アラガッダの天赦日を知ってるか。
突然、後ろから問い掛けがあった。
今日がそれである。唯一我らの贖罪が我らによって退けることが約束された日だ。そして、大使が初めて我らの王を吊し上げた日でもある。
卑猥な裏通りで、黒の君主は足を止めた。その息遣いは、宝石のちりばめられた黒い豪奢な装いに似合わず殺伐としていた。振り返ると、がらくたの上に一人の商人が縮こまっていた。貧者の仮面を被った、か細い枝のような老人だ。
大使は最もこの日を恐れている。忠誠ある仮面君主4人の内、何者かが最後の反逆者であり、そいつが懐から鍵をくすねるに値する日であろうことを。だから奴はいつも今日を祝祭に選ぶ、下衆のマスクが硫黄の日射しによく照るこの日をな。
商人は襤褸の下で器用にキセルを吹かした。
パレードの雑踏に交じった苦痛に歪むその顔は、さぞかし愉快に見えるだろう。
黒の君主の被る苦痛の仮面は、商人を睨んだ。
何のことだ。
お前のことだよ。そして、我らが主君の牢のことでもあるな。
暗闇に浮かぶ商人のギラギラとした両目の穴が彼を捉えると、これまでになく懐に隠した鍵が異様な存在感を放つように思えた。
俺がお前と邂逅し、俺に初めて役が与えられたことになるな。いや譲られたというべきか? ともかく、お前の鍵がそう強いたのだ。お前の逃走を導けと。
この喧騒はかつてのアラガッダを思い起こさせる。アゴナエウム・タワーから打ち上げられた臓物が、牛車に轢き潰されるのを眺めることしかできない痛み。なおも大使の指先より再び宮廷で目覚め、次のパレードのため畜舎で脾臓を肥やす時間がある。アラガッダの貴族街の路上に擂り潰され、肉片へ代わる瞬間を覚え直すためだけに、手枷に繋ぎそこを歩かせ続ける刑罰。全ては恐怖。狂気に圧されるための恐怖。
多くのアラガッダの民は、それを恐怖と呼ぶ。俺を含めて。
商人の顔なき顔は残酷を語っていた。
黒の君主は本来の意味でアラガッダの民を愛していた。そこには真の愛があったが、拳は震えていた。胃は痛み出した。
賢明な判断だ。痛みを正しく恐れるのは愚か者には出来んだろう。
何が言いたい。
しかしどうにも、お前は我らの王を助けたいようだな。忠誠ある放浪者よ、あの縛られた王を助けるのか。
商人は煙管を吹かした。
はっはっは、若造が。お前が王を助け出すか。
商人は煙にむせた。その行為は最後の一時を想起させた。
ならば気を付けろ、鍵の役人よ。かのアルコンは他の君主共々、血眼になってお前を探している。時期にカラスが外れの峠までもを照らすことになるだろう。地下街道のカタコンベを通るしかないな。あの腫れ物と汚泥のカタコンベを。
地獄の釜が煮えるような声で言った。
そして反逆者の門を目指すと良い。されど君主であるお前は知らないだろうな。それは紅色街の果ての、更に数千里にある、一本の柳の袂だ。唯一ヤヌスの門へと辿り着く道だ。
反逆者の門?
彼の記憶には無かった。彼もまた議会という席に幽閉されていたのだろう。だからか、この商人のような老獪で驚異的な民の存在を知らなかったのだ。アラガッダのことなぞ何も。
お前が未だ妹と呼んでやまない、あのひ弱な白の枢軸卿が力になるだろうよ。
黒の君主は溜息を吐き、老人の後ろのごみの山を一瞥した。
醜いほどに楽観的な奴だ。
皆で酔いから覚めぬのは、悪しきことではないだろう。はっはっは、しかし奇遇も奇遇か。こうやってお前に話したということは、俺もそろそろ終わりだろうな。
パレードの騒ぎは背後の広場まで迫っていた。伴って、懐の鍵が熱を持ち始めた。
なぜ手助けをした。
苦しげな笑いは、穴の空いた肺から空気が漏れるような嗚咽へと変わった。
この街では、誰もが真の愛とやらを失くしているからな。
物好きな奴もいたものだ。黒の君主は感謝を述べ、再び逃げ始めた。次にアラガッダへ帰る頃は、商人は首のない偶像へ置き換わっていることだろう……
胃酸の臭いを醸す日照りがあった。黒の君主は不愉快に照るそれを背中に受けながら畦道を進んでいた。ローブが乾燥した風に、空想科学の闘いを描いて荒れ狂っていた。脂ぎった顔には酸の汗が流れた。
反逆者の門への道は、馬車により踏み固められた土は壊死したように黒く膿み、終わりなき境界と交わろうとしていた。それこそが残された脱出の手立てであった。
鍵を盗み、役を揃え、王を助け出す。
鍵を盗み、役を揃え、王を助け出す。
単純なことだ。
左手は鍵を強く握り締めた。
単純な品書きだ。
こうして本格的に恐怖に圧倒されるのは、最後のマルディグラ以来だろうか。
やがて外郭との境界に行き着いた。境界線の交わる端、華美で不愉快な城塞と、色味のない貧相な百姓の望楼から、アラガッダ全土を囲うようにして城壁の手が伸びている。門扉の前に、彼は小柄な影を見た。白い仮面君主だ。
反逆者の門とはここのことか。
その佇まいはほとんど奇妙に思えた。
かつてはそうでなかった。しかしお前が訪れたがために、ここを反逆者の門と呼ぶようになるのだ。
勤勉の顔は歪むことなく不快な怒りを見せていた。
奴を解放するつもりか。
大使を引き連れるパレードの轟きは、紅色街道の表通りから徐々にここへと流れ下っている。幕が下りるは時間の問題だった。
売国奴は死んだ。我らが大使こそがアラガッダの全てだ。
我は檻を知っているぞ。
白の陶器の仮面が、怒りにより音を立ててひび割れた。
絞首搭の牢に鍵は存在しない。牢は否定そのものだ。丸い釘を四角い孔にはめ込むことが出来ないように。
だが、我には可能だ。
ならば証明してみせよ、
白の君主の左手はモーニングスターの柄を掴んだ。
鍵を渡すのだ。
黒の君主は門を目掛けて突進した。振り下ろされるモーニングスターの棘が厚手のマントを裂き、血の飛沫が白い仮面を汚した。重い衝撃は小柄な白の君主を巻き込み、体は門をくぐり抜けた。
足がぬかるんだ土を踏みしめた時、そこに白い君主はいなかった。遥か彼方のヤヌスゲートを眺めた時、不吉な予感が彼を襲った。黒の君主の左手首に、白い鎖が絡み付いている。その鎖は古いものだが、確かに後方の白い追跡者と彼を繋ぎ止めていた。
目を逸らすな。
脳裏にそれは喚き、体が麻痺するように感じられた。
お前が歩くのを諦めた時、それが終わりだ。
声は忍耐を象徴する仮面から漏れ出ていた。
お前が諦めぬ全ての時、その答えは私にある。
彼が歩き出した時、後方で追跡者もまた着実な足取りで歩き始めた。長い旅になるだろう。
どこまでやれるか。
事実を受け入れろ。
追跡者は遥か後方で叫んだ。
黒の君主は歩き、その後を白の君主が追っていた。鎖の長さは一定で、互いに追いつくことも離れることも許さなかった。止まることは容易だ。足を止めればすぐに破滅は追いつく。確実に。
追うのか? 止めるのか?
苦悩の仮面がカタカタと揺れた。それは嗤っている。
彼が日没からどれほど歩を稼げども、道は永遠にあった。異空の呪いには無益だ。しかし、それが白の秘術によるものだと知っていて、尚歩みを止めはしなかった。呪いは地平線を永遠に遠ざけ、時の流れを嘲笑っている。
嘲るのを止せ。それがお前の悪い癖だった。
黒の君主の笑い声は静かに震えていた。これから起きるであろう、畏怖か、退屈か。外なる神に誘われた時点でどうでも良かったが──とにかく、行く先で彼を笑わせた。
笑わずにはいられなかった。自らでさえ、仮面と同じ顔をしていると見られたくなかったからだ。それは苦痛のために笑いを見出ださねばならなかった人間と似ている。
笑いは癒されることのない人間が編み出した活路だ。
笑いはアラガッダに蔓延する狂気にも似ていた。息をする様に苦痛を望む姿や、笑いを刻み付けられた仮面、また公開拷問にさえそれは模倣するようにあった。自己破壊が都市の原動力となっている。
そういう意味では、アラガッダは執念深い笑いに満ちた心地よい場所だろう。意地汚い赤公がテーブルを汚した時のことを思い出す。せむしの黄公が狂人めいてパイプオルガンを叩き、鍵盤に椅子を振り下ろす。実に愉快で、世界はこの一時を繰り返すために生かされていると考えた頃もあった。
だからお前も笑うと良い。熱狂する赤公のように、最後のカルネヴァーレで笑え。
喜劇を称賛するように鎖を力強く揺らすと、白の甲高い声が透かさず否定した。
黙れ! 奴の名を私の前に出すな! 笑いは私に何も与えなかった。苦痛を見ろ。私を見よ。私は必然である。私は破滅だ。
白の信念は最早、都市の均衡を司ってさえいる。狂気の連鎖のため何者かが磔になり、沸き上がる残虐性のために石を投げられねばならない。今やこのひ弱な白の枢軸卿は、大いなる重荷を背負い歩いている。
黒の君主はしばらく笑い続け、それも次第に止めた。妹の生真面目さの前には、いつでも退屈が勝るのだ。
諦めろ。
不安定な声は鋭く言った。
永劫はお前を待ちはしない。
黒の君主が振り返ることはなかった。そこには進むために歩む者と、前が進むために歩まねばならない者がいる。故に、何も産まない。それは過去だ。
黒の君主の歩みは停滞していた。それは徐々に近くへと、もっと近くへ、近くへ。白の君主が手を招くと、それは後退し、弱々しく、死と浄化の釜へ辿り着くためもがくように見えた。
私は堪え忍ぶことを選ばない。私は忍耐そのものだ。
しかし、こうして忍耐が常に何かを待ち続けている間も、堆積された泥漿が強靭な力に流されるように時は動いている。旅人が王の安否を気遣い、またアディウムの内乱に想いを馳せる時でさえ破滅は動いていた。
破滅とは、出来事ではない。
常に歩む者たちの前方から、そして後ろから、逃げられぬ足巾を以てして覆い被さる過程である。それはいとも容易く彼らの傍を過ぎ去り、不浄のアルコーンの取り計らいにより呼び出されては、腐敗は風となって旅人と追跡者の隙間を通り抜ける。しかし忍耐こそが終着点であり、定命の者も、また非存在の者も、彼ら全てが最後に望む景色を伴って顕在する息吹である。
黒の君主は頭を振り、脚を動かすことに集中した。 彼女といるといつもこうだった。
彼女が勤勉の仮面を被り始めたのはいつのことだ? 硫黄の気流に、卓越した精神を保ち続けるためか? 終わりなき生命の残虐性に抗い続けるためか? 忍耐とは、須くそういう意味である。
そうであれば、彼女は敗れ続けている。語ることは愚かである。同様に、語らぬことも愚かなのだ。
これが我がお前たちを救えなかったことの報いか? たった一人で逃走を図ることの?
黒の君主は空に向かって尋ねた。足が痛んだ。
死すべき者が報復を恐れる必要などないぞ。お前の居場所は、どこにもない。
我が恐れているのは、避けえないものだ。宿命だ。畏敬し、跪くことしかできない絶対的な悲嘆だ。
そして、この道の先に起こる二つに一つの破滅である。
お前のことは理解できないな。
僅かに後ろの鎖が遅れを取ったように思えた。
何れ来る時代についてなぜ論ずる必要がある? お前も私も、ただなさねばならぬものをしているだけだ。お前の足掻きに関わらず、現存も破滅も、全ては一つの流路に伏してゆく。
黒の君主は行く果てを眺め、身震いした。地平線は出発点と変わらない未来を見せていた。
あのデュラハンが上流層の生ける死体を踏みにじる舞踏会の光景に未来があったのなら、先に我が知りたかったろうに。
黒の君主は再び笑い始めた。
応酬は続けられた。耳を覆いたくなる冒涜の数々と二人の足跡だけが、数百年に渡って続いていた。されども未だ呪いは明らかであった。黒の君主が瞬きをする度に、存在の証明を呈した。その鬼門へ誘惑し、いずれ二人の内の一つが倒れそのままになるのを待ち侘びており──
白の君主は静かに息を吐いた。
それでも、時は私たちに塞き止められぬように流れている。
乾燥する陽炎の中、歩みは確かに磨耗していた。痛みはとうの昔に捨て去ったが、時折黒の君主が吐く息には黒い酸液が混ざった。
かつて私は何れ後悔するだろうと言ったか。その証明はあらゆる次元、空間において滲み出ていた。
白の君主の目は、断続する黒い酸を追っていた。
事実は未だそこにあるが、遠からず、少なからず、未だ放たれてはいない。ここは端の見えぬだけの檻だ。
見渡すときには数千の宮殿の幻影が、神の形をした穴が、幾何学を否定する狭間を漂っていた。盗人を遅らせ、戻らせるために。
黒の仮面は再びカタカタと揺れた。
時に忍耐は哲学的にもなれるのか?
白の君主は浅い呼吸をした。やがて彼女の内に変化が訪れた。
そのようであることも、ただ私は真でありたいと──
不意に、背後から砂利を打ち付けるような音がした。複雑な機構に亀裂が入り、原動力が力無く横たわる音だ。しかし黒の君主は迷うことなく、後ろに吊られたもののために二人分を歩く羽目になった。
時として、忍耐は惨めなものになる。孤独に飢え、酒に酔い、明けることのない暴風雨の夜を知る。真髄なるものはここからだと、私は信じる。
背後から放たれた声色は、ほとんど鍵に対する熱を失っていた。
それが私の性質だからだ。
黒の君主は頷いた。妹の生真面目さの前には、いつも先に折れる以外に選択肢は無かったのだ。
未だ歩みは止まらなかった。停滞さえしなかった。幾多もの破片が落ち、削れ、引き摺った跡の、黒き汗、白き髪、その両方が。それは続いていた。それはこの終わることのない旅路において、唯一の未来の暗示だった。
諦めろ、そこに道はない。
白の君主の呼び声は宥めるものに成り代わっていた。
鍵を。鍵を。
何も起こらない。然れど歩みは続く。
鍵を。
何も起こらない。歩みは続く。
ある夜、旅人らは歩みを止めていた。
一人は動くための足が無いために、一人は篝火を焚き、彼らに休息を許した。
白の君主の半身は篝火の傍で胎児のように丸まっている。向かいに、黒の君主は腰を下ろした。鎖は力無く垂れ落ちていた。
白の君主の仮面は、そこにはかつての暴政を静観した堅固なものはなかった。側溝の泥で眠る貧者のものだ。悟りを得られず、拷問の末に牛舎で息絶えた若い王子のものだ。
重荷を背負う英雄が任を降りたと知れば、民は次に彼女を吊るすだろう。それに衆は手を叩いて笑うのだ。弾かれた掌から滴る血が、またオディオンに悪名高い芸当を施すことを知っていて。民の浅ましい喝采が、我らを天秤に掛けている。
アラガッダにいる限り、愛されることはない。
真の愛とやらか。
黒の君主は商人の最後の言葉を思い出した。
もし願えたのなら、私たちは共に仇として孕まれることはなかったのだろうか。邪神がそう取り計らってくれたのだろうか。全ては繋がっているなら。
黒の君主もまた疲弊していた。火の手の隙間から垣間見える白い仮面は、ほとんど神聖なものにも思えた。
少なくとも、私にはわからないことをお前はしている。
我々は傀儡に過ぎない。生きることなど、到底。外套がそれを拒んだのだ。生きること、存在すること、死せること、それらは歪められた気流には普遍的であり、無関心の巣であった。
しかし、やがて巣の内側に目的が産み落とされた。異教徒であった君主の一人が、アラガッダにおける最も深い夜を学び、やがて生きるべき疑問をアルコーンの撒き散らした汚泥から掬い上げ始めたのだ。活路を見出だすは地獄の道であった。腐りゆく体で無風に立ち、烏の群がりに眠り、尚も指の隙間より滴り落ちる血が、滴り続けるのを止めないように。即ち、その答えこそ──
なせるのか?
頭を振った。
もたらせらねばなるまい。
今日は眠ろう。
燻る火種は狂気に飲まれる一筋の正気のようだった。
明日の朝は早い。
火種は無限の地平線より昇る陽よりも、旅人らに闇を切り開く強い意志を与えた。
お前のことを憎みたくはなかった。
今もだ。
二人でいる限り、越えられぬ壁はない。
既に白の君主の半身は風に拐われ、ローブは奥に佇む空想科学の戦いによってはためかせるままにあった。鎖は必要十分にまで短絡され、その腕こそが鎖であり、彼女の存在こそが足枷であった。足枷。足枷。足枷か。少しも悪くない。自らにそう嘘を吐いた。
しかし、私は後悔しているのかもしれない。
陶器の皮が不愉快な音を奏でた。
不可思議だ。これまでもまた、お前に追い付くためどれほど待とうが、成し得なかったことを。なおも私は耐え抜かんとしている。
黒の君主は溜め息を吐いた。思うに、彼女は一度として闘うことなく敗れ続けている。これほど非行なことがあるだろうか? 恵まれないことが? ただ耐え忍ぶだけの者に、何の労りがあっただろう?
一君主としての、錆びた鎖が事切れるのを群衆は待ち詫びている。結局、彼女は死ぬためにそこにいるのだ。
答えてくれ。これこそが、苦痛なのか?
友愛だ。
黒の君主は答えた。
絆だ、私の愚かな妹よ。我らはそれを鎖と呼ばぬ。
黒の君主が足を止めることはなかったが、彼らの間にはアラガッダの何よりも心地の良いものがあった。深い、だが深淵とは呼ばぬもの、深い海溝の中心にあるものだ。鎖でなく、束縛でなく、忍耐が成せる業でもない。それは、心だ。
そうか、
途端に声は幾分か陽気さを取り戻したように思えた。
そうだったのか!
やがて勤勉の顔は歪み、大口を開いた。その声は持てるばかりの引き連れた笑いになり、殺風景な夕焼けに満ちた。叫びは高鳴り、なお高鳴りを止めない、甲高いアルベドの加護。
余りにも多く過ぎ去った内の一つの夜、叫びは途絶えた。静寂の後には忍耐強く、ただ成せる意味のない忍耐強さだけが尾を引く、不吉な砂利を滑るものがある。黒の君主はもはや不要になった足枷を引き千切った。
苦痛、忍耐。お前の負けだ。
「白い君主……アルベドの加護……」
ナルバエスは慎重に言葉を選んだ。そして差し出されたその“鍵”とやらを手に取り、掌に回すと、それがただ「丸くはない」とだけ評価した。
「それが……アディウムの予兆と何の関係が?」
問題は変遷によって解決されるには遠すぎるのだ。しかし親愛なる博士よ、何も悪い報せばかりではないぞ。誰しも柔和になれる可能性はある。
ナルバエスは監視カメラを通して見た。この時点でSCP-035の背後に、微かに輝く言い様のない懐かしさを感じ取っていた。
取り戻す価値がアラガッダに残されているのであれば、死の兄弟は彼女の灰を未だ完全には除外できていないということだ。彼女らの助けが必要だと、私は考える。
ナルバエスはルベドとキトリニタスに輝くそれを覗き込もうとした。輝きの内側もまた彼を覗いた。
「我々がその馬鹿げた可能性について許可を与えると、知った上での考えか?」
確かに彼の思い付きは、全く以て馬鹿げていた。彼のかつての支持者たちは、我らが君主を愚かだとも、またそれも友愛だとでも呼ぶのだろうか。とにかく、今は自らが愛することを進めるべきだ。あの場に取り残した、未だ忍耐強く待ち続けるであろう妹の残骸を。少しは。
試してみよう。
仮面が静かに揺れた。
私は忍耐そのものであるからな。
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注意: 批評して欲しいポイントやスポイラー(ネタバレを含んだ作品解説)、改稿内容についてはコメントではなく下書き本文に直接書き入れて下さい。初めての下書きであっても投稿報告は不要です。批評内容に対する返答以外で自身の下書きにコメントしないようお願いします。
- portal:7707552 (15 Oct 2021 16:17)



ご批評くださりありがとうございます。
こちらについては、アラガッダの世界観・状況設定(主にヘッカより)を冒頭に盛り込み、曖昧な文章は読者の視点から一度見直して書き換える(もしくは表現はそのままに、説明的な文章を加える)形での全体的な改稿を考えようと思います。
こちらの内容に関しては、完全に盲点となっていました……。ご指摘ありがとうございます。