またある者は、永劫の痛みの中に生まれる

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要するに、大司祭にとってそれは酷く退屈な光景だった。

隠れアビルドの聖地というのは<アビルド>と似通ったものだと勝手に解釈していたが、実際そうではなかった。カレフハイトから北西に3マイルほど進んだところに、その決して神聖な場とは呼べない洞穴はあった。しかし、それは何の恩恵も受けてはいなかった。関わりさえなかったのだ。カレフハイトに住まう人々にとって、それは消えて然るべき歴史だった。

“隠れアビルド”というのはカレフハイトの商業騎士団がつけた蔑称であり、その大部分の支持者は──乞食や老人、恵まれないヨーク、そして数人のアギーの信者(酷いことに、数人の女性は既に子を身籠っているようだ)──取るに足らない者たちを指す。大司祭は眉を寄せた。この場においてどうして<アビルド>などと呼ばれるのか、全く見当が付かなかったのである。

洞窟の中心には巨大な縦穴がある。信者ら(適切でないかもしれないが、隠れアビルドの聖地においては、そう呼ぶのが気休めになるだろう)はいなかった。全ては供物だった。

大司祭はこの珍妙な光景に微かな覚えがあった。それは結局のところ、スピリチュアルなものではなかった──単なる人間の。しかし、何者かはそれを宗教だと言うのかもしれない。ここにおいて誰か狂人の論理を持ち得ているかなど、最早問題ではなかったのだが。

大司祭はもう人々が自身の責務について吐き捨て、死に行くのを眺めるのは苦痛に感じていた。それは酷く単純で、幼稚な考え方だと思えたからだ。

全く以て憐れむべきことである。

ベェェェェェェン。途端に、呼び声がした。強い憎しみを持った男の呼び声だ。これが唯一、隠れアビルドの教義と呼べるものだ。大司祭は、それをあるホラー小説の中に読んだ経験があると考えていた──今やその書物は旧き遺物である。随分と冒涜的で、悪いジョークだ。そしてまたしても呼び声。

ロペス(Lopes)

数人の盗賊が旧世界の遺物を奈落に落とすのを、また数人の乞食が手伝っていた。やがて人々は手を結び合い、雫は垂れ下がり落ちる。

不思議だ、余りに若すぎる。旧き世界であればやっと17になる程の、ああ、何故神はこうも惨いことしかなさらないのです?

一つ、試しておきたいことができたが、大司祭が口を開いたのはほとんど気まぐれからだった。

少女は振り向いて言った。その表情は嫌悪に満ちている。
「どこで……私の名前を?」

「お前は、アビルドでなくヨークの娘であるね?」

少女が頷くことはなかった。その視線は更に

大司祭は近くの岩に腰掛けた。
「真なる<サイトュ>と不思議の探求の話をしよう」
そう言うと大司祭は歯を剥き出して、ほとんど脅すように笑いかけた。
「どうにも、わしはお前の叔父とは知り合いだったんじゃと思うぞ」


語るに、彼女の叔父もアビルドではなくヨークの信者であり、彼女が10になる手前に姿を消したらしい。恐らくは数ある<サイトュ>の探求、もしくは<不思議の一覧>のために。そして、叔父を最後に見たのは3年前だった。大司祭はこの時点で、ほとんどその男の正体を知っていた。ヨークの信者が聖職者となって後に帰還するのはごく稀で、大司祭の記憶には禁忌に触れ死んでいった者の方が多かった。

男は放浪のさなか、<シイケイトゥ>と呼ばれる者に悟りを受けると、突然家族の元へ舞い戻り、彼女の母と祖父を殺したのだ。狂っている。

そうして男の姿は<シイケイトゥ>の待つという西の大砂漠へと消えていき、二度と彼女の前に現れることはなかった。間違いない。その男は<故郷なるサイトュ>に触れた。<故郷なるサイトュ>もまた彼に触れたのだ。

<故郷なるサイトュ>とは、祝福ではなく呪いである。<旧きスタレルの聖地>もまた、祝福ではなく呪いである。死者を二度と彼らの元へ送り届けぬための呪いである。そう、男は端から死んでいたのだ。ある時から<サイトュ>の探求のために命を失くしてしまった。

彼女は呪われていたのだ。

大司祭はローブの下で顔を訝いぶかしめた。しかしそれは違う。今や彼女こそが呪いなのだ、

「旧きアギーによる<故郷なるサイトュ>の探求。それは辛く苦しい、夜の闘いです」

「求道者センダーの話だね?」

「大司祭様、あなたはわかっていらっしゃる」

「私は神の見えざる手を信じません。我々を救いたるは、<ゲイア>ではありません。<ドラジン>でも、<スタレル>でもありません。私を救えるのは、ただ一人私自身──」
大司祭は溜め息をついてみせた。死が人の救済とはよく言ったものだ。私を救えるのは私しかいないと言うのに。

「その行く末が、ただここから飛び降りてみることであるね?」

「全と一になることが? それこそが私に残された唯一無二の道です」
彼女は前進を止めことなく呟いた。
「大司祭様はお降りになられないのですか?」

大司祭は穴の底をちらと目をやると、酷く不快そうに見えた。
「ああ、そうさね。わしには未だ、見送るべき人々が待っているからな」

「それは私のように?」
ロペスは尋ねた。

「君らや私のようにだ」
そう言うと大司祭はローブから麻の布の包みを取り出し、ロペスに握らせた。

ロペスは尋ねた。
「これは?」

「旧き世界の遺物じゃ。思うに……君たちはもっと上手く使ってやれるだろうよ」

「たとえ私共のその後を知っておられたとしても?」

「さあね。ただわしは意味の無いことは嫌いなだけじゃよ」

そう言うとロペスはクスクスと笑った。大司祭は残念そうに見えた。いつしか彼らの隣には谷底が現れ、大司祭はそれ以上彼らについていくことを踏み留まった。

ロペスは醜い奴隷の別れの儀の言葉を一つ二つ呟くと、彼女の細い体は倒れるように落ちてしまった。後には小石が彼女らの孤独を憐れんで追う音があり、何も残らなかった。

大司祭はかつて彼女が小遣いであった時、彼女はどのような待遇を幸福と諭され、何を目的に物を口に詰め込んでいたのかが気になった。また、どのような鞭で悲鳴を上げるのかも。

それはおそらく、ロペスの体があの不定形な塊に行き届いた頃だっただろう。カレェフ。カレエエエエエエエフ。しわがれた叫び声があり、玉虫色の蒸気に弾け出されたものがあった。大地が振動し大司祭も思わず身震いをした。尚も大司祭は落ちるのを止めない人々、互いを助け合ってまで地の底を目指す人の群れを見た。大司祭は思わず感心してしまい、ふむ、どうりで隠れアビルドの信者は恵まれないものが多いわけだ。


「──して、残された支持者はどうなったんだね?」

エヴァマンは尋ねた。南の彼方にある洞窟で、それはマグカップに数匹の蝿が沸き上がるのを、訝しそうに眺めていた。老人──時に大司祭と偽った者──はその向かい側の椅子に座り、

「さあね、連中の信条たるものは解せんよ。何にせよ、全てのことは移り変わりがあるものだがね」

実際、それの言う連中は全て死んであるべきだった。隠れアビルドは未完だった。全てが死に絶え、何も残らなくなるまでそれが続いて初めて完成するのだ。しかし、<不思議の一覧>がある限りそれが起こることはない。猿神<アビルド>が死してなお、隠れアビルドが死ねることは決してない。

そう考えると、大司祭には彼らが少しだけ羨ましくも思えた。

「不可解だ……」
エヴァマンは呟いて、頭を抱えた。彼は常に神学を予測できるものだと知っていたが、彼にとってその信者らの行動は、<ゲイア>、<旧きアギー>、そして<アビルド>とさえも共通するものがないのだ。しかし、それを理解する日はないだろう。何故ならエヴァマンは始めから狂ってなどいなかったからだ。
「連中は……狂っているのか?」

「いんや」
男は半ば投げやりに応えた。

「ならば、狂っていなかったのか?」

「いんや」
男は言った。

「クソ……」
エヴァマンは再び俯き、数匹の蝿を訝しげに眺めた。

男は最早、消えゆくものについて議論する意味はないと考えていた。彼が目にしたもの全てに、終わりは必ず存在していた。あらゆることが、終末を迎えてしまったのだ。記憶に新しい<サイトュ>の探求、若き<ゲイヤ>の支持者たち、カレフハイトに根付く熱心な調査兵団ら、そして隠れアビルドに住まう人々。重要なのは最早、終わり方だけだ。

次に男が口を開いたのは、エヴァマンが<アビルド>に関する考察資料を引っ張り出すために立ち上がろうとした時だった。✈️重要なのは、終わり方

「時に」
老人は静かに口を開いた。
「時に、エヴァレット。デベネムと呼ばれる男が、私と同じような考えを引き起こしていたというのは本当だね?」

「何だと?」

「もしそうなら、私はあの時に真っ先にカインの奴を喰わしておくべきだったと悔やんでるよ」

男が息をついて座り直した時だ。突然エヴァマンの目が見開かれ、その顔は青ざめた。怒りに打ち震えているようだった。あるはずのものがそこには無い。いや、始めから無かったのだ。

エヴァマンは叫んだ。
「ジャック? 待て! 首飾りはどうしたのだ?」

老人は笑って、溜め息をついて、それから数本のちりぢりになった髪の毛を引き抜く仕草をみせた。エヴァマンは答えるように急かしたが、老人は聞く耳を持っていなかった。

エヴァマンは机を大きく叩きつけた。
「ジャック!」

丁度その時、西の彼方より大いなる変化が訪れた。大司祭はその在り処をよく知っていた。それはまさに、男にとって最後の10年余りを過ごすには、余りに相応しくもない地だった。✈️地震があり、ある男の生がようやく終わったのだ。

飛び去った沈黙があった。ある男は髪を掻き上げて言った。
「もう返事をするのも嫌になったところさ」

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