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クレジット
タイトル: 幻日に酔いしれて
著者: Fireflyer
作成年: 2023
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記憶処理を希望しなかったのは私だった。居なくなってしまったとしても、記憶に残っていたならば心の中では生きていると呼べたかもしれないからだ。超常現象記録のレポートも未だに自室に飾ってある。現在残っている妻がこの世にいた唯一の痕跡だからだ。
でも、いくつ思い出があったとしても、妻はもう帰ってこない。当然であった。
後悔はしていなかった。あの日の夜、あのようにして妻を葬るのが彼女にとって最善の最期だったろう。ただ、この意見すらも生き永らえている私のエゴであるかもしれない。
それ以来、忠誠度テストの点数もガクッと下がってしまった。普段一緒にいた人物を失うというのは、やはりそれ程応えるものがあるのだろう。エージェントも降ろされた。今じゃあ現実性が濃い場所や薄い場所に先遣隊として派遣される機動部隊の一隊員だ。別にそれが何か問題かと言われるとそうではないが。
生活内容自体は特段変わらないものの、穴から自分の人間らしさが失われていくような感覚は月日を増して強くなっていった。
異常事件記録
場所: 北海道██郡██町周辺
状態: 継続中
時刻: 2022年9月3日 1:00 —
脅威レベル判定: 黄 ●
事象概要: ██町の沿岸部に現実性希薄領域が発生。沿岸部を閉鎖し周辺に配備されていた機動部隊げ-7 ("夢想家")を出動させ、現地調査を行っている。一般的な現実性希薄領域との大幅な差異が確認されなかった場合、標準ヒューム安定手順に則った上で現実性補修が行われる予定。
「予定通り、今回の任務は現地調査だ。現場は曇りであるが、早朝というタイミングであるから霧がかかる可能性がある。十分注意したうえでの対処を頼んだ。」
午前四時の少し湿った空気を目一杯吸い込む。防護服の上からでも丘から吹く風が涼しいことがわかる。
今回の任務は高ヒューム空間に派遣される時よりは大したことはない。自分自身が希釈され、MIAとなる可能性は薄いからだ。また、事前の調査では0.2Hm程度だから特段変わった事は起こらないということも分かっている。携帯型SRAの充電は97%残っていることも確認していた。準備は万端であると言えよう。
砂浜へ近づく。今回は発生した領域が非常に大きいため、司令との回線を繋いだまま散開して調査となる。
緑の丈の長い草を搔き分け、砂浜へと出る。海に浮かぶ東側の空が少し明るい。
「命令通り砂浜を北上。異常が確認された時点ですぐに連絡しろ。」
了解、と返答し、乾いた音を鳴らす砂浜を歩く。
思えば、二人暮らしだったときは山沿いに家があったから、海なんて見に来なかったな、と思い出す。ハイキングや天体観測には行ったものの、私自身泳ぐのが好きではないというのもあって、プールや川にも行ったことが無かった。
逆に、山にはよく連れて行かれた。信貴山のスカイラインを何度飛ばして走ったかは分からないし、教えられたギリシア神話は数えきれない。
4:12。冬の星座を見たのは、2年前の1月振りであった。
「隊員に連絡。現在δの南700m地点から霧が確認された。隊員の直接の視認が困難になると予想されるため、北上を中断。天候の回復、あるいはサイト上層部の指示があるまで今いる地点で待機してくれ。」
先ほどの砂浜とは異なり、岩が多く並ぶ海岸に居た時のことだった。調査開始から40分ほど歩いただろうか。
ため息をつきながら、波がすぐ近くまで寄せる岩に腰かける。少し湿っていて座りにくい。
満潮に近づいているのだろう。波が高く、荒くなっている。今日は小潮だと聞いていたのだが、波が高い。
丁度、日の出の時間みたいだ。赤い朝焼けが冷たい海から顔を出す。波と陸風で冷えていた体に、光が差し込むようであった。
ふと、潮岬に初日の出を見に行ったことを思い出した。丁度、あの事件が起こる3日ほど前だっただろうか。「次いつ正月に休みを取れるかわからないでしょう?」なんて言われて、その勢いで車を走らせてもらったのだった。夜中のドライブなのにスピードを出すものだから、驚いたのを今でも覚えている。思い出すと少し微笑ましい。
その時に見た朝焼けは、真っ赤で、綺麗で、全てを併呑してしまうかのような美しさだったのを今でも覚えている。
思い出に耽っていると、いつの間にか周りは霧に覆われていた。
「司令。θです。霧が確認できました。」
「了解。くれぐれも動かぬように。」
大きな波が私にかかる。ここまでくると涼しいというよりは寒いな、と思いつつ、白い景色の中で靄が掛かりながら顔を出し続けている太陽を見つめる。ああ、もうすぐ暖かくなるだろうか、なんて考えながら。
突如、ポケットからアラームが鳴った。……カント計数機のアラームだ。
急いで取り出し、針を確認する。0.1の方向に振り切れている?
通信機器のスイッチを入れる。
「司令。ヒューム値が異常な低さを示しています。SRAも反応していない模様です。司令?司令!」
叫ぶ。この状況であれば撤退も視野であろう。
周りを見渡す。霧はまだかかって いることを確認したと同時に、消えた。
おどろおどろしいまでに赤い太陽がこちらを見ている。一体何だというのだ。
異常事件記録

撮影されたSCP-3007-JP。
場所: 北海道██郡██町周辺
状態: 収束中
時刻: 2022年9月3日 1:00 — 2022年9月3日 4:56
脅威レベル判定: 黄 ●
事象概要: ██町の沿岸部に現実性希薄領域が発生。沿岸部を閉鎖し周辺に配備されていた機動部隊げ-7 ("夢想家")を出動させ、現地調査を行っている。いたものの、極度の現実性低下によりSCP-3007-JPが出現したため、隊員はMIAとして処理される。標準SCP-3007-JP事象発生時対応マニュアルに則って事後処理が行われる予定。一般的な現実性希薄領域との大幅な差異が確認されなかった場合、標準ヒューム安定手順に則った上で現実性補修が行われる予定。
「ねえ。」
聞き馴染みのある声が聞こえる。
噓だと言ってほしかった。もう二度と聞かないはずの声が耳の中で反響する。なぜ、こんな幻聴を聞かなくてはいけないのか?
「 御鈴?」
妻だった。
「どうして、ここにいるんだ?」
自分の中で結論は出ていた。おそらく現実性の低下により、相対的に自分のHmが……いや、もうそんな御託はどうでもよかった。
「どうしてでしょうね?私にもわからない。」
君は焼けるように赤い太陽を背にして、はにかんだ。
私は君に触れ、その存在が具現化していることを確認すると、抱き寄せる。私が波で濡れていることなんて、もう関係なかった。
「良かった……!戻ってきてくれて……この2年間どれだけ辛かったことか。」
「私も。良かった。あなたがあんなところで死ななくて。」
私が妻を掴む手の力が強くなる。
「でも、車の中で殺すなんて、流石に酷かったんじゃない?」
「ああ、君が一番好きだったところで、なんて考えていたのだが。その通りだ。すまない。」
「愛している。今までありがとうなんて台詞にしては安っぽすぎるでしょう?」
妻は笑っているのだろう。私も、泣きじゃくりながら笑う。
「その通りだ。でも、最後に何を言おうと思ったら、もうそれしか浮かばなくて。」
「本当に、そういうところですよ。でも良かった。あなたが変わっていなくて。」
「こっちの台詞だ。」
「でもやっぱり、ずっと私を騙していたのは酷かったんじゃないか?私を殺そうと、接近したわけだろう?」
「あなたに、つける噓なんてなかった。ごめんなさい。謝っても謝りきれない。」
「ああ、本当にだ。私はあの時正真正銘がっかりしていた。がっかりなんて言えないくらいには。」
目の前の景色が濁った灰色に変わる。
「だから、もう許すことはできない。だからこのまま、逃げ出してもらうよ。」
幸せは、もう二度と手に入らないだろうから。偶像かもしれないけれど、私の作り上げた幻想かもしれないけれど。それでもいいかな、なんて思いながら。
妻の嗚咽が、響く。
「ええ。勿論。どこへでも連れて行ってください。」
泣き声交じりで、そう伝えられる。
防護服が夢に溶ける。私がそう願ったからかもしれない。
相手の体温が直に伝わる。朝焼けの温かみを一身に受けながら。
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- portal:7636440 (03 Sep 2021 11:02)