【5/15改稿】とあるエージェントの雪山遭難記録【ばコン参加希望です】

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「おい、おい!前田!しっかりしろ!」

俺は眠りこけている同僚の冷たい頬を叩く。彼は薄らと瞼を開けてこちらを見るが、すぐに閉じてしまった。俺は心の中で悪態をつきながら、スコップで雪の壁に小さな穴を開ける。

「ダメだ。ちくしょう。完全にホワイトアウトしてるじゃねぇか……」

遭難8日目、相変わらず雪は降り続けていた。そのせいで俺はたった3mの視界ですら確保出来ずに居た。ふと、友人に預けてきた唯一の家族とも言えるポメラニアンのポメのことが思い浮かんだ。

「ポメ……待っててくれ。絶対に、絶対に帰るからな」


俺──エージェント・東谷──は1週間前に調査依頼を受けた。依頼と付いているが俺たちに拒否権などない。

調査依頼

概要: 去年の12月から1月にかけて、登山客の行方不明事件が多発している。場所は長野県にある標高████mの███山を中心に1キロ圏内。期限は最長1週間。山の天候によっては早期帰還も許可する。詳細は同梱のしおりを参照すること。
発見経緯: 宿泊施設に忽然と残された装備品が見つかった。そのことを警察に潜入していたエージェント・海老園が報告した。
追記: 現時点でどのようなアノマリーか手がかりすらない。その上、冬の雪山でもある。細心の注意を払って調査を行うことを期待している。

人員: 総勢22名
エージェント8名
リーダー: 花山
メンバー: 海老園 前田 西本 東谷 柄谷 大塚 坂井
機動部隊よ-08("山男") 14名

サイト-81██ 責任者 ██ █ より

俺は依頼を受けた8人の同僚と一緒に登山用具を揃えた。花山がオススメするアイゼンにピッケル、アウターウェア、インナー、小型ガスコンロに高カロリー食などを詰め込むと、リュックサックはパンパンに膨れ上がった。


出発3日前、ある酒屋にて俺たちエージェント組は酒を飲んでいた。

「行方不明っても遭難しただけとかじゃねーの?」

「遭難しただけで15人も死人が出るとかありえねーだろ。現実逃避すんな」

「そりゃそうだけどよぉ、万が一誘拐犯とかが居て、そいつが強かったらどーすんだよ。俺、一応空手習ってるけど戦闘は苦手なんだよなぁ」

「それは大丈夫だろ。戦闘面で最強の機動部隊様が付いてくるらしいし」

「そりゃ頼もしいな。でも雪に隠れられてステルスキルとか怖そーじゃね?」

「縁起でもないこと言うなよ!怖くなるだろ!」

「ははは!まぁ、何も無いのが1番だな!」

「そうだな!」

各々浴びるように酒を飲む。調査の無事と成功を祈ってのことだ。みんな心の中では冬の雪山に行くのははっきり言って死ぬほど怖いと思っているが、それでもやらなくてはいけない。やりがい搾取という言葉を上司の辞書に刻みつけてやりたい。

「また辛気臭い顔してんな。そんなんだからいつまで経っても結婚できないんだぞ?」

一緒に行く同僚の1人、お調子者の前田が俺の傍に座った。俺はグラスを揺らして、中の酒を一気に飲み干した。

「余計なお世話だ。俺はポメだけで十分なんだよ」

「おーおー、強がりか。まぁ、飲め飲め」

そう言って前田は俺のコップに酒を並々と注ぐ。その酒も俺は一息で飲み干した。

「ひゅー。いい飲みっぷり。その飲みっぷりを合コンで披露すればモテること間違い無しだぜ?」

「揶揄うなら他のやつにしてくれ。それに俺は合コンが苦手だと何回言ったらわかるんだ」

「顔だけはいいくせに素直じゃないからモテねーんだよ。行き遅れても知らんからなー」

俺からいい反応が得られないと知った前田は席を立ち、他のグループに入っていった。

(結婚……か。この仕事に就いてから考えるだけ無駄と思……いや、いい)

雑念を打ち消すために酒をさらに煽る。もうこれで何杯目かもわからない安酒は、不安を胃袋に流し込んでいく。


そうして迎えた出発当日、俺たちは完全装備でバスに乗り込んでいた。飲み会のわいわいとした空気は無い。誰も一言も喋らずに静かにその時を待っている。

「あー、それでは今から最終確認を行う。みんな、3ページを開いてくれ」

バスのスピーカーから今回の任務のリーダー、花山の声が流れる。俺は冊子をペラペラと捲って調査の流れを再確認する。

「みんなわかってるとは思うが、午前7時に入山、10時までに第1キャンプに到着したあと、日が落ちるまで第1キャンプ周辺を探索する。異常性が確認されなかった場合は……」

既に暗唱できそうなほど聞いた文言が花山の口から垂れ流される。冊子から目を逸らし、窓の外を見る。まだ真っ暗な空に俺の顔が映し出された。確かに辛気臭い顔だ、と思い軽く笑う。

「なに窓見て笑ってんだよ。なんか面白いもんでも見つけたのか?」

前田がそんな俺を肘で突っつく。

「いや。ほら、最重要注意事項復唱が始まるぞ」

無理矢理話題を逸らした。窓ガラスに映る自分の顔は、表情筋が歪んでいた。そうして、冊子の最後を復唱し終えた時にはバスは麓の街に到着していた。


雪が積もっている街から登山口までは30分程度で到着した。ちょうど空が明るみ始めた頃でこれから登る、白銀の威風漂う山がうっすらと見え始めていた。

「それでは今より40分の装備点検と休憩を開始する。各自不備の無いように!」

我らの先導者たる、登山経験豊富な花山がひとりひとりの装備の状態を確認する。緩んでいる箇所を指摘したり、余分に持ってきたカイロを配布していた。

30分も過ぎると、空気が戦場に赴くそれになった。機動部隊の面々は装備をしきりにチェックし、紙に健康状態を記入していた。
その中で俺の拳は震えていた。寒さなのか武者震いなのか区別がつかない。

「緊張するな。どんな物が出てくるか……鬼が出るか蛇が出るか……」

西本がボソリとつぶやく。それに柄谷が答える。

「1番いいのは何も無いことだけどな」

「お前まだ言ってんのかよ」

そうして俺たちは山に入っていった。


警戒しながら雪が積もった山道を進む。低木がそこら中に生えている。落ち葉を踏みしめながらゆっくりと進む。

初動は順調だった。数十分も登ると頬に当たる風がどんどん冷たくなる以外はとても順調だった。そう、本当に順調だった。くどい様だが、これが災いした。本当に俺たちはマヌケだった。

「なんか全然人の気配も獣の気配もしないな」

「冬だからか?」

不思議なほど生物がいない。いくら冬の山であろうとも鳥の鳴き声ぐらいは聞こえてもいいのに、俺の耳には葉を落とした木々の間を吹き抜ける風の音しか聞こえなかった。

予定より20分ほど早く3合目の第1キャンプの小屋に到着すると、昼飯組と捜索組の二手に別れた。

俺は昼飯組に振り分けられていた。正直こんな不気味な山を捜索するのは怖かったので嬉しかった。

「ほんじゃ、行ってくるから美味いもの作っといてくれや」

最低限の自衛可能な装備を持った前田らが機動部隊の半数と共に扉から出ていく。

俺たち残り組はラジオで今後の天気を聞きながら、飯を作る。コンソメスープと魚肉ソーセージを使ったチャーハンを作った。男しかいない集団の割に、なかなか上手に出来た。

「おー!いい匂い!」

作り終わった頃に捜索組が帰ってきた。全員寒そうだったが、傷も何も無かった。

「なにか成果は?」

「いんや、なんも無い。もし足跡かなにか残しても、一昨日の雪のせいで足跡が全部消えてるんだろうな」

そうして暖かい食事を終えた捜索組は夜番するために仮眠することにした。俺たちは食器を洗って、小屋の2階から周りを偵察する事にした。怪しい場所を洗い出してから捜索するという作戦だった。

「どうだ?」

「んー。特にこれと言ったものは無いですねー」

海老園が双眼鏡を使って辺りを見回す。真っ白な雪に包まれた山は光を反射し、見ているだけでも目が痛くなりそうだった。

「ん?あれは?」

俺は北北西に動く何かを見つけた。

「ちょっと貸してくれ」

双眼鏡を借りて動いた場所を見る。しかし特に何も無く、枯れた低木が風で動いたのか?と思った。

午後2時から4時まで、俺と海老園、機動部隊4人で軽く捜索をする事にした。午前の捜索組が付けたと思わしき足跡とは逆方向に進んだ。少し歩くと林に突き当たり、視界がかなり悪い場所に出た。

「なんか怖いですね。こんなところになんかがいたら、絶対わかりっこないですよ」

海老園がしきりに周りを見渡す。しかし、時折木が風に揺らされて鳴くだけで特に不思議な物は……あった。

「あれは……人?」

海老園がだいたい4mほど離れた木に引っかかっている人の死体を発見する。仕事柄、死体には慣れているが、こんな高さで死んでいる人は見たことがなかった。服が所々破れて血が滲み、左腕と右足は逆方向にねじ曲がっているようだった。

「なにか異常性があるかもしれん。とりあえず写真だけ撮って帰ろう」

そう提案して、持参したカメラで1枚撮る。別に神仏とかは信じていないが一応遺体に向かって合掌した。その後、俺たちは逃げるように小屋へと戻った。


「なるほど、これがその死体か。……写真を見るに相当ボロボロだな。滑落したようにも見えるが、なぜ木に引っかかっている。第1キャンプ付近に崖などないぞ」

花山は苦々しい顔で分析する。他のメンバーも一緒に写真を見る。当然、誰もが同じことを思っていた。

「少なくとも偶然で行方不明が多発した、って線は消えたな。偶然の行方不明であんなに高い木に引っかかっていることはないだろう。その死体自体に異常性があればまた別だが」

覚悟はしていたが、これが間違いなく危険な任務であることを、より肌で感じた。俺は任務が終わったら溜まっている有給を使って、ゆっくりポメと触れ合うことを決心した。

「とりあえず、今日はそろそろ日が暮れる。探索はここまでにして明日から頑張ろう」

花山が夜番のシフトを作った。仮眠をとっていた前田達が起床し、かわりに俺たち第2次捜索組が睡眠をとった。意外と身体に疲れがあったようで、直ぐに俺の意識は消えた。


「起きろ、交代の時間だ」

だいたい朝の4時頃だろうか。機動部隊の1人が俺の肩を揺さぶり、意識を覚醒させる。未だ重たい瞼をこじ開けて起き上がる。

「ほれ、目覚めのコーヒー」

「お、ありがとう」

彼が用意したコーヒーを一口飲んで立ち上がる。小屋の中は相変わらず突き刺すように寒いが、今は眠気を吹き飛ばしてくれたことに感謝した。

「俺は休憩する。日が出てきたら起こしてくれ」

彼はモゾモゾと寝袋の中に入り、すぐに寝息が聞こえ始めた。

「うー寒い寒い」

持っている防寒着を何枚も重ね着して、ようやくなんとかなる寒さだった。花山のカイロが暖かい。

「おはよう。よく眠れたか?」

別の機動部隊の人が声をかけてくる。彼はポッドからお湯をコップに移し、ゴクリを1口飲んだ。

「あぁ、それなりに。周りに異変とか無いか?」

「無かったと聞いている。さすがにこの大人数には手が出せないだろうよ。だが相変わらず不気味なのがな」

俺と彼は暖炉の前の椅子に座る。小屋の窓から外を見ても、暗闇があるだけだった。時折吹く風が窓枠をガタガタ揺らす。
1度だけ背後に視線を感じ、振り向いた。だけれども、そこには何も無く、ただ前田がスースーと寝息をたてているだけであった。


そのまま朝が来た。俺が夜番している間も特に何か発生することは無く、無事に出立準備が完了した。半数が第2キャンプまでの道を先行して下調べし、残りのが物資を持って行くというスタイルで行われる。そして俺は先行組だった。

「今度は俺が先行組か。まぁ先に行って待ってるわ」

「おう、俺たちのために道をしっかり調べてきてくれよ」

前田は後発組だった為、一時的に別れることになった。俺は余分な物資を前田に預け、さっさと出発した。

道中は至って平和で、道に10cmぐらい雪が積もっていて時々滑りそうになるぐらいだった。
特に怪しい動物も危険な場所も無く、俺たちは5合目の第2キャンプに到達した。頂上まではあと2ヶ所のキャンプがあり、今回の目標はとりあえず頂上に行く事だった。

『あーあー、テステス。こちら先行組。道は安全。繰り返すこちら先行組。道は安全。こちらからも数人派遣する。オーバー』

『テステス。こちら後発組。了解した。今向かう。オーバー』

『無事を祈る。オーバー』

通信を終え、後発組を助けるために3人の機動部隊隊員が第2キャンプを出た。暖炉に火を入れ、部屋を温めておく。ついでに軽食を準備することにした。

2時間後、無事に全員第2キャンプに到着した。

「お疲れ。軽食準備してあるぞ」

暖かいコーンスープを見せる。みんな寒かったようで、自然と笑顔になる。

「ありがたいな。いただくとしよう」

それぞれお椀を取って、コーンスープを胃袋に流し込む。人数分作ったはずが、1杯分余ったが花山がこれ幸いと飲み干した。ガタイが大きい分消費するエネルギーも多いのだとか。


その日も2階部分から辺りを見回していると、奇妙なものが見えた。地図で確認すると第3キャンプから約500mほど離れた崖にへばりついていた。

「崖に服?行方不明になった方の服でしょうか?」

「服だけか?なんか赤いシミが見えるような気が。いや、どちらにしろ服を剥がされたら生きていられるわけがないな」

別方向を見ていると、遠くの方に雪からブーツが生えていた。

「うわ、あれとか絶対雪崩に巻き込まれたヤツじゃないですか。恐ろしすぎる……」

海老園は怯えたようにこれ以上双眼鏡で覗くのを拒否した。仕方なく交代したが、それ以上の物は見つからなかった。ただ時間だけが過ぎていく。双眼鏡を覗いている間にも、また視線を感じた。


また捜索組が編成され、第2キャンプ付近の捜索に当たった。しかし、こちらも特に成果を得ることは出来なかった。異様に生命を感じないこと以外、本当に普通の山と変わりなかった。

帰ってきた頃には晩飯の準備は済んでいたため、そのまま食事を摂ることにした。すると、また1人分の食事が余った。俺は1日に2回も同じミスをすることを不思議に思いながらも、花山が平らげた。

その晩も特筆するべき点はなかった。


「これより、第3キャンプへと向かう」

今度は俺は後発組だった。

前田と海老園が先行組だった。待っている間、なにかが起きないかと不安だったが、無事に前田から連絡が来た。

『こっちは大丈夫なんで、普通に来ていいぜ。オーバー』

『了解。今行く。オーバー』

第3キャンプに向かう途中、先行組に居た2人の機動部隊が合流した。周囲の探索を兼ねてゆっくり進んでいった。どんどん進む方向に枯れ木が増える。雪が深くなってきたことも合わせて何度も足を取られそうになった。低めの崖を登り、荷物を引き上げるのにはかなり体力を消費し、到着する頃にはヘロヘロになっていた。

「お疲れ!俺達も軽食準備してきたぜ。ほれ、1本食べるだけで満足するヤツ」

前田が1本食べるだけで満足するヤツをくれた。なぜか大量に持っている、と不思議そうにしていた。チョコタルトだったが、俺はバナナタルトの方が好きだった。他のみんなも自分の分を食べた。不思議と味が感じられない。緊張しすぎているのだろうか。

その日は普通に捜索をした。俺と海老園、機動部隊の2人が捜索組に振り分けられた。地元民が事故が多発すると言っていた沢に行ってみる。

「特にないっすね」

海老園が思いっきり顔を逸らして、白々しい声で言う。

「あぁ、謎の水死体4体以外な」

再び死体があった。かなり腐敗が進んでいて、悪臭が漂っていた。吐き気を抑え込みながら写真に収めて、第3キャンプへと戻って行った。この山は本当に死体が多すぎる。もっとしっかり山全体を調べないといけないが、この人数では足りないだろう。

ふと振り向くと、川一面が朱色に染っているような気がして、やはり逃げ帰るようにしてキャンプへ走った。


その晩、ラジオの天気予報は明日の夕方から吹雪くと言った。花山が険しい顔で地図とにらめっこしていた。

「ふーむ。とりあえず死体の写真だけか。成果と言えるものが無いが、遭難で貴重な人員を失うのは避けたい」

花山が帰還を決断した。明日の5時から17時までで一気に山を降りると決めた。少数精鋭だからこそできる技だった。

「それでは今夜の夜番は任せたぞ」

選ばれたのは俺と先日も一緒に夜番した機動部隊の隊員だった。シフトが短い気がする。身体から疲れが抜けない。

「さすがにこの山はおかしいよな。少なくとも閉鎖して、春に調べ直した方がいいと思う」

「それはそうだ。人が大量に死にすぎている。絶対この山には何かあるはずだ」

心に不安がどんどん広がって蝕んでいく。何か話していないと気が狂いそうだった。


「ウソだろ……こんな事あるのかよ……」

下山開始から2時間しか経過していない時点で、雪が吹き荒れ始めていた。顔にぶつかる雪の弾丸がとてつもなく痛い。

「マズイな。第3キャンプから第2キャンプは4時間あれば行けるが、雪の影響で大幅に遅れるかもしれん。しかもこの後崖を下りなければいけない」

花山は難しい顔で唸っていた。専門家じゃない俺たちはネットで調べた知識を元に提案する。

「俺は引き返した方がいいんじゃないかと思うぜ。食料はなぜか死ぬほど持ってきてんだ。多分もう7日ぐらいなら余裕で生き延びられると思う」

前田の提案に俺は賛成した。このまま険しい道を降りるよりも比較的平坦な来た道を戻って、吹雪が止むまで待った方がいいと思ったからだ。

「そう……だな。そうしよう。みんな、引き返すぞ」

花山も同意し、俺たちは引き返すことにした。一概に引き返すと言っても当然足跡は雪で掻き消えていた。極稀に吹雪が弱くなる僅かな時間を狙って現在の位置を特定し、ゆっくりと確実に第3キャンプに戻ろうとした。



「我々は遭難した」

花山が天を仰ぎながらあっさりとそう言った。薄々俺も勘づいてはいたが、改めて言われると心に来るものがある。前田は慌てて目を拭いた。引き返し始めてから何時間も経過している。それでも一向に第3キャンプに到着しない。最後に地図を確認できたのは2時間前のことだった。

既に日は傾き、吹雪はさらに荒くなる。こまめに休憩を取ったとはいえ体力の消耗は尋常ではなかったのだ。

「き、救難信号は既に打ったのか?」

機動部隊の隊員の声が震えている。恐怖と寒さで呂律が回らないのだろう。

「あぁ、引き返した時に打った。だが返事がまだ帰ってこない」

「おいおいおいおい!そりゃないぜ!」

前田が悲痛な叫びを上げる。俺も泣き叫びたい気分だった。遭難してしまった事実が重く心にのしかかる。固まってお互いを風避けにしているが、そろそろ手足の感覚が無くなりそうだった。

「ビバークするぞ。少人数でも入れるぐらいの雪洞ならすぐ掘れる」

俺たちは持参したスコップで雪を掘り始めた。雪はサクサク掘れたが、残り少ない体力をさらに消耗した。

「身を寄せ合え、体温を共有した方がいい」

俺たちは大量にあるカイロを身体中に貼り付け、体温を保っていた。その時、前田がふと呟いた。

「なんで俺たちさ、機動部隊の銃を持ってんだ?」

空気が凍りついた。俺も花山も前田の持つ銃をじっと見つめる。前田の額に一筋の汗が流れた。

「な、なぁ。どうして黙ってんだ?」

「ちょっとリュックサックを寄越せ」

花山がリュックサックを開く。明らかにエージェントが持つのにふさわしくない銃弾や拳銃が入っていた。持ち主がいない拳銃は黒く鈍い光を放っていた。

「山を調べるのにたった3人のエージェントしか投入しないってことは有り得るか?普通は機動部隊なりなんなりとだよな。なら、俺たちの機動部隊はどこだ?」

花山がポツリと呟く。俺と前田は頭を抱えた。脳内に最悪な想像が浮かび上がる。あながち間違っていないのかもしれない。こんな場所で死にたくない。その想いが胸を駆け巡っていた。


遭難2日目。雪は止まない。まだ話が出来る程度には元気がある。食料も潤沢にある。心配はない。助けは来る。そう己を鼓舞しなければ今にも気が狂いそうになる。


遭難3日目。まだ雪は止まない。カイロを無計画に使い過ぎてしまった。節約せねば。死にたくない。


遭難4日目。雪は止む気配がない。救難信号を何度も打つが返答がない。大丈夫、食料が俺たちを慰めてくれる。俺は死ねない。


遭難5日目。雪止まない。でも死ぬわけがない。コンロがガス切れを起こしたが、大丈夫に違いない。


遭難6日目。花山が痺れを切らして外に出ていった。雪は止まない。俺は死なない。


遭難7日目。生きたい。


遭難8日目。食料に底が見え始めた。雪はまだ止まない。生きろ。


遭難9日目。雪が時々弱くなる。希望が見えてきた。


遭難10日目。雪が弱くなってきた。助けを求めるために外に出る。前田は昨日から反応が無くなっている。



判断ミスだ。雪は弱くなんかなっていなかった。山が俺を誘い出すための罠に決まっている。クソッタレ。死んでたまるか。




もう、足が動かない。雪に倒れ込む。冷たい雪が俺の頬を突き刺す。まぶたが重い。眠気に抗え。家に帰るんだ。暖かい家に。


意識が覚醒する。まぶたがゆっくり開き、白い天井が目に入る。ここはどこだろうと思いながら体を起こすと、全身に鋭い痛みが走った。苦痛で顔が歪む。異様に体が重く、倦怠感がまとわりついている。目を擦ろうと右手を顔に近づけ、皮膚と皮膚の接触を待つ。しかし、顔の皮膚にぶつかったのは布の感触だった。

右手を見る。包帯でぐるぐる巻きにされた自分の手がある。その手は異様に小さく、薄っぺらだった。指が無くなっていたのだ。左手を見る。やはり指がなかった。

「あら東谷さん、起きたのですね。ちょうど先生が診療に来ますよ」

扉の方から女性の声が聞こえる。そこでようやく自分が病院のベッドにいる事が理解出来た。そして声を絞り出す。

「俺は、生きている……のか?」

「あぁ生きているとも。本当に、奇跡的に生きているよ。第1キャンプ付近で倒れていたらしい君が搬送された時9割9分助からないと思っていたがね」

白衣を着た男が隣に立つ。上田と書かれたネームプレートを見た瞬間、一気に汗が吹き出た。

「お、おい。前田はどこだ!?前田は!?」

「落ち着け!落ち着いたまえ!君、早く鎮静剤を投与するんだ!」

無理矢理取り押さえられ、腕に鎮静剤を注射される。急激に意識が朦朧とする。そんな俺に医者は言った。

「今、あの山には第2次調査隊が派遣されている。君たち第1次調査隊が1週間を超えても帰還していないことを受けて、派遣が決まったよ。今日で派遣されてから4日目かな。報告で第1次調査隊22名のうち、20名の死亡が第2次調査隊により確認された。そのうちの1人は自宅で死んでいたがね。それで、君が今のところ、唯一の生存者だ。あとで職員からインタビューされることになる。だから今はゆっくり休んでくれ」

ダメだ、あの山に誰も入らせてはいけない。そう言おうとしても口は言うことを聞かなかった。


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