ひねくれサンタと爆破の夜
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12月21日。
人類が「幸せ」以外を忘れて数年。いつも通りだ。苦しみから解放されたとて、人々は何も変わらなかった。


どうも変だ。数か月前、どこかの研究所が騒ぎ出した。詳しいことは知らないが、全人類のホルモンの分泌がある日を境におかしくなったとかで、人間は「幸せ」以外を感じられなくなったらしい。実際に、ここ最近は気分がいい。だが疑問がある。なぜ人間

周りの反応が気になってSNSを覗いた。……いつも通りだ。マスコミに乗せられる奴、疑う奴、対立煽りする奴。考えが浅い癖に声ばかりデカい奴、他人の発言にわざわざ首つっこんで冷笑する奴。おかしいな。これだけいるのに俺と同じ疑問を持つ奴が一人もいない。何故だ?

いやそもそも、何でこんな無意味な投稿してんだ。お前らも幸せになったはずだろ。

ネットも駄目なので同僚の様子を伺った。いつも通りだった。上司に媚びを売り、喫煙所で愚痴を言い、飲み会で媚びを売り、二次会で愚痴を言い……。

いよいよおかしいと思った。彼らは間違いなく幸せになったはずだ。それなのに、

「だから、課長は部下詰めてる時に幸せ感じるクズなんですよ。冗談は毛量だけにしといてほしいですね。」

顔をあげた。今日はこいつの愚痴を聞いている。

「どういうことだ?」

「あの日から人間は幸せ以外求めなくなったんでしょ?だったら部下詰める課長は、詰めることで幸せを感じてるってことですよ。」

何でもない事かのようにこいつは言う。

「嘘だろ?」

「嘘も何も、実際そうでしょ。」

「じゃあ、今あの会社で人を詰める奴は、つまりそういう人間ってことか?」

「でしょうね。うちに限らず世界中の会社で、でしょうけど。」

「俺の同期にも詰めてる奴がいるんだが。」

「その人もそういう人なんでしょうね。」

「俺が世話になった先輩は?」

「そうなんでしょうね。」

頭を掻く。

「なんでそんな冷静なんだよ。お前の同期にも部下詰めてる奴いるだろ。」

「しょうがないじゃないですか。人間みんなクズなんですよ。」

「……今の人間は幸せ以外求めないって言ったな。じゃあ何でお前は仕事やってんだ。愚痴なんか言わずに退職して好きなことやりゃいいじゃねえか。」

「退職は嫌ですね。」

「何でだよ。」

奴が煙草をふかす。

「そんなことしたら、あのハゲの愚痴言えなくなっちゃうじゃないですか。」


人間が嫌になった。この世界の人間の行動は、歪な幸福を得るために行われている。上司が仕事をするのは部下を詰めるため。部下が仕事をするのは上司の愚痴を言うため。ネットの連中も、きっと誰かをコケにするため。そんな幸せのために、人間は生きているのだ。

携帯が鳴る。恐らく課長から。ノルマはこなしたがサボる口実を作ってなかった。この電話を躱して、誤魔化しようがなくなったらまた会社に戻る。

憂鬱だ。


12月22日。
「中田さん。ちょっといいですか?」

「あぁ、藤崎さん!どうされました?」

藤崎新。俺と同じ38歳。うちの開発部で俺と同じくらいの立場にいる。用件はどうせあれだろう。

「少しはこっちの事情も考えてくれませんかね。出来る事と出来ない事ってもんがあるんですよ。なんですかあの見積もりは。私たちのこと機械かなんかだと思ってるんですか?今回に限った話じゃないですよ。営業の貴方たちは取引先にゴマすりして、馬鹿みたいな仕事取ってくるだけで褒められるからいいんでしょうがね。実際に納品できなかった時詰められるのは私達なんですよ?」

すっからかんの頭で人を貶すのは随分楽しそうだな藤崎。その「馬鹿みたいな仕事」を取ってくるために何人の人間が詰められてるか知らないだろ。

うちみたいな企業はいつ取引先に見限られるか分からない。だから上は余分にノルマを課す。じゃあ俺らはそのノルマをどうするか。ノルマに見合った商品なんかない。なら取引先に対して「商品の質」じゃなく「納品の速さ」で売るしかない。じゃなきゃ見限られて会社が飛ぶ。だからクソみたいな条件で仕事を取る。まともにやろうとした奴はみんなノルマ未達で首が飛んだ。

俺達がジジイとゴルフしに行くのは、そういうギリギリのラインで成り立ってる取引先との関係をどうにかして繋ぐためだ。せっかく貴重な休日を捨てて接待しても、機嫌損ねて取引が消えた日には最悪だ。まず部長が役員に詰められ、課長が部長に詰められ、やらかした奴は課長に詰められまくった果てに自主退職。そういう光景を何度も見てきた。

俺がイラつくのはな、営業と開発がどうこうって話じゃない。さっき俺が並べた事柄を一ミリも理解してなさそうな面でテメェの不満だけまき散らすその傲慢さだ。

「いやぁ、開発の方々にはいつもご迷惑をおかけしてます。こちらとしてもできるだけそちらに寄り添おうとしているのですが……。」

「……ゴルフする時間でもう少しマシな仕事取ってきてくださいね。」

こういうやつは営業にもいる。上や開発の立場も知らねえで文句を垂れ流す奴。馬鹿はいいよな。絶対的な「悪」がいるって心の底から思えるんだから。……いや、幸福が来る前の世界だったらそういう馬鹿の気持ちも分かる。ストレスで馬鹿になっちまうこともあるし、ちょっとくらい馬鹿にならねえとやってられない時もある。

だが、今はそうじゃない。じゃあ何で馬鹿はこんなことをするかと言うと、それが幸せだからだ。小さい脳みそで作り上げた「悪」をサンドバックにすることがこの上ない快感だからだ。自身の仕事環境を良くしようなんてことは一切考えていない。ただ俺を言葉で殴ることさえできればそれでいいのだ。

いや、俺である必要すらないかもしれない。その辺の小学生に難癖つけてネチネチ言うだけでも満足するんじゃないだろうか。そういやいるな。道端でガキにフガフガ説教するボケ老人。

哀れだと思う。そういうのは幸も不幸もある世界だから許されてたんだろ。ストレスもないのに、快楽を前にして自ら知能を放り出す生き物。果たして人間と呼べるのだろうか。




夕方にサボりたくなったら住宅街に足を運ぶ。築30年程の、簡素でボロいアパートが目的地だ。

扉をノックする。

「来たぞ小百合。」

「……入って。」

15畳あるか怪しい一室。床は食いかけのインスタント食品と、無駄に豪華な服で敷き詰められている。もう冬だというのに暖房器具の一つもない。

「ほれ、カイロ。見つかるなよ。」

「いつもありがとう、おじさん。」

彼女は鶴野小百合。父を亡くし、残った母親は男遊びに狂い借金まみれに。小学四年になる年齢だが、夫を失ったトラウマから母親は小百合を家から出そうとしない。話し合いに来た学校関係者とも顔を合わさせなかったという。

「時間は?大丈夫か?」

「うん、最近また酷くなって。私が寝るまでは帰ってこないよ。」

一度彼女の母親を見かけたことがある。傷んだ金髪、真っ白な肌、痩せこけた顔、血管が浮き出る四肢。そんな体で、赤子のように首がすわらないままポトポト歩きニタニタ笑う。あの母自身には美しく見えているんだろう。「ホストも楽じゃねえな」とつくづく思った。

小百合の「幸せ」とは、自虐だ。「私なんか」「私なんて」が口癖。自虐とは盾だ。人間が他人に悪口をいうのはその人間に気に入らない部分があるから。ならそこを自分からさらけ出せばいい。そうすれば他人からその部分を指摘されることはないし、そこから人格を貶められるようなこともない。

健全な人間なら、こう説明されると「おかしくない?」と思うだろう。当然だ。自虐という行為そのものに嫌悪感を示す人間はいっぱいいるし、気に入らない部分があるからと言って人格否定を行うような人間はそういない。

だが、もし人格否定を頻繁に行う人間が近くにいて、何らかの原因で「この世には自分の人格否定を行う人間しかいない」と思ってしまったならどうだろう。頻繁に人格否定されると多大な精神的ダメージを受ける。他人からの否定は辛い。その人にとって自分の価値がないことの証明だからだ。そこに「世界中の人間は私を否定する」という認識が加わると、「世界にとって自分の価値はない」となる。

そうなった人間の見える未来は、徹底的な孤独と絶望。つまるところ、死ぬしかない。

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