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俺にはかつて竹馬の友とも呼べるやつがいた。あいつは俺が困っている時に真っ先に駆けつけてくれるような奴で、それまでの人生の大部分を俺はあいつと過ごしていた。俺の思い出には必ずと言ってよいほどあいつがいて、きっと同じように、あいつの思い出には俺がいたと思っている。だからこそ、信じられない。あいつが自殺しただなんて。
俺とあいつは同じオレゴン州の大学院に通っていたのだが、大学院での生活は高校生の時に想像していた以上に過酷だった。俺もあいつも覚悟していたが、メンタルがやられるようなこともしばしばだった。
実際に一度だけそんな状況が嫌になってしまい、俺は軽い鬱になったことがあった。悲観的なことしか考えることが出来ずに、大学院もしばらく休んでしまった。友人の誰にも相談することが出来ないまま何日か経った11月の薄寒い夜、インターホンを鳴らして誰かが家を訪ねて来た。こんな時間になんだとドアを開けると、あいつが軽く微笑みながら立っていた。あいつは、俺に何も言わずに封筒を俺に押し付けると、暗闇へと走り去っていった。俺はなんのつもりだと思いながら、封筒の中身を確認した。入っていたのは俺に対する励ましが書かれた便箋だった。それは5、6行ほどの短い文章であり、俺が大学院を休んでることへの心配と共に、"困ってる時は相談くらいしてくれ。"と最後に荒く書かれていた。俺はそれに目を通した後にガキみたいにわんわん泣いてしまった。あいつも俺のことを大事に思ってくれてたんだなと胸が熱くなった。その次の日に、俺は大学院へ行って、あいつに封筒の感謝を伝えた。あいつはまた微笑んで、「大したことなんてしてない」と謙遜したから、俺は「そんなことない」と反論しながらこれからも頑張っていこうと決意したのだ。
その約2ヶ月後、忘れもしない2005年へと移り変わった1月の17日に、俺は教授から「あいつは大学院を中退した」、そう伝えられた。突然の出来事に脳がバグってしまったのか、俺は数分置いてようやく意味を理解した。わけがわからなかった。今すぐにでも、どうして中退なんてしたんだと、あいつの胸ぐらを掴んで問い詰めてやりたかった。
講義が終わってから、俺は急いであいつの家に向かった。見慣れた道を駆けてあいつの家の前へ着き、インターホンを押して俺が来たことを伝えると、「はい」という声の後に、家の中からドタドタと歩いてくる音が聞こえた。あいつに何て言ってやろうか等と考えていると、ガチャッとドアが開き、そこからあいつが顔を覗かせた。その顔を見て俺はさっきまで考えてたことが吹き飛び、「大丈夫か?」と聞くことしか出来なかった。あいつは笑っていた。顔はやつれて、目の下には大きく隈ができており、噛んだのか爪も歪に欠けていたというのに、無理なんてしていないと訴えるようにニコニコと笑っていた。あいつは「俺は大丈夫だよ。今も全てが順調なんだ」といつもと変わらない明るい調子で言い放った。それに俺は何も言い返せずに、あいつの家を去った。
それからあいつに会うことは段々と無くなった。
どんなに俺が言っても、あいつは自身について話してはくれなかった。結局、俺とあいつはたまにメールで短いやり取りをするだけの仲となってしまった。
そして4月くらいからはメールのやり取りもしなくなり、あいつのことを頭の片隅に浮かべて大学院での生活を送る日々だった。
あいつはどうして辞めてしまったのか、どうして死んでしまったのか、今考えてもわからないままだ。
ただ、あいつがあの日くれたメッセージを思い出しながら、研究を頑張っていた。
「それが、君の友人であるロバート・ヘイルについて知っていることですか?」
白い机を一つ挟んで、向かいにいる白衣を着た人物、クリスさんが俺に問いかける。
俺はそれに対して頷き、疑問に思っていたことを質問する。
「俺はどういった理由でこんなところに連れてこられたんですか?確かにあいつは気が触れてるのかと思いましたよ。でも、犯罪を犯したわけではないでしょう?」
机と椅子以外ない質素な部屋で、あいつの思い出語りをする理由もわからないが、ここがどこなのかも俺は知らなかった。どうやってここへ来たのか、記憶が妙に曖昧なのだ。
「信じられないかもしれませんが、ロバート・ヘイルは未知の病に罹っていました。それに感染した場合、負の側面、所謂ネガティブな内容を表現できなくなることがわかっています。私たちはその病を治すためのプロジェクトを立ち上げたのです。」
俺の質問に対してクリスさんはそう返答した。
俺がそれに対してまた質問を言おうとする前に、クリスさんは続ける。
「そして、ここからが重要なのですが、私たちは君もその病に感染している可能性が高いと判断しています。」
その発言を聞いて思わず立ち上がった俺を見据えて、クリスさんは話を続ける。
「君はロバート・ヘイルが中退し、死んだ理由が分からないと、そう言っていましたね?私たちは君以外、ロバート・ヘイルの友人たちにも話を聞いていますが、彼らはロバート・ヘイルの中退と自殺の理由として、大学院で失敗を繰り返していたことや、家族からの支援が無いことによる金銭面の不安を挙げていました。」
クリスさんは何を言っているのだろうか、軽い眩暈がしてふらつく。
「君の話からはそういった話が出てきませんでした。これは症状が進行しかけている段階のものと一致します。」
「……でも、俺はそんな病になんて罹っているはずがないじゃないですか。だって、俺は前向きに考えて生きているんですよ。精神を病んだりもしてません。……してないはずなんです。」
自分の言っていることに自信が無くなっていく。本当に、俺は大丈夫なのか?俺が気づいていないだけで、俺のこの思考はまともじゃないのか。席に座り直して、自分の状態について考え込む。
「実際のところ、私たちはこの病についてまだ十分な知見を得ることが出来ていません。ロバート・ヘイルが患者第一号だと考えられていますが、それも定かではありませんし、全ての感染者はまだ捜索中です。そのため、現状で私たちの手元にある存命の推定感染者は君しかいません。」
「私たちは君に協力を願います。具体的には、この病を治療する手段を見つけるための治験の被験者となってもらいたいのです。もちろん、報酬は用意しています。君の家族に多額の支援を行うことを約束しましょう。どうでしょうか?」
断ったらどうなるのか、怖くて聞くことは出来なかった。俺はまだ自分が感染しているだなんて信じきれない。しかし、もし罹っていたとして、あいつが自殺したのはその病のせいなら、俺もそう遠く無い日に死ぬだろう。俺はまだ死にたくはない。それなら受けるべきだろう。だが、そもそも治験とは一体何をするんだ?わからないことばかりだ。ごちゃごちゃと纏まりのない思考に頭が痛くなる。
俺はあいつがまともだったであろう頃に貰ったメッセージを頭に浮かべる。励ましてくれたあいつのおかげで、今の俺があるんだ。なら、あいつを殺したかもしれないこの病を治す為に行動するべきなのか。それに、これまで苦労させてきた家族に小さな親孝行をするべきなのだろうか。
いや、無理だ。こんな素性もわからない怪しい集団のことを信じるなんて、俺にはできない。確かにあいつは大事な友達だった。家族だって俺の学費を払ってくれて感謝している。でも、それとこれとは話が別だろう?俺はこんな集団に何をされるかすら、わかっていないんだ。だから、俺の答えは──
「はい!わかりました!」
は?という言葉は出なかった。たった今自分が発した了承の言葉に頭が真っ白になっていた。俺は何を言ってるんだ。すぐに発言を取り消さないと。
「ありがとうございます。そう言ってくれると思いました。」
そんな俺に気づいてるのかはわからないが、クリスさんは笑っていた。ニコニコと、あの時のあいつみたいに。ここ最近何度も経験してきた理解不能な出来事が頭に浮かんでは消えていった。そしてすぐに、「あっ」と言って、
「すみません、治験の前に行う確認をしていませんでした。今から1つ質問をするのでそれに対して答えてください。」
ふざけるな。治験なんてする訳がないだろう。そう思っても口が動かないどころか、表情筋すらピクリともしない。
「──君はこれまでで辛い経験をしたことがありますか?」
なんだ、そんなことか。と俺は思った。答えは決まっている。
俺はさぞ不愉快に見えるであろう顔で、目の前の男に唾を吐こうとした。
「いいえ、自分の人生は幸せしかありません。」
とびきりの笑顔が、俺の顔に貼り付けられた。
その後のことはよく覚えていない。ただ、俺は治験と称した実験の被験者として生きていた。最初に俺が思っていた通り、ここは怪しい集団、いや、組織だった。イエスマンとなった俺を嘲笑うかのように、先日まで毎日、俺は名前もわからない薬を投与されていた。俺を担当している研究員によれば、精神に作用する薬らしいがどうやらそれも効かなかったらしい。未だに俺は笑顔を押し付けられて、肯定の言葉を垂れ流していた。
しかし、どうやらそれも今日で終わるらしい。研究員が言うには、俺が病に感染した時点の記憶を"消す"ことで、治療が可能とのことだ。にわかには信じがたいが、俺がこの組織に拉致された時の記憶がないのは、記憶を消したんだろうなと頭の冷静な部分が告げていた。
俺が感染した原因は、多分あのメッセージだ。あれを読んだときから、少しずつ、ほんの少しずつ俺の身体が狂っていった。研究員も感染媒体については、俺の話からなんとなく察しているのだろう。最近改めてメッセージについて質問されたことからもそれは明らかだ。だから、俺がこの病から助かるということは、あいつとの記憶を一部でも失くしてしまうということになる。本当にそれでいいのかと聞かれたら、俺は悩むだろう。でも、悩むことに意味なんてない。この身体は、俺の「No」を求めていないから。それに……
「さて、本日も宜しくお願いします。」
俺の担当研究員がやってきた。名前は聞かされなかった。言っても意味がないからだろう。
「前日にお伝えした通り、今回は特殊な薬によって貴方の感染段階までの記憶を消します。大丈夫ですね?」
聞いても「はい」しか言わないのを分かっているくせに、こいつは俺に確認してくる。もちろん俺の身体はそれに「はい」と答える。
「では、開始します。……リラックスしてください。心配せずともすぐに終わります。ここで起きたことも、あの日までのことも忘れ、気がつけば、そこは貴方の自宅でしょう。」
そう言われて、少しの不安を抱きながらも俺は研究員に身を任せる。……あぁ、でも、最後くらい本当の俺で話してやりたいと思った。捨て台詞なんかは無理だから、今の気持ちをこいつの胸に傷として残せる、そんな言葉。
「なぁ、少しいいか。」
「どうしました?不安がらずとも、一瞬で終わりますよ。」
見当違いな言葉に笑いが込み上げてくる。だが、そうじゃない。
「ありがとう」
今度はきちんと、自分の笑顔で。そう言えた気がする。
言い終えてから強い眠気がやってきた。視界が朧げになっていき、こいつがどんな顔をしているか見ることは出来なかった。けど、きっと何とも思ってないんだろうなと思った。
目を閉じる。
これまでの記憶が泡となって、未来に向かって弾けていく。
そうして、ようやく俺はこの病から解放されるのだ。
現在まで感染者を治療する全ての試みは失敗に終わっていますが、記憶処理薬の投与は感染の進行を遅らせることが注目されています。
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アクションSFオカルト/都市伝説感動系ギャグ/コミカルシリアスシュールダーク人間ドラマ/恋愛ホラー/サスペンスメタフィクション歴史任意
任意A任意B任意C- portal:7559788 (23 Jul 2021 06:44)
1)と3)についてですが、全体的に一人称視点なのに文体が説明くさいのが気になりました。視点主である『友人』を一人称で語らせている展開を活かし、『友人』が知っている/知覚していること・知らないこと/知覚できないことを意識して描写すると良いかもしれません。例えば記憶処理剤周りの描写で特に顕著ですが、読者がメタ的に知っていることと『友人』の考えにズレが無いため、一人称なのに三人称的描写に感じてしまい、『友人』の焦燥感や辛さが伝わりづらいと思います。
2)について、オチそのものは機能していると思いますが、先述の点が気になってオチの物悲しさが十分に伝わってこないかなと感じました。これは提案ですが、せっかく友情を軸にするのであればロバート・ヘイルを中心とした数人の友人たちの視点で語られる群像劇的なものとするのはどうでしょうか。SCP-4560の異常性に暴露してしまった『友人』のエピソードを軸として、同じくロバート・ヘイルの身近にいながら異常に暴露しなかった他の友人の視点によって、ロバート-『友人』間の関係性を描写するようなイメージです。それによって、先ほどの『友人』以外には分からない変化を外部から見たらどのように見えるのか、あるいは周囲からは理解されないという事実をより一層際立たせることができると思います。
4)については、SCP-4560のことかと気づいてしまうのがちょっと早すぎるなと思います。もう少し後半になるまでSCP-4560の異常性によるものだということを気づかせないように描写するほうが、読み進めた時に読者がハッとするかなと感じました。どうしても有名なオブジェクトなので難しいとは思いますが……。
批評有難うございます!