Tale 腹を割って話そう

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こんなに気持ちの良い晴れの日にはお菓子を食べるに限る。

双雨 照はグミを食べながらそう思った。

彼女が財団施設内で菓子を食べることは禁じられている。以前のように菓子のせいでサイト全体がパニックに陥るようなことが起きるのはもう懲り懲りだからだ。
しかし、彼女はこの部屋のあちらこちらに菓子を隠し、食べている。それでもそれを咎める者はいなかった。
答えは至極単純明快で、殆どの人間がそこに近づこうとしなかったからだ。おかげでこの部屋は今となっては双雨博士の餌場と化している。

彼女がちょうど7個目のグミを口に入れようとした時、この部屋の主が帰ってきた。咄嗟にグミの袋を隠す。

「双雨博士、また来ていたのですか。」

「あ、おはようございます、冠城さん。ここにいると落ち着くし、日当たりもいいのでいつも来てしまいます」

「そうですか、何もないですがゆっくりしていってください。」

「そういえば聞いてください冠城さん。私この間クレープ屋に行ったんですけどね、その時に風に飛ばされてるビニール袋を犬か何かと勘違いして追いかけてる女の人がいたんですよ」

「ああ、そういうことありますよね。ビニール袋は特によく見間違えます。」

「冠城さんでもそんなことあるんですね」


冠城の経歴や役柄、その近寄り難い雰囲気などが影響し、彼/彼女に積極的に話しかける者は少ないので、冠城のことをよく知る人間はほとんどいない。最も、八岩に関しては他の人より冠城のことをよく知っているが。

ガチャリとドアが開き、八岩が部屋に入ってきた。

「おや双雨さん、おはようございます。最近では毎日ここに来てますね」

「えへへ」

ポスッ、と音がして、3人が八岩の頭の方を見る。
八岩の頭の上には1つのてるてる坊主が乗っかっていた。

「うわわわわ、何!?あっ、てるてる坊主だ」

八岩の慌てる様子に笑いが起きる。

3人ともこの関係がいつまでも続くことを心のどこかで望んでいた。

◇◈◇◈◇


検死は、死者が生きていた頃に向き合う仕事だ。
何人もの生き死にと真っ向からぶつかり合う。お世辞にも楽な仕事だとは言えない。
メスを入れる時はいい。それに集中できるから。ただ、腹を開く時。鮮やかな内臓を見た時。どうしても揺らがずにはいられない。
検死の後、腹を縫い合わせるのは犠牲者に対して無礼なマネをしないという己の信念だ。しかし、ふとした瞬間に思う。自分はただ、死んだ者の内臓を見ないようにしているだけなのではないか、見たくないものに蓋をしているのではないか、と。

私は弱い。

自分の中では絶えずぐるぐると何かが渦巻いている。

考えないように、辛さを感じないように。そして何より、それが零れてしまわないように。

私は、見た目だけでも落ち着いて見えるようにいつもと変わらない声で言う。

「今から検死を行います。」

外傷がないことを確認すると、いつもと変わらない手つきでメスを取り、遺体の腹に線を引く。

全部、いつもと変わらない。

肝臓を取り出すのも、背骨を見るのも、その目線や手の動きも変わらない。変えない。


「以上で検死を終わります。」
ゴム手袋を外しながら淡々と告げる。この遺体は火葬され、サイト内の墓地に埋められるのだろう。

検死官は辛い。一番最初に生きていた人とお別れをする仕事だ。しかし、私には最後に送り出してやることはできない。妹と最後のお別れをすることさえ私にはできなかったのだから。

検死の後の軽い報告をさっさと終え、足早に廊下に出る。するとそこには双雨がいた。

「お疲れ様です。双雨博士。」

「ええ! もう終わったのですか!」

「はい。」

「すごく早いんですね。だってさっきそこに入ったばっかりじゃないですか。すごいですね」

「ありがとうございます。私には人を殺めることと検死しか能がないので。」

すると双雨は驚いたような顔をした。

「何言ってるんですか?冠城さんはとっても優しいですし人を思いやることができるじゃないですか」

今度は冠城が驚く番だ。そんなことを言われたのは生まれて初めてだった。

「優しい……?」

「ええ、話していれば分かりますよ。冠城さんはとっても優しい人です」

今までに冠城がかけられてきた言葉は「機械のよう」「冷徹」のようなものばかりだった。
優しいなんて言葉とは無縁だと思っていた。

双雨の目を見る。
真っ直ぐで、澄んだ瞳だった。
冠城はその瞳から逃げるようにその場を後にしようとした。

「全く……とにかく仕事がありますから。失礼します。」

「お気をつけて」

その言葉は好きではなかった。足がぴたりと止まる。

「おやおや、気をつけるのはそちらですよ。くれぐれも私に検死されるようなことにはならないでくださいね。」

「任務次第です。ここは財団ですから」

「でもあなたは研究職じゃないですか。」

「もしお菓子をいっぱい食べろって任務が出たら死んじゃうかも知れません」

「あなたにそんな任務が出ることはないでしょうね。では、お気をつけて。」

双雨の周囲はいつも明るい。それが彼女の持つものだと思いながら、冠城は彼女の後ろ姿と、その肩に乗ったてるてる坊主を眺めていた。

◇◈◇◈◇


あれから数日が経った昼下がり、双雨は再び冠城の部屋で菓子を食べていた。

先日、冠城に「菓子を食べているのは知っているから隠す必要はない」と言われた時には双雨は腰が抜けそうになっていたが、今では普通に食べている。

冠城は双雨を報告するつもりはないし、八岩も特に何も言わない。なぜ報告しないのか自分でもよく整理できないが、ひとまずは「興味がないから」ということにしている。

双雨の様子を見ていると、妹のことを思い出す。

妹も菓子が好きだった。
幸せそうな表情で菓子を頬張る様子が双雨とよく似ていた。

まだGOCと関わりを持つ前、年端もいかない妹を連れて何度か近所の駄菓子屋へ行った。右手に握った妹の手と、左手に握った50円玉の感触をまだ忘れていない。
妹の選ぶチョコレートはよく当たりが出たので自分の分も妹に選ばせていたことを覚えている。

冠城の守りたかったものは守れなかった。
それでも思い出は、思い出だけはその心の真ん中に残り続けている。

双雨が別のスナック菓子の封を切る。


そこに、重なる。

ああ。

「冠城さん! これ美味しいですよ! わさび味だそうです! 冠城さんもどうですか!?」

ああ。

これが。

「……冠城さん?」


「……ッ! あ、すみません、ぼーっとしてて。ください、それ、美味しそうですね。」

「大丈夫ですか? 疲れてません? そういう時はお菓子を食べてリフレッシュしましょう!」

「そうですね。」

「……あれ? 冠城さん、笑ってます?」

「え、笑ってますか?」

「はい、一瞬幸せそうに笑ってましたよ」

「そうでしたか。ふふふ……。」

「どうですそれ? 美味しくないですか?」

「うん……美味しいですねこれ……。」

「何やら随分と楽しそうですね」

「「八岩さん!」」

「八岩さんも食べますか? わさび味なんですよ?」

「わさび? ……いやぁ……辛いのはなあ……というか双雨博士は一応菓子類厳禁なんですからもっとこっそり食べてください」

「う…すみません……」

◇◈◇◈◇

[インシデント記録-███]

SCP-████-JPが突如活性化し収容違反を引き起こしました。

この収容違反により、施設内に駐在していた職員2名が亡くなりました。

◇◈◇◈◇

検死は死者が生きていた頃に向き合う仕事だ。


人の生き死にと真っ向からぶつかり合う。


辛い仕事だ。


できることなら逃げ出したい。でも、逃げてはいけない。今逃げたら、きっと私には何も残らないから。

だから私は、見た目だけでも落ち着いて見えるように、いつもと変わらないように振る舞う。


左手から先にゴム手袋を着ける。右手で汗を拭わないといけないから。


慎重に遺体に近づく。1歩ずつ踏みしめるように。丁寧に足を運ばないと足元が崩れて落っこちてしまうから。


遺体の前に静かに立ち、その顔を見つめる。目を逸らすと、別れの言葉は伝えられないから。

そして、もう大丈夫と自分に言い聞かせ、いつもと変わらない声で言う。


「今から検死を行います。」


銀のトレイに寝かされたメスをそっと手に持ち、もうすっかり血色を失ったその腹部に走らせる。


───話し相手になってくれて、ありがとう。


彼女の血の赤がプツリと顔を出す。


───元気をくれて、ありがとう。


彼女の至って健康的な美しい肝臓が目にしみる。


───優しさをくれて、ありがとう。私に優しさをくれたのはあなただった。

開いた所を丁寧に縫い閉じる。


「以上で検死を終わります。」

淡々と告げた声が白い壁に反射して自分に痛いほど突き刺さる。
その痛みに耐えかね、一瞬、顔が歪む。だめだ。別れは、笑顔で。

ゴム手袋を急いで取る。汗を拭わないと。バッと壁に向き直る。
ごしごしと右手を顔に擦り付け、勢いよく振り返る。
彼女に歩み寄り、精一杯の笑顔を作り、そして、誰も気づかないほど小さく手を振った。

◇◈◇◈◇

双雨の葬儀は昨日行われたらしい。冠城は結局参列しなかった。もう別れは済んでいたから。そう自分に言い聞かせる。

静かに自室のドアを開ける。

ボールペンが散らばったデスク。医療に関する資料の詰まった棚。今朝水をやったばかりの観葉植物。人体模型。

そのどれもが一切の音を立てることなくただそこにあった。

こんなに広かっただろうか、この部屋は。

パイプ椅子に腰を下ろし、何をするでもなく窓から射し込む光を眺める。

ここの日当たりのよいのが好きだと言っていたっけ。

その時、風もないのにカーテンがなびいた。

その隙間からきらり、と光が顔を覗かせる。

光はするすると伸び縮みをし、部屋の隅を照らした。

立ち上がり、その光に1歩近づく。

別に何かがあると思ったわけじゃない。期待なんかしていない。ただ、気になっただけだ。

覗き込むと、てるてる坊主がこちらを見ていた。
その脇には飴玉が1つ。

この飴は後で供えておこう。

てるてる坊主を拾い上げ、そっと腕に抱く。陽の光に照らされてか暖かい。

ドアが開く。

「てるてる坊主ですか」

「ええ。明日も、明後日も、ずっとここだけは晴れていてほしいと思いまして。八岩さんはそういうの信じないのですか?」

「いえいえ、きっと、晴れが続くと思いますよ。何より、ここはそうあった方が嬉しいですし」

八岩が菓子の袋を取り出す。

「冠城さん、お菓子、食べませんか。疲れてる時はお菓子とか食べてリフレッシュしましょう」

「え……そうですね。食べましょう。少し疲れました。」


窓際でてるてる坊主がくるくると回った。


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  1. portal:7603094 (15 Aug 2021 21:42)
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