ブラウン・ツリー

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SCP TALE ブラウン・ツリー

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ブラウン・ツリー

評価: 0+x
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ドレイヴンは、自分の父はファイルを残さないだろうとよく不満をこぼしていた。彼の遺す面倒事は、ゴースト局長のようなデスクに等間隔に並べられたファイルのようにはならないと語っていた。父は仕事は好きだったが、組織は酷く嫌っていたからだ。父は息子であるドレイヴンが自分のような結末を迎えることを嫌って、次に息子自身を嫌っていたからだ。

だから彼の遺体を海へ撒いた数日後、あのメールが舞い込んで来た時、ドレイヴンは酷く動揺していた。怯えていたし、嘆いてもいたし、喜んでさえいたかもしれない。嘘だ。嘘だジェームズ。タイミングが全てだった。彼らは即席の休暇を取り、安らかな朝食を共にしたり、太陽の高速道路を一日状走ったりもしたが、それでもドレイヴンの手は携帯から離れなかった。レストランを出てからはタローランが代わりにハンドルを握り、二人はミラノの夜景を良い思い出として残せるように奮闘した。その夜、二人は余りの疲労に押し潰されて眠った。

しかし、タローランは眠らなかった。


彼の父と同じ症状ですね。サイモン・グラス博士は問いかけに答えた。

タローランは思わず身構えた。コンドラキもそうやって死んでいったはずだからだ。そんな……それはどういうことです?

タローランは次に続く言葉を考えた。半分は怒りに任せて。そうすると苦しみの中、必死で彼を咎める恋人の姿まで想像できた。そうだ。感情的になるんじゃない、ジェームズ。

タローランさん。この先僕たちには施すことも、そう思い起こさない時間も必要になるんだ。そう言ってグラスは出来る限り二人から目を逸らした。

ドレイヴンの、恋人の手はかつてないほど震えていた。凍え切っていた。タローランは非力にも、手を重ね合わせるしかできないことを知っている。


彼らの家に着いた後、ドレイヴンには意味もなくシャワールーム近くの壁に凭れかかり、しばし座り込む習慣があった。

彼が機動部隊の一員として勤めていた時、“Decommissionedされた”オブジェクトの残骸とサイトの惨状を目の当たりにして、当時自分がどれほど高揚していたのかを理解した。実際、全ては予測範囲にあり、これ以上死者を増やすことなく事件は片付けられた。ドレイヴンはぎこちなくチームの数人に軽い挨拶をして回り、部屋の角に積み開けられた最低限の死体袋を見て、その後は一人で飯を食べたが、興奮が静まったようには思えなかった。

色んな記憶が頭を過った。かつてコンドラキが682に騎乗したことの経緯を、どれほど熱弁していたか。dukeがどれほど稚拙であの脳足らずな額に俺が直々に鉛玉をぶち込んでやるに値する吸血鬼なのか。コンドラキがいくつかのポップコーンを持ち込んで、それを若い機動部隊に映画のワンシーンのように語り、夜になるとどこか悲しげにベッドへ向かうのを見ていた。父の友人は小説だけで、心の中ではいつも孤独だったからだ。

今となっては良い語り草なのかもしれない。しかしこう思い返す瞬間は、いつも狼狽えて壁に凭れ掛かる自分の姿を目にする。視線に怯える幼稚な人間。ドレイヴンはこれが全てを感情に任せて選んだ道だと悲嘆した。彼の存在で、作戦が台無しになったと。

ドレイヴン。恋人が彼の名前を呼んだが、それでもドレイヴンの半身は眠ったような感覚から目覚めなかった。ドレイヴン。もう4時だよ、眠るべきだ。

ジェームズは残りの30分ほどを、彼の背中をさすり続けるために起きていた。

救われることはないだろう。否、決して救われてはならない。


ジェームズ。お願い。話をさせて。電話越しから悲痛な声が溢れるのを、タローランは聞いていた。

時々、ドレイヴンには意味もなく怒り狂う時間があった。フラッシュバックにより、咄嗟の昂りで彼はデスクの引き出しに手を伸ばし、自らを打ち殺そうと思い立つ瞬間があった……しかしそこに拳銃はなかった。それがタローランが隣にいてくれたからだと思い出す度に、過ぎた行いを恥じるのに明け暮れ、彼の恋人をも寄せ付けなかった。そうして1日1日が消費されていくように思えた。

この夜、ドレイヴンは怒りさえしなかった。何もかもが平坦に見えて、放心してスーツのままベッドの端に座っていた。

寝室の暗がりから様子を伺いながら、タローランは電話を握り締めていた。こうやって彼女と会話をするのは少し前にもあっただろうと考えた。思うに、彼の命日から──。

ドレイヴンと一緒にいるんでしょう? お願い。

もしこのまま負けてしまって、これがドレイヴンに渡ってしまったら、状況はどういう風に陥るのだろうか? きっと僕らの行く先は川の流れのように作られていて、逆流することなく目の前だけを見つめていられるのだろう。明るい未来のために。しかし川底は更に深く、熱されていて、触れてしまえば塵になる。立ち所にばらばらになって流れてゆく。望んでいないのに、指の隙間から抜け落ちていく感覚がするんだ。タローランはただ漠然と、自分は流されゆく砂粒一つに値する人間だろうかと考えた。

ジェームズ。

その一声から、彼は底の泥漿から引っ張り出されたように感じた。無意味な夢から覚めた気がした。その叫びは恋人のものと似ている。彼は震えた。いつか自分に起こってしまうことを何よりも恐れた。ベッドに寝かされたまま、彼を呼ぶ声。ドレイヴンの叫び。父の顔。

ジェームズ。話して。

タローランは呼吸をした。そして口は適当な話題を選び始め、それから彼女を慰めた。数秒後、静かに受話器を戻した。

僕はあの人に、何を、どんな声で伝えただろう? どんな顔で?


だからドレイヴン、君にはまだ忘れられる選択肢があるんだ。診察室でグラスは彼に向き直った。

それは違います、タローランが反論するために立ち上がろうとするも、素早くグラスの手が……そしてどうしてか、ドレイヴンもそれを引き止めた。

彼はタローランの目を見つめた。怯えようとしていた。しかし、それにさえも失敗し続けていた。

時間だけが癒してくれることもある。


何をしてあげられるかなんて、到底なかった。それでもタローランの両手は何かを書き留めることを望んだ。

洗面所に飛び火していた脳髄。父の帰りを待つはずだった病棟での沈黙。ドレイヴンの血管か浮き出るほどに握られた拳。アイリス、オフィスを整理を共有した時間。小説の一説──一説? 父を財団から手放してやる前のドライブは、少しは彼の理想になれたかもしれない。そう考えるだけで、彼は覚醒し悲痛の力があった。

既に彼の恋人は疲れていて、隣の部屋で眠っている。もう数ヶ月が流れ落ちようとしているが、戻らないことの方が多い。喪失がずっと大きく、この先もそうなるだろう。失った傷は癒され続けなければいけない。

もしドレイヴンにもう一度父親と顔を合わせ、抱き合い、話すことのできる瞬間があれば。夢があれば、理想があれば。

「ドレイヴンの父が、コンドラキ管理官が遺したもの」
タローランは呟いた。ファイルやメモ書きが遺されているとは考えない。しかし多くの功績があった。アイリス、蝶のカメラ、239事件だってそうだ。だが、秘密主義な管理者の本質的な愛は全く別にあったのだ。彼が生前、その関係性の一切を告げなかったもの。それがこの──

“ドレイヴンは今どこにいるの。”

タローランの持つペンの先、目と鼻の先に1匹の蝶が止まった。続いて2匹。3匹。真っ直ぐ見つめる蝶を前にして、彼の体は強張った。

タローランは彼女らに尋ねた。
「どうしたの?」

“さよならを言いに来たの。”

「……誰に?」

その瞬間、目映い光がタローランを覆った。蝶の群れは四散して、オフィスを埋め尽くした。彼ら二人を抱き締め、守るように。そう誓うように。タローランを包んで吹き抜ける風たちが、囁きたちが、拙い文体で彼らを励ました。彼女の言葉。愛してる。母のため。ドレイヴン。全ては幼い、子供たちの声。

羽ばたきの群れは乱れて、彼の肌を掠めて、あらゆる方に別れて飛び立った。次に目を開けると、タローランは草原に立っていた。

視界の端で不機嫌そうに寝そべった男の姿は、タローランにとっては銃弾のように感じられた。

彼はこれが夢だと信じた。

「あなたは一体……」

コンドラキ。恋人の亡き父親。

父の肖像(A portrait of your father)

記録始め

(タローランはしばらく立ち尽くし、草地に寝転がるコンドラキを見つめていた。ここにはやるべきことが、多くのやるべきことがあったはずだった。今は、何もかもが無気力で、無意味のように思える。タローランは茫然として立ち続け、男が気付いてくれるのを待つ。願って、ひたすら待つ)

(しかしそれが起こることは決してない)

タローラン: 義父さん。

(コンドラキは侮蔑されたように、彼を一瞥する。そして隣へ座りに来るように目で促す。コンドラキは年を取るにつれ、彼をがなり立てて呼ぶことはしなくなった。タローランが腰を下ろすが、その間も彼らは僅かに居心地が悪そうに見える)

コンドラキ: 初めに見えたのがお前で良かったよ。(しきりに帽子を被り直す)あいつが世話になったな。

(タローランは頷く。コンドラキの息遣いはどこか強張った印象だ)

コンドラキ: お前のな、お前らの活躍を俺は聞いたよ。

タローラン: ……ドレイヴンの?

コンドラキ: (コンドラキは不満げな様子だ)現場任務なんかに入るやつは、どいつもこいつも拠り所のねえデカいガキばっかだと思っていた。だが今思えばそれも、誤解だったのかもしれねえな。

(その間も、コンドラキはタローランと目を合わせようとはしない)

コンドラキ: 俺はその手の類いの仕事が大嫌いだったよ。お前らがどれほどクソな目に合おうと、正直知ったこっちゃなかった。俺がどれほどクソな親父だって罵られているかなんて、知ったこっちゃなかったさ。

タローラン: 彼は……そういうつもりではなかったと思います。

コンドラキ: 知ってるさ。わかるだろ。あいつはそんな奴じゃない。俺は無駄死にする奴らをよく見てきたから、MTFに身を置くのがどういうことか知ってる。あいつはまだポートランドから出てなくて、死ぬつもりもないガキンチョだった。組織の内にいるっていうのはいつも管理人の俺を悩ませたさ。いつも心底心配させやがるんだ、あのガキは。

(タローランは頷く。これまでもドレイヴンは父親を最低だと罵っていたが、心の底から突き放したことは一度たりともない。でも、もしかしたらあったかもしれない)

コンドラキ: しかしな、ジェームズ。あいつはそんな奴じゃないんだ。だからだ、ああ、今回はお前の勝ちだよ。ジェームズ。俺は……俺の息子が見る目を全部が全部知ってるつもりだったさ。あいつがマズハット1に入ったって後から聞かされた時も、お前を俺に会わせるためにどれほど金と時間を注ぎ込んで準備したとかな。あいつは変わったんだ、ジェームズ。お前がいてくれなきゃ、ドレイヴンは組織で死んでいた。だから、ここは認めておけよ、お前の勝ちなんだ。

タローラン: やめてください。(タローランは強く目を閉じる)そんなことを言わせるために、ここまで来たんじゃない。

コンドラキ: へーえ、俺はここまで来るのに必要なもんはさほど多くはなかったさ。それか、手放したもんのほうがよっぽどでかかった。もう少し長く生きれてりゃ、愛せてたもんだってもっとあったかもしれない。あのふざけたホラー小説の一節のこと、馬鹿でかいカメラとアイリスのこと、ドレイヴンのこと──

タローラン: 僕は、ここまで来るのには時間がかかりました。ドレイヴンにできた穴を埋めるのには時間がかかりました。

(タローランは真っ直ぐコンドラキを見つめる。コンドラキは目を合わせ、苦悶する様子で目を逸らす)

コンドラキ: 無理もない。あいつの穴を埋めてやるのは、いつもお前の仕事だったからな。

(二人はしばらく沈黙する。明らかにコンドラキは何かを手放した様子に思える。コンドラキの無駄を好むような動作が、考えることなく発せられる言葉が、彼が最後まで守れなかったのではなく、自ら荷を降ろすためにここまで歩んで来たことを教えた)

タローラン: その、あなたは無事……なんですか?

コンドラキ: 無事なわけがなかった。痛かったさ。それでもあいつに比べりゃなんてことはなかった。この俺の痛みの何もかもを、ドレイヴンは一緒に抱え込もうとしてる。だから癒してやる必要があったんだよ。寄り添ってやる必要が……

タローラン: ドレイヴンはいつも誰かのために動いていたから。

コンドラキ: そうだ。俺はあいつのそういうところが一番気に食わねぇんだ。誰か一人が犠牲になって万事解決なんて、組織にしちゃ間違いを犯しているとしか思えねえ。だから、まあ、何と言うか……傲慢じゃないか?

(傲慢? タローランは首を傾げる。しかし意味をわかろうとはしない。余程の時間が経つが、タローランは話し出そうとはしない。彼の返答を待って、待って。待つ)

コンドラキ: (帽子を深く被り直す)俺はただ俺みたいに、お前らには財団を嫌らってほしかったよ。たまにはサボってほしかったし、泣いてほしかった。

タローラン: (諦めたように息を吐く)僕もまだ、そう願っています。

コンドラキ: だから気を付けろよ。お前ももっと正直に生きるんだ。そうやって、生きることになるし、生き残らなきゃならない。

(強い風が吹き荒れ、コンドラキは立ち上がる。帽子が攫われるが、コンドラキは追おうとはしない)

コンドラキ: あいつに呼ばれてる。俺もそろそろ戻らなくちゃいけねえな。俺が愛した人のために。それでも時間は過ぎていくってことだ。

タローラン: (タローランも立ち上がろうとする。声が上ずらないよう注意しながら)すみません……僕ももうじき、行かなくちゃいけないんです。その、ドレイヴンの、僕の恋人の元へ。

コンドラキ: ああそうか。(コンドラキはまた不機嫌に見える。しかしある種の親しみがあったようにも思える)そうしてやると良い。あいつも喜ぶ。

(タローランが立ち上がった時、コンドラキの半身は既に蝶の群れへと戻りつつある)

コンドラキ: 愛してるよ。伝えてくれ。お前も、あいつのことも、今までもずっと。

(言い終えると、彼はまた草原の行く末を眺め始める。涙が流れそうなほどに青く澄んだ空。そこに彼の求める結末があるはずもないというのに)

記録終わり

あれからどれほどの時間が経っただろうか?

ドレイヴンは目を覚ましていて、既にベッドから身を起こしていた。いつも通りの茫然自失の症状だ。隣には仕事着のままで眠る彼の恋人の姿がある。いつも遅いんだな、ジェームズ。ドレイヴンが彼を最後に見たのは、机に向かっていくつかの資料と奮闘しているところだ。

……ジェームズ?

ドレイヴンはベッドから抜け出していた。開けっ放しの扉から、机に残された手書きの記録用紙が目に付いた。書き置きに目を落として、握り締めた。父の肖像。記録始め──。言うまでもなく、タローランの字だ。

ドレイヴンは涙を流す代わりに、その大きな背中を震わせた。
「ありがとう、ありがとう──」

ドレイヴンはふらつく足取りで寝室へと向かっていた。タローランは彼以上に夜通しで仕事をしていて、疲れてもいて、嘆いてもいる。それも全てドレイヴンのためだ。

彼はタローランの頭を慎重に撫でた。起こしてしまわぬように、また眠りから覚めて不安にさせてしまわぬよう。お休みなさい、ベイビー。良い夢を。最後に恋人が安堵から訪れる睡魔に打ち負けられたのは、いつのことだっただろう?

その骨ばった手の甲に、一匹の蝶が止まる。ドレイヴンはそれに気付かないだろう。これからは、それを目にすることさえ失われていく。

いつかタローランが電話越しに聞いた、あの優しい声がした。そう、彼ら二人の幸せを、両親はいつもドレイヴンを想っている。

“悲しまないで──悲しまないで──”

輝く鱗粉が一つ瞬きをして、二度と親子の元へは戻らなかった。

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