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「ヨッ」という声も軽やかに、ジャングルジムのてっぺんから三谷京介ことみっちゃんが飛び降りた。下から恐る恐るそれを眺めていたギャラリーから歓声が漏れる。ジャングルジムのてっぺんから飛び降りることができる者は上級生の中でも少ないのだ。それを小学4年生にしてできる彼は、まさに公園の英雄だった。
その英雄の耳に「ピリリリリィーッ」というホイッスルの声が響いた。
木の上に登って見張りをしていた、成瀬宗一郎の吹いたものだ。
その音をかき消すように
「コラーッ!家に帰ってるはずだろ!?家に連絡入れてやるから待てぇ!」
鬼教師の異名に違わぬ先生の怒声が聞こえた。実は現在、時にして5時30分。京介たち小学生は家に帰っている時間だ。彼らが今学校の校庭にいること自体がおかしく、怒られる事案であった。だが、待てと言われて待つ子供たちではない。
特に集まっている者たちはバレたら大目玉覚悟の猛者たちである。
子供特有の機動力で、まさに蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。
先生は業務も放り出して学校から一キロ近くはある商店街まで追ってきた。が、やはり彼らはよくわからない路地に頭を突っ込み、町内を知り尽くしている。この街はもはや彼らの庭なのだ。三つに分かれた路地で子供たちは作戦を立てたわけでもないのにパッと四手に分かれた。一番後ろの少年の首根っこまで残り一センチという所で逃した先生は、人目も構わず悔恨の雄叫びをあげた。商店街に惣菜を買いに来てきたオバチャンを尻目に、哀愁漂う背中は商店街を後にした。
京介と宗一郎の手には、ふじみ屋のコロッケが握られていた。ほかほかと湯気を立てる牛肉コロッケは、手作り。じゃがいもがあまり潰されておらず、ゴロゴロとしたダマがあるのはかえって京介たち食べ盛りにとっては食べ応え満載で嬉しかった。
サクサクの衣にかぶりついた京介は言った。
「俺たちだって好きで校庭で遊んでるわけじゃねぇんだよな!でも公園で遊ぶのは嫌だな。だってさ、あいつを見ながら遊ぶとか嫌じゃん!」
猫舌の宗一郎は未だコロッケに息を吹きかけて冷ます過程にいる。
「ああ、あれか?あの…ブツブツ呟いてる人。」
「そー。俺さ、何言ってるか気になって近寄ってみたんだよな!」
宗一郎は、そのどこから出てくるのか得体の知らない勇気があるのに、なぜそいつがいる公園で遊ぶ事ができないのか、という疑問を牛肉コロッケと共に飲み込み、言った。
「へぇ?で、なんて言ってたんだよ」
「なんかさぁ、日本語じゃなかったんだよ!かと言って英語でもなくてさ…」
京介たちの学校では英語の学習が去年から始まっていた。
宗一郎は自分も話してみたいな、でも自分だけで行くのは嫌だな、と思いながら言った。
「ふーん?」
翌日、京介と宗一郎が石を蹴りながら登校している時、後ろから下級生が彼らのランドセルを叩いて叫んだ。
「あのさァ!公園のブツブツ人間、6年の支倉のとうちゃんだってよ!!」
これには京介も宗一郎も同時に言った。
「ふーん!?」
さて、新しい情報を手に入れた京介と宗一郎の大捜索が始まった。
子供の情報網とは、すごいものである。アッという間に
「支倉は6年2組の生徒である」
「支倉の父親は1年くらい前におかしくなったが公園に出没し始めたのは三ヶ月くらい前である」
「支倉の父親はふらふらと路地に入っていく様子が何度かみられている」
「支倉の好きな人は6年4組の優子である」
と言った、信憑性皆無の情報がわんさか集まった。
支倉雅之はもう何ヶ月前から不登校の状態で、残念ながら聞き出しはできなかった。
そして京介と宗一郎がちっぽけな頭で考えて数々の名推理(そのほとんどは迷という字がつくものであったが)を経て叩き出した答えはこうであった。
「現場百遍だ!本人と会ってみよう!でも怖いから友達も連れて行く!」
宗一郎は問うた。
「それ何の言葉?」
「ドラマでなんか言ってた言葉」
締まりがつかないものである。
放課後、有志たちとともに公園に集まった京介たち。
その目の前には、やはりブツブツ人間こと支倉の父親がいた。
宗一郎が声をかけた。
「おい、おっさん!大丈夫かよ?」
返答らしきものは聞こえない。どれだけ話しかけても同じ調子で呟いているのだ。赤ん坊がデタラメに発する言葉をつなぎ合わせたような感じだ。
支倉の父親はよれよれの緑のジャンパーに茶色のTシャツ、汚れた革ズボンと言った格好。
京介が彼の肩に手をかけた瞬間、背後から
「うわあああああ!!もう帰ろうよおおおおお!!!!」
テレビで見た断末魔のような声が聞こえた。後でわかったことだが、これは京介についてきていた少年の発した声だったそうだ。
それまでも内心ビビっていた京介ら子供たちはその場で2メートルはぶっ飛び、獅子奮迅の勢いでギャーギャー騒ぎ立てながらバラバラに逃げ始めた。
ヒィヒィと京介が息をついている。その様子を眺めながら宗一郎は言った。
「勇気出したのに、収穫なかったな…」
京介は息を整えるとこう言った。
「いいや!今日収穫がなくても明日また行けばいいだけさ!」
その京介の堂々たる態度は、断末魔を聞いて1番最初に絶叫しながら逃走を始めた者と思えぬほどだ。
「そうだよな、怖くてもはじめたことは終わらせないとな!」
京介は、別に遊具がないところで遊んでもいいじゃないかという素朴な提案を、昨日食べたコロッケのように飲み込んだ。
このまま帰るのも癪だし、何か菓子を買って帰ろうと、横丁へ足をすすめた。
見慣れた店の数々。ふじみ屋は今日は休みだった。
いつも通り、雑貨屋に入ろうとした時だ。すぐ横に、見慣れぬ路地を発見した。少年たちは大抵、冒険と称して路地裏に頭を突っ込んでほこりだらけになって帰り、母親を卒倒させたことがある。
京介たちは特にそれを繰り返して、もう路地という路地をマスターしていたはず。怪訝に思いつつ路地中へ進んだ。外の夕日に比べ、暗く薄汚れた路地裏だったが、奥に木造建ての建物が見えた。駄菓子屋だった。
「ごめんくださーい!!!」
京介が叫んだ。
店裏から、しわくちゃのおじいさんが現れて
「ん?お客か。ここは伏木駄菓子店。お好きなお菓子をどうぞ」
と言った。
元々駄菓子屋というものは、若者でも懐かしいと思うような、独特な雰囲気を持っているが、この店は別格だった。
どの菓子も、見たことがなく、気になるものばかりだったが、不思議なことに今は必要ではない、買うべきではないと感じた。
そう感じたのは京介だけではなく、宗一郎も同じなようで、怪訝そうな顔をしていた。
しかし、一つ気になったものがあった。ヨーヨー。ゼンマイのシールが貼られた安っぽいヨーヨーが、こちらをじっと見ているようだった。
どこにあるかわからないが、目が合うとなんだか吸い込まれてしまいそうで、思わず視線を逸らした。
宗一郎は店の主の爺さんにこう言った。
「あんさぁ、なんでか知らないけど、俺らにはこの菓子、今は必要じゃないと思う。でも、この店は気に入った!これから菓子食いたいってなったらここきていい?」
爺さんは心を見透かしたように、ニヤリと笑った。
「おぉ、いいとも。いつでもここで待っているからなぁ。」
爺さんは目をキラキラさせながら答えた。そして、
「顔合わせの記念に、お前たちにこれをやろう」
そう言って、京介に銀貨チョコレートをくれた。宗一郎には甘納豆。
「んじゃ!」
そういって、京介と宗一郎は、弾かれたように走り出した。
人の多い大通りへ着くと、荒い息を抑えながら京介は言った。
「やばかった…!怖かった!!」
遠足の作文で、『楽しかったです』とだけ書いた作文を教師が書き直しさせたが、なんと愚かなことだろう。本当に楽しかった時は、楽しいとしか言葉が出ないものだ。京介の貧弱な語彙力は、まさにこの状態で、さらに貧相なものとなっていた。
なぜ彼らが突然走り出したのかというと、彼らが菓子屋に入った時から、何かに抵抗されている気がしていたのだ。
まるで、ここにいるべきじゃあない、帰れ、と言われているように。
それが、菓子を受け取った瞬間一気に強まったのだ。自分達がものすごく大きい化け物の手の中にいるような、そしてその手が今にも握り込んで、自分たちを潰してしまいそうだ、というのを子供特有の敏感さでキャッチしたのだ。
初めて体感する、純度100%の恐怖だった。
宗一郎は言った。
「でも… すごかった!ぼく、また行きたい!」
これが子供の素晴らしさだ。目の前でどんな異質なことが起ころうと、素直に受け入れ、自分のパーツにしてしまう力。目の前でどんな扉が開こうと、躊躇なく踏み入れる力。今、ここで宗一郎たちの扉は開いた。
京介は立ち上がり、歩き出した。
「あんさ、もしかしたらさ、あのじじいなら支倉を助けてやれるかもしれねぇな!」
京介は汗だくの手で銀貨チョコレートを握りしめて言った。
「…本当にそうかも!明日も行こうよ!」
宗一郎は大声でそう言い、甘納豆の袋をズボンの中に突っ込んだ。
京介が家に帰ったのは、もう日が沈んだ後だった。
母親と父親はいなかったが、姉2人はいた。
「あ、京介。今帰ってきたの?遅〜い!」
「沙知子、きんぴらごぼう余ってたよね?持ってきてあげなよ」
「あ、おっけー。あと味噌汁もあったわ。温めとくね」
「ありがと」
余り物のきんぴらごぼうと味噌汁、佃煮をつつきながら京介は今更ながら不思議に思った。
汗だくの手で握り込んで、しかも夏の暑さの中冷蔵庫にも入れていなかったのに、あの駄菓子屋で貰ったチョコレートは全く溶けていないのだ。あの恐ろしさが蘇ったきたが、わくわくと好奇心はそれに勝つ。
何も知らない姉2人に、初めて隠し事をした。
新しい世界への扉を開いたその日は、静かに静かに、ゆるゆるとふけていった。
翌日。京介と宗一郎は学校をサボって支倉の家へ行った。支倉の家は古い木造の二階建て。京介は一度彼のプリントを届けにこの家へ来たことがあるが、宗一郎は初めての来訪だった。
チャイムを鳴らす。ガラガラと引き戸の音を立てて、疲れた顔だが、優しそうな女の人が出てきた。支倉の母親に違いない。
「こんちは、プリント届けにきました、あと、支倉に伝言があって。」
彼女は笑って、
「ありがとう、暑かったよね、家の中におあがり」
と言った。
玄関は暗く、寄り添うように並んだ京介の宗一郎の靴の色が、異様に明るく見えた。
支倉の母親はニ階に上がり、何やらボソボソと話していたが、すぐに階段を降りてきた。
「もうちょっと待っててね、リビングへ行ってらっしゃい」
リビングへ通された京介と宗一郎の前にプリンと紅茶が出された。
紅茶は、ダージリン。涼しげな硝子の器に入ったプリンの上には桃のジュレがかかっている。
本茶葉を中心に、ポーラーミントとレモンジンジャーを混ぜた紅茶。砂糖は和三盆という所が洒落ている。
ダージリンの芳しい香りがほんのり漂う中で、桃色がかったプリンを掬うと、スプーンに光が反射して光った。
紅茶を飲み終わるところに、支倉の母親が声をかけた。
「お待たせ、二階へどうぞ。」
京介はいつも通り大きめの声でお礼をいい、宗一郎は黙って会釈をした。
古い家にありがちな階段をトントンと上がっていくにつれ、下では涼しかったにも関わらず、外のような暑さに見舞われた。和風の家にはどこか違和感のあるドアを開け、京介は言った。
「支倉ァ!プリントと、あと話がしてぇ!」
誰よりも敏感で良く人を見ている宗一郎はここで気づいた。
三ヶ月ほど前にスーパーで会った支倉と、目つきが全然違う。
暗くて、誰かを呪うような目。なんだか喧嘩を売りたくなるような目。
いじめっ子のような目つきだった。
支倉は「ンだよ?」と、その顔つきそのままのようななまじ低い声で答えた。
「あのさぁ、お前の親父のことなんだけどさぁ、俺たちなんとかしたいわけ。」
宗一郎がそう言った瞬間、支倉は一瞬ひどく怪訝な顔し、次の瞬間青ざめ、壁にズリズリと後ずさって嫌々をした。
「いやっ、知らないし!そんな事!」
京介は言った。
「伏木駄菓子店。この名前に覚えはないか?」
支倉の喉がヒュッと鳴った。
「あるだろう?俺たちもそこへ行ったんだ。だから、助けられるかも知れねぇ。俺たちに全部話してくれ。助けたいんだ」
支倉の目から、涙が流れた。
大体の本筋はこうであった。
伏木駄菓子店という菓子屋で、数ヶ月前に「夢見ラムネ」という菓子を買ったこと。
ラムネにしては珍しく、一つのラムネが虹色だった。
そのラベルには警告が書いており、「一度に全て食べると、色々な夢をいっぺんに見て、寝ていない時でも夢を見るようになる副作用が出る」と書いてあったのだ。
そして店主はあの時宗一郎たちが出会ったお爺さんではなく、しわくちゃのお婆さんであった。
その婆さんは「夢見ラムネ」の説明をしてくれた。
一粒一粒に良い夢が込められていて、悪い夢を抹消してくれる菓子だった。
子供にしては珍しく、菓子に興味がない支倉は何故かそれを信じ、異様な魅力を感じた。
それを持ってわくわくしながら家に帰ると、父親にラムネを取り上げられた。
目の前で元々荒れていた父親がラムネを一気に全て食べる様子を見たが、止められなかった。
その日から、父親が狂った。支倉も、副作用があるとわかっていて止められなかった事を気に病んで、学校へ登校できなくなった…
京介は思い出した。支倉が、あの路地へ入って行ったのを見た事を。
大人なら馬鹿馬鹿しいと鼻で笑う話を、京介たちは真剣に聞いていた。
宗一郎は一生懸命メモを取っていた。
京介は「ありがと!俺たち、きっとなんとかするから。絶対な!」と言い、
宗一郎は「そのラムネのラベルとか、入れ物とか持ってる?とりあえず持っときたい。」
支倉は何か分からないがとても安心して、嬉しいやら心強いやら泣きながらラムネのラベルを探した。
ラベルは綺麗に畳まれて、彼の勉強机の中にあった。
「それか。店主に聞いてくる!」
そういって、また彼らは犬の子のように走りだし、あそこを目指した。
やはり、あの裏路地は存在していた。
お守りのように甘納豆を握りしめながら、宗一郎は
「おいっ!ジジイーーーッッ!!」
と叫んだ。
なんとも不気味な目をキラキラさせながら、昨日のジジイが現れた。
「支倉にこれ売りつけたの、ジジイだろ!?責任取れよ!」
掃除をしていたらしく、エプロン姿のジジイは言った。
「当方は売った時、もう言ったはずだ。彼方が悪い。」
「でも!でも!」
「まぁ、おめぇらが助けたいというならおめぇらがここで菓子を買い、その力で直せばいいサ。その菓子にも副作用があるがな」
「……」
「その父親は狂い死に、子供も長くは生きられんだろう。だが、そいつらには助ける意味はあるのか?父親は息子の食いもんを勝手に食う愚か者、そして息子は目の前で危険にさらされている父親を助けられない臆病者だ。もっとも、こういう状態になってる者はごまんとおる。お前らはそいつら全員を助けようとするのか?」
「………」
「覚悟がないのに他人を助けようたぁ、思い上がり千万。自分の中で答え出して、出直してこい」
「わかった。」
京介は、爪の跡が手に残るほどきつく指を握っていた。
宗一郎は、京介の姿を見てハッとした。
「また、来るから覚悟して待ってろバーカ!!」
一瞬前の、男らしい表情は束の間。なんとも間抜けな捨て台詞を残し、京介は走り去った。
「マヌケーッ!」
宗一郎も、貧弱な語彙を振り絞り、京介と被らない悪口を絶叫して一時退却した。
店主のジジイは暗い店内で「ひひひ…」と笑っていた。
宗一郎は風呂に浸かりながら考えた。
自分が酷い目に合う事への覚悟がないのに他人を助けるという事は、思い上がりなのだろうか。
誰かの手を借りてしか人を助けられない。そんな自分が情けなかった。
そして、誰かの手を借りたところで支倉と支倉の父親しか助けられない。宗一郎たちの学校にまだいるかもしれない、菓子の副作用に悩む人々は助けられない。
こんな大仰でちまちました事をやるより、自分たちでできるチャリティー募金に協力した方がずっと世のため人のためになるのではないか。
が、宗一郎は単純だった。やはり、子供らしい思考だった。
「目の前で苦しんでる奴らを見捨てられないよ。世界中には病気とか、それこそ魔法みたいなことで悩んでる人たちがたくさんいる。それら全部を助けようとはしないし、きっとできない。子供だから。でも…それが目の前で苦しむ人を助けない理由にはならないんだ。命を捨てるんじゃあない。でも、命を惜しんだら負けだ!」
大人がどれだけ頭を捻っても出てこない答えを、宗一郎はいとも簡単に導き出した。
これが正解とは限らない。きっと、チャリティーに募金した方がずっと人を助けられる。
宗一郎は、これが自己満足だという事をわかっていた。
朝、京介と会った宗一郎はこう言った。
「ぼく、支倉のおやじを助けたい!目の前で苦しんでる人を見捨てられない!」
京介は驚いた。自分も全く同じことを考えていたから。
その日のニュースには、京介の母親の美玲の顔と、参観日で見たことのあるクラスメイトの何人かの母親の顔と、誰かも分からないが優しそうな顔のサラリーマンが、支倉の父親の顔と共に乗った。
支倉の父親が、突然車に乗り、スーパーへ激突したということだ。
ニュースに乗った面々は、即死だった。
学校の教室に事務員のおねーさんが現れ、京介にその事実を伝えた瞬間、涙も流さず走り出し、宗一郎の手を握ってあの路地へ行った。
「ジジイーッッ!!!」
再び叫んだ。非常にうるさいので、商店街の人たちが出てくるはずなのに、出てこなかった。
「やりなおしができる菓子をくれ!俺が、支倉を止められるように!覚悟はできた!俺は助けられる命を捨てたくない!」
訳の分からない説明だが、店主の爺さんには伝わったようだ。
「いいだろう。お前たちにはこれをやる。これ以上は何も言わん。良いようにやるんだな」
京介は、渡された透明な包装に包まれた、固くて丸い玩具を手に握った。
名前は「巻き戻しヨーヨー」
パッケージには副作用の警告と、作用が書かれていた。
何より、この前はなかったのだが、これが欲しい、今こそ必要だ!と、この上もなく強く感じた。
「ありがと、じーさん」
宗一郎は菓子もおもちゃも渡されなかったが、礼を言わなければいけない気がしてそう言った。
爺さんは「しっしっ」といった風に手を振った。
黙って頭を下げて、京介たちは店を後にした。
京介と宗一郎は頭をくっつくほど寄せ合って玩具を眺めた。
駄菓子屋でよく売っているような、透明な、赤のプラスチックでできたヨーヨー。
中心部には時計のシールが貼られている。
その包装には作用と警告が書いてあった。
[巻き戻しヨーヨー。時間を巻き戻す力を持つ、当店で最も力が強い商品の一つです。
やりなおしたい時を願えば、その時まで帰る事ができます。
警告:このおもちゃを使い時を巻き戻すと、記憶も失います。また、時を巻き戻しても世界に変わりがない場合、この次元とあなたの存在がうまく結合出来なくなる可能性があります。御了承ください。]
「これ、失敗すれば存在が消えるって事だよな?」
泣きそうな声で宗一郎は言った。が、当の京介は笑っていた。
「失敗しなければ良いってだけだろ?」
京介は一気に包装を破り、ホックへ手をかけた。
平成生まれの京介でも何故か懐かしいと思える感触。
思い切り下へヨーヨーを振り、糸を伸ばした。
ジャコッ。ヨーヨー独特の、糸が巻き戻る音が聞こえた。
あの時へ。そう願った瞬間、京介の体は光に包まれた。
目の前には、支倉が立っていた。
「あれ?こんな路地あったかなぁ」
そう言い、進んでいく。
何やら分からないが、京介は絶対行かせてはいけないような気がして、彼の腕を引っ張った。
「おい!ダメだって。」
「なんで?」
キョトンとした顔の支倉を押し退け、路地の前に立ちはだかる。
「やめろよ!!おれは行かないといけないんだ!この店に!」
「ダメだ!……汚いし、危ないだろ?」
「はぁ?いつも京介も路地行ってたりするんじゃん!」
「ダメだって言ってるだろ!」
支倉は、京介を突き飛ばした。
京介は、なにやら分からないが、彼を守ろうとしているのに、なぜ自分が突き飛ばされているのか分からなくなった。悲しいような、怒ったような、そんな味がした。忘れ物に気づいた時のような、血の気がさぁっと引いた感覚があった。だが、自分が彼をいかせてはならないことは知っている。
夏の、暑い空気が立ち上ってきた。
ジャングルジムから飛び降りた時の感覚、宗一郎と初めて会った時の会話、母の作った料理の味。
何度も経験したものも、記憶の片隅で転がされていた記憶も。
全てが混ざって、とろけて、砕けて。
ああ、これが俗に言う走馬灯なんだな、と彼は思った。
支倉が、目を見開いて、じっとこちらを見ていた。
ちらちらと路地へ視線を揺らす。
京介は喚き、支倉を思いきり殴った。
支倉は地面に頭から倒れた。ぶるぶると痙攣する支倉の首を絞める。
手では上手くいかなかったため、近くにあった縄跳びで首を縊た。
何分くらいそうしていただろう。2分くらいかもしれない。10分だったかもしれない。
京介は、背中から血の気が引くようだった。あるいは、本当に引いたのか。
静かになった世界に、ガラガラと音がし、路地の奥から人が出てきた。
その人は手招きをした。京介は支倉を引きずってその店へ入った。
この人なら支倉をなんとかしてくれるに違いない。パニックになっていた京介は、当初の目的である支倉を路地に行かせない、という事も、自分の手が鬱血して真っ赤な事も、支倉がピクリとも動かない事もわからなかった。
「今日から、お前がここの店主だ。誰かを殺めた人間は、この店を継いで悩み人を助けなければならない。これはこちらが連れて行くから、お前は安心してここにいろ。捕まることはない。」
そう言って、店主らしき婆さんはポッと光って消えた。
京介は、ひとまずカウンターに腰掛けた。
時の流れが、何倍にも速く思えた。京介は手足がシワシワになっていくのを無感情に見つめていたし、支倉はみるみるうちに人の姿でなくなった。
京介は、腹を満たすこともなく、水を飲むこともなかったが死ななかった。
それを悲しいとは思わなかった。幸せとも思わなかった。
支倉の父親は、行方不明になった息子を探して彷徨い、駄菓子屋に辿り着いた。
彼は、息子のためではなく自分の気持ちを紛らわせるために菓子を買った。
彼の手が握っていたのは「夢見ラムネ」だった。
あの日から場所を転々としながら、菓子を売るという方で業を返している京介のもとに、
「ごめんくださーい!!!」という少年の声が聞こえた。
「ん?お客か。ここは伏木駄菓子店。お好きなお菓子をどうぞ」
京介は言った。
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ジャンル
アクションSFオカルト/都市伝説感動系ギャグ/コミカルシリアスシュールダーク人間ドラマ/恋愛ホラー/サスペンスメタフィクション歴史任意
任意A任意B任意C- portal:7923631 (09 Mar 2022 00:58)
拝読いたしました。個人的にはDVです。
情緒ある文章で大変読みやすかったのですがやはり銭天堂の焼き直しにみえてしまいます。具体的には
・たまにしかたどり着けない店
・副作用のある魔法のお菓子
・使い方を誤ったものが報いを受ける
この3つが大きすぎます。あと
って本編の『やり直しおこし』のパロディですよね?オリジナルの名前もしくはオリジナルの効能のお菓子でないとこの話をSCPコミュニティでやる意義は薄いと思います。
先述のとおり駄菓子屋が出てくるまでの文章はとても良かったのでオチだけがネックですね…
こんにちは!読んでくださりありがとうございました!
・たまにしかたどり着けない店
・副作用のある魔法のお菓子
・使い方を誤ったものが報いを受ける
の点については、このTaleで題材にしているSCP-1312-JPの特性でもありますので、これを変えることは難しいと思います。
やりなおし麩菓子については、私がこのアイディアを手に入れた時、オチに使おうと考えていたお菓子ですので、パロディというわけではないのですが、(このTaleを書くにあたって銭天堂全巻を購入し、読後に気がつきました)「巻き戻しヨーヨー」に変えさせて頂こうかと考えています。
無限ループオチはどうでしたでしょうか?変えた方が良いですかね…?
読み直しました。ヨーヨーなら被らなくて良さそうですね。
オチについて
正義感からとった行動で無限ループ落ちというのは努力が報われない感じというか子供ながらの短絡さがあっていいと思います。ところで爺京介は子京介が来た時点で『支倉君を自分が殺してしまうこと』を知った上でヨーヨーを買わせたんですか?子京介に好意的に接しているので最初から京介君を店主にするために動いているように見えてしまいましました。
そうですね、自分が支倉を殺すと分かっていて買わせています。店主京介は何もかもを諦めているので、時に逆らおうとはしません。京介が店主を自分だと分からなかったのは、伏木駄菓子店のミラクルパワーだと考えていただいて…
拝読しました。少し長くなってしまったので折りたたみます。
【全体を通して】
現状NVに強く寄ったUVです。
所々ジョジョの奇妙な冒険に影響されたであろう独特な言い回しが気になりましたが、良い感じで終わると見せかけたバット(?)エンドは良い意味で気持ち悪い物でした。
しかしどうしても御都合主義な流れなのが改善点かなと感じました。
ラストの無限ループに関しては明確に認識出来ませんでしたが、それでも高い完成度だと思います。
京介と宗一郎の人柄も充分把握出来ました。
銭天堂と区別出来てるか、という点に関しては、正直ほとんど変わらない(強いて言えば無限ループのくだり位?)と思いましたが、最低限の差異が生まれているとは感じます。
文章に引き込まれる良いTaleでした。これからもお互いに執筆頑張りましょう!!
ほとんどの言い回しは修正させて頂きました。
無限ループの件については
「ごめんくださーい!!!」という少年の声が聞こえた。
京介は「ん?お客か。ここは伏木駄菓子店。お好きなお菓子をどうぞ」と返した。
の部分が京介と宗一郎が最初に駄菓子店に来た時のセリフ・それに返した店主のセリフと全く同じという点で無限ループを表しています。
事故ですが、飲酒運転の車が起こすものと同じように考えていただければ幸いです。
買い物帰りの母親たちの群れに車が突っ込んだら数人は…という感じです。
批評ありがとうございました!これからも互いに切磋琢磨し高め合っていきましょう。
いくつか気になる点を、
・感嘆符や疑問符
全体的に多いように感じますね、元気いっぱいな子供たちを表現するにしても、会話文の1/2ぐらいにあるので、見飽きてしまう可能性があると感じました。
・語り手の目線
どこから語っているのかが少々わかりづらいです、最初は子供よりの第三者目線ですが、先生に追われる場面では
と先生よりの第三者になってしまってるように感じます、この文に関しては、「商店街や路地は彼らの庭だ、その上機敏な彼らに、先生には追いつく術など無い」なんて表現もありだと思います。
また、目線ではありませんが
の部分で、急に語り手に感嘆符がつくのは少し違和感があります。
・単語
ストーリーはSCPの非常さや、恐ろしさをよく表現出来ていますが、ところどころ「ん?」となる表現がありました
探索データや、インタビュー記録では良い表現になる(イノシシ頭を除く)単語ではありますが、物語や、小説として書くにはもう少し柔らかい表現の方が読みやすいと思います。
・擬音語・擬声語
擬声語擬音語も少し多いなと感じました。おそらく、半分ぐらいでも、読者の想像力で状況は浮かべられるのではないでしょうか。
━━━━━━━━━━━━━━━
今のところUVよりのNVですかね、
Cocolateさんが懸念されている点を述べるとすれば
銭天堂に関してですが、本記事が銭天堂に酷似しているため、そのtaleであるならば、そこまで気にする必要は無いかと、まあ銭天堂に詳しくないので、なんとも言えませんが。
彼らの人柄について言えば、良くも悪くも、昔ながらの元気な子供という印象でしかなく、もう少し個性を足してもいいかなと。それと、なんの抵抗や疑問もなく京介が店主になることを認めたのには少々キャラブレを起こしてるかもしれません。
全て個人の感想ですが、ご参考になれば幸いです、執筆活動、お互いに頑張りましょう!
口調・単語の点、修正しました。ありがとうございます。
キャラブレですが、京介は色々と諦めているのであまり抵抗しなかった、と考えていただけると幸いです。
キャラクターの個性については
「京介」少々単純だが、前向きで元気な子供
「宗一郎」京介の相棒的存在。冷静に物事を考えられる子供。
という感じで設定しています。
私は子供の頃こんな子供だったなぁというものをベースに作っているのでこれ以上濃くするのは少しきついかもしれません。
批評ありがとうございました!
拝読しました!新人ながら批評させて頂きます。
解釈の違いがあればご指摘お願いします。
あくまでも個人の意見なのであしからず、
以上です。応援しております。
コロッケの表現、直させて頂きました。
6年2組の〜というところは、この物語のもう1人の主人公枠の宗一郎のために作りました。
目の前の〜の辺りは彼の独り言です。
支倉の父親に夢見ラムネが渡るよう改稿しました。
展開が早い場所に心情の描写など入れておきました。
批評ありがとうございました!これからもお互い頑張りましょう!
現状NVですかね。
しばらく更新が見られないため、この下書きのステータスを「批評中断」にしました。下書き批評を受ける準備が整ったならば、お手数ですが、改めて下書きのステータスを「批評中」に変えていただくようお願いします。