タイプグリーンは己の死を夢に見るか?
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第一幕:タイプグリーンは己の死を夢に見るか


さびれたマンションの一室で、朝日を受けながら目覚まし時計が甲高く鳴り響く。耳障りな金属音に耳を貫かれ、一人の男が重たい瞼を開いた。男は時計の針が指す数字を読み取り、起床するべき時間であることを悟ると、起き上がって身支度を始めた。
彼の名はグルー・デイビット。容姿や身分はともに平凡であり、性格についても、聖人と呼べるほど根っからの人格者であるわけではなく、かといって悪人と呼ぶには程遠いという極めて素朴な人物であった。そんなグルーだが、彼にはひとつ特技がある。彼が何かを望めば、大それたものでなければ叶うという、魔法のようなものである。魔法とはいえ、今日の文明社会における民衆は、そんなものこれっぽっちも信じていないだろう。そして魔法を信じない者は、それが目前で自身の存在を誇示したなら、それを否定しようとする。仮にその存在を認めたとしても、今度はそれを己から遠ざけようと、しまいには排除しようとする。人間は未知のものに恐怖を抱き、それに敵対する傾向があるからだ。そういう者たちは次第に集まり、その未知を排除する方向へ団結し、組織していく。そして、彼らの目に映る異質なものを排除するために動く。実のところ、グルーほどの小規模なものに限定すれば、魔法を使える人物はそれほど珍しくない。だが、組織たちの監視の目が光る中で彼らが社会に溶け込むのは難しい。大抵の魔法使いは、自身の能力を過信し、足がついてしまうからである。にもかかわらず、彼はそういう類の組織に見つかったことがない。それはひとえに、彼が極力トラブルを避けてきたため、そして自らの良心を裏切らぬように努めてきたためである。

「」
黙って連れられていた中、ロイは突然集団の内の一人を蹴り飛ばし、
「クソッ、はめられた!」
と吐き捨てた。
一体どうしたんだ、と問うより先に、ロイが怒鳴りつけるように言った。
「ボサッとすんな、はやく逃げるぞ!」

「ちょ、ちょいタンマ…..」
不安げな表情で。
「クソ、お荷物ちゃんめ…..」
ロイが苛立ちながらグルーの方を振り返ると、その背からは追手が迫ってくるのが見えた。どうやら二人の逃亡を許す気はないようだ。
わずかな間、ロイは狂ったように脳みそを稼働させる。グルーにはロイが何を考えているか予想するほどの余裕はなかったが、次に何か命令されたとしても、瞬時に行動に起こすべきであることを理解することはできた。
重く短い静寂の後、ロイは口を開いた。
「能力を使うぞ。準備をしろ。」

ロイの口から出たその言葉に、グルーの理解は追い付かなかった。
「何、能力を…何だって?」
「聞こえなかったか?とにかく、いつも通り能力を使うぞ、と言ってるんだ。」
原因はわからないが、さきほどから能力を
グルーは、元壊し屋のこの男に従わねばならないのであろうことを直感的に察していた。まだ荒れている息を吐きながら、今までと同じように体の力を抜く。
「お前、ムンクの"思春期"の絵を思い出せるか?」
場違いに思えるその質問にグルーは戸惑いながら答える。
「ああ、いつもの飲み屋に飾ってあるあれか。だが、なぜ?」
「俺の合図で、前方2mにその絵を出すようイメージしろ。うまくいけば、もう一度能力が使えるようになるかもしれない。」
グルーは訝し気にロイの顔を見る。
「冗談じゃないんだよな?」
「これが冗談に聞こえるか?それこそ冗談だろ。」

「GOCに入れば、新人研修のときにもれなく教えてくれるよ。君も入ってみるかい?」

「あいつらは財団の連中だ。」
ロイが言う。
「財団?」
「財団を知らないか?閉じ込め屋のことだよ。」
「閉じ込め屋、か。その名前も初めて聞いたな。」
ロイは疲れた顔で首を振った。
「オーケイ、じゃあまずはそっからだ。」
グルーはロイから雪崩のように知識を流し込まれた。財団と名乗るその組織は、壊し屋とは対極の存在であり、自分たちの存在をとことん研究し、一般社会から隔離することが目的なようだ。

「お前、飲み屋にいたあの黒服のヤツを覚えてるか?」
「覚えてるよ。あいつのおかげで飲み物代をちょろまかせた。」
グルーが軽口をたたく。
「あいつが銃を取り出したときに、俺たちは能力を使えなかった。その理由だ。」
「端的に話せよ、もう疲れてんだ。」

しかし、このまま歩いていても、この不安感が拭い切れないこともわからないほど、グルーは馬鹿ではない。
人通りの少ない路地への曲がり角を少し進んだところで、グルーはおもむろに振り返り、思う。
やつらは、俺を殺しに来る。それなのになぜ、俺はやつらを殺さないことに固執しているのだろうか。

彼の生涯で初めて生まれた、殺意という感情。瞬く間に心の中を駆け巡り、思考回路を占拠した。
グルーは決めた。

10秒以内に俺の目の前に現れた者は殺す。

第 幕:乖離


(…..いち…..にぃ…..)
グルーは自身の心臓の鼓動が速くなるのを感じた。一瞬、また一瞬と、決意が固まっていくのがわかった。

(…..さん…..しぃ…..ごぉ…..)

(…..ろぉく…..しち…..)

ふと、グルーは不安になった。もし10秒以内に、誰も来なかったら?

(…..はち…..)

もちろん、その場合は人殺しをしなくてもよくなる。しかし、それは不安の種がなくなったことを意味するわけではない。

「しかし、あんたには作戦に協力してもらった恩がある」
ロイは続ける。
「あんたにとって不本意だったかもしれないがね。助けてもらったのは事実だ。そこで、特例で君に 隊に入隊する権利を与えよう。」
「 隊?」
「あまり強力でない脅威存在を破壊するのが仕事で、隊員は君のような境遇のタイプグリーンたちだ。」
「俺のような…」
「ご存じの通り、一般社会から逸脱したような人間というのは割と少なくない。そいつら全てを粛清して回るのははっきり言って手間だし、」

最終幕:タイプグリーンは己の死を夢に見るか?

刃先が、のど元へ向いているのを感じる。

少しずつ、少しずつ、のど元へと刃先を近づける。

感じたくないものを感じて身震いする。

刃で肉を絶った感触がした。その直後、痛みと同時に生傷から生温いものが漏れ出る。
「ーーーーーー!」
叫んでいるつもりだったが実際には声は出ていなかった。
ただひたすら、激しく苦しい。涙を流す余裕すらなかった。
手足を床面にたたきつけ、のたうち回る。
(死にたくない!)
脳内ではっきりと言葉が浮かび、自分が死にたくないこと、死ねないことを理解した。
視界がぼやけ、ついさっきまで感じて居た痛みがふっと消えた。
自殺をしくじった。
ああ、こんなことでさえ、自分は成し遂げられないのか。

あたかも平凡な会社であるかのように外観を装ったオフィスの一部屋、一人の男が、背もたれによりかかりだらしなくデスクに座っている。
彼の名はロイ。GOCのエージェントであり、。
新しくできた論文を読み始めたところで、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「どーぞ」
論文を読む目を離さずに言う。
「失礼します」
形式的な文言と共に、一人の男が入室してきた。彼もまたロイのようにGOCに所属する人物であり、
男は姿勢を崩さぬままデスクの前へ歩み寄った。
「何用?」
相も変わらず気だるげにロイは尋ねた。
男もロイに引けを取らぬほどの無表情で話しかける。
「 隊に死亡者が出たことを報告に参りました。」
「死亡者の隊員番号は?」
「G-103です」
ロイの目線は目前の紙媒体から揺らがない。
「そうか、死因は?」
「他のタイプグリーンによって殺害されたものだと推測されていますが、自死のケースも考えられます」
「いつもと同じだな。では  くれ」
「またそれですか」
男の語気が不満げな色味を帯びる。
「あなたはいつもそうですね。 隊に死者が出たという報告を受けても」

男は詰め寄る。
「殺し屋のみを殺せ、 隊であなたがいつも言っていることでしょう?」
ロイは一呼吸置いたのちに、ようやく男に向き合った。
「いいか、俺が言っている殺し屋というのはタイプグリーン、特にタイプグリーン以外への殺しを行っているタイプグリーンのことを言っているんだ。」

ロイがまだGOCに入ってから間もないころ、先輩によく言われていたことがある。
タイプグリーンは基本的に自己中心的であり、横暴であり、他者に攻撃的である、と。
自身の死をも超越できると思い込んでいる愚か者たちである、と。
自分が死ぬような悪夢にうなされることはないのだ、と。

当時に比べ、今は技術が発達したおかげでより弱いタイプグリーンまで発見することが可能になった。
おかげで、人類に対して脅威でない、敵対的でないタイプグリーンも多く散見するようになり、それに伴ってタイプグリーンへの倫理改正案、並びに 隊結成の案が承認された。
その通り、ロイが先輩たちから聞いた常識は、すでに過去のものになっているのだ。

ロイはさっきまで読んでいた論文の内容を八割程度忘れてしまった。

死にたがっていたわけではない。

ロイは脳内に浮かんできた疑問をふと口に出してみた。
「タイプグリーンは己の死を夢に見るか?」
ロイは自分がどれほど意味のない考え事をしているのか理解した。
本人がどうであれ、GOCメンバーはタイプグリーンの死を夢に見るのだから。

彼のデスクの中には護身用に拳銃がしまってある。

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