出した。
決して見失わないよう、目を離さずにそこへ向かっていた筈が、いくら近づいても彼が現れることはなかった。

不意に、あの暗さが頭をよぎった。
あそこに居た彼の姿だけははっきりと脳の内に残っている。
恐らく、自分が待ち続けていた彼に違いないのだろう。
前にも同じ景色を見た気がするのは、ここが夜になっただけだからであろうか。

歩を緩め、向日葵畑に立ち尽くすと、いつもの景色。

あの夜、別人だったのは、本当に彼の方なのか。
 

「……彼に逢いたいな」

 
祈るような声を絞り出した。
しかし、彼に逢って何をするのか、全く想像できなかった。

まさか彼がどんな人だったかを忘れてしまったのか。

ふと思い浮かべた恐ろしい可能性を描き消すように、強風が向日葵を揺すぶった。

何かに焦りを感じていると、風が、短く切り揃えられた黒髪を撫で回す。

頭が軽いことに気づき、地面に預けたままの帽子を取りに戻る。
 


 
「これ、君のだろ?」

赤いリボンが括りつけてある麦わら帽子を少女に差し出し、柔らかく微笑む彼が居た。

言葉も、手も出ずにただ立ち尽くしている。

焦りが激しさを増すだけだった。
目線が落ち着かず、体の重心が風に揺さぶられている。
網膜の裏で羽虫が飛び回っていて、心動が肌まで伝わってくる。
顔は熱く、体の芯はそれに反比例するように冷たかった。

ふわりと、少女に帽子が被せられた。彼はその手を、そのまま肩へ乗せる。
気づけば少女は、優しく、しっかりと肩を支える彼の顔をじっと見つめていた。

少女の頬に流れる汗を指で拭き取り、笑みを深くする。
自分の呼吸が酷く乱れていることも自覚できていない少女に、彼は体を引き寄せ、割れ物を運ぶ様な丁寧さで抱きしめた。

彼の肩越しに現れた景色は、少女の毒気を空っぽにした。

広い空を反射しているかのような、真っ青な海。

抱き返すこともなく、地面を揺らす波の音に耳を傾けていた。

空が溶けたような、大きな波が砂浜を力強く踏んだ。
 


 
頭の上にない帽子と、向日葵を揺らす風の音が、幻想から戻ってきたことを告げた。

幻想から覚める度に、彼の居ない現実が身体を突き刺した。

どこにもない筈の波音を耳に残したまま、ぽつりと呟いた。

「逢えなくなるくらいなら、いっそ出会わない方がよかったのに」

大きな雲が空に浮かんでいる。その雲さえも、空を流れて、少女をひとりぼっちにする。

自分が望んだ幻想なのに、と、その無慈悲さに嫌悪感を抱く。

いや、ここは誰かといるために望んだものであって、こんな目に遭うつもりはなかった。
 
 
ただ誰かと一緒に、ずっと幸せでいたかっただけだ。
 
 
 
 
幸せ……

「幸せって何?」

答える人など、どこにもいない。それでも誰かに問いたかった。

更なる自問を重ねようとして、やめた。

麦わら帽子が少女の少し離れた場所で、座り込んでいる。くくりつけてある赤いリボンが、抵抗することなく風に遊ばれている。ただ静かに、少女が拾い上げてくれるのを待っている帽子は、雲の影に隠されてしまいそうだった。

やっと立ち上がり、ワンピースについた土埃を軽く払いながら帽子を手に取る。
帽子の下から、全く同じ足跡が無数に残されている、向日葵畑の土が見えた。その中に、少女を待たせている誰かの足跡があるはずなのだが、見つけられるはずもなかった。
目線は動かさずに、そのまま帽子を被った。少女の頭にある方が、帽子は嬉しそうだ。

白いワンピースと麦わら帽子は、幻想の中の少女である為に必要なものだった。
 

そしてここには、少女以外何も無い。

「何で私の幻想なのに、私の望んだようにならないの」
 
 
分かり切っている上で口に出した。

これは、少女の幻想ではない。
 
少女は、誰かの幻想の為に生まれたのだ。
 
何か大きな、冷たいものに触れた気分だった。
いずれ認めなくてはならないものだと、最初からわかっていた。
少女がこの幻想の中に生まれる前にも、誰かの幻想の為に生まれた誰かがいたこと。楽園のような空間に、微笑みながら閉じ込められていた誰かは、そこへ逢いに来てくれた人と2人で、幻想を壊したこと。

全部、知っている。
 
 
それでも少女には、できなかった。 少女は、誰かの為にここにいると。
終わりにするのは、自分ではないと。

自分を迎えに来てくれる人が必ずいるから、
ここで待っているのを信じて、迎えに来てくれる人がいるはずだから。
待っていなくては。
 
 

……いつまで?

いつまでここにいればいいのか。
嫌になる程広いだけの、くだらない幻想の中で、
一体どれだけ待たせるつもりだろう。

「早く、迎えに来てよ」
 
 
 
また風が帽子を欲しがったが、少女の帽子を押さえる手はいつになく力が籠っていた。

……この幻想を望んだ誰かは無責任だ。

果てなく晴れ渡っていて、沢山の向日葵だけが笑っている。
そこには、私がいるべきだと望んだ誰か。

 
 
どうして私なの?

私を望んだのなら、私を置いていかないでよ。
独りにしないでよ。
これじゃあ、笑えないよ。

一度はこんな奥深くまで逢いに来てくれたんだから、

私の為にここまで来てくれたのなら、

それ程私を想っていたのなら、

あなたの夏がまた巡ってくるのなら、

私をここから連れ出してくれてもいいじゃない。

一体いつまで。
 

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  1. portal:8260143 (01 Oct 2022 14:35)
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