穏やかな紺碧の洋上に小さな船舶が浮かんでいる。船上では、非常に特徴的な男と、あまりそうでは無い男が対峙している。前者はターミネーターに登場するような機械人間、後者は地味な色のコートを着た青年だ。
明らかに不自然な状況の中、ターミネーターが口を開いた。
「ミラーさんよ、先に聞いておきたいんだがあんた、財団の調査の一環でここに来たのか?」
ミラーと呼ばれた男が答える。
「いや、ここに来たのは個人的な話をするためだよティレス。記録には一切残らない。レベル4にもなるとこの程度接触には目を瞑ってもらえるのさ」
「結構なことだな」
ティレスは無機質な声で呟く。
「話とは何だ」
ミラー上級職員は目を細める。
「無論、君たちの聖地についてだよ」
彼らを乗せた船は地中海の秘匿された領域を漂っている。ティレスのようなぜんまい仕掛けの番人によって守られている、壊れた神の教会の聖地、財団がSCP-2217と呼称する浜辺の近海だ。研究主任であるミラーはティレスとの非公式の対談を望み、ティレスはそれに応じた。
「実を言うとな、我々は待ちくたびれたんだよ。君たちが予言したサーカイトの大攻勢までにほとんど猶予が無いというのに、君たちは何をやっているんだ?」
潮風で錆びついた顔がミラーに向けられる。
「何って、何をするんだ?」
「いい加減にしてくれよティレス君」
ミラーは僅かに怒気を孕ませた声で続ける。
「君たちがわざわざ浜辺を占領した理由だよ。Aleph-15、壊れたる神の召喚はまだかと聞いている」
壊れたる神。ティレスが所属する教会の最高神。デミウルゴスとの終わりなき戦いを演じる大いなる機械。
「君たちがあの浜辺に大層な魔法陣やらシンボルを描いているのはこちらでも確認済みだ。だが肝心のパーツはどこにある?螺子は?シャフトは?歯車は?君たちの教義では神を再構築するんだろ?部品を用意しなきゃ話にならないじゃないか。」
「パーツだと?」
小馬鹿にしたような声色─実際は機械音声なのでなんの変化も無いのだが─でティレスは続ける。
「あんたも案外古臭い考えに囚われているな。教会でそんなことを言っているのはウン百歳の長老どもだけだよ。俺たちがここで喚び出そうとしているのは正真正銘の全能たる神だぜ。脆弱なレプリカじゃないんだ。」
「ではあの浜辺に流れ着く部品は何のためにある?」
「細胞だよ」
「ハッ!メカニトにしては随分場違いな表現じゃないか?」
「平たく言うとそうなる。あれは壊れたる神の構成要素のごく一部に過ぎない」
「ではあの部品も神の一部と言いたい訳か。では神はどんな姿をしているんだ?」
しばらくの沈黙が流れる。
「それを教えるには早すぎる」
ミラーはがっくりと肩を落とした。
「なあティレス君。僕はこうして世界を守る任務に着いていることを誇りに思っているがね、正直キツいんだよ。今度のオカルト大戦はかつてない規模になるだろうし、大勢が死ぬことになる。以前の財団ならば君たちの神様だってアノマリーとして収容しなければならないが、今にも黙示録が始まろうとしているんだよ。なりふり構っていられないさ。それこそ神頼みだよ。だから君たちが少しでもそれらしい仕事ぶりを見せてくれていたら、我々も希望が持てるかもしれないんだ。」
突如、海に雷鳴が轟いた。SCP-2217周辺で発生する、神の雷だ。
「見ろ、これが俺たちの仕事だよ。頭の硬いあんたらには、俺たちがただのんびりと神の降臨を待っているようにしか見えんだろうがな、往古よりの力に対して俺たちが出来ることなんてほとんど無いんだよ博士。」
「ここでは啓示を授ける雷が落ちる。祝福の部品が漂う海洋がある。少し考えればすぐに分かることだよ」
ミラーが我慢の限界を迎えた。
「ティレス!戯言を言うのも大概にするんだ!万策尽きたのならばそう言え!お前らが下らん召喚の真似事をしている間にもサーカイトどもは肉のバケモノを何百ダースも拵えて世界を食い荒らそうと狙っているんだぞ!」
肩を震わせるミラーとは対照的に、ティレスは平静を保っている。
「博士、あんたが正当な手順を踏まずに聖域に侵入できているのは俺が他よりもフレンドリーで、あんたを信用しているからなんだぜ。頼むからここで神を侮辱するようなことを言わないでくれ。財団とは一時的な協定を結んでいるとはいえ、あんたの身の安全は保証されてないんだ。」
ティレスの言葉で、ミラーはいくらか落ち着きを取り戻したようだった。
「ああ、クソ、すまなかった。どうもこの仕事をしていると、気が滅入ることが多くてね。」
ティレスは屈み込んで海水を掬い取り、しばらく眺めると再び海に戻した。
「神経質なあんたを安心させてやるよ。神は必ずこの地に降りる。だがあんたの想像とは少し違うかもしれない。俺たちはあんたら財団を完全に信用しているわけじゃ無いから今それを教えることは出来ない。その時が来れば、あんたも神の威光を目にすることになるだろう」
「全く安心出来ない予言だな」
ミラーは迎えのボートがやってくるのを眺めながら呟いた。ティレスは目線を海から空に向けた。
「確かにあんたの言う通り、今度の戦いでは大勢が死ぬだろう。俺も、あんたも、生き残れるかどうか分からない。だがな博士、我らの神は必ず勝利する」
「どうしてそう言い切れる?」
「賢者は歴史に学ぶっていうだろ。そして歴史では、俺たちは常に勝ってきた。これからも勝つのさ。」
緊急連絡: 監督評議会より全域に通達
シナリオXK-610-Ωが発生しました。Gol-002による全世界規模の攻勢に備え、現時点より当該シナリオの収束が最優先事項に指定されます。三頭政治及びGol-004との協定に基づき、対サーキシズム戦線が展開されます。
経過.XK-610-Ω: 以下はシナリオXK-610-Ω発生後の主要なタイムラインです。
| 日時 | 事象 | 概要 |
|---|---|---|
| 2020/1/1 | サーキック・カルトによる全世界的な宣戦布告が行われる | 複数の公共放送が一時的にジャックされ、カルキスト・ウェリコスと名乗る人物によりサーキック・カルトのプロバガンダ及びXK-610-Ωに関する内容が放送されました。これらの放送の直後、収容中のサーキシズム関連オブジェクトが一斉に脱走を図り、そのほとんどが脱走に成功しました。 |
| 2020/1/3 | サーカイトによる武力制圧 | 南アジア、中央アジアの複数の人口密集地において、同時多発的にサーカイトの襲撃事案が発生。襲撃勢力は多様なSK-BIO実体を伴っており、少なくとも150,000人が死亡し、SK-BIO実体のさらなる創造に利用されました。 |
| 2020/1/10 | SCP-610の活性化 | 感染区域の地下より、多数のSCP-610感染者で構成された全長約60mの巨大実体が複数出現し、現地に待機していた壊れた神の教会構成員との交戦に至りました。世界オカルト連合による支援爆撃及び原因不明の放電現象により現在は沈静化していますが、周辺の地域にSCP-610が拡大しており、複数の集落が壊滅しました。 |
| 2020/1/23 | 複数の財団サイトの壊滅 | イギリス、フランス、ポーランドに位置する複数の財団サイトがサーカイトの攻撃を受け、壊滅しました。いずれも残存職員により自爆プロトコルが実施されており、敵勢力による掌握は防がれました。また、世界オカルト連合、境界線イニシアチブの施設も同様の襲撃を受けました。 |
| 2020/2/3 | 東アジアにおける人口密集地への侵攻 | サーカイトは、より多くの有機素材を得るために当該地域を攻撃しました。現地支部では以前よりサーカイトの侵攻に備え、要注意団体との協力体制のもと新型兵器の製造を行っていました。今回の侵攻に際して新型兵器が投入され、サーカイトは一時停滞を余儀なくされました。 |
| 2020/2/15 | 古代実体の復活 | SCP-2408-4、SCP- 2191-3等、太古より不活性状態にあった巨大実体が復活、周辺の地域を破壊し多数の死者を出しつつ特定の地点を目指して移動を開始しました。移動方向より、当該実体群はSCP-2217を標的としているとの結論に至り、SCP-2217を中心とした防衛ラインが構築されました。 |
2020年2月5日現在、サーキック・カルトの戦力の大半がSCP-2217陥落のために投入されています。
「戻ってきたのか博士。あんたが生きていて嬉しいよ」
地中海に浮かぶ小舟にて、二人は再び相見えた。しかしミラーの見た目は以前と少し違い、財団製の標準支給戦闘服を身に着けている。空は分厚い雲に覆われ、かつて穏やかだった海は、今や大きな波が立ち、二人の乗る船は波の動きに合わせ大きく上下していた。
「そうだ!あんたらがここでやることを見に来た!研究主任としての務めを果たすためにな!」
波風の立てる轟音のせいで、ミラーは声を張り上げなければならなかった。だがティレスは音量の設定を上げるだけでよかった。
「他の奴らはどうしたんだ?まさかあんただけか?」
「そうだ!わざわざ世界で最も危険なオカルト大戦の中心地に乗り込む物好きはそういない!それで、メカーネはいつ現れるんだ!」
「間もなくだ。」
「それには少し時が足りん気がするぜ!」
ミラーは彼方の地平線を指した。
黒煙が至るところで上がり、爆音と獣の咆哮が、彼らのいる場所からでも聞こえるほどに響いていた。肉の焼ける臭いが漂ってくる。
「信じられないほどデカいゴリラとか、怒り狂ったタコみたいなのがこっちに向かって来てるぞ!防衛ラインが崩れるのも時間の問題だ!」
雨が降り出した。雨は強さを増してゆき、やがて荒れ狂う豪雨となった。
「クソッ!船で来たのが間違いだったよ!この季節のヨーロッパにハリケーンなんて来るわけないのに!」
もしティレスに表情筋があれば、彼はにやりと笑っていただろう。
「ふむ、浜辺に上がったほうがいいな。皆も集結している」
小舟は聖地に上陸した。既に多くのメカニトが浜辺に集まっていた。共通の目的のために、互いに宗派の違う者同士が手を結んだのだ。
部外者であるミラーはティレスの影に隠れるようにして様子を伺っていた。
「おい、俺がここにいることがバレたらやばいんじゃないか?」
ミラーが耳打ちした。
「問題ない。本来はここに三頭政治の指導者も招く予定だったが、全員断ったらしいな」
波はより高くなり、突風が浜辺に立つ者たちに吹きつける。どす黒く渦巻く雲からは、幾筋もの雷光が放たれる。
「何が始まろうとしている?」
ミラーが聞いた。
「俺たちが本当に何もせず待っていただけとでも思っていたのか?教会の気象学者たちはこの日のために何年も前から研究し、準備してきた。」
雷鳴が轟く。
「嵐を起こすのさ」
ミラーは呆気にとられていたが、しばらくして口を開いた。
「ええと、それは何かの比喩的なアレか?」
ティレスは空を見上げながら答える。
「いいや博士、文字通りの意味だよ。俺たちは人工的にハリケーンを作り出した。ペンタゴンとか中国の気象兵器を拝借したのさ。神の降臨に必要だからな。」
「本気で言ってるのか?」
「もちろんだ。ほら見ろ、始まるぜ」
浜に描かれたひときわ大きなシンボルの中心に、一人の男が立っている。
ロバート・ブマロ。壊れた神の教会の創設者にして再構築者。大祭司の衣装を身に着けた彼は天に向かって厳かに祝詞を読み上げる。
「その叡智は我らに星淵の真理を授け、その駆体は我らに永劫の刻を齎した。その力は魔法によって死せず、科学によって絶えず。」
「祝福されし風は砂塵とともに敵の躯体を砕き、怒りの雷は鎚の如く振り下ろされるだろう。」
「汚されし世界は壊れたる意志によって修繕され、崩された」
「「「願わくば忌まわしき肉を滅ぼし給え。壊れたる神よ。」」」
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- portal:7863290 (28 Jan 2022 12:18)




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