晴れ時々

動物ならば大丈夫、そう思っていた私の考えは浅はかだったのだろう。
目の前では猫が死んでいた。ジョンと名付けた黒猫だった。
死因は窒息死だろう、喉には私が与えたエサが大量に詰まっていた。

ジョンは昨日この学校に迷い込んでいた子猫だった。
私はこの子なら大丈夫だと思ってた、この子ならずっと一緒にいられると思っていた。
だけどこの子も死んでしまった。私が殺してしまったのだ。

夕暮に染まった空き教室で、冷たくなったジョンを抱きかかえる。昨日あれだけ元気だった姿をもう見ることができないと考えると、涙があふれそうになった。

「まぁ姫、どうなされたのですか?」

「あっ……」

ジョンの亡骸を抱えて呆然としていると、いきなり誰かに声をかけられた。後ろを振り向くとそこにいたのは同じクラスの三國さん、彼女は生粋のお嬢様でとても物腰が柔らかかった。その隣には彼女と仲のいい双木さんと一さんもいて、彼女たちは興味深そうに私に抱かれるジョンの亡骸をのぞき込んでいた。

「じょ、ジョンが……」

「まぁ、可愛らしい猫ちゃんですね。ジョンってお名前ですのね」

「うん、だけど喉に……」

「そういえば私も家で猫を飼っていますの。是非とも姫に見ていただきたいのですが……」

そういって彼女は私に自身のスマートフォンを手渡してきた。その画面には可愛らしいふさふさの白い猫が三國さんとじゃれ合っている映像が流れていた。その光景に自分とジョンを重ねてまた泣きそうになるが、何とかこらえる。ここで泣いても、何も意味はないのだから。

「ごめんなさい、もうジョンは死んでるの。だから今は……」

「まぁ、それは……」

手渡されたスマホを彼女に返そうと差し出すと、彼女は両手で口を押えて驚愕した表情を見せた。その表情に私は、こんな状況だというのにほんの少しだけ期待してしまった。ここではそんな期待、全くの無意味だというのに。

「素敵なことですわね」

……あぁ、やっぱりか。期待した私が愚かだった。

彼女たちはジョンが死んだことがどれほど素晴らしく、素敵なことであるかを和気藹々と話し合っていた。その光景を見るとやはり彼女たちが私と同じ人間であるとは思えず、またその光景に慣れてきている自分に嫌気がさしてきた。

「本当にこの猫ちゃんが羨ましいですわ」

「それにしても姫、どうしてそんな顔をされておられるのですか?」

「そうですよ、笑ってあげないとこの猫ちゃんが可哀想ですわ」

思わず沈黙してしまった私を不審に思ったのか、彼女たちがこちらに話題を振ってきた。しかし私がしばらく何も話せないでいると、彼女たちはまた話し始めてしまった。死んだ猫について、聞いているだけで精神を削られそうな会話を楽しそうに姦しく、本当に何気ない日常のように。

その光景が、やっぱり私には許せなかった。

「どうして、どうしてそうやっていつも笑っていられるの!? どうしてそんなに楽しそうなの、どうして!? 三國さんだって自分の猫ちゃんが死んじゃったら悲しいでしょ!! いつも仲のいい二人が死んじゃったら悲しいでしょ!! なのにどうして、そんなに笑って、楽しそうに話しているの!? そんなのおかしいよ!! 死んじゃったらもう会えないんだよ、それなのに、どうして……」

もう、後半はほとんど泣きそうで、声も消えそうになっていた。涙も目じりに浮かんで零れそうになったけど、それでもぎりぎりのところで留まった。

そして少したって気持ちが落ち着いてきた時に、自分の失敗に気が付いて思わず顔をあげる。

三國さんも、双葉さんも、一さんも、さっきまでの和気藹々とした雰囲気から一変して無表情でこちらを凝視していた。窓から差し込む夕焼けが彼女たちの顔に影を落としても、そのぎらついた眼だけははっきりとこちらを見つめていることが分かる。その表情に、思わず後ずさる。

「あっ、ごめんなさい、今のは……」

「さすが姫ですわね!!」

何とかこの場を切り抜けようとしたその時、三國さんは笑顔で手を叩いてそう言い放った。すると他の二人も同じように笑顔となって、先ほどまでの空気が氷解した。先ほどまでの冷たい空気が、まるで嘘であったかのように。

「私たちでは思いつかないような冗談をおっしゃってくださるなんて」

「本当に、さすが姫ですわね。死ぬのが悲しいとか、笑うのはおかしいとか……」

「きっと姫がこの学園から卒業されたら、素敵な世界に変えるべく世の中に羽ばたいていくのでしょうね。そしたら姫は世界中の皆さんを笑顔にされていくのでしょうね」

「私たちもこうしてはいられませんね、一緒に素敵な冗句が言えるようになりませんと!」

そういうと彼女たちはまた、先ほどまでのように楽しそうに話し始めた。その内容は私への称賛へと変わったが、何とか窮地を脱することはできたようだ。

思わずほっと胸をなでおろすと、そこで視線に気が付いた。視線の方向に目を向けると、三國さんはまだこちらを見つめていた。まだ油断してはいけなかったかと気を引き締めて彼女のほうに体を向ける。鼓動が速くなって頬を汗が濡らす。三國さんが微笑みながらこちらを見ている、時折くすくす笑いながらじっと。そしてゆっくりとその口を開いた。

「ごめんなさいね姫、こんなはしたないところを見せてしまいまして。さっきのジョークがとても面白かったから……」

「そ、それはよかった。だけどそろそろ笑わないでくれると嬉しいかな?」

「そうですわね、でも、さっきの話がとてもおかしくて……」

「どうして、そんなに面白いところがあったかな?」

「だって、今日はこんなにも良い、自殺日和なのですもの」

そのうっとりしたような目を見て、背筋に寒気が走る。その眼が、一切の狂気を感じさせない美しい瞳が、彼女が正気であると物語っている。しかしその悍ましさから目を背けようとしても、なぜか目が離せなかった。そして、彼女たちが楽しそうにどうして自殺日和なのかと語り合い始めても、私は目線一つ動かすことができなかった。もう何度も聞いた言葉、何度も見た瞳であったというのに……

「そうだ、実は皆さんに重大発表がありますの」

三國さんのその言葉を聞いて、ようやく気を取り戻した。彼女の言葉に、嫌な予感がする。もう何度も何度も聞いたこのセリフ、その先の言葉を言わせないように口をふさごうとするが、もう遅かった。

「実は私、本日自殺しようと思いますの」

「まぁ、それは素敵ですわね。こんな自殺日和に自殺できるなんて……」

「羨ましいですわ、私も早く自殺したいですわ」

「あっ……」

笑顔で自殺すると言い放った三國さんに、双木さんも一さんも嬉しそうに、羨ましそうに声をかける。そのまるで日常の一幕であるかのような光景に、いやこの学園における日常風景に思わず崩れ落ちそうになる。だが、ここで泣き喚いたとしても何も変わらない。だから、半場諦めながらもせめて説得を試みる。

「三國さん、自殺なんてやめようよ。だって痛いしもう会えないのは寂しいし」

「ふふっ、姫の冗談は本当に素敵ですわね。ありがとうございます」

「そっか、そうだよね。ならあんまり痛くないようにね……」

「えぇ、それでは皆様、ごきげんよう」

そういうと彼女は優雅にスカートの端をつまんでお辞儀をした。そして振り返ると、軽やかな足取りでこの空き教室から出ていった。

「私たちも向かいましょうか」

「えぇ!」

そしてそのあとを追いかけて双木さんと一さんもこの教室から離れていく。

きっと今日も、大勢の観衆に見守られて、また一人飛び降りるのだろう。そして彼女たちはその喜びを分かち合い、残された骸は夜闇に溶けて消えてしまうのだろう。

「誰か、誰か助けてよ……」

私以外誰もいなくなった教室で、ジョンの亡骸を抱えて思わず声を絞り出す。しかしその声を聞く者は誰もいない。

この学園に囚われてからどれほどの月日が流れたのだろう。この学園に囚われてから、私以外のみんながおかしくなってしまった。脱出する方法も、なぜ皆自殺するのかも、どうしてみんな私の名前を呼ばずに『姫』と呼ぶのかも、全くわからない。

ただわかっていることといえば、私と仲の良い人からどんどんと自殺していってしまうということだけだった。

「そうだ、ジョンを埋めてあげないと……」

人を埋めるほどの穴は掘れないけど、子猫くらいの大きさならさすがに大丈夫だ。たとえ夜闇に消えるとしても、せめてそれくらいはしてあげようと立ち上がったその時、ふと自分がずっと握りしめていたものに気が付いた。

「あっ、これ三國さんの……」

手に握っていたのは彼女に渡されたスマホであった。どうして持っているのだろうと考えて、そういえば返すタイミングを逃していたことに気が付いた。

「でももう返せないし…… あっ」

そこで私は、ひらめいてしまった。今まで手に入れることができなかった連絡手段、もしかしたらこれを使えば外と連絡が取れるかもしれないと。

スマホの電源を入れてみると、幸いにも彼女はロックをかけていなかった。そして通信電波を確認すると、ちゃんと電波が立っていた。もしかしたら本当に、外と連絡が取れるかもしれない。

「よかった……」

三國さんには悪いと思いつつ、電話を預からせてもらう。ようやく手に入れたチャンスを手放したくはなかったのだ。

「絶対に、みんなで脱出してやる」

そういって、窓越しから空を睨みつける。いつまでも変わらないどこまでも晴れ渡った夕焼け空、決して天気の崩れることのない狂った学園。そんな忌々しいほどに美しい夕焼け空を睨みつけていると、目の前を大きな影が堕ちていく。

……あぁ、今日もまた、この学園に人が降る。


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