一休事変

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ある町に建てられているサイト-81██はいつも通りのスケジュールで動作していた。職員は慣れた手つきでテキパキと書類整理や収容処理を行う。民衆から見たらただの銀行であるその組織は、今日もヴェールに守られてそこに立っているのだ。

鰐川博士はサイト-81██の隅にあるオペレータールームに設置されたモニタから離れることができない。第6会議室で行われているミーティングに必要な資料が今手元にあるのだが。
狼狽していると、オペレータールームの前を篠村研究員が通り過ぎたのがちらりと見えた。慌てて呼び止める。
「あっ、篠村研究員!すまないがこの資料を今すぐ第6会議室に持って行ってくれないか。今ちょっと手が離せないんだ」

篠村は俄に顔をしかめたが、ワニの手元に積まれた紙の山を一瞥すると渋々資料を受け取った。
「忙しそうですね。分かりました。第6会議室に持っていけばいいんですね?」

「ああ、そうだ。頼まれてくれるか?」

篠村は、なんだかいたたまれなくなって目を逸らす。
「朝飯前です」

オペレータールームの重く苦しい空気から解放され、いくらか軽快になった足取りを憎々しげに睨みつけながら第6会議室へと向かっていた。

2つ目の角を右に曲がった時だった。突然足元が抜け、がくんと身体が崩れ落ちる。サイト-81██が一体となってグラグラと揺れた。地震か。へたりこんだ体勢のまま急いで頭を胴体の下に隠し、身体を丸める。
しばらくして揺れが収まると、職員は早送りのようにバタバタと動き始めた。数刻前の穏やかな談笑やコンピュータの動作音は揺れにかき消された。今やサイト全体が職員たちの喧騒、駆け回る足音で飽和している。
篠村は暫くその場で固まっていたが、自分の手元と廊下に散らばったヒューム値に関する資料たちを交互に見て、それらをかき集め始めた。

篠村が第6会議室の扉を開いた時、会議は中断されたらしくそこは既にもぬけの殻だった。
会議室前方のスクリーンは青く塗りつぶされた四角い光をただ反射している。
暫く無音の時間が流れる。
その静寂を破って舌打ちをする音が会議室に満ちた時、扉はバタン、と力強く閉められた。

あー、勤務中の職員一同に連絡します。
先程の揺れは地震ではなく、不明な要因によって巨大な霊体が発生したことによる揺れと推測されています。緊急退避プロトコルに従い一般人の早急な避難や記憶処理、及び霊体の対処を開始してください。
霊体はサイト-81██より南東に確認されています。迅速な行動をよろしくお願いします。
繰り返します。

放送が終了し、おおよそコンマ5秒の沈黙の後、より一層騒がしくなった。しかし、それは先程までの混乱した喧騒ではない。
それぞれが自らに課せられた業務を理解し、動き始めたのだ。

南東──霊体が発生したのはこの町随一の観光スポット、一休寺
“一休さんの住んだ町”京田辺で働く財団職員たちの闘いが始まる。

◇◈◇◈◇

突如発生した霊体は130mはあろうかという巨大な体躯だった。
サイト-81██に駐在していた機動部隊に-8("地域猫")が現場に向かう。役目は住民の避難誘導と可能な限りの霊体の足止めだ。到着し、車両から降りると、霊体のあまりの大きさに思わず見上げてしまう。一休寺からのっそりと立ち上っている巨大な坊主は全身が紫の靄でできており、そこに薄茶けた袈裟のようなものを羽織っている。それは、ぐるりと首を回して今しがた車から降りたばかりの機動部隊を見下ろした。
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咄嗟にアルファが声を上げる。
「任務開始だ!作戦通りのルートを通り住民を1人残らず避難させろ!」

その声を合図に各々がバッと走り出す。


一方、サイト-81██の隅、オペレータールームも忙しなく動いていた。
「周辺の監視カメラの映像をセンターモニタに表示しろ!」
「機動部隊に通過ルートの指示を!」
「メディアの侵入を阻止しろ!」
「畜生!霊体がデカすぎる!周辺も開けすぎだ!どこまで封鎖すれば一般人には見えなくなる!」
「一般人回収用の車両12台を発進させました!ルートの明示をお願いします!」
「一般人による情報漏洩を防ぐために一時的に対象地域のネットワークを遮断しました!」

慌ただしく職員が駆け回る中、 鰐川は考えていた。なぜ、この大きさの霊体が何の予兆もなく出現したのだろうか。霊体が何らかの要因で発生する前にはエネルギーの塊や空間の歪みができる。それらの規模は霊体の大きさに比例する。一休寺から生えてきたコイツほどの大きさにもなると予兆でかなり大きな被害が出ていた可能性もあるだろう。だが事実、何の被害も出なかったのだ。霊体が登場するまで。どうやって生まれたのか。


「よし、この住宅地にいる人たちはこれで全員だな」
ベータが呟く。

人々を乗せた車両が遠くに見えなくなったことを確認すると、機動部隊の隊員たちは銃火器を構える。
アルファがメトカーフ非実体反射力場発生装置のスイッチを点けると、それはゴウンゴウンと物々しい音を立て、霊体を現世に“固定”した。物理的攻撃が通るようになったのだ。
そしていよいよ、隊員たちが一気に霊体にかかろうとした時、住宅地から2人の男が飛び出してきた。
「逃げ遅れか!回収車は行ってしまったぞ!」
ベータが狼狽える。

「ひとまず保護するのが優先だ!」
ガンマが彼らに駆け寄る。と、

吹き飛ばされた。

ガンマは突然何かに弾き飛ばされ、5mばかり宙を舞った。
「ガ、ガンマ!」

ゆっくりとこちらへ向かってくる男たちが何かを構えているのが見える。目をこらす。

寿司だ。寿司を構えている。さらに彼らの服には闇寿司のロゴがはためいていた。
アルファが叫ぶ。
「違う!逃げ遅れじゃない!あれは闇寿司の構成員だ!まさか一枚噛んでやがったのか!」

「あなた方は財団の機動部隊とお見受けする。別に何かの恨みがあるわけではないが金には代えられないんでね。あなた方にはちょっとばかり気絶してもらうよ」

「チッ、霊体の方は後だ!こいつらを先に仕留める!武器を構えろ!」

「ふーん、そのチンケな機械でどこまでスシとやり合えるか、見せてもらおうじゃないの?」
2人が寿司を構える。

「いけ!わさび茄子!」「いけ!活け造り!」

◇◈◇◈◇

寿司が銃弾や炎と激しくぶつかり合う光景はセンターモニタにも大きく映し出されていた。

「闇寿司がこれの元凶なのか!応援が必要だ!機動部隊ひ-2“漁師めし”が特殊な技術で闇寿司と渡り合えただろう!彼らを呼べるか!」
鰐川が叫ぶ。

「はい。しかし到着には少し時間がかかりそうです」

「構わん!要請してくれ!」
そう言った時、

「不明な実体が出現!」

センターモニタに貼り付いていた研究員が叫んだ。

モニタには宙に浮く巨大なサメが映っていた。

「……バカな」
鰐川は思わず声を漏らしていた。


「……クソッ!」
機動部隊に-8は徐々に追い詰められていた。

「銃弾に火炎、結構沢山あるんですね。でもそろそろ尽きる頃では?」

その通りだ。もう弾は残り少ない。一方のスシの回転力はまだまだ健在である。

「しかし、それでもここまで粘られると私たちのプランが狂ってしまう。まだ運用するつもりはなかったのですが……やむを得ません」

「何をする気だ」

「あなたの目で確認してください。どうやらあなた方のお仲間も近づいてきているみたいでね。あの特大一休を足止めされる訳にはいかない。私たちは援護に来たあなた方のお仲間を潰しに行くのさ」

住宅地の方から数体のロボットが出てくる。
「ヘイラッシャイ、ヘイラッシャイ、ガーガーピィーッ」
耳障りな音を立ててこちらへ近づいてきた。

「後はあれらに任せます」
そう言い捨て、闇寿司の2人と彼らのスシは煙のように消えた。

それでも機動部隊が休むことはできない。ロボットたちはそのアームで雑にシャリを握りしめると、一斉に射出してきた。

シャリの握りが甘く、ボロボロと米粒を零しながらもこちらへ飛んでくるスシのその様は散弾のようである。

迎撃する。闇寿司構成員の2人が回していたスシよりかはいくらか弱いが、消耗しきっている彼らには荷が重い。それに相手は手数も多く、このままではまたジリ貧である。いよいよかと覚悟を決めた、その時だった。
空にぼこりと大穴が空き、その穴から巨大な、まるでクジラのようなサメが顔を出した。

「な、なんだアレは……」
アルファがマシンガンをぶっ放しながら声を漏らす。

サメはこちらを一瞥すると、一気に飛びかかり、スシを握るロボットたちと、そして倒れているガンマを齧りとって上空へ舞い上がった。

「……な、なんだったんだ……」
残された隊員たちが呆然と立ちすくむ。

「一時撤退だ!」
アルファのその声を受け、彼らは物陰へ駆けた。

◇◈◇◈◇

アルファは物陰で無線機を握りしめていた。
「こちら機動部隊に-8“地域猫”アルファ。そっち──サイト-81██の方に情報はもう行ってるな?」

「ああ。問題ない。状況は監視カメラから把握している。今複数の部隊と、財団の陸軍がそっちに到着した頃合いの筈だ」

「オーケイ、分かった。こっちはガンマがやられたがそれ以外はピンピンしてる。ただ弾薬がもうない。後ろから……えー……なんだ、メカトーフ……力場発生装置……」

「メトカーフ非実体反射力場発生装置だ」

「そうそう、それ、それを合わせ続けておくから武器の支給を頼む。あ、それとだ。アイツら、闇寿司の奴らが“金のため”と言っていた。さらに裏に何かがあるかもしれない。」

無線機の向こうから生唾を飲む音がする。
「分かった。引き続き警戒する」

無線機から顔を上げると、頭上には未だ巨大なサメが遊覧している。あの巨大な霊体のことを闇寿司の構成員は「一休」と呼んでいた。まさか一休を“召喚”したのか?アイツらの裏に一体誰がいるんだ?アルファは様々なことを思案したが、そのごった返した思考が纏まることはなかった。


「撃てェッ!」
闇寿司構成員の対処に手こずっている一方で、他の部隊や陸軍は一休に攻撃を繰り返す。絶えず砲撃、銃撃を浴びせる。ほとんど膠着状態だが、一休は進行方向を変えそうにない。向かう先は恐らくサイト-81██なのだろう。

霊体によって紫に濁った空を切り裂くように幾機の飛行機が飛ぶ。財団の所持している空軍が到着したのだ。

「オイオイオイオイ!なんや思てたよりバカデカいやないけあの霊体!それにアレ、何?サメが空飛んどるやんけ!」
後部シートで天童が喚く。

「チッ、あんまり騒ぎ立てるんじゃねえよ。もうちょっと静かにしろ」

コックピットからの冷静な声に食らいつく。
「なんやて神田!あんなデカいの見たら誰でもテンション上がるやろ!」

「うるさいなぁ、静かにしろよ……」
天童の横に座っている林が静かに文句を垂れる。

「な、なんやと林ィ!裏切ったんか!なあ神田!世知辛いと思わんか!」

「知らねえよ。ホラ、出番だ、サメの方を中心的に狙えってことらしい。しっかり吹きとばせよ」
神田のその声を合図に外へ向けて天童と林がマシンガンを乱発する。

その弾はほとんどがサメに命中し、かなり効いているようだ。身を捩ってグルグルとその場で回転する。

「いい感じだ2人とも。真上まで来た。射撃を中断しろ、爆弾を落とす。」

相手は動いている。が、的は大きい。幾度も経験を積んできた神田にとってサメに爆弾をぶつけることは造作もなかった。

爆弾が飛行機から離れ、真下に落ちる。
その落ちた先にはサメの青い肌──

ではなく、ぽっかりと空いた、こちらに突っ込んでくる巨大な口。

「飛び上がっ──」


ドボム、という音がサメの喉で鳴った時、飛行機の数は一機減っていた。

オペレータールームが俄にざわつく。
「通信途絶!SIGMA-36機撃墜!」
「バカな!耐爆性があるのか!」
「銃弾は効いていた。爆撃ではなく銃撃で攻撃するべきだ」


飛行機は大きく弧を描き、サメの周りを取り囲んだ。距離を取りながら銃を乱射する。
サメは四方八方から飛んでくる銃弾の雨を浴びて苦しそうに身悶えする。効いてる。先程までの激しい動きは鈍くなり、弱ってきているように見えた。時折飛びかかってくるものの、躱すことは難しくない。倒せる。誰もが確信した。

その時だった。
ずっと歩いていただけだった霊体が、サメを掴んだ。サメは一休の手の中で力なくヒレを動かす。霊体はゆっくりとサメを飲み込んだ。
暫く飛行機が空に線を引く音だけが響き渡った。

と、刹那、眩い光が空を覆った。飛行機が感覚を失い、地面とぶつかる。連続して数回の爆発。その爆発が収まった時、最早霊体は霊体ではなかった。

モニタにかじりつき、鰐川が呟く。
「神格化……」

光が徐々に弱まり、金色の人型が明らかになる。そして、
「いやあ助かった、やっぱりあんたらは俺の思ったように動いてくれたね」
一休が喋った。

◇◈◇◈◇

サメがまだ空を泳いでいた頃、機動部隊ひ-2“漁師めし”と2人の闇のブレーダーが向かい合っていた。
「チッ……こいつら中々スシの扱いに馴れてやがる。おい!お前らはどうして財団みたいなクソッタレたところでチンタラ機動部隊なんかやってんだ!……そうだ。いいことを思いついた。お前ら、闇寿司に来い。俺たちの傘下に入ればもっと強くなれる」

「あまりふざけたことを言うな。お前らだって金のためにあんな化け物を呼び出したんだろ」

タイの活け造りの握りを回す男が言い捨てる。
「ハンッ、お前ら全員ぶっ潰したらその後で教えてやるよ!財団ロゴの握りなんて所詮はネームバリューだけだ!」

財団ロゴの握りは能力が高い。スピードも防御力も攻撃力も平均以上だ。何より持つだけで財団職員としての称号になり、相手に威圧感を与えることができる。
しかし、決定力には欠ける。相手を破壊する絶対的な技がないのだ。
スシブレードの世界は単純だ。勝たなければ、負ける。
バランス型の時代はとうに終焉を迎えていた。

相手の使っているスシはタイの活け造りの握りとわさび茄子。
前者は圧倒的なパワーと切り身をミサイルのように発射する能力が特徴的なスシで、後者は肉眼で捕らえることも困難なそのスピードがウリのスシだ。
性能が尖っているスシが強い。これは今のスシブレード界の定説であり、より尖ったスシを回すことがトレンドである。

アルファとベータの回す財団ロゴの握りは仲間の援護射撃がありながらも尚、苦しい戦いを強いられていた。

「ホラホラどうしたぁ!回転が弱くなってんぞ!」

「くっ……!」

打撃の度にスシはじわじわと押されて、だが。

負けてたまるか。

財団職員として負けられないという熱い気持ちが湧き上がってくる。それに共鳴するかのように財団ロゴの握りが回転力を上げ、タイの切り身を打ち返した。

「なにっ!」

打ち返した切り身は活け造りの握りのシャリ部分に命中し、スシは大きくバランスを崩す。
いける。そう思った時だった。

背後で光が炸裂し、闇のブレーダーが目を焼いた。2人は地面を転がり回る。
「うぐあぁっ!目が!目がぁっ!」
そして2つのスシが回転を、止めた。

「確保!確保しろ!」
こうしてブレーダーたちの戦いは終わった。

アルファが横たわる2人の目の前にしゃがむ。
「さて、どれから話す?こっちは状況が全然掴めてないんだ。分かるだろ?」

◇◈◇◈◇

とある1人の神が京田辺を南北に横断する幹線道路、山手幹線を進んでいく。
「“このはしわたるべからず”いい言葉だよなあ。端なんかより真ん中を堂々と歩いた方が気持ちいいもんなあ」
神となった一休の声が辺りにこだまする。
戦車の砲撃は命中することなくどこかに吸い込まれ、戦車は何の前触れもなく爆発した。最早一休を足止めすることは難しくなっていた。

鰐川の元に一本の電話が入る。数回のコール音の後、受信ボタンを押す。
「聞こえてるか、こちら機動部隊ひ-2“漁師めし”のアルファだ。闇寿司構成員2名を確保した。弾薬は多少消費したがそれ以外に損失はない。」

「分かった。闇寿司の2人は回収車に預けてくれ。こちらで身柄を押さえる」

「ああ。だがその前に、俺たちで少し情報を聞き出した」

「何?それは本当か」

「本当さ。言っていくぞ」

鰐川がスピーカーホンのボタンを押す。職員たちの注目が集まる。

「まず、奴らはやはり雇われていた。金でな。だから聞き出すのも簡単だったんだが。それで、雇われていたのだが、どうも蒐集院が裏で糸を引いているらしい」

「蒐集院の過激派か……」
オペレータールームがどよめく。
「闇寿司を護衛の意味で雇ったのか?」

アルファが頭を搔く。
「あー、いや、まあそれもあるがメインはそこじゃないらしい。どうも技術面で雇われてるとか」

「技術?」

「ああ、詳しいことは分からないが」

「なるほど。中々好き放題やってくれたようだな」

「そのようだ。だがサメについては何も知らないし、一休は神格化して闇寿司の手にも負えないらしい。あいつらから聞き出せたのはそんだけだ。俺たちは消火の方に回ればいいのか?なんせ派手に爆発してたからな」

「あ、ああ。いや、今消火のための部隊がそっちに向かっている。君たちは霊体の方に加勢してくれ」

電話を切り、ため息を漏らす。
一体何が起こっている。京田辺はお世辞にも都会とは言えない、のどかな町だ。だからこそ財団サイトを設置するには都合がよかった。
しかしその一方で、このサイトには軍備があまりない。まさか、そこを狙ってきたというのか。

鰐川が思考を巡らせていた頃、篠村もまた考えていた。相手は神格実体。その対抗手段は。センターモニタに目線を向ける。画面の中では口から吐き出した炎で戦闘機を焼き、神が暴れていた。

そうだ。

篠村は鰐川の耳元へ駆け寄る。
「鰐川博士。……を運用するのは……」

鰐川は大きく頷き、椅子から立ち上がった。

◇◈◇◈◇

機動部隊に-8("地域猫")のアルファはスピーカーを右手に持っていた。

どうやらあのデカブツは人語を解するらしい。
最早攻撃での時間稼ぎは見込めない。ならば対話で足止めを行う。オペレータールームとデカブツの中継ぎがそのスピーカーだ。
アルファはその説明に半ば納得がいっていなかった。“秘密兵器”が到着するまでとは言え、あまりにも危険だ。正面から戦って死ぬなら本望だが、武器ではなくスピーカーを担いで死ぬのは笑えない。
しかし彼は一方で財団職員だ。納得している自分がどこかにいることも確かだった。

スピーカーが細かく振動し、鰐川の声を届ける。

「あー、聞こえるか。生憎こっちはアンタのことをなんと呼べばいいのか分からなくてね」

実体が移動をピタリと止めた。火を吹くのをやめ、音源の方を振り返る。
「なんだい。ひょっとして俺とおしゃべりでもしたいってのかい?」
返事は飄々とした声色だった。

「ああ。ちょっとね。色々聞きたいことがあるんだ」
アルファは心の中でオペレータールームから声を届けているこの人物を憎く思った。自分が危険を顧みずに今立っているというのに。
しかしそれはあまりに余計な、邪念だ。己の心の声が誰かに聞かれたわけでもないが無性に情けなくなって、もうそれについては考えないようにした。

「まずお前が取り込んだあのサメ。あれは何だ」

「あー、あれかい?あれは俺が呼んだのさ。エネルギーにしようと思ってねえ。ただ、ちょっと元気すぎて言うこと聞かなかったんだあ。そうそう、“虎が描かれた屏風のとんち話”知ってるよねえ?まさにあんな感じだ。俺があれを捕らえるために君たちに下準備をまかせた。虎を屏風から追い出させたように、君たちにあれを弱らせてもらったのさあ。結果は大成功。俺はあれを食べて今や神となった」

「そうか。お前の目的は一体なんだ」

「目的?見れば分かるはずさあ。君たち……えーっと、なんだったかな。財団?の施設を制圧することさあ」

「しかし、お前は一休なんだよな?私たちを攻撃しなければならない道理なんてないんじゃないのか?」

「へー。君たちは意外となんにも知らないんだねえ。俺は1人でこうやって立ててるわけじゃないんだ。人に支えてもらってるんだから、こうして約束は果たさないとねえ。おっと、この話はあんまりよくない。話を変えようじゃないか」

「お前は本当に一休なのか?」

「何?」
アルファは途端にピンと空気が張り詰めるのを感じた。思わず後退りをする。

「そうさ。俺は一休だよ。正真正銘、とんち話の一休だ」

「そうか。ならば何故、」

質問しかけた鰐川の声を拒絶するように一休が言い放つ。
「もういいや。君たちとの会話はもうたくさんだ。施設を潰して自由に過ごすとするよ」

「ま、待て!」
スピーカー越しの叫びは一休に届かない。
一休は山手幹線を道なりに進み始めた。足元に群がる障害物を跨ぎ、踏みながら。

◇◈◇◈◇

篠村は白いトヨタ自動車の運転席に座り、耳元に取り付けた無線機から指示を聞いていた。

「現在地点から840m先、そこを“殲滅地点”とする。対象が今の速度のまま移動した場合、およそ4分後に殲滅地点に到着する。そろそろだ。手順5に移行しろ」

淡々としたその指示が熱さでぼんやりとした脳を冷ましてくれる。オーディオボタン、そして次に曲の再生ボタンを押した。マリリン・マンソンの「The Fight Song」。自然と気持ちが高ぶるのに合わせ、音量を上げていく。

「オーケイ。いつでもブッ放せる」

「よし。行け」
尚も変わらない冷静な指示。

篠村研究員──今においてはロードキル・プロトコル専従機動部隊ん-19("ウォーボーイズ")のシータである彼は、そのゴーサインと共にアクセルを踏み込んだ

みるみるうちに加速し、白い流星となったカローラは風を置き去りにする。
70km/h……75km/h……そして80km/h。
「そのままその速度を維持しろ」
耳元で囁く声。

「了解」
シータは気になっていたことを打ち明ける。
「そういえば、一休のとんち話、あれのほとんどは後世の人が考えたり、中国の書物から引用した作り話なんですって」

「……ほう」
通信機の向こうで響く興味深そうな相槌。

「で、ちょっと思ったんですけど。アレ、言動からしてやけにとんち話を気に入ってますよね。」

「まさか」
どうやら気づいたらしい。

「あの一休、ひょっとして、偽物じゃないですか?」

「……まあ、その話は仕事が終わってからたっぷりするとしよう。今はプロトコルの遂行に集中しろ。間もなく殲滅地点だ」

ハンドルを握りしめ、シータはニヤリと笑う。
「それにしても体が温まってきましたよ。やっぱり道の真ん中を堂々と爆走できるってのはいいもんだなぁ」

向こう側から一休の姿が見えてくる。

「なあ一休さんよぉ!“このはしわたるべからず”いい言葉だなぁ!」

神の目が突進してくる1台の車を捉える。
「なんだあ?あれ。あんなちっぽけなのが今更効くわけないだろお」

アクセルを踏み抜くと、メーターがグンと動き、シータの心がどっと沸き立つ。
「やっぱり正々堂々!ド真ん中を突っ切るのが気持ちいいよなぁ!」

神が車に右の掌を向け、何かの念を送る。しかしそれは白く塗装された滑らかなボディに吸い込まれるように消えた。
「んん?なんだあ?」
訝しげに無い眉をひそめる。

その神のつま先目掛けてカローラはますますスピードを上げる。
「くらいやがれ!」

「行け」
耳元でその声が聞こえた瞬間、辺り一面は凄まじい閃光に包まれる。その光が収まった時、カローラは確かに、神を轢き殺していた。

◇◈◇◈◇

その2日後、篠村がオペレータールームの前を横切った時、鰐川に呼び止められた。
「篠村研究員、聞いたかい?一昨日の騒動の首謀者、身柄確保されたんだってさ」

その話は他の職員が食堂で談笑していたのを盗み聞きした。蒐集院の過激派を中心とした財団に反感を抱いていた人が数人集まり、一休を呼び出したらしい。その中に闇寿司の構成員もいたというわけだろう。
「ええ、はい。小耳に挟んだ程度ですが」

「ふうん、そういえば、あの一休が神格化する前の姿、あれ実は霊体じゃなかったらしいんだ」

「そうなんですか」

「そう、なんかよく分からないんだけどね。京田辺に住んでる人達の一休に対する思考を、握った?産物らしいんだ。本当に訳が分からないけどね」
紙束を手に取り、その角を揃えながら言う鰐川。
篠村はそれを横目で見ながら相槌を打つ。

「へえ、おかしな技術ですね、本当に」

鰐川が訝しげに篠村の方を見つめる。
「なんだ、今日はやけに控えめじゃないか。腹でも痛いのか」

首をかしげる。
「いえ、そんなことは」

「そうか、ならよかった。悪いが、この資料を第6会議室に持って行ってくれないか?」

篠村は綺麗に整頓された鰐川の手元を見て、笑みを浮かべて言った。
「朝飯前です」

「頼まれてくれるか、ありがとう」
鰐川の言葉を背に受け、酒が入るとやけに饒舌になる男はオペレータールームを後にした。


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