第五なハナシ

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「──それだけ?」
前方にはドロドロに溶けた太陽だけが昇っていた。ヘブル・ジェームンズはミルウォーキーのど真ん中で、ガラクタを引っ提げたオンボロ車を急がせた。まるでシカゴの鋼鉄プレスから命からがら逃げ出したばかりのチンクエチェントだ。度々錆びたタイヤが高速道路の亀裂に足を掴まれ大きく揺られた。助手席にはサマンサ・オータミ──人ならぬガールフレンドを乗せて。
彼らはヒトデのエイリアンのようだった。ヘブルは二本の触手をハンドルに巻き付け、人ならぬ器用なハンドルテクニックを魅せる。下の二つの足はアクセルとブレーキに絡ませている。最後の余った触手がフロントガラス越しに前方を指していた。彼らの共有する常識上では、かなりベタなドライビングだ。サマンサは右腕にあたるであろう触手をカプリサンのパックに巻き付け、窓から少し身を乗り出している。実際ヘブルに前が見えているのか、彼女にも分かっていない。
「そう」彼は存在しない頭で頷き、「きっとここでは何かあったんだ。隕石だかパックジュースの製造中止だか、そんなちっぽけな話じゃあない。僕が思うに、これはテラ1のフィフティストの連中だ」
サマンサは冷ややかな視線を止めない。「第五?」
「僕はコナン・ドイルはよく読む方だ。そう、きっと奴らに違いない。第五世界への昇華だ。フィーリング、感じるんだ。何よりも邪悪で何よりも気の抜けた何かが」
車はトンネルに突入した。ほんの5秒間の闇の一時をそこで過ごすと、海岸沿いの道路へ出た。サマンサは3本目の足でカーラジオのダイヤルを少しばかり捻った。煙を上げて音楽を流す。Seaside Retreat。その曲調はまるで今の彼女の感情と相反している。こんな世界じゃ、ダン・ギブソンだってエンターテイメントに盲目になってテレビを齧っているんだろう。
「でも、カプリソーネがなくなるだなんて信じられない」彼女は底のついたアルミパックを車窓から海を目掛けて放り投げた。それは5本脚の消波ブロック──つまりはペンタポッドの隙間を通り抜けて海の中に落ち、そこに住まうクリーチャー共の餌となって沈んだ。

 

「もっと信じられないことがあるだろう」ヘブルは興奮した様子でハンドルを叩く。アクセルを思い切り踏み込み、「君は違うが、僕はそれでもフィフティストってことだ。でもここには何もありゃしない」
「何?」サマンサは良い加減ウンザリしていた。この話に限っては5回目なんかじゃない。彼女はわざとラジオのボリュームを上げようとも考えたが、それも5の倍数にしか合わせられないことを彼女は知っていた。
「──第五世界だぞ?」

*

ヘブルの車は最後のカーブを突き抜けると、暴走するように開けたパーキングエリアの片隅へ突っ込んだ。右側に陳列する五角コーンを薙ぎ倒し、車体は走路のガターへと乗り上げる。慌てて彼はアクセルペダルに絡み付かせていた触手を解き、代わりにブレーキを押し込んだ。サマンサは驚きも急かしもしない。これも今日で丁度5回目。
車体は大きく横に滑り、前方に植えられたフェニックス2から5センチメートルの余白を残して停止した。ヘブルは一度深呼吸を挟み、そしてもうあと3人程はエイリアンのスタントマンが必要だろうと考えた。再びサマンサの視線に気が付くと、サイドブレーキに触手を引っ掛けようとする。「ああ、クソ、なんでシフトレバーまで5つあるんだよ」
都会かぶれの乾いた風が彼らの駐車場を通り抜けた。右手に見えるビーチからは、波とサーフボードとやけに大きなラジカセの音が聞こえる。この街はまるで自由だ。ウィスコンシン州ニューエイジ。言ってしまえばそんなところだ。窓から電極の切れたネオンライトが見えると、ヘブルの軟体な体は車を流れ落ちるように降りた。古ぼけたノッポな看板にペンキで上塗りされた「HARVEST STAR」の文字が見える。「さあ着いた」
彼らの訪れたそこは、シフターのオーナーと数人の骸骨の経営するこじんまりとしたカフェテリアだった。こんな時間にもなってしまえば彼らを除いて他に客はいない。開放的な窓ガラスは全て粉々に叩き割られていたが、彼らにとっては自身がインドア派なのかアウトドア派なのかでさえ、それほど重要なことではないらしい。
ヘブルとサマンサはエントランスの鈴音を潜り、リッチのガイドの後に続いた。案内されたカウンターは席が7つある。その内の1つは根元から切り取られていて、ゴーストでもなければ利用できない。彼女は奥から1つ目の席へ座った。結局彼は彼女の手前の席に有り付くことになった。
ピンクの淡い照明を身体中に浴びて、ヘブルはおそらく新鮮であろうカフェテリアの空気を吸い込んだ。彼の暇をもて余した手の一本は、左側の印刷されたタイポグラフィのウォールペイントを1行ずつなぞった。
「76年度の旧友共のお出ましだ。カフェとカエルの場面の席は用意しておけ、クソッたれサンディ」彼は呟いた。そしてサマンサに向き直り、「そう書いてある」
彼女は全く気にも留めていないように、彼らの隣に立つ、たった今墓場の自宅から飛び出したようなプロメテアンを眺めている。
「ねぇ、」サマンサは口を尖らせた。「これのどこが法悦なの?」
「そんなことあるかい」彼は不機嫌そうな様子で呟く。傍らへ立て掛けられたメニューを軽蔑するように持ち上げ、「皆見てみろ、何が起こっているんだ3。右から順に、5、5、50、5.25、5、5、55ドルだ」
サマンサは5ドルの表記を指差し、「じゃあ私はその左から2つ目の5ドルを頼むわ」
「ええと、君はフラペチーノが嫌いだったんじゃないか?」
「何も知らないのね」サマンサは冷たく返す。
「それなら、」ヘブルは低く唸り声を上げ、端から知っていたかのように答えを出した。「僕は左から5つ目だ」

*

片足を吹き飛ばされてもなおへっちゃらな様子のプロメテアンは、アイスコーヒーとフラペチーノを乗せた盆を頭上に掲げ、奇抜な歩みで彼らの隣にやって来た。それも一つのパフォーマンスであるかのように、ゾンビのウェイターは踊る両腕で彼らの前にオーダーを残して立ち去った。
ヘブルは吸盤でリッドを掴み上げた。悪趣味なオレンジのフォントで、「Alabaster of Melted Wax4」と殴り書きされたそれを、歩帯溝の間に流し込み始めた。隣の彼女はそれに刺されたストローの先を弄ぶばかり。
「しかしサム、正直なところ、僕はまだ第五が何なのかを分かっていない」ヘブルはエイリアンのような単眼でグルリと店内を見回し、彼女を見た。「僕が二枚目なのは知ってはいるが」
「それでもあなたはフィフティストじゃない」彼女はそれを横目に言った。
「いいよ、何でも質問して」彼は腕を組み(正式には数本の触手を絡み合わせ)、背凭れに大きく踏ん反り返った。「君よりかは詳しいはずだと思っている」
「結局、」サマンサは初めてヘブルの顔を見た時から、ずっと蓄積していた溜息を吐き出すように訊いた。「第五って、何なの?」
「オーケイ」ヘブルは語る。「僕が考えるに、そいつはビッグバンみたいな爆発から通ずるものなんだ」
「ビッグバンの起源は誰にも分かっちゃいない。しかしそれは何も無いところから、文字通り爆発的に湧き出てきたんだ」
「ミーム?」サマンサは呟いた。
ヘブルはコーヒーを片手に、見えない表情で戯けてみせた。「言ってしまえば、宗教だって皆ミームだ。口を揃えて同じことを唱えることができるようになれば、そいつはもうミームだ。どちらにせよ、それは恐ろしいほどに早く、そして念入りなプロパガンダの拡散で起きるんだ」
彼女は頷いた。それも形だけ。
「ただ単にこじゃれたバンドでヨーヨーヨーと叫んでるだけでそれがカルトになっちまうことだって稀なことじゃあない、第五にとってはだ」彼はエア・ギターをやって見せる。しかしそれはただ触手を忙しなく振るうだけで、エアドラムの方がまだマシな表現だっただろう。
彼は口を止め、背後のある意味ハメ殺しになった窓の向こう側を指差した。サマンサも彼の視線を追う。窓からはビーチが一望できる。砂浜の舞台上でザ・ビーチ・ボーイズよがりの若者がロックを片手に馬鹿騒ぎしている。およそ人類が滅亡したとは思えない。思わず彼は辟易した。「奴らは何だって夢中になれる」
「そうね」
「それかこの世の全てが変に頭を打ったヒッピーの夢の中だって騒ぐ輩もいるくらい、何でもあるが──星座占いは好きな方だったっけ?」
サマンサは首を横に振った。
「そう、それなら──」ヘブルは暫く唸り、既に半分ほどに減らされたフラペチーノを見た。「もっと良い話を持って来た」
「一度だけ、」彼は触手の一本を持ち上げ、「一度だけ、ジョージアの方を覗いたことがあるんだ。奴らの名は、第一南第五教会。災厄が終わった後のことだ」
「どうだった?」彼のガールフレンドは、半ば微温湯に浸かるくらいには彼の話に興味を示した。

 

「酷いもんだった」彼は自分が一応フィフティストであることを知っておきながら、言い放った。「リッチになってビッグチーズはピンピンしてやがったんだ」
「そう」当てが外れたように彼女は再び、次は幾分面倒臭そうにストローを弄び始めた。「彼に聞いてみて、“どうして5なの?”って」
「それはニヤけた顔面とパイプと煙たさだけが板に付いたアイツには分かりやしないことさ」ヘブルは再びアイスコーヒーを流し込む。
「証拠にこいつを見てみろ」彼は丁度隣に開いていた次元の亀裂のような隙間に手を伸ばし、第五の聖典なるものを渡して見せた。それは聖典と呼ぶには余りに厚みがなく、海風がちょっとした荒げた姿を見せただけでも水平線まで吹き飛ばされそうなほどに弱々しい。

 

「まるでパンフレットね」彼女はページの数枚(それが表紙と裏表紙のみであったことに、多少なりとも彼女は不満を覚えただろう)を捲り上げ、簡潔に感想を述べた。
ヘブルはカウンターに身を乗り出し、「僕に教えて、他に何が書いてある?」
「上から見たヒューストンと、星のカレンダー。あとは──カエルとサンディの挿絵」
彼は一度溜息を吐き、「それが第五の聖典であると、北の奴らが喚くんならしょうがない。他に手立ては無い」
「つまり?」第五のパンフレットを傍らの次元の亀裂へ投げ込み、今度は彼女はカウンターに身を乗り出した。
「分かったかい?僕はずっと君の前で、君に感付かれないようにデタラメを垂れ流すだけの作業をやっていた。残念ながらそれが真実だ」彼は付け加えた。「今は」
ヘブルがもう一度彼女の手元を覗いた時には、プラスチックカップはとっくに底を突いていた。
「でも僕が分からないのはここからだ」途端に彼の声が低くなる。「第五にも宗派はある。ジョージア州のクソッたれが第五の全てじゃない。しかし奴らはその数にさえ気を払うような変態だ」
「第五のカルトはその名の通り5つあるんだってな?」彼は自分自身に問う。「北の五番、イカれたバンド、第一南第五、コメディアン、そしてヒッピー。どこに宇宙第五の入る隙間があった?」
「彼らも人間なの」サマンサは飽くまでも少しだけ彼らを擁護するつもりで言った。
「オーケイ、それならもっと分かりやすく──煙を吸って、数字を数えてみよう。1、2、3、4、5と来たら、」ヘブルは大きく息を吸い込み、それを長い溜め息に変えて、「次は6だ」
「彼らは人間だ。だからこれが気持ち良くって仕方がない」不運な神は嘆いた。「これだから宗教っていうのは嫌いなんだ。ファッキン第五、アンタらの遺体は僕がしっかり見届けてやる。君もきっとそう思い悩むことになるよ」
彼は5本目の触手を取り出し、空のプラスチックカップの位置を整えた。そして彼の身体は煙に化けて消えた。最後に彼の声だけを残して。「どうしてたまたま自分が呼び出されなくちゃいけないのか?って」
「ホントにそうね」彼女は6本目の触腕を取り出した。「あなたみたいな人、今の宇宙にだって存在しないわ」
彼の後を追うように、彼女の姿は砂となってカフェテリアを立ち去った。気付かぬ内にカウンターでは会計が済まされていた。
それを受け取った頭蓋のウエイターの数人は、一人は物珍しそうな様子で眺め、一人は陽気に口から煙を吐き出し、一人は砂となってカフェテリアのフロアタイルの隙間に消えた。
チップは、6ドルだったらしい。





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