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「これで我が国最後のラジオと致しましょう。それでは皆様、良い午後を。」
どぷん、という重たげな音を立てて、初任給の思い出と共にピンクのラジオは池に消えた。
街の騒々しさは、ゆっくりと寒天に固められ、空に切り出されていった。
静かだった。
ただ、その静かさは決して美しい、牧歌的な物ではなく、ただ人知を超えた物が息を潜めているだけの静けさにすぎなかった。
疫病が流行った年。
いくども病や地震を乗り越え、それを歴史として積み重ねてきた人類は、今や滅びかかっていた。
初めは、鳩や野良犬、野良猫の死骸が道を塞いだ。
人々は大災害の予兆だ、などと騒いだが、別段深く考える者はいなかった。
テレビの中ではどこかの大学の博士が、誰にでもわかる当たり前の事を繰り返し、アナウンサーは深刻そうにそれに頷いた。
ある日、著名な映画スターが収録中に倒れた。
彼は喘息を患っていたから、また喘息の発作だろうということで特別検査はしなかったのだが、何かがおかしい。
そう思った途端に彼は死んだ。
この頃にはもう彼のような、熱・咳の症状が出る患者が日本でも数人いた。
混乱は波のように重なり、打ち合い、砕け。
病院は雑踏に踏み荒らされた。院長は、病院なんて繁盛するもんじゃない、と苦笑いしながら言った。
そこからは早かった。
その病にはきっちりとした名前がつけられ、感染者のカウント・死亡率・死亡者の調査が進められた。
日に日に全ての数値が上がっていく。
新聞には、「神の天罰か?呪いの病」などというおどろおどろしい文字列が踊った。
死亡率が70%を超えた時には、もう役所は彼らの責務を全うしていなかった。
役所だって、普通の人間の集まりなのだから。
社会が崩壊するのに時間はかからなかった。
もし寝たら、朝起きられないかもしれないと怯えて一晩中酒を呑む者。
死の淵に立って、ゆらゆらと揺蕩う意識の中でなお神に祈る者。
病で死にたくないという一心でビルから飛び降りる者。
生き物たちは命を散らした。
大人に憧れた子供も、戦いを知るかつての勇者も。
憂虞の波紋はすっぽりと世界を包んだ。
花が咲いた。捨てられた遊園地、まだ真新しい家。いつしかコンクリートジャングルと呼ばれたそれにも、隙間を縫って可憐で儚い花々が咲き始めた。
そして彼らは気づいた。
命あるものは全て死ぬと。それが命の理だと。これが当たり前で、抵抗するものではないということ。
その日から、地上最後の楽園が花開いた。老若男女、全てが心穏やかにその時を待った。街は凪いだ海のようだった。
テレビに映ったとある村で、少女が母を看取った。小さな荒屋の隙間には、彩るようにサルビアが咲いていた。母親は最期まで娘を思いながら死んでいった。母を見送った後、少女は花一面の景色を見ようと家を出たようだった。数歩歩いたところであ、という声を最期に娘は花畑に伏した。彼女の亡骸は微笑をたたえていた。あるいは歪んだ口がそう見えたのかも知れない。
まさに天国だ。そこら中に死体が転がっていなければ。
公園に立ち寄った。ベンチの上で警察官がひどい形相で死んでいた。
もっと酷い死体をたくさん見てきたから、躊躇なく近づいた。
外国では一般人が死体を恐れないというという話は聞いていたが、まさか自分がこうなるとは思っていなかったし、ここ日本でそんなことが起きると思っていなかった。
拳銃がポケットの中に入っていた。ポケットというのかは分からないが。
きっと死ぬ時は息が詰まって苦しいから、拳銃で自分を撃って死のうと思った。
死体は、この街に貼られた切手のように風景に馴染んでしまっていた。
さて、次は場所選び。
スカイツリーなんかはきっと混雑しているだろう、昔のように賑やかな混雑ではなく死体の山の方の混雑だが。
兄と一緒に行ったショッピングモールへ行こう。
別段思い出もない。
一度きりでそれから一度も行くことはなかったが、兄と行った場所をそこしか思い出せなかった。
兄は宇宙飛行士だった。
彼は月へ行ったきり帰らなかった。
地球全体がこんなになっているが、もしかすると月なら、彼は生き延びているかもしれない。
自動ドアが開いた。まだそれが動いていることに驚きつつも、最上階を目指す。
小さな遊具や寂れたゲームセンターが配置されていた屋上は、亡骸で埋め尽くされていた。
一眼でも、自分が生きた街を見たいと思ったのだろう。
必死の思いでここに辿り着いたであろう彼らを踏むのは憚られた。
動いていないエスカレーターを降り、7階のブティックへ。
座りこんでぼんやりと天井を眺める。
兄がいる空はこの天井の向こうにあるんだなと思った。
拳銃を持とうとした。
手に力が入らなかった。
それを持ち直そうとした瞬間、自分の心臓が止まっていることに気づいた。
とろりとした微睡に溶けた。
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アクションSFオカルト/都市伝説感動系ギャグ/コミカルシリアスシュールダーク人間ドラマ/恋愛ホラー/サスペンスメタフィクション歴史任意
任意A任意B任意C- portal:7923631 (09 Mar 2022 00:58)
拝読しました。
最後の句点はミスでしょうか?違和感を感じました。
NVです。
私はこのtaleが属する世界が『リリーの提言』であると予想したので、それに沿って感想を述べていきます。解釈に間違いがあれば教えてください。
非常に好きです。世界の終焉を「日常」を交えながら美しく表現出来ていると思いました。
私はちょっと薄味の様に感じました。特に後半部分はもう少し内容をブラッシュアップ出来ると思います。全体的な表現(文章)にもどことなくグダグダした感覚を覚えました。
これは完全に個人の好みなので、横槍程度に思ってくれれば幸いです。
私からは以上です。
お互いに執筆頑張りましょう!
>ゆっくりと寒天に固められ、
寒天という表現に違和を覚えました
>初めは、鳩や野良犬、野良猫の死骸が道を塞いだ。人々は大災害の予兆だ、などと騒いだが、別段深く考える者はいなかった。
これほど大量死してるなら、深く考えない人は少なくないのではないかなと思います。
>公園に立ち寄った。ベンチの上で警察官がひどい形相で死んでいた。
テレビの内容から場面の切り替えが少し唐突なようにおもえます
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