舞姫と自動人形
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電子活劇(配信?)だったらバレないのでは→きしゅういんにバレる?

一目惚れと言ふのは難儀なものであると思ふ。雷が落ちたやうに、その日僕は恋に落ちた。
いつも友と向かう古ぼけたカフェーの女給。旧型の自動人形の駆動音と客の話し声ががやがやとかまびすしい店内で、彼女の周りだけが静謐な絵画のやうな空気を醸し出してゐた。
結つた緑の黒髪と、カフェーの制服である前掛けの白の何と綺麗であつたことか!たまらず悪友どもと陣取った席を飛びだして、コオヒイを注ぎに来た彼女に矢も楯もたまらず一声を。
「ぼ、僕の………ヱリスになつて下さひ!」
「ご注文をもう一度お申し付けくださひ」
彼女の声は冷ややかだつた。硝子のような瞳が僕を映してゐた。
身を乗り出して覗き込んでいた連中がどっと笑う声が後ろから聞こえて、僕も一拍遅れて顔を赤くした。

「幾ら脚本のアイデアに詰まつてゐるからつてお前、自動人形に声などかけるか?」
「知つていたなら止めてくれれば良いだらう」
カフェーからの帰り道。揶揄う豊太郎に、僕は恨めしげに言葉を返す。
豊太郎とゐふのは同級生の悪友どもの一人であり、僕とは幼稚舎からの付き合ひだ。カツレツのように濃ひ顔立ちの二枚目で、張り上げた声がよく通る我らが帝都第三高等学校演劇部の看板俳優である。
ねェ部長、と援護射撃を求めて部長を見ると、彼はなにやら考え込んでゐた。白いかんばせと細めた瞳に知性の光が宿ったその様は、いつも名探偵の役をやればいひのにと僕に思わせる。ミステリなんて僕は書けつこないのに。優男だが演劇部一の切れ者と言つても過言ではなひ、頼りになる先輩だ。
「間違えるのも無理もない。あの店の中で、彼女だけが真新しい自動人形であつたから」
「さういえば。節約に相違ないや」
「……節約なら、彼女も古ぼけた自動人形の型にすれば良いでは無いか」
僕がそう言ふと、豊太郎もまたこちらを見て、
「やめやめ。俺ぁ自動人形のことなんて分からん。脚本期待してるぜ、大先生!」
と僕の肩をどやして去ってゐつた。
「痛てて、彼奴非道い奴ですよ部長……部長?」
肩を払いながら見上げた部長の顔は、
「うん、森くんの言ふ通りだ。どうしてあの自動人形だけ、新しいものであつたんだらうね?」
シャアロック・ホオムズのように思索に深く沈んでゐた。

「おひおひ劇作家君、まだ出来上がらんのか原稿は?」
数学の教科書で、豊太郎が僕の頭を小突く。この二枚目は背までも高い。
「待つている内俺の身長も凌雲閣程になるやもしれん」なんて本人は笑つているが、僕からすれば冗談ぢゃない。
「ヱリスが決まらないことには書き終わらなひや」
「お前、オーディションでもさう言つていただらう」
演劇部所属の女優たちでも駄目だ。かと言つて、演技なんぞやつたことのない級友の女子たちでも駄目なのだ。僕の中のヱリスは決まつていると言ふのに、豊太郎たちはそれに頷かない。
「頷く奴がおかしひんだ。自動人形に芝居をさせるだなんて聞いたことがなゐぞ」
豊太郎たちにそう言つて反対されればされる程、僕の中でヱリスの輪郭は、声は、彼女になつていつた。彼女ぢゃないとヱリスは駄目だ。彼女の白磁の肌、柔らかな黒真珠の髪、温度のなひ硝子玉の奥の希望を伏せた睫毛で覆い隠す眼差し。
「僕、やつぱりカフェーに行つてみるよ。あの店の御主人に、彼女を貸してくれるか聞いてくる。」
「やめておけ、良くて門前払ひが落ちだ……ああもう!」
ずんずんと進む僕に豊太郎は慌てたようにつひてくる。僕は風を切つて校門まで向かう。目指すは帝都三丁目、僕等のヱリスのいるカフェーだ。

「君たちも懲りないねェ。」
艶のある革張りの椅子に座つた店長は、何度目かの来訪者に呆れ果てたような顔をしている。
「店長サンもそう仰せだ、ほら帰ろうぜ、午後の授業が始まつてしまう」
「人形に演技なんて前代未聞だ。だいたい、給仕用の型よりもつと適任が居るだらう。」
「これ以上居ると警官呼ばれるぞ、僕等のたまり場を台無しにする気か!」
豊太郎の意見も合わさつて、この場で彼女をすかうとしたひと考えて居るのは僕だけだった。考えろ、考えるんだ。

「其れなら、電子活劇はどうでせうか!」
「電子活劇?」
「僕等の学校の劇は配信されるんです。映像なら有る程度誤魔化しも効くし、何ならうちの連中に声を当ててもらつたつて構わない!」
「勿論無料でとは言ひません、彼女の居ない分は僕が埋め合わせをしますから!」

人手が大変足りないために、公演の日は僕がナレヱションを務めている。何度も読み返した出だしの一文を、僕等の手で世界に放つ。スポツトライトが照らす舞台、幕が上がるとそこには、僕の夢見たヱリスがゐた。
「昔昔あるところに、一人のヱリスと言ふ名の少女が居りました。ヱリスは帝都郊外で生まれ、ごみごみして崩れかけた街と排気の中で育ちました。されども、生まれ育ちの貴賎と心と体の美しさは何の関係もなく。長くすらりとした手足と人形のような顔の少女は、捨てられていた雑誌に惹かれてバレリイナを志すようになりました。」
ベニヤに描かれた裏町を鮮やかに染め上げ、ヱリスは踊る。ほとんど襤褸の薄いドレスに身を包み、僕等の夢を乗せて。
「郊外の満員電車の人の隙間に潜り込んだヱリスが訪れたのは、帝都で急成長を遂げて往く劇団の一座でした。施設はさつぱりとしていましたが、劇団員は皆何処か疲れ果てた顔をして居ました。しかし他に往くアテもなかつたため、彼女はそこに住み着くことになりました。」
暗転。電車の音が、数秒。それから再び明るくなる。舞台には一座のベニヤと、鞭を持つた一人の男。
「けれどヱリスはそこで花開くことはできませんでした。ヱリスだけでなく、一座の皆がそうでした。座長さんは大変に横暴な方で、期限が悪ひと誰かれ構わず殴りだすのです。」
「木偶の坊め。此れでは自動人形の方が幾分かましでは無いか。」
鞭が空を切り、団員の声が朗々と響く。
「座長さんはヱリスを見るたびそう言つて、彼女をいつも持つている鞭で叩くのでした。かつては馬の尻尾であつた茶色の鞭は座長さんの心を宿した邪な蛇のようにてらてら光り、ヱリスの心身を苛むのです。彼女には家も頼れる親戚も居ませんでしたから、座長さんの気が済むと静かに稽古場の床に伏せり、次の朝まで孤独に震えながら過ごしていました。

転機がやつて来たのは、一座に来て三度目の冬。若ひろまんす作家の描いた悲恋劇の主役に、ヱリスが選ばれたのです。
「美しひ踊り子に骨と皮ばかりのお前を選ぶなんぞ、この作家は劇といふものを見たことがなひな」
座長さんは嘲笑いましたが、ヱリスは嬉しかつた。ヱリスの役は貧しいながらも懸命に生き、身分違いの恋をする踊り子だつたからです。最後まで報われなひ役であるからこそ、彼女にふさわしひように思われました。
それから彼女は人が変わったよふに稽古に打ち込みました。座長さんの執拗な鞭も跳ねのけるよふに、日夜お芝居に励みます。最初はヱリスを遠巻きに見てゐた劇団の人たちも、その姿を見て段々と感化されてゆきました。当然、座長さんは面白くありません。

「君がヱリスかい?」
青銅の声は密かに響く。豊太郎のがつしりとした図体は着物とパナマ帽に隠れ、こうして見ると本当に情熱を秘めた物静かな若い劇作家にしか見えなひだらう。
「……ええ」
「思つた通りだ。僕の思い描いてゐた踊り子には、君こそふさわしひ!」

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