火葬未遂(仮タイトル)

現在このページの批評は中断しています。

評価: 0+x
blank.png

 自動ドアが開くと同時に、賑やかな声があふれ出した。
 今しがた食堂へと歩みを進めた人物___エージェト・古塔が周囲を見渡すと、どうやらこのフロアにいる職員の大半がここに集っている。数人の集まりがいくつか、そして大きなグループが2つ。
 漏れ聞こえた会話の内容から、片方は最強オブジェクト決定討論であると推測が付いた。トーナメント形式で進行しているらしいそれは、現在クソトカゲvs取り憑くマスクのドリームマッチが執り行われている。白熱した論争に疼き出す少年心を抑えながらもう一方のグループに目をやると、そちらはネコ型アノマリーを愛でる会のようだ。セキュリティクリアランス制度はもはや機能を失っており、個々人がアクセス可能なネコ型アノマリーの報告書を持ち寄って、かわいいかわいいともてはやしていた。

 彼らに混ざって現実逃避と洒落込みたい気持ちはあるものの、古塔が食堂へ来たのは目的があってのことだ。火急とまではいかないが、すべき事を後回しにするなとは親友の弁。後ろ髪を引かれながらも食品倉庫へと足を向ける。扉を閉めると、そう広くない室内を静寂が包み込んだ。


 全て夢なのではないか。


 ここ2週間と少し、この現実がただの悪夢であることだけが古塔の、そして恐らくは全人類の願うところだろう。全人類と言っても5桁いるかも怪しいのだが。
 倉庫の窓に貼り付けられた段ボールをずらして外の様子を確認する。
 ここ、サイト-81RAの周囲から低ヒュームに揺らめく地平線の向こうまで、鮮やかな黄色(RGB値で言うと255.255.0)をした人食いの異形が埋め尽くしていた。自然界ではそうお目にかかれないはずの色が地表を覆っているのはちょっとキモすぎるため、とっさに目を逸らした先は青い空。白い雲。燦然と輝く太陽は3つある。なんなら月は4552つある。

 化け物だらけの土の上、蓮コラのような空の下、世界は終わりを迎えようとしていた。


 色々あった。それはもう色々なことがあったが、この世界に未来はないことだけは皆の共通認識だ。財団職員が祈るべき神SCP-2000はなんやかんやあって爆散したし、0に近いヒューム値を示す地域はどんどん広がっているらしい。しかしどうしようもないことについて嘆いていても良いことは無いのだ。従ってこのサイトの面々は人理の守護者としての役割を終え、昼間から酒を飲んだりジェンガをしたりして死を待っているのである。

「古塔さん!良かった、まだ生きてたんですね!」

 暫し窓際で頭を抱える古塔に声をかけたのは研究員の瀬名だ。古塔にとっては友人の部下というやや接しづらい立ち位置の人物であり、普段であればタイマンで話すのはちょっと……となる相手である。しかし仲が良い者も顔しか知らん者も毎日ダース単位で自殺していく現状、そんな関係性の人物と話すことすらクラス替えで友人と同じクラスになったときの喜びに匹敵する。古塔は人間が知覚できるよりも少し早い速度で肩を組んだ。

「瀬名ァ~!昨日ぶりか?お前も元気そうだな!」
「えへへ、おかげさまで!こんな所でどうしたんです?ご飯ですか?」
「や、ちょっと酒探してるだけ。もう残ってねぇかな、度数が高けりゃ高いほどいいんだけど。」

 ありとあらゆるアルコール類は死の輪郭をぼかすために消費されているだろうと、古塔は諦め半分であった。しかし瀬名はにんまりと口角を上げ、倉庫の奥まった場所にある棚をずらす。床には金属製の蓋。複雑怪奇な手順でそれを開くと、中には十数本の酒瓶が収められていた。

「どうですコレ!前に厨房のスタッフさんと喋った時、こっそり教えてもらったんですよ!!」
「ここ3階なのに床下収納あんの?」
「収納マジックですね!」
「建築基準法通ったのこれ?」
「施工業者さんの頑張りですね!」
「ふわふわした言葉で丸め込もうとしてねぇか!?」

 流れでついツッコミを入れてはしまったが、何はともあれ助かったのは事実。古塔はサイト-81RAの耐久性に不安を覚えつつ頭を下げた。

「ありがとう、かさばるし2本だけ貰ってくわ。……いいのか?お前も飲みたかったから隠してたんだろ?」
「大丈夫ですよ。このお酒で急アルチキンレース開催しようかな~って思ってただけなので!」
「死ぬだろ。」
「何事も経験ですよ!」
「何に活かすんだよその経験。」

 古塔は訝しんだ。一方の瀬名はにこにこへらへらしている。ポジティブさが取り柄なのだ。

「そうだ!今夜お暇ですか?さっき同僚と話してて、できるだけ多くの人誘おうって話になったんですよ。」
「誘うって何に?」
「えっと、あの、ほら……こんな暗い世の中じゃないですか。だからこそ少しでも気分を盛り上げたいよねって話になったんですよ。で、楽しいこととか赤信号渡るのとかって人数多い方が良いですし……。」
「長ぇよ。もっと簡潔に。」
「わっしょい死体遺棄祭に参加しませんか?」
「よーし俺が悪かった。説明してくれ。」
「窓から遺体を胴上げの要領で投げ落とす催しです。今日の21時に開催予定ですよ!」
「お前の説明が絶望的に下手なのか生き残ってる職員のモラルが地に落ちたのか判断できねぇよ。」

 ある日を境に世界各地で確認されるようになった黄色の異常存在が、全ての生物を対象とする寄生生物であると突き止めたのはどの支部の職員だったか。
 このアノマリーは、死体を数日放置すると内側から食い破るように出現する。これを防ぐための死体の処理は当初、適当な部屋に死体(適量)とガソリン(1000cc)を加えて強火で加熱するダイレクト荼毘が通例であった。しかし一部の元々ヤバい人職員以外には絵面と臭いにおいて死ぬ程不評を博し、実際日ごとの自殺者が心持ち増えたりそっち方面に目覚めそうになる職員が出たりしているうちにガソリンが底を尽きたのだった。

 現在は窓から投げ捨てることで対応している。実際、古塔と瀬名が話している間にも上階からはちょくちょく死体が降っていた。少しずつでも被害を食い止めるために全ての階段は封鎖されており、別の階層とやり取りをすることは無いのだが、行きついた結論は同じようだ。
 死者の尊厳に重きを置くほどまともな人間には口が無いため、不謹慎だなんだと騒ぎ立てる輩はいない。
 それにしてもじゃない?

「何が目的でそんなトチ狂ったことやろうとしてんだよ。知らん間にヤバめの宗教とかできてる?」
「違いますよ~。わっしょいわっしょい!って胴上げしたら何らかの大会で優勝したっぽくてテンション上がるじゃないですか?それが狙いらしいですよ!」
「なるほどな。理にはかなってるか……。」
「古塔さん倫理観ヤバくないですか?」
「急に梯子外すのやめろや!」

 あはは、と瀬名が乾いた笑い声を上げる。

 食品倉庫まで来た目的は果たした。話もひと段落着いたし、世間話に花を咲かせるのはやることをやった後にしようと、食堂へ続く扉に手をかける。

「こんなの、おかしいですよね。」

 笑みを含んだ声色のまま、瀬名はそう呟いた。
 顔を横に向けると視線がかち合う。赤を主張する双眸とその下に色濃く落ちる影は、どちらも昨日今日でできるものではないはずだ。


「私にも、何かできることがあったんでしょうか。」


 無いよ。
 誰にも何もできなかったから、世界はこうなったんだ。

 そんなことを口にできるはずもなく、答えには沈黙を選ぶ。当然、本人にも答えなど分かり切っているのだろう。
 ノブを捻ると喧騒が再び耳に届いた。

「じゃ。あんま飲みすぎんなよ。」

「はい。古塔さんも、できれば長生きしてくださいね。」

 現在はSCP-774-JPについて語らっている人々の輪に向かう瀬名に手を振った。もう一方の人だかりも、ヒートアップし続ける議論に終わりの気配はない。

 最初は皆、抗っていた。財団職員は世界のために死ぬべき人間だから、財団の敗北宣言に似た通達を受けても、世界の変容にも、愛すべき人間の死に目に会えすらしないことにも耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、耐えて、___諦めた方が楽だと気が付いてしまった。
 一応、他サイトの同類と通信を繋ぎ、報告書の山を漁って、この惨劇に宛てる銀の弾丸を見つけようとしている連中は今もいる。見えもしない未来に縋ることで正気を保っているんだろうと思う。しかし、何かを支えにして生きる人間は、それが虚仮だと気付くと容易く折れてしまう。
化け物どもにいつ突破されるとも分からないバリケード。引くことのない波のように広がり続ける低ヒューム地帯に、逃げ場など無いとでも言うようなお天気模様。その他諸々。
 こんな世界でまだ息をしているのは、全てに匙を投げながらも自分の意志で死ぬことすらできない、愚かで臆病な人間だけだ。それは勿論、自分も含めてのことだった。

 枯れ果てた観葉植物を一瞥して、古塔は食堂を後にする。両手の酒瓶がずしりと重たい。


 この研究室には物が多い。ミルフィーユのように層を成している書類や様々な機器、ついでに保存食の包みや空のペットボトルの群れをえっちらおっちら避けていくと、デスクに突っ伏している部屋の主___白峰が目に入った。寝返りを打つこともなく、数時間前と全く同じ親友の姿に苦笑いを浮かべる。

「よぉ、さっきぶりだな。」
「いい部下持ったなお前。見てみ?めっちゃ丁度いいもんくれたよ。」

 両手の酒瓶をドヤ顔で掲げた後、片方は音を立てないように机上に置く。ポケットから取り出した栓抜きでもう片方を開けると、中身の液体を白峰の身体にぶちまけた。ひどいアルコール臭が鼻をつき、古塔は顔を顰める。

「あの子、これでパーティーするとかほざいてたけどマジ?俺なら一口で吐くけど?おたくの研究室どんな教育してんですかね。」
「つーか……改めて見るとめちゃくちゃ散らかってんなこの部屋。年末に大掃除手伝ってやったのに意味ねえじゃん。」

 白衣の裾から滴るエタノールが床を濡らす。すっかり軽くなった瓶を投げ捨て、もう一つの瓶へと伸ばす手は途中で方向を変える。その辺に立てかかっていた良さげな棒を掴み、天井へ鋭い刺突を加える。火災報知機はあえなく粉砕され、続く二撃目でスプリンクラーも無力化された。

 数年前のこと。同じく白峰研究室にて七輪でししゃもを焼いたところ煙が火災報知機に反応し、部屋は湿度100%を超えるわサイト管理官に死ぬ程怒られるわで酷い目にあったのだ。
 経験を糧として同じミスを二度犯さない。財団職員として当然のことと言えるだろう。

 役目を終えたいい感じの棒を放り投げ、手にしたのは二本目のアルコール。部屋を軽く回って燃えやすそうなものにじゃばじゃばと振り撒くと、部屋には胸の焼けるような匂いが立ち込めた。
 途中、物陰から現れたデカめの虫に悲鳴を上げたり床に転がっていた拳銃に躓いたりもしたが、その音にも白峰が反応することはない。眠っているようにも見えた。すぐに空になった瓶を握りしめて、尚も古塔は話しかける。

「つーか、お前も馬鹿だよな。O5からのメール見てない訳じゃないだろ?」
「こんなん諦めたって誰も責めねぇって。どうせなら、俺と一緒になんか……トランプとかオセロとかやって暇潰しに付き合ってくれりゃよかったのによ。」

 当然、返答など無いのだが。
 多くの時間を共有した親友といえど結局は赤の他人だ。だからこそ、分からなかった。近付く死の気配に恐怖を抱かなかったのか。諦めたと笑った古塔に憤りを覚えなかったのか。機動部隊の犬死にを安全圏で見ているだけの自分自身に何を思っていたのか。
 部屋を出てマッチに火をつける。この小さな火種を室内に投げ入れて扉を閉めれば、古塔なりの弔いは終わりだ。
 なんだかんだと理由をつけて入り浸ったこの部屋を、瞬く間に炎は舐め回すだろう。死の際まで白峰が信じ続けた未来は燃え尽きるだろうか。祝い事があったときにでも飲もうと笑いあって戸棚の奥に隠した日本酒は焼け残るだろうか。

 涙は出なかった。
 泣くには現実強度ヒュームが足りないらしい。

付与予定タグ: tale jp


    • _


    コメント投稿フォームへ

    新たなコメントを追加

    批評コメントTopへ

ERROR

The Aramine's portal does not exist.


エラー: Aramineのportalページが存在しません。利用ガイドを参照し、portalページを作成してください。


利用ガイド

  1. portal:7873216 ( 05 Feb 2022 05:18 )
layoutsupporter.png
特に明記しない限り、このページのコンテンツは次のライセンスの下にあります: Creative Commons Attribution-ShareAlike 3.0 License