扉の先へ

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「D-14134、準備は?」

こくりと頷く。

「よろしい。では玄関を開きます。」

ギ、と音をたて扉が開かれる。閉ざされていた暗闇が姿を現す。財団の機動部隊が全滅したこの廃屋に、俺は入る。カメラ一つ携えて。俺は死ぬだろう。

なんで、こんなことする羽目になったんだかな。


生まれた環境はまぁ普通じゃなかったと思う。両親は殺人犯だった。

教えてもらったのは16の時だったか。殺したのは俺が生まれるより前だそうだ。他にも色々言われた気はするが、「お前の両親は普通の人間ではないことを覚えておいてほしい」と言われたことしか頭にない。

そう考えると、うちが貧乏で目立たない狭い家に住み、住居を転々としているのに納得がいった。

親父はよくわからない奴だった。一日中家にこもって、ずっと微動だにせず座りこむ。何も喋らず無表情。手を握ってくれた事すらありゃしない。

それに対し母さんは温かい人だった。いつも笑顔で俺に寄り添ってくれた。胸の内に秘めた物も母さんになら喋ることができた。娯楽もクソもない環境の中、母さんの前では笑顔でいることができた。

だから二人に殺人歴があると聞いて、親父には「あぁそうか」と思っても、母さんには「何か理由があるはずだ」と、そう思っていた。


最悪というのは今みたいな状況を言うのだろう。カメラの有線が切れ、博士とも連絡がつかなくなっちまった。

暗闇の廃屋で、心臓を抜き取る怪物とお泊り会だ。

ポケットに手を突っ込むが何も入っていないことを思い出して頭を掻く。

適当なところに腰を下ろし、瞼を閉じて「ふう」と息を吐きまた開く。

「煙草、最後に吸ったのいつだっけな……。」


18の頃、親父が珍しく家の外に出た。俺を引き連れて。嫌だったが、母さんが「ついて行ってあげて」というので従った。

親父が立ち止まったのは山の中腹の、辺りの街を一望できる場所だった。周りには草木が生い茂っていて、普通の登山客なら近寄らない場所だ。虫だらけで気持ち悪かった。

親父は街の風景を見つめたまま、腕を後ろに回して煙草を差し出してきた。巻紙はよれ、形は折れまがり、湿気ている。とてもいい品物とは言えない。

俺はため息をついてそれを受け取り、火をつける。煙を確認して、ライターを渡す。

「明日、母さんが死ぬ。」

チン、と火をつけながら親父はそう言った。

一瞬、何も考えられなくなる。頭を押さえ、一息ついて思考をまとめようとするが物騒な言葉ばかり思い浮かんで消えていく。

「病気じゃない。臓器を売るわけでもない。だが死ぬ。間違いなく。これは母さんも知っているし、受け入れていることだ。」

俺の表情を読んだかのように、煙草をふかしながら親父は答える。俺を置き去りにして親父は言葉を続ける。

「人生というのは目標を持って走り続けることだ。実際に達成できるかは関係なく、その目標を求め続けたことが誇りになる。」

親父は煙草を捨て、なお話し続ける。

「だったら殺人は尊厳の剥奪だ。その人間はまだ走ることができた。自身の目標の為、人生の為、誇りの為に走ることができたんだ。それを意図的に、ましてや一方的に奪う行為は到底許されない。」

親父は振り返り、初めて俺に目を合わせる。

「母さんは、そういう罪を償うんだ。」


しばらく廃屋を探索していると一枚の手紙を見つけた。やられた機動部隊の誰かが書いたのだろう。

内容を要約すると、俺はもう死ぬのが確定しているらしい。今から外に出ようとしてもその瞬間に絶命するそうだ。

餓死するか、化け物に殺されるか。クソみたいな選択肢だ。

手紙の続きによると、これを書いた奴は俺に頼みがあるらしい。

『どの道死ぬんだからお前が化け物を殺せ』と。奴らを殺すのに必要な物のうち、銃と銀の弾丸はすでに用意されてる。手紙の横に置いてあった。

で、最後に必要な物が祈りだそうだ。祈りを込めた銀の弾丸でのみそいつを殺せると。

祈り、か。

「馬鹿馬鹿しい。」


あれから親父はすぐに家路に向かった。説明不足にも程がある。だが俺は、親父に何かを聞く気にはなれなかった。

『母さんは、そういう罪を償うんだ。』

あの時の親父の眼。あれを見た時、俺は何とも言えない違和感を覚えた。あの眼は、いつもの親父の眼じゃない。
虚ろで、暗くて、異質だ。見たことのないものだ。あの眼はずっとどこかを見つめている。俺には見えないものが見えている。そう思えてならなかった。

帰宅して母さんの顔を見た時、自分の直感が正しいことを確信した。母さんの顔にはいつもの微笑みがある。でも、眼が。

眼が、親父と一緒だ。

母さんもどこかを見つめて。

親父と一緒に。

どこかへ。

思わず手を伸ばす。

「母さん。」

言葉が喉を突き上げた。



あっという間に夜になった。俺は母さんと一緒に布団を敷いている。

「今日は一緒に寝たいだなんて、随分と母想いなんだね。」

俺は母さんの顔をじっと見つめていた。

「どこまで聞いたの?」

母さんは枕を膝に置いて、何でもない事かのようにそう尋ねた。

「……母さんは死ぬんだって。罪を償うために。」

「それだけ?」

母さんは目を丸くする。

「…うん。」

「あの人ったら、言葉足らずなんだから。」




少し、辛くなってきた。

今まで自分がなにも為していないという事実に。

こんなクソみたいな気分のまんま死ぬよりは、確かに手紙書いた奴の言うように化け物を殺してやってもいいかもしれない。

だが、肝心の祈りというやつが分からない。

何に祈ればいいんだ?こんなクソみたいな人生の、何に。



もう長いこと地面に突っ伏している。そろそろ頭がぼんやりしてきた。痛みがない。血の流れ出る感覚も失った。どこをぶち抜かれたのかも覚えていない。

それでもまだ、意識を保っていられるのは、音が聞こえるからだ。誰かが、扉を叩いている。さっきからずっと。しかしまぁ、叩いてる人物は大方予想がつく。

ため息が出る。

「待て。……そこで少し、止まれ……。」

「……おかえり。」

そいつはふっと笑い、俺に煙草を差し出した。



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  1. portal:7665858 (25 Sep 2021 12:42)
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