D-00001

現在このページの批評は中断しています。

評価: 0+x
blank.png

ジョシーは財団の新たな試みに疑念を抱いていた。指令の順守がモットーである彼女だが、倫理観を殺すことは未だ出来ていなかった。壁を眺め続けること20分、溶接されたかのように重い足を踏み出した。彼女は現在刑務所に居た。向かう先は独居房、ドアに手を掛ける看守に封筒を渡し中を覗き込む。

「イリヤス・ジョーディ」

彼女の耳は自身の声が反響する様を伝えるのみである。

「出てきなさい、イリヤス・ジョーディ」

錆びついた金属の擦れる音が彼女の耳を捉える。

「はいはい、時間ですね」

人の顔を剥ぎ取り、そのまま壁面に押し付けたような表情の男がその全貌を顕にする。

看守の靴が擦れる音を蔑ろに彼女は口を開く。「貴方の死刑は急遽取り止めとなりました、ご同行いただきます」

イリヤスは少し怪訝な顔になるが、彼女が吹き付けた睡眠薬によって表情筋は動きを止める。彼女は胃薬を口に押し込む。


ジョシーは眼前に横たわる男性を見つめながら考え込んでいた。これから行われるのは、人の命を弄ぶ行為であったからだ。勿論、その呼び方を否定する材料は余る程あった。28人、イリヤスが殺害した人数だ。動機は些か同情できるものではあったが、目的を果たした後も彼は殺人行為を止めなかった。通常の人間であれば、彼の事を快楽殺人鬼として捉えるだろう。それはイリヤス自身であってもそうだ。しかし彼女は些か善性が強すぎた。天秤にかけられれば即座に持ち上げられるであろう犯行の動機に、同情してしまったのだ。

サイトに到着して1時間後、イリヤスが起床する。ジョシーは緊張と罪悪感を握りつぶし、彼と相対する。

「イリヤス・ペーパーク、状況を把握できていないとは思いますが」ジョシーは口を開いた。彼女の考えうる中で最も当たり障りのない言葉だった。

「俺に何をする気だ? 解剖か? 臨床試験か?」彼の返答は、ジョシーの言葉選びの失敗を十分に表していた。

かさ増しされた重力を振り払うべく、彼女は言葉を綴った。「そんな事はしません、貴方にはとある密林地帯へ侵入を行って貰うのみです」彼女は言葉を止められまいと話を続けた。「事が終われば、貴方を開放する予定です」

イリヤスは反応しなかった。ジョシーは彼に少しでも表情を緩めてほしかったが、期待通りの結果は得られなかった。ジョシーのその気持は懺悔からくるものだったか、後悔を塗り潰す為のものだったか、彼女にも理解できていなかった。


ジョシーの倫理観は未だ揺れていた。彼にとっての唯一の任務である調査は、決して安全とは言い難かった。彼女にもその全貌は伝えられていないが、彼女の経験はそれを判断するに十分な情報だった。彼女は懇願した。彼が任務中に死亡する確率を減らす為、調査隊へエージェントを5名追加し、調査メンバー全員に食料と小銃を所有させる旨であった。上層部は彼女の懇願を2度拒絶したが、部外者を用いて行われる初の調査という事も加味され、彼女の懇願は可決された。

ジョシーは彼を殺さない事を第一目標としていた。それは、イリヤスが死亡した際に後味が悪い等といった理由ではなく、純粋に1人の人間として死んで欲しくなかっただけの事である。


調査が始まって2分が経過した頃、彼女の胃は限界に達していた。先頭を進むイリヤスを見つめる目は霞んでいた。

「怖く、無いですか?」

彼女の財団職員としての意識は最早微塵も無かった。ジョシー・ペンシルバースという一人の人間として、イリヤスの事を気遣った。イリヤスは無言で後ろを振り返ったが、表情に変化は感じられなかった。

調査範囲の中枢区域に到達した地点にて、ジョシーが口を開いた。「今回の調査は此処で引き上げとする」彼女は、現地点が本来の調査区域より1km手前であることを知っていたが、最早気にすら留めていなかった。彼女の危惧していた事態は起こりうらなかった。その事実だけで彼女は救われていた。彼女はプラスチックの味が染み付いた水を飲み、後方を向いた。彼女の心は安堵で埋め尽くされていた。しかし、その直後、彼女の安堵は恐怖へと変貌した。前方に見えていた2名のエージェントの頭部が四散したのだ。彼女が小銃を引き抜くことが出来たのは、彼女の胴体を鉛が通過した後だった。彼女の脳は事態を読み込めなかった。読み込もうとしなかった。後方を振り向くことを彼女は本能的に拒否した。彼女は自身の中でイリヤスが神格化されていた事を漸く理解した。彼女は倒れ込んだ。彼女の目には、未だかつて見れていなかった物が映し出された。彼女の眼球に血液が付着した後も、こびり付いた笑顔が拭われる事は無かった。


ページコンソール

批評ステータス

カテゴリ

SCP-JP

本投稿の際にscpタグを付与するJPでのオリジナル作品の下書きが該当します。

GoIF-JP

本投稿の際にgoi-formatタグを付与するJPでのオリジナル作品の下書きが該当します。

Tale-JP

本投稿の際にtaleタグを付与するJPでのオリジナル作品の下書きが該当します。

翻訳

翻訳作品の下書きが該当します。

その他

他のカテゴリタグのいずれにも当て嵌まらない下書きが該当します。

コンテンツマーカー

ジョーク

本投稿の際にジョークタグを付与する下書きが該当します。

アダルト

本投稿の際にアダルトタグを付与する下書きが該当します。

既存記事改稿

本投稿済みの下書きが該当します。

イベント

イベント参加予定の下書きが該当します。

フィーチャー

短編

構文を除き数千字以下の短編・掌編の下書きが該当します。

中編

短編にも長編にも満たない中編の下書きが該当します。

長編

構文を除き数万字以上の長編の下書きが該当します。

事前知識不要

特定の事前知識を求めない下書きが該当します。

フォーマットスクリュー

SCPやGoIFなどのフォーマットが一定の記事種でフォーマットを崩している下書きが該当します。


シリーズ-JP所属

JPのカノンや連作に所属しているか、JPの特定記事の続編の下書きが該当します。

シリーズ-Other所属

JPではないカノンや連作に所属しているか、JPではない特定記事の続編の下書きが該当します。

世界観用語-JP登場

JPのGoIやLoIなどの世界観用語が登場する下書きが該当します。

世界観用語-Other登場

JPではないGoIやLoIなどの世界観用語が登場する下書きが該当します。

ジャンル

アクションSFオカルト/都市伝説感動系ギャグ/コミカルシリアスシュールダーク人間ドラマ/恋愛ホラー/サスペンスメタフィクション歴史

任意

任意A任意B任意C
    • _


    コメント投稿フォームへ

    新たなコメントを追加

    批評コメントTopへ

ERROR

The mukuku's portal does not exist.


エラー: mukukuのportalページが存在しません。利用ガイドを参照し、portalページを作成してください。


利用ガイド

  1. portal:7713699 (23 Oct 2021 07:52)
特に明記しない限り、このページのコンテンツは次のライセンスの下にあります: Creative Commons Attribution-ShareAlike 3.0 License