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「堤防の階段って、何の為にあるんだろう」
何となくそう思ったのが、小学五年生の夏。初めて釣りに行った日だ。
社会人になった今でも、その疑問は解けずにいた。
今日も堤防に腰を下ろし、準備を始める。
釣竿をセットし、釣り針に餌を付ける。
もう何年も釣りをしているが、これだけは慣れない。
そこら辺に落ちている貝殻か石で餌を適当なサイズに整える。
一瞬の抵抗の後、餌が切れた。緑色の血が地面に滲む。
…釣りの餌に使っている時点で罪悪感も何もあったものではないが、やはり自らの手で生き物を傷つけるのは罪悪感に似た何かを感じる。
糸の束を取り巻くベールアームをぱちんと倒す。
支えを失った糸が煌めきながら海面へと落ちる。
しばらく回転していたリールがその動きを止める。ベールアームを戻し、少しだけリールを巻き海底に針が引っ掛からないようにする。
後は待つだけだ。竿を置き、偶に「何か掛かっていないか」なんて思いながら竿を持ち上げる。
今日はいつにも増して日差しが強い。防波堤の影にいても衰えない暑さが背中を襲う。
本来糸を垂らすような釣り方であれば秋から冬にかけてがシーズンなのだが…まとまった休みが取れる時期を考えると夏が私の釣りシーズンなのだ。
クーラーボックスから飲み物を取りだし、一気に流し込む。
喉を潤した私は竿を持ち上げる。何の手ごたえもない。
海というのは面白い。少し覗き込むだけで様々な生物にお目にかかれる。
平たい脚を忙しなく動かすガザミ、群れて泳ぐ何らかの稚魚、運が良ければ3、40㎝はあろうかという魚。
突如、どぼん。と、何かが海に飛び込む音が聞こえる。
たまに何かの魚が跳ねることはあるがこんなに大きな音が聞こえたのは初めてだ。
もしや、人でも落ちたんじゃないかと、タモを片手に音のした方へと駆けつける。
堤防の階段の近くが一面泡立っている。
大きなものが飛び込んだ証だろう。
「もしこれが魚なら1メートルじゃ利かないぞ」なんて思いながら、堤防の階段を覗き込む。
…階段に貼り付くフジツボの他には、何もいない。
海中の階段が太陽の光を反射し水面に網目模様を映す。
別段珍しい光景でもないが、「海中に本来あるべきでない人工物がある」という、非現実的な光景に思わず見惚れる。
ぽちゃん
突如として、水に何かが落ちる音と共に視界がぼやける。
数秒前までくっきりと階段に映されていた模様は境界を失う。
…眼鏡を落とした。
脳が状況を判断するよりも早く私の体は動いた。
咄嗟に堤防に身を乗り出し眼鏡が落ちたであろう場所に手を伸ばす。
落とした場所が階段で本当に良かった。伸ばした手が眼鏡らしきものに手を触れる。
掴んだものが眼鏡だと確信し、手を引こうとした瞬間。
ぬるりとしたものが、私の手を掴んだ。
その後の事は、詳しく覚えていない。
特に何もせずに釣りを続行したか一目散に帰宅したかも、それすら分からない。
厳密に言えば車を走らせて帰宅した時の事や片付けをした時などの記憶は確かにあるのだが、前後関係がどうにも不明瞭なのだ。
まるで、寝て起きてを一日中繰り返した日のように。
妙に頭がぐらぐらする。熱中症だろうか。
手が痺れている。変な体勢で寝ていたのだろうか。
洗面所に行き、顔を洗う。
顔を洗った水がぬめぬめしているように感じる。
鏡を見ると、堤防で何かに掴まれた所に藻が貼りついていた。
人間、本当に想定外の事が起こると一周回って冷静になるというのはどうやら事実らしい。私はただ無心で洗剤とスポンジで右手を洗っていた。
右手から緑色が無くなった頃には、右手中に血が滲んでいた。
洗剤が染みてどうしようもなく痛い。
言い表しようのない気持ち悪さ、右手の痛み、その全てに耐えながら泡と藻を洗い流し終わる。
ふと排水口を見ると、枝分かれを起こしてまるで人の手のようになっている藻が、
まるで縋りつくように、もしくは這い上がろうとでもするかのように、へばりついていた。
あの日以降、あの堤防には行っていない。
厳密に言えば、釣りには行っているのだが、階段があるエリアには近づいていないのだ。
他の釣り場でも、海の中から堤防へと続く階段がある所には行く気になれなかった。
以前、インターネットで堤防にある階段について調べたことがある。
結果は二つ出てきた。
まず一つ目は、小規模な船着き場という可能性。
二つ目は、「防潮堤」と呼ばれる建築物であるという可能性。
結論から言うと、どちらもあり得ないのだ。
一つ目については、すぐ向いにちゃんとした船着き場があるのだ。わざわざ近くに階段と見紛う程度の船着き場を作る意味が分からない。
二つ目も、その堤防の他の所に防潮堤らしき建築物があるのだ。というか海底から堤防までの階段で何が防げるというのか。
というか別に私はあの階段の由縁を知りたい訳ではない。
あの階段が何なのか。納得できる理由が欲しいのだ。
どんな些細な理由でもいい。
どんな些細な理由でも、良かったのに。
今度堤防の階段に近づいたら、私の手を掴んだ何かが這い上がって来て、引きずり込まれる。
確証はないが、そんな気がしてならないのだ。
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アクションSFオカルト/都市伝説感動系ギャグ/コミカルシリアスシュールダーク人間ドラマ/恋愛ホラー/サスペンスメタフィクション歴史任意
任意A任意B任意C- portal:7955404 (29 Mar 2022 14:13)
読みました。構成は分かりやすいものの、展開やオチまでが早すぎることであまり怖さを感じることなく物語が終わってしまった印象があります。
これらの思わせぶりな主人公の問いがそのままになっている点ももやもやしました。これらの問いから怪異につながる伏線にしてみてはどうでしょう。たとえば、「堤防の階段がある理由について検索して分かったが、よく考えるとそれでもこの場所にあるのは不自然ではないのか」と主人公が気付いて近づき……、という展開や、『血も臓物もない生餌はいないものか』という問いにだんだん執着しはじめ、そんな時に階段から呼び声が聞こえ……などのような繋げ方があると物語として面白くなると思います。(これらは自分が適当に考えたものなので参考にはしても採用はしない方がいいです……)今回はこの二つの問いを例に挙げましたが、それだけでなく序盤に書いた表現を後半に繋げてくることで、より怖さに深みを出すような展開の工夫をすることが必要だと感じました。
また、この物語に出てくる怪異は性質がこちらの作品によく似ています。それも含めて、構成や表現での差別化が必要になると思います。先ほど例に挙げた作品に対してもこの作品は気持ち悪さや得体の知れなさにおいて描写が少なくあまり伝わってこないと感じました。怪異に会うまでの描写、会った後の主人公の心情の変化、行動の変化について詳しく書くことでより没入感を生めると思います。
海という未知性のあるものをテーマに置いている部分は個人的に好みです。題材や登場人物をうまくいかせるよう、頑張ってください。
批評してくださりありがとうございます。
階段に対する疑問を回収する描写を加えてみたいと思います。
海という舞台を生かし他の怪異と区別をつけていきたいと思います。
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