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白いバンは坂道の途中で止まった。運転席から降りようとしたエージェント薔薇木は死角にあった側溝に躓きよろめいた。多少の悪態をつきながらも、任務の為気を取り直し、彼は坂道を下る。
霧雨が降っていたが、エージェント薔薇木に傘を刺すつもりは無かった。「利き腕は常に武器を構えられるように」とは先輩の口癖だった。もっとも、今回の任務に武器はいらなかったが。坂道の両脇には竹林が広がり、風でカタカタと心地よい音が響く。不意に竹林が開け、古い日本家屋が現れた。家屋の引き戸を軽く叩く、木と硝子で出来たその扉は叩いた時と同じ位の音をたてて開かれた。
「おやまあ……おかえり…」
中から現れた老婆は薔薇木を見るとにっこりと笑い、彼の左手をとった。
「冷たいねぇ、随分寒かったろぅ?」
白く濁った目を薔薇木に向け、まるで自分の手の事のように老婆は薔薇木を労った。
「大丈夫だよ、母さん。今日は仕事の荷物をまとめに来たんだ。長居は出来ない」
老婆は残念そうに「そうかい……」というとお茶を出しに台所へ引っ込んだ。薔薇木は家に上がり、目的の書斎に入ると鍵を閉めた。なかば家捜しのようにその部屋を物色する。引き出し、本棚、机、少し埃のたまったそれらは持ち主の几帳面さを表すように部屋にぴったり合うように設置されていた。全ての書類を確認した薔薇木は椅子に腰掛け、一息ついた。
「フロント企業以上の情報は置いてないな…流石舵瀬先輩だ……」
エージェント舵瀬は薔薇木の先輩でありバディだった。まだ若く未熟な薔薇木と違い、舵瀬は非常に落ち着いたベテランであり、財団の中で常に冷静に事態に対処し生き抜いてきた男だった。薔薇木はそういう感情や焦りに流されない舵瀬を尊敬していたが、「自分にはなれないだろうな」と心の隅で感じていた。
舵瀬と共に最期に挑んだ任務は不運だったとしか言いようが無かった。未確認のSCiPの調査に向かった2人は、危うい場面もありながらもそのコンビネーションで着実にオブジェクトを制圧しつつあった。しかし、一瞬の隙を突かれ、薔薇木は左腕の肘から下を食いちぎられた。突然のショックから薔薇木が立ち直るまでの瞬間を、化物が待ってくれる筈が無かった。薔薇木は喰われていただろう。
………あの時、舵瀬が自分を庇わなければ……
舵瀬が死に、薔薇木は辛くも生き残った。左腕の義手を着けてリハビリをしている時、今回の任務の話を聞いた。「舵瀬が実家に財団の情報を残してないか遺品整理をする必要がある」という物だった。舵瀬は認知症の母が暮らす実家に1年に1回、定期的に帰っており、書斎も持っていた。舵瀬程のエージェントが情報漏洩の危険を犯すとは考えにくいが、財団としては念を入れておきたい。そこで、舵瀬のバディであり、リハビリから復帰するまで激しい運動の出来ない薔薇木が適任と選ばれたのだ。
舵瀬の母がここまで認知症に侵されているとは思わなかった。任務を終え、縁側でお茶を飲んでいた薔薇木は悲しさを感じていた。……舵瀬本人だったらどれだけ良かっただろう……自分のような者でなく、舵瀬が生きていたなら、俺を見捨てていたなら、財団にも母親にも有益で違う結果が訪れていたに違いない。薔薇木は助かった日から常にそれを考えていた。
「ねぇ」
突如後ろから老婆に呼び掛けられ、薔薇木は驚いた。その手には小さな木箱が握られていた。
「覚えてる?これ?」
老婆が箱を骨と皮だけになった手で開ける、中には歯が1つ入っていた。
「あなたの乳歯、これだけ、どおしても抜けなくてねぇ…」
老婆は薔薇木の横に座り、楽しそうに1人話始めた。この歯を抜くために隣町の歯医者まで行った話、歯医者は嫌だとひたすらに愚図った話。老婆は生き生きと薔薇木に語った。
「これ……持ってってくれない?」
「…え」
話を終えると老婆は木箱を薔薇木に差し出した。その白く濁った目と真一文字に結んだ口に薔薇木はある思いを感じた。自分が舵瀬でないと気付いているのでは?………もしくは、本当に舵瀬かどうかを試しているのでは………
「……わかった、持っていくよ」
薔薇木は痛みを表情に出さないよう、出来るだけ自然に左腕で箱を受け取った。舵瀬は左利きだ。彼は「利き腕は常に武器を構えられるように」と物の受け取りには右手を使っていた。
だが、母親の前なら……
暫く、竹が触れあう音だけが縁側に聴こえていた。舵瀬の母はまじまじと薔薇木を見ていたが、やがてにっこり笑い
「やっぱり、変わらないねぇ…」
と呟いた。
薔薇木はバンに戻ると手の中の木箱を眺めた。縁側で舵瀬の母は「また来てねぇ」と細い手を振っていた。罪悪感は来る前より重くのしかかっていたが、同時に任務を完了したという事実も理解していた。
「少しは出来ただろうか、舵瀬先輩のように冷静に、落ち着いて……」
薔薇木はバンのエンジンを始動させ、坂を上るためにUターンをする。
来年もこの場所に戻ってくると誓って。
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- portal:7909531 (02 Mar 2022 12:54)




読みました。
特にどれに似ているという訳ではないのですが、「同僚が残したもの」系列のtaleは既に一つのジャンルになっている事を考えると、もう少しアピールポイントがあってもいいかなと思います。さして長くはないので文章を削るよりはむしろ描写や要素を増やす事を考えたほうがいいんでないでしょうか。
義手に関する描写(動きや感覚など)、「利き腕を常に開けている左利き」などの要素はあんまり他のtaleにはないのでそのあたりをもう少し掘り下げて話の筋に強く絡めておくといいかもしれません。
あと、「継ぐもの」というタイトルについては「言うほど冷静さ継がれてるか?」と思ってしまいました。
この辺、舵瀬がどんな風に冷静であったのかを利き手まわりの話と絡めて提示できるエピソードがあると説得力が出るかと思います。
ご批評ありがとうございます。確かに、もう少し特徴付けた方が良いですね…長いと思って削ってしまった部分も少しあったのでそこも追加し、改めて作り直してみます。